八 抱き殺して下さい
千鶴は呉服屋の店内に居た。
「へえ、やっぱり縮緬より友禅がお似合いどすなあ」
店の男が千鶴の姿をまじまじと見て、ほうと息を吐く。
「お客さん、私は三十年おなごを見てきましたわ。そうしたら分かりますねん」
「何が」
如何でも良いとでも言いたげだ。実際言いたいのだろう。
「魔性、が」
「……魔性?」
「へえ。普通、魔性や傾国や云うたら、色っぽくて艶っぽくて体から甘い匂いがしているような、そういうおなごを考えはりますやろ」
「それが」
口調はやはり変わらない。
「ちゃいますねん。それは普通の人並み外れて綺麗なおなご。本物の魔性いうんは、凛としてて気高くて媚びたり絶対せえへん」
「……」
髪の毛を適当に弄る。結うほど長くはないし、色も薄いからかつらも使えない」
番頭は勝手にしゃべり続ける。
「本物の魔性はね、どんな手を使っても手に入れたい。自分だけのものにしたい。そしてそれを実行させてしまう。それが魔性の性。お客さんも気をつけておくれやす」
「必要無い」
「お客さん、着て帰りはりますのんか? 今前のお召し物包みますよって」
正座をして、風呂敷に包む作業を眺める。
あやめを散らした友禅を身に纏い、口に紅を引いた姿の千鶴は、外を眺める。雨が降り出していた。
「……梅雨か」
店の外に出ようとすると、番頭が蛇の目傘を渡した。
「いらぬ」
「おなごは体を冷やしたらあきまへん。それに、言いましたやろ。魔性、やて」
蛇の目の傘は雨を見事に防いでくれた。
高価な物なのではないだろうか。
くるっぽー。
鳩の鳴き声にびくりとする。
「何だ。慶庵の鳩では無いのか……」
鳩はこきこきと首を曲げながら、またくるっぽー、と鳴いた。
そっと屈んで、手を招く。
「ち、ち、ち、おいで鳩すけ。何も持っておらぬが」
鳩は無視してとてて、と去っていった。
「……・馬鹿らしい」
呟くと足を速める。
向かうは、新撰組屯所である。
一条の家にお恋の大声が響き渡った。
「あに様が帰ってこない!?」
「お前も今まで帰って来ませんでしたけどね。日が暮れてから何刻も経ってますよ」
「これでも途中で抜けて来たんだぞ!」
お恋が抜けて来たのは維新志士の池田屋事件の顛末を如何するかと言う会合。に、言ったと見せかけてその実、新撰組の襲撃を期待していったのである。
「せっかく近藤勇も土方歳三も永倉新八も斎藤一も居たのに一人も斬れなかったんだよ!? ちょうど「御用改めである!」って聞こえた途端に令尼が迎えに来たんだよ! 酷いよ! 人間のする事じゃないよ!」
「その発想が人間のする事じゃないと思うぜ」
赤燕のツッコミは聞こえない振りをする。
「で、あに様は如何したのさ!?」
「いや……だから……帰ってないだけですよ」
地団太を踏むようにお恋は言いつのる。
「だって黙って遅くまで出かける事なんてないじゃないか! ご飯作るから!」
食事を担当(むしろ家事全般を担当)している者が黙って出かけるとはただ事ではない。
「遊郭とかじゃないんですか? あれでも一応男ですから」
「そんな訳無いだろ! 慶庵じゃあるまいし!」
「そうだな。どこぞのイカサマ陰陽師と違って色恋沙汰は駄目だ、あいつは」
「……俺の悪口言いたいだけでしょ、あなた達。令尼は信じてくれているようですが。ね?」
す、と視線を逸らす息子。
「ちょっ! 令尼!? お前までそういう目で見てたのか!?」
「いや……だって……先日お使いで買って来さされた本がね……」
そう言って箪笥の後ろから黄表紙を取り出す。タイトルは「真に好色女を十人切り」。
「…………」
息子にエロ本を買いに行かせた男に対する目は冷たい。
「あ、それから寝言で「六人目のおるいちゃんが一番良かった」って言ってました」
「令尼!? 何ばらしてるんだお前は! っていうか人の寝言を聞くな。聞いたら胸の内に閉まって置いていずれ砂上の楼閣のように崩れさせろ!」
「あんたの威厳は砂上の楼閣の床下しか残ってませんから大丈夫ですよ」
無言でエロ本を取り上げ、箪笥の裏に仕舞い込む。
「で、千鶴の話ですが」
「あ、無かった事にしようとしてる」
「はい。発言は挙手をして、却下しますから。話を戻しますが、千鶴の様子におかしなところはありませんでしたか?」
「はい、はいはーい」
「はい、お恋」
お恋は思い出す。と、いっても常に感じていた事なのであるが。
「全部」
「全部?」
「全部おかしかったよ! 策を練ってもいつもは僕に殺させてくれるところを殺させてくれなかった。逆にいつもは放っとくところも念入りに殺させてくれた」
「そうですか? 策は結局上々でしたが」
「令尼全然分かってなーい! ホントだもん!」
「お恋」
慶庵は冷静に問うた。
「それはいつからですか?」
即答である。
「池田屋の件……吉田のおじちゃんが死んだ時からだよ」
「で、今回新撰組の局長副長各隊長が居ない事は千鶴は知っているんですよね?」
「そりゃそうじゃん。あに様から聞いて僕が出かけたんだから…………あ」
ようやく全員が気付いた。
「千鶴の行き先は新撰組屯所か」
「誰か侵入できる策を考え付く人、居ます?」
全員が首を横に振る。
「そんなら決まってるだろ」
お恋がきっぱりと言った。
「正面から乱入してあに様連れ出して帰る!」
す、す、と足袋の音が廊下を打つ。
「まあ上がりな。遠慮する事はねえ」
山崎が襖を開けた。
「上がりな……此処にか?」
襖の向こうは蒲団が堆く積まれた板の間。
「仕方ねえだろう。女連れ込んだなんてバレちゃ事だ」
「私は女ではない」
「男と言い張っても無駄っちゃ無駄だろ。他の隊士のぱっと見が重要なんだよ」
山崎は喉の奥で笑った。
「それでも男と知っている私を、貴様は何故欲する?」
板の間にきちんと正座した姿は。
「座れば牡丹っていうが……どちらかというと水仙だな」
ニヤニヤと笑いながら、山崎は言う。
「ああ、テメエは男だ。だが美貌、品、教養、そして悪魔の知謀! 全てを兼ね備えている」
うっすらと千鶴は笑う。
「確かに……池田屋までは私の策に狂いは無かった」
「そう、それだ。池田屋で俺はお前を出し抜いた! 能力が上の者の言う事を聞くのは当然だろう!?」
興奮する山崎と鎮まる千鶴。
「その通りだ。無能な者は有能な者の命令に従う。それが道理」
「解っているじゃねえか!」
「して、貴様は何を望む?」
山崎は千鶴の視線まで腰を屈めた。
「俺の手足となれ」
体が震える。
「何のために」
山崎はごそごそと囁いた。千鶴の髪を引っ掴み顔を上げさせて。
「俺はこの新撰組が欲しい! 監察なんて忍び仕事じゃなくて局長の座が欲しいんだよ!」
髪に力が込められるも、苦痛は顔に出さない。
「俺の女になると誓えよ?」
髪を更に引っ張る。
「俺の為にその悪魔みていに良い頭を使えよ! そのとびきり上玉の顔を使えよ! さあ、さあ! 誓え!」
千鶴は山崎に飛びついた。
その唇に自らの口を押しつける。
「これが答えだ」
山崎は勝ち誇った。
「ちょっぴり痛かったぜ?」
「……・口吸いは初めてだったのだ」
「じゃあこの先も初めてか?」
「ああ……なれど……こう云う時は相手の身の上話を聞くと相手が溺れ斬りやすい、と聞いたぞ?」
「誰に……?」
千鶴は無表情に男の名を言った。
「吉田稔麿だ」
と、言っても彼は溺れさせられた挙げ句捨てられたがわだった、と言っていたが。
「へえ……じゃあ吉田先生のご教授、身の上話を聞かせて貰おうか」
「うむ……。私は会津の生まれだ」
会津の苗字帯刀を許された家、文石、その家の長男として千鶴は生まれた。母親は父親が身請けした遊女であった。
お母さんそっくり。綺麗ねえ。
口々に褒めそやされた言葉の裏の棘を敏感に感じ取っていた。
その母親は千鶴が乳離れした頃、死んだ。その頃から父親は千鶴に女の子の着物ばかりを着せ続ける。
三歳になった時、妹と母親が同時に出来た。
腹違いの兄妹。
後妻は、千鶴の母親の妹。
二人は従兄妹同士でもあったのだ。
「こちらでは、子供が学問を学ぶところを寺小屋というのであったな?」
寺小屋で千鶴は神童とまで言われた。誰もが千鶴の出世を信じて疑わなかった。
たとえ、二度の遊女の身請けで経済的にひっ迫した家であっても。
お恋はお転婆で有名であった。
女の兄さん男の妹。
皆に揶揄されてきた。
千鶴は十二になっても未だ女の着物を着ていたのだ。
「それは父の遺言だった」
父は十の時死んだ。風邪をこじらせてあっけなく。そして亡き妻そっくりの千鶴を枕元に呼び、命じた。
「女の格好をしていなさい」と。
前妻に未練があったのだろう。余程の未練だったのだろう。義母は遺言を守り続けた。
その内義母が男を連れて来るようになった。千鶴はきっとこの方が新しい父上になるのだ、と思う。私は誰とも縁の無い子になるのだな、とも。
お恋はその男によく懐いた。男もお恋を可愛がった。
けれど。
千鶴は如何してもその男が好きになれない。男が偶に見せるじっとりと湿った目が、嫌だ。
ある日、義母が出かけている時に男が訪れた。お恋は庭で遊んでいる。
「母上なら留守にしてらっしゃいます」
「じゃあ、待たして貰うよ」
座敷に坐る男に茶を持って行く。
「どうぞ」
湯呑を置こうとした時、いきなり手首を掴まれた。湯呑が転がって砕けた。
「何をなさいます!?」
着物の帯が男の匕首で切り裂かれた。
「やめろ! 放せ!」
必死に抵抗する肌が撫でられる。ぞっとする。
「あに様!」
「お恋! 来てはならぬ!」
着物の前がくつろげられた時、大人の男達の声がした。
「お前! 何してんだ!」
村の男達をお恋が呼んできたのだ。意味は分からぬが兄が危機と感じたのであろう。
その場は逃れた。その場は。
話を聞いた義母は、烈火の如く怒った。男にではなく、千鶴に。
「お前が! お前が誘ったんだろう!」
湯呑や掛け軸の千切った物や、花瓶を投げつけられる。
「違います違います」
「やめて! やめて母様!」
「黙っていなお恋! 千鶴、如何しても違うっていうんならね、証明してみなよ」
懐刀が畳の上に転がる。
「それであんたが死んで、あの人が涙一つ零さないなら信じてやっても良いよ」
手は伸ばせなかった。
「ほら出来ない! 親が淫乱なら子供もかい!」
俯いたまま、義母に頼んだ。
「せめて……刀で切腹を」
武士の子として死にたかった。
母親は逆上した。
「ふざけるな! あの人の刀にはお前の汚らわしい手なんか絶対に触らせないよ! 絶対に!」
父親の残した刀は無銘の日本刀。古くもない。
「お前がそこまで言うんなら。分かったよ! ちょっと待ってな!」
義母が帰ってくるまでの間の十分ほどの時間、どれだけ長く感じた事か。
「あに様、あに様、死んじゃ嫌だあ」
泣いている妹を抱き締め続けていると、昼間助けてくれた男達が入って来た。
「良いんですかい?」
「ああ、言っとくけど手加減なんかするんじゃないよ」
お恋が剥ぎ取られた。
「やめろ!」
着物が引き裂かれる。小さな足をバタつかせると、それも易々と床に縫いとめられた。
「やめてえーーッ」
泣き叫ぶことしかできない。懐刀に手が届かない。怖い。怖い。
「助けてええーーーッ」
誰に救いを求めたのかは分からない。
ずんばらり。
上に乗っかっていた男のこめかみから上がずれた。
べちゃ、と情けない音を立てて床に肉体の一部が落下する。
思い出したように血飛沫が上がった。
「ぎ……・ぎゃああああッ」
男達が悲鳴を上げる。
父の残した刀を握っていたのは九歳のお恋。
彼女は目覚めたのだ。
天与の剣の才能と。
殺人の快楽に。
千鶴の上に乗っていた男がごとり、と落ちた。
我先にと逃げ出す男達。その出口をお恋が阻んだ。
「逃がさない……」
ニイ、と口元に奔る。漆黒の笑み。鬼の娘。
一斬で一人の男の左脇腹から右肩までを斬り上げる。
次の男は顔面に刀を一直線に突き立てる。
最後の男は首を斬りおとした。残った唇が「あひ」と音を出した。
血に塗れた娘に義母は完全に腰を抜かしていた。
ゆっくりと刀を握ってお恋が近付いていく。
「お前、私が誰か分からないのかい?」
ひたり。滴る血。
「母様だよ! 私は母様だよ!」
ひたり。
「助けておくれよおッ。私はお前の事は愛してるんだよおッ本当だよオッ」
「そんな事」
頭上に日本刀を振りかぶる。
「知った事じゃないよ」
義母は脳天から唐竹割にされた。
「お……お恋……」
恐怖で動けない。自分も殺されるのだろうかと。
「あに様……」
お恋はぺたり、と地に足を着けた。
「僕……捕まっちゃうのかなあ……」
お恋は自分を助けようとして、血の性に目覚めた。
「逃げよう。お恋」
「何処へ……?」
「私が考える。案ずるな。お恋」
逃げる荷物を纏めていると、箪笥から小さな紙が出てきた。
タイトルは「千鶴元服名案」。
高元。白村。秀秋。最後の案だけが義母の字であった。
「忠朋」
その日、千鶴は女の成りのまま、妹と二人ぼっちで元服した。
逃れ逃れて江戸へ。そこで高杉晋作と出会う。
「へえ、ガキの頃から男を垂らし込む奴だったんですか」
山崎が鼻を鳴らす。
「ああ……だから怖くて堪らない……男と言う者が」
「誇り高いアンタが何でそこまで俺に言う? 俺も男だぜ?」
腕を伸ばした。両腕が掴まれる。
「貴様だから、言うのだ」
闇夜を影が走る。屋根の上を誰にも気づかれず。
先頭はお恋、次に令尼、慶庵、赤燕と続く。
誰も何も言わない。言う必要はない。何か言うエネルギーがあるなら走る方へ使う。
新撰組屯所の壁は高かった。
見張りの二人に慶庵が麻酔針を噴きつける。あっけなく見張りは昏倒した。
「あれ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃありませんよ、あんな即効性の麻酔」
閉じられた扉に赤燕が火薬球を投げつけた。扉に大穴が開く。
「な、何だ!?」
闇夜の人は見えない。僅かにでも顔に灯りが当たろうとすれば即座に破壊する。
「何だお前達は!?」
取り囲んだ四人をお恋が刀、令尼が血吸いの札、慶庵が毒針、赤燕が素手で、斃す。
「僕達が何だって?」
お恋が刀を肩に担いだ。
「ただの人斬り集団だよ!」
「襲撃だあああーーーッ」
屯所内に大声が響き渡る。即座に大声を出した者をお恋は斬り捨てた。
「何者なんだああーーッ」
令尼の周りを侍が取り巻く。
「言ったでしょう」
円を描いて貼られる血吸いの札。
「ただの人斬り集団だって。オン!」
一気に血吸いの札が赤く染まる。
「俺はどっちかっていうと斬るより薬で治しますよ? あ、縫いはよくするかな」
前方の隊士に手術縫合用の針を飛ばす。
「ぐあ……」
「何だ……苦しい……」
狩衣の裾に手を突っ込む。
「古代呪術の結晶の毒薬、とでも言っておきましょうか」
「ただのニコチンだろう」
「うるさい。令尼」
遠くから援護部隊が走って来る。
「騒がせてすまねえなッ」
火薬球がその者達に炸裂した。
「あ!」
隊士の一人が声を上げた。
「沖田隊長だ! 沖田隊長が来てくれた!」
一人の隊士が振り返って沖田の元に走って行く。
「もう如何しようかと思いましたよ! 良かった! 沖田隊長が居てくれ……て?」
一瞬の移動。
その間に駆け寄って来た隊士を沖田が斬り捨てたのだ。
「局中法度。敵に背中を見せる事許さず。これを犯した者、切腹」
沖田がとうとうと言う。確かに腹を切り裂かれている。
「お、沖田隊長! テメエ、テメエが沖田隊長なんて大声出すからーーッ」
逆恨みで一番初めに声を上げた人物に一人が斬りかかる。
刀が届く前に、その隊士も腹を斬られていた。
距離は五メートルほどあるというのに。
「局中法度。私の争いを許さず。これを犯した者切腹」
隊士たちがお恋達の方を見たまま下がって行く。
異様な光景だった。
「で、人が気持ち良く寝てる時に叩き起こした理由は何だ?」
隊士の一人が指差す。
「敵襲です!」
「あ、そうなの。じゃ、おやすみ」
「は……?」
確かに沖田は寝間着姿ではある。が。
「ちょっとちょっと沖田隊長! それ、敵に背中見せる事になりますよ!」
「っていうか敵襲ですよ! 日本語通じてます!?」
「あー、俺、眠い時は英語しか通じなくなるんだ。ちょっと英語で言ってみて」
「え……あ……ヘイ」
「GOOD EVENING」
「全然分かりませんでしたけど、雰囲気的におやすみって言ってるでしょ、そうでしょ!」
「そこまで分かった君は英語の素質がある。頑張れ。挨拶程度なら簡単だ。ちなみに俺は挨拶で挫折した」
「やかましーわ! 沖田隊長! ちょっと! 何で戦わないんですかあッ」
沖田が面倒臭そうに振り向いた。
「だって……俺、鬼と戦いたかったんだぜ?」
お恋を指差す。
「そいつは今鬼じゃねえ。俺と同じ獣に成り下がっちまった」
「……・如何いう意味?」
お恋が刀を正眼に構える。
「そういう意味だよ。殺したいままに殺すのが鬼。何かを守ろうとして戦うのが獣」
落ちていた小石をお恋に投げつける。
刀で叩き落とした姿を見て、また嘆かわしそうに言った。
「ほらな」
お恋はぎっと見つめる。
「だから如何いう意味だよ」
「いちいち説明させんなよ。面倒臭え。要するにさっきの石。鬼の頃のテメエなら絶対刀で弾いたりしねえ。刀が傷ついて切れ味が悪くなるのを嫌がる」
もう一度小石を投げる。今度は手前に落ちた。
「けどテメエは今刀より自分を庇った。殺すことより命を優先した。そんな奴はもう鬼と呼べねえ」
「待って!」
まただらだらと帰って行くのを制止する。
「何?」
「沖田総司。こんな言葉を知ってるか?」
正眼に据えた刀を上段に持ち換え、跳ね上がる。
「弱肉強食」
「ふん……」
ガキン。
刀が受け止められた。
「獣でもお相手願いますってか?」
「生憎、今は先を急いでいるから、鬼に戻った時に派手に斬り合いたいね」
「こちらも生憎。起きちまった以上はテメエを殺さなきゃなんねえ」
「行って!」
お恋が三人に叫んだ。
「此処は僕が始末する! だから行って!」
「で、でもこの人数だぜ!?」
「命令に従わず不利益を招く無能者は必要無いってあに様なら言うよ!」
「はあっ」
三人が盛大に溜め息を吐く。一斉に。
「やっぱあいつの妹だわ」
「極めて妹らしい」
「教育間違ってんじゃないですか?」
ぼやくと即座に屯所室内に飛び込んだ。
「急ぎましょう。時間が無い」
慶庵の言葉に頷くのを最後に姿が見えなくなる。
「何か探し物でも?」
「何で?」
「何か建物壊さないようにしてるっぽいなーと思ったんでね」
「正解。世界で一番大事なものを探してるんだ。金銀財宝も届かないくらいの音」
「うわ、台詞イタッ」
三人の方に唯一居た隊士が走って来る。
「沖田隊長! そいつおん……」
駿足だった。「女」と云い切らぬ内に隊士の首と胴体が離れていた。
「ったくテメエは磨きまくって光ってる玉だったってのに。余計な金玉まで付けちまいやがって」
沖田が上段から斬りかかる身長差からして肩口を斬られる。
「付いてないよ、失礼だな」
スライスされるはずの肩だったが、血が噴き出すだけで済んだ。
済んだ。と思う。まだ死んでいない。
「斬られる瞬間、体をずらして致命傷を避けてるな。何処の流派か聞いても良いか?」
「聞いても良いけど君も答えなよ」
「え……いや……有名だぜ」
「うわーちょっと有名になったらもう自分を知らない人はいないと思ってる、直ぐ流行が廃れる有名人みたいな台詞」
わざと遠い目をしてやると、向こうも刀を下段に持ち直し。
「長ッ! ちょっともったいぶった俺はそんなに悪いのか!? ま、とにかく、天然理心流。テメエは?」
「あー、僕は」
下段に構えた相手にわざと同じ下段で挑む。
「我流!」
刀同士が鍔迫り合いをする。
「我流って……要するに自分で適当にやってるって事じゃねえか……」
「適当じゃないもん。真剣だもん」
「いや、そっちの適当じゃねえんだけど」
互いの刀を弾きあう、二メートル距離を取った。
ドガン!
派手な爆発音がした。同時に火薬の匂い。
「良かったね。探しもの見つかったよ」
「俺も良かった。テメエに鬼の瞳が戻って来たからな」
「そっか。じゃあ……」
「行くぜ……」
お互い刀を平突きに構える。
「ハアアアアアアアアアッ!」
ゴー ファイト!
布団の置き部屋で、山崎は不審な物音に気付いた。
「何だよ……お楽しみはこれからって……と……きに……?」
体が痺れているのだ。しかも焼けつくように熱い。
「貴様……私の口を吸った時に痛い、と申したな」
千鶴が小さな赤い舌を出した。
舌の上には。
「針……!?」
口から針をそっと抜きだす。
「まさか……」
「想像の通りだ……。毒針よ……。貴様はいと容易き者だな……」
ぐらり、と山崎の体が傾ぐ。
「う……うう……熱い……熱くて……寒い……」
千鶴も息が切れ始めていた。
「そうであろうな……楽に死ねると思うなよ……」
震える指を山崎に向ける。
「言っておいたであろう……これが私の答えだと」
「そんな……・お前も……鬼……だ……」
そのままぱくぱくと口ばかり動かす。
「ふん……もう口も利けぬか……。脆すぎる男だな……」
嘲笑しながらも千鶴の体も倒れていく。
「ふん……存外……心地良いものだな……お恋がハマるのも……分かる」
目を閉じようとしたその時、扉が開いた。
「お前の妹はギリギリで帰ってきてるぜ」
「……赤燕……」
「無茶をしましたね。毒針を口に含むなんて」
「慶庵……」
「正気じゃないのは分かってましたよ。解ってませんでしたか? 慶庵様」
「令尼……」
「すっかり生意気になった令尼……あれ出しなさい」
令尼が肩から下げていた袋から小瓶を取り出した。
「解毒剤です」
「飲まぬ……」
「飲め」
「飲まぬ……私の……失策のせいで……吉田は死んだ……生きる価値など……私には無い……」
令尼がいきなり千鶴を蹴った。
「勝手言ってんじゃねえや。何人も殺した俺を生かしといて自分は死にてえだ? テメエは三文芝居の主人公か」
「……」
ぐい、と赤燕が千鶴の襟首を掴んで壁から遠ざけた。
「耳塞げ。鼓膜破れるぞ」
ドオン!
壁が火薬球によって爆破される。
耳を塞ぎ、目を閉じ、縮こまっている千鶴を慶庵が無理やり壁の穴へ引っ張っていく。
「あれを見ろ」
目をぎゅっと瞑る。
喉元に冷たい感触を受けた。
「見ねえと斬る」
おそるおそる目を開ければ、喉元に突きつけられたのは、義母の形見の懐刀。下で戦っているのは……。
「お恋!?」
全身を斬られ、血を流しながらも沖田総司と獣の食い合いをやっているのだ。
「やめろ……」
二の腕から血が。
「やめろ……」
太腿から血が。
「やめろ……」
脇腹から血が。
「やめろ……」
「嘘吐くんじゃねえよ」
その場の三人の声が見事に揃った。
「テメエは維新活動にかこつけてるが、本当の目的は、お恋に思う存分人を斬らせてえからだろうが」
「お恋が愉しく生きられるようにしてえからだろうが」
「戦場で死なせたいからだろうが」
「お恋……」
千鶴は叫んだ。
「やめるな! その戦いを存分に愉しめ!」
赤燕が音響球を投げた。
千鶴の声が届いたかどうかは分からない。本人達が絶対に教えないから。
ただ、夜空に開いた真紅の花火は、とてもとても綺麗だった。
「はあ……ようやく鬼に戻ったってのに……敵前逃亡かよ……」
屯所の囲いを乗り越えようとするお恋に、沖田総司がぼやく。
「悔しいんなら上ってくればあ?」
「ふっざけんな人の足おもっクソ斬りやがってよお……」
「傷跡も刺青みたいで格好良いかもよ?」
「……それもそうか。いや、傷痕と刺青が合体して新たな絵を描くってのあ如何だ?」
「その趣味、最高!」
「ん?」
「如何した? トシ」
「この状況で如何した? とか聞けちゃうあんたが如何した? だよ」
「あ、ああー。お前が作ったエロ俳句ならきちんと捨てといたぞ。正直、触るのにもだいぶ抵抗があったけど」
「あ、いや、今花火がな……。って近藤さん!? 捨てたの!? 俺が玩具奴隷達との愛しき日々を書いた俳句、捨てたのか!?」
「ごく純粋に気持ち悪い俳句だったわ!」
「この間出来た「俺のモノ 熱さに氷も 溶け落ちる」なんて最高の出来だったぞ!」
「今気付いたけど季語が入ってないよね! 川柳だよねそれ! つーかな! そのごっつ下ネタの何処が良いんだ。言ってみろ!」
「想像してみろよ。………………………………分かるだろ?」
「ちょっと想像しちゃった自分が憎い! お前の兄さんからの返事如何書けば良いんだ俺は!」
「え? 兄貴から手紙来てんのか? 何でだ?」
「お前の行いを赦してくれという嘆願書だ馬鹿野郎――ッ」
「明里、どないしたんや?」
「花火の音がしたんよ」
「こんな季節に花火?」
「きっと夢や。夢の花火やろ……」
「おい! 龍馬! 花火だぜ花火!」
「おおー遠くにこんまく見えたのお」
「……あたし見えなかった……。二人とも……ずるいずるいずるいずるい……」
「落ち着かんかいおりょう! 今度は近くで見せたるからな!」
「おおッ何処の祭りだ!?」
「お前も来る気かい、八雲……」
「何なんだよその態度の差!」
「差がなかったら帰って気色悪いわ!」
「龍馬様と八雲君だけで盛り上がってる……ずるいずるいずるいずるいずるいずるい……」
2006年ごろ初稿 2018年9月23日誤字脱字訂正




