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第3話 「選ばれた紬希と選ばれなかった2人」


第3話 「選ばれた紬希と選ばれなかった2人」



ひなた――


わたしは、陽翔くんと紬希ちゃんから少し離れたキッチンとの境目に立っている。

もちろん、透明人間だけど──2人の会話は、はっきり聞こえてくる。


紬希ちゃんの、あの甘い声。


「二人の痛みも、陽翔さんの痛みも、ぜんぶ、ぜんぶ、私が受け止めますから」


なんて……すごいな、紬希ちゃん。

わたしには、まだ、あんな聖母みたいなセリフは言えないや。


陽翔くんが、紬希ちゃんの卵焼きを口に運ぶ。

その一口一口を、わたしは、ただ、じっと見つめてる。


(おいしい.…..よね。だって、紬希ちゃんは、お料理、上手だもんね)


陽翔くんの「いつもありがとう、紬希」っていう優しい声。

その声が、わたしの胸を、ナイフみたいに、ちくりと刺す。


わたしも、言われたかったな。

わたしも、陽翔くんに、わたしが作った朝ごはん、食べてほしかったな…。


でも、ダメだ。そんなこと、考えちゃダメ。

今は、紬希ちゃんが選ばれたんだから。

わたしは、笑ってなきゃ。


ぎゅっと拳を握りしめる。

陽翔くんが笑ってる。

紬希ちゃんのおかげで、少しだけ元気になったのが分かる。


それで、いいんだ。

それが、一番、大事なことなんだから。


わたしは、大丈夫。

わたしは、太陽だもん。

陽翔くんを照らすのが、わたしの役目だもん。


涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえて、もう一度、口角をぐいって上げる。


(よかったね、陽翔くん。今日も、おいしい朝ごはんが食べられて)


でも、本当は、叫びたい。


「わたしも、ここにいるよ!わたしも、陽翔くんのこと、だーいすきなんだよ!!わたしも、陽翔くんの、お嫁さんなんだよ!!!」


──次は、選ばれたいな。



美月 ――


ばかみたい。

目の前で繰り広げられる、甘ったるい茶番劇。


紬希が、陽翔の頬にキスをする。

「私が、受け止めますから」──なんて、安っぽいヒロインみたいなセリフ。


受け止める? あなたに、何が分かるっていうのよ。

陽翔の、あの無理して作った笑顔の裏にある、本当の絶望を。

毎晩、悪夢にうなされて、わたしの名前を呼んでた夜を。

あなたは、知らないくせに。


嫉妬? ええ、してるわよ。

狂ってしまいそうなくらいにね。


あなたの、その大きくて柔らかい胸も。

陽翔に「あーん」してあげてる、その、わざとらしい卵焼きも。

全部、全部、引き裂いてやりたいくらいに、腹が立っている。


でも、それ以上に──

それ以上に、わたしは、あなたに感謝している。


ありがとう、紬希。

あなたが、そうやって、必死に道化を演じてくれているおかげで、陽翔は今、ちゃんと息をすることができている。

あなたが、彼の脆くて壊れそうな心を、その偽物の優しさで、必死に支えてくれている。


卵焼き、少し、しょっぱそうね。

あなたの涙の味かしら?


わたしには、できない。

あなたみたいに、聖母のような顔で笑うことは。

ひなたみたいに、太陽のような笑顔で全てを照らすことも。


わたしにできるのは──


目を閉じる。

目の前の、二人だけの世界をシャットアウトする。

そして、頭の中で、次の完璧なプランを組み立て続ける。


次に、わたしが選ばれた時。

わたしは、陽翔を甘やかしたりしない。

慰めたりもしない。

ただ、わたしという“女”で、あなたを骨の髄まで、溺れさせてあげる。


この残酷なゲームのことなんて、一瞬でも忘れさせてあげる。

紬希のことも、ひなたのことも、そして、死んでしまった昔のわたしのことさえも、全部、頭から消し去ってあげる。


だから、今は──

せいぜい、ままごとみたいな朝食を、楽しんでいなさい。


本当の“快楽”は、わたしが教えてあげるんだから。



「「ごちそうさま」」


俺と紬希、二人だけの、甘くてちょっぴり切ない朝食の時間が終わった。

俺は、再びリビングのソファーに戻り、食後のコーヒーをチビチビと飲んでいる。


この朝食は、はたから見たら残酷な光景に思えるかもしれない。

でも、『誰が選ばれ、誰が消えても、態度を変えない』それが、俺たち夫婦で決めたルールだ。

だから、俺は今、普通に過ごしている。


紬希が、空になった皿をキッチンに運んで、二人分の食器を洗い始める。

水の音が、静かなリビングにまで届いてくる。

その時、俺の背後で、ふっと、空気の密度が変わるのを感じた。

さっきまでいなかったはずの、二つの大切な気配が、またこの世界に戻ってきたのを。


紬希は、食器を洗う手を止めなかった。

それどころか、振り返りもしない。

そのまま、いつも通りの明るく優しい声で、でも、全員に聞こえるように大きめの声で言った。


「ふふっ♡ 今朝の、陽翔さんったら、とっても、甘えん坊さんだったんですよ?」


紬希が、洗い終わった皿をきゅっきゅ、と布巾で拭きながら続ける。


「卵焼きも、ぜーんぶ、綺麗に、食べてくださって…。『いつもありがとう』だなんて、そんな、嬉しいことまで、言ってくださったんです。だから、私、今日の夜ご飯は、もっと、もっと、腕によりをかけて、陽翔さんの、だーいすきな、ハンバーグを、作ってあげようかなって、思ってるんですよ♡」


それは、ひなたと、美月への、報告なんかじゃなかった。

ましてや、自慢なんかでも、断じてない。

それは、紬希なりの、宣戦布告であり、そして、二人への、エールでもあるように感じた。


『今朝は、私が勝ちました。でも、次は、どうなるかわかりませんよ?だから、あなたたちも気を抜かないでね』

と。


そして、紬希は最後に、ふぅ、と、一つ息をつくと、本当に、本当に、小さな声で、俺にも聞こえないぐらいの声で、ぽつり、と、呟いた。


「…おかえりなさい。ひなたさん、美月さん。…また、頑張りましょうね。私たち」


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