第1話 「甘い朝と地獄の選択」
https://48493.mitemin.net/i1030359/
神はいるかって?
それは知らない。
ただ、悪魔が存在することを、俺は知っている……
朝。
俺が、コーヒーを片手にソファへ腰を下ろし、テレビのニュースをなんとなく眺めていると、背後から足音が近づいてきた。
最初に現れたのは、紬希。
肩までのツヤツヤの黒髪をゆるくまとめ、桜色のエプロンを紐で結んだまま、てちてちと小さな足音を立てて俺の背中へ駆け寄ってきた。
「陽翔さん…おはようございます♡」
首に柔らかい腕が後ろからぎゅっと回されると背中に大きくて柔らかいものが当たるのを感じる。
隣に座り、腕に頬をすり寄せられると、シャンプーの甘い匂いがふわっと香った。
次に、元気いっぱいの声が響く。
「だーりん! おはよっ!」
ひなただ。
明るい蜂蜜みたいな明るい茶色の髪を肩口で揺らし、スリッパをぱたぱた鳴らしながら俺の背中に飛び込んでくる。
さらに、後ろから肩へあごをちょこんと乗せて覗き込む。
「もー! またコーヒーだけなの? 朝ごはんはちゃんと食べなきゃだめなんだからねっ!」
頬をぷにっと突かれて、思わず苦笑いを浮かべる。
彼女の弾ける笑顔は、部屋の空気を一気に明るくする。
そして、最後に静かに隣へ座るのが、美月。
日本人の父と外国人の母を持つハーフで、月光のように淡く輝くプラチナシルバーのストレートの髪を、サラりと腰へ垂らしている。
猫柄のもこもこルームウェアに包まれた彼女は、何も言わずにそっと俺の腕へ頭を預ける。
「…ん…。まだ眠い…」
小さく呟いたその声は、控えめなのに妙に心をざわつかせる。
三人の違う温度が、同じ朝の空間で重なる。
ただの何気ない朝なのに、幸せすぎて胸の奥が少し痛む。
──その瞬間、世界が止まった。
テレビの音が途切れ、スリッパの音も、コーヒーの湯気の揺れも、すべてが凍りつく。
紬希の体温も、ひなたの笑顔も、美月の吐息も、まるで時間の中に封じられたように何も感じられない。
間もなくして、目の前に、赤黒く滲んだ“血文字”が1文字づつ浮かび上がって来る。
【心して選べ】
A. 紬希と朝食を摂る
B. ひなたと朝食を摂る
C. 美月と朝食を摂る
その下に、もう一行。
※選択しなければ、全員が消える
そして、禍々しい装飾が施された砂時計が、ふっ、と宙に現れ逆さまにひっくり返る。
中に入った血のように赤い砂がゆっくりと、しかし、確実に落ち始めているのが見えた。
「……わかってるよ」
陽翔は、静かに呟いた。
この感覚。
この空気。
この選択。
何度も、何度も、繰り返してきた。
選べば、2人が傷付く事になる。
しかし、選ばなければ、全員が消える。
「……クソみたいなルールだな」
目を閉じる。
心が痛む。
でも、選ばなければならない。
陽翔は、ゆっくりと手を伸ばし──
A. 紬希
──選んだ瞬間、世界が動き出した。
テレビの音が戻り、湯気が揺れる。
紬希はまだ腕に擦り寄っている。
ひなたと美月は、まるで最初からそこに居なかったかのように消えていた。
だが、彼女たちの瞳は、確かに陽翔を見ていた。
選ばれなかったことを、理解した瞳で。
それでも、触れることはできない。
声をかけることも、できない。
陽翔は、紬希の髪にそっと手を添えながら、心の中で呟いた。
「……ごめん。ひなた、美月」
そして、朝は続いていく。
甘くて、苦くて、残酷な朝が。




