#98 三橋の言い分
『【新たな予言】まばゆい黄金の檻の中で、五羽の鳥が高らかに歌声を響かせている。彼らの羽ばたきは、歓びの風を呼び、すべてを祝福するよう。だが、その檻の鉄柵の隙間から見えぬ影が忍び寄るのだ。それは、末の雛鳥だけを狙う忌まわしき囁きという名の毒矢。やがてその歌声は震え、純粋な魂は静かに闇へと閉じ込められていった。2043年7月13日・9:30』
この文章を読んで頭に浮かんだのは、不安を抱えたままホテルに閉じこもっているハヤト君の姿。咄嗟にスマホを手にしたが、砂川さんにもハヤト君にも電話するのは憚られた。
ログインしっぱなしにしていたDチャットは、再び慌ただしく流れ出す。
『〈糸井〉Pitterでデモ用ハッシュタグが作られたようです。かなり拡散されてます。
#もうAIに振り回されない!
#芸術にAIはいらない
#文学にAIはいらない
#AIから文化をとりもどせ
#反AIリテラノヴァデモ』
『〈惣領〉ハッシュタグと一緒にリテラ・ノヴァのリンクを投稿して、10時に一斉にアクセスするよう呼びかけてるようです』
『〈合田〉10時にサイトダウンする可能性が高い
他部署のみなさんそのつもりで』
『〈遠藤〉Pitter公式アカウントでアクセス集中による接続障害について注意喚起しておきます。AIチームさん復旧にどのくらいかかりそうですか?』
『〈合田〉騒ぎが収まるまでサイト利用は無理かもしれない
繋がっても翻案生成できない可能性
生成中にダウンするとエラー発生も』
『〈佐伯〉課金サービスはすぐ止めてください
総務からPitterで通知をおねがい』
『〈合田〉すぐ止めます』
『〈遠藤〉承知しました』
私は慌ただしく書き込まれるチャットと、パソコン・モニターに映る『さいねっと』の中継とを交互に眺めていた。
画面隅に表示された時刻は『9:42』。警察が即席で用意した一角にメディア関係者は集められたようだが、『さいねっと』はポジション取りに失敗したのか好位置とはいえない。画面のほぼ左半分がビルで、残り半分にデモ集団。しかし撮影位置が高く、道路の向かい側の歩道で通行人がスマホを掲げる姿も捉えている。
ビル玄関から一定の距離をあけて警察が立っていた。規制線は張られていないが、デモ参加者たちは節度を保って大人しくプラカードを掲げている。どこかで叫ぶ声をマイクが拾っているが、距離があるらしく内容は聞き取れなかった。今のところビル前の集団はシュプレヒコールなどはあげておらず、参加者同士で話している。前列中央にいるのが、ツインテールのルミ。
突然、警笛が鳴り響いた。
Deeeeepライブ後の騒ぎがフラッシュバックし、思わず体が強張る。それと同時に、動画配信者が現場に向かうという情報を思い出して動画サイトにアクセスした。そこには警笛から逃げる「三橋」の姿が映っている。
『ミスったな〜。まあ、こんだけスマホ構えてる人がいるんだから、俺らが配信するのも問題ないっしょ』
『三橋さん、予言信者はあっちです』
『リヒューマニティの主催者に突撃したかったけど、やっぱ無理だよね。戸塚ちゃん』
『デマ終了後ならいけるんじゃないですか?』
『さすが、戸塚ちゃん賢い。ってことで、お待ちかねの突撃インタビュー! 行くぞ!』
カメラは人混みを抜けた直後、背後を振り返った。視点が低いせいか、『さいねっと』で見るよりも群衆に圧迫感があり、思ったよりビルまで遠い。上に向けられたカメラがビルの全景を捉え、それが見慣れた景色だったことに私は動揺した。この中に蒼君たちがいるのだと思うと、言いようもない不安が押し寄せてくる。
カメラは再び三橋を映し、リヒューマニティと距離を置いた場所でプラカードを掲げる10人ほどの集団に接触した。彼らはてんでんばらばらに「AI予言を公開しろー!」「非公開データを共有しろー!」と声をあげている。
『ちょっと、すいませ〜ん。あなたは予言を信じますか?』
三橋は他人を苛つかせる演技じみた口調で話しかけた。その場にいた人たちが、怪訝そうに三橋を見る。
『何? 撮ってるの?』
カメラを睨んだ女性のTシャツには『AI撲滅』と印刷されている。
『はい〜。ライブ中継中なんですよ。Japan突劇隊!って、知りません?』
その言葉に数人が顔を見合わせたのは、おそらく知っているから。三橋もそう感じたのか『三橋です〜』とグイグイ近づいていく。信者たちが拒否する様子はなく、むしろ映されることを望んでいるようにも見えた。
『ところで、みなさんは予言を信じてるんですよね?』
『信じる信じないじゃなくて、予言は当たってますよね。だったら、リテラ・ノヴァは世の中のためにAI翻案を公開すべきです』
『そうです。こんなデモが起こってるのも予言の制裁なんです。だいたい、リテラ・ノヴァはコモンズ拡大を目指して作られた図書館だと言いながら、その一部を特別扱いして非公開にしてる。だから犯罪が起きるんです。最初から全公開していれば、Kは犯罪を犯さずに済んだんです』
あまりに無茶苦茶な理屈に、呆れを通り越して笑いが漏れた。三橋は実際に声を出して笑っている。
『いや〜、俺も予言騒動を追ってたので経緯には詳しい方なんですけど、そういう主張は他では聞きませんね〜。潜在的な予言信者がけっこういるってことは肌で感じてるんですけども、その中でもみなさんはちょっと、……いや、かなり特殊な主張をしてるっていう自覚はおありですか?』
『少数派だから間違ってる、頭おかしいっていう考え方はどうかと思います』
『別に頭おかしいなんて言ってませんが、まあ、みなさんの主張がどうかってことについては、ライブを見てる視聴者の方々がそれぞれ判断してください。
じゃあですね、ちょっと気になること質問していいですか?
先ほども聞こえてきたんですが、みなさんKに対して同情的ですよね。でも、あっちの人たちの中にはKの解雇を訴えてる人もいるみたいなんです。放っといていいんですか?』
『そういう声があがるのは仕方ないことです。Kが非公開データを盗んだのは事実ですから。でも、今後すべての翻案を公開すればKのような犯罪者は出ません』
『あ! なるほど〜。店の商品をぜんぶ無料にしちゃえば、万引き犯はいなくなるっていう理屈ですね!』
三橋の煽るような返しに、意図せずスカッとするのは複雑な気分だった。一方、予言信者たちは確実に不機嫌になっている。そして、三橋はさらに焚きつける。
『予言元になってる翻案、元はリテラ・ノヴァユーザーが課金して生成したものですよね。俺だったら、金払って生成した翻案を電子書籍とかにして「リテラ・ノヴァで生成したので予言が載ってるかも〜」って有料販売します。そしたら買ってくれます? 金出して翻案生成してる人に対して、自分たちの主張が図々しいって自覚ないんですか?』
『NPOのくせに金とる方がおかしいだろ。課金システム自体が間違ってる!』
三橋の主張の方がまともに思えてきて頭がクラクラした。
『まあまあ、落ち着いてください。リテラ・ノヴァがコモンズの拡大を目的としてるなら、課金システムはおかしいってことですよね』
『そりゃそうでしょう』
『じゃあ、リテラ・ノヴァには無課金サービスだけやってもらって。そうしたら営利目的と批判されることもないでしょうし。まあ、つまりは、パーソナライズ翻案をやめればOKってことじゃないんすか? それで翻案データは全部公開されますしね』
思わぬ発言に私はドキリとした。三橋の視点はかなり鋭い。そして、蛇のようにしつこい。
『でも、本当にそうなったらみなさん困りますよね〜。だって、予言はパーソナライズ長編翻案の中にあるって話なんですから』
『だから、パーソナライズ翻案含めてすべて無課金にして、公開に同意した人だけが生成できるようにしたらいいんです』
『いや〜、それはけっこう無理があるでしょ?
DRIの財務諸表とか確認されました?
AI免税業者で、コモンズAI社会実装モデル事業補助金とかももらってるのに、儲けはまったく出てませんからね。まあ、NPOなんで当然っちゃ当然なんですけど』
『あんた、さっきから何なんだ?』
『そうよ! さっきからずいぶんDRIの味方してるじゃない。もしかして、DRIの職員なんじゃない?』
『おい! DRI職員がいるぞ! 動画撮ってやがる!』
『いや、ちょ……、戸塚ちゃん。こいつら俺より迷惑系じゃね? 一旦撤収。カメラは止めるなよ。怪我したら映像が証拠になるんだから』
『カメラ止めろ!』
『壊せ!』
『クソッ! てめぇら、機材壊れたら賠償請求してやるからな!』
警笛が響き、警察官が人混みをかき分けて姿を見せる。予言信者たちが怯んだ隙に、三橋と戸塚は持ち前の逃げ足の速さでその場から逃亡した。機材にアクシデントがあったのかライブ配信は唐突に終わり、パソコン・モニターでは『さいねっと』のアナウンサーが「後ろのほうで何かもみあいが起きたようです。警察がさきほど向かいました」と伝えている。
ライブ配信は終わっても、動画のコメント欄の勢いは変わらなかった。三橋はDRI擁護のような発言をしていたが、ここはそうでもない。
『AI免税に補助金。国民の血税使ってまでAI翻案なんてやる必要ある?』
『政府とズブズブなんだろうな。DRIの佐伯って元弁護士、コモンズAIやAI倫理関係の政府の委員会に名前載ってる』
『三橋もDRIから金もらってたりして』
『もうすぐ10時だよ』
10時という文字が見えて、私はPitterを確認した。
『みなのもの用意はいいか』
『スタンバイOK』
『フライングアクセスしちゃったぜ』
『リテラ・ノヴァ一部サービス止めたね』
『アクセス集中によるシステムの遅延が予想されるため課金サービスは一時停止らしい』
『クソだな』
『制裁不可避』
加速するタイムラインを見つめていると、ある文章が頭に蘇った。
――泥濘に足を踏み入れたわたしは、すでに漆黒の闇に飲まれかかっていた。もがいても抜け出すことは叶わず、冥府の使いに足首を掴まれ、確実に堕ちていこうとしている。罪人に朝の光は似合わない。地下深くへと続く階段の先で、訪れるはずのない彼を待つ、夜の住人となるのだ。――
予言『漆黒の夜』の元になったAI翻案抜粋文の後半部であり、一希君が盗んだ非公開データの一部。この文章を翻案生成した著作権者も、この騒ぎをどこかで見ているはずだった。その人がどんな気持ちでいるのか、私には想像がつかない。
じきに、『さいねっと』に映るデモ参加者は、声をあげてカウントダウンを始めた。Pitter投稿は追う気にもならないほどあっという間に流れていく。




