↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter11 サイバー犯罪
PR
74/150

#73 AI予言

『七月の空を仰いだ。煌めく天の川は、わたしを暗闇へと押し流していく。牽牛の瞳がとらえるのは織姫ばかりで、その眼差しが地上に向くことはない。泥濘に足を踏み入れたわたしは、すでに漆黒の闇に飲まれかかっていた。もがいても抜け出すことは叶わず、冥府の使いに足首を掴まれ、確実に堕ちていこうとしている。罪人に朝の光は似合わない。地下深くへと続く階段の先で、訪れるはずのない彼を待つ、夜の住人となるのだ。 #闇ハヤト文体 #AI翻案抜粋』


 翻案予言botは、このAI翻案抜粋から『7月に大都市で大停電が起きる』という予言をしていた。そして、「なぜ都市なのか」「なぜ停電なのか」という部分について、予言信者たちは活発に議論してきた。


『煌めく天の川』が大都市の街の灯を表しているとか、『漆黒の闇』だから停電だとか。こじつけようと思えばいくらでもできる。しかし、解釈を巡る議論が尽きなかったということは、翻案予言botの解釈に違和感を覚えていた信者が大勢いるということだ。


 一方、『7月に、天は罪深い人々に制裁を加え、彼らを闇に突き落とすだろう』という新解釈へのPitterの反応を見ると、予言信者に広く受け入れられているようだった。


 だが、この新解釈の驚異的な拡散スピードはそれだけでは説明がつかない。蒼君の見解は、「AI予言が〝SHOW〟に変化したから」ということだった。予言は漠然とした大きな災厄の襲来ではなく、罪人が裁かれるのを見物する見世物(ショー)に変わったのだ。


 罪人は誰なのか。

 AIはどうやって罪人を裁くのか。


 人々はそれを予測し、AIによる正義の鉄槌を期待している。そして、〈漆黒の夜【公式】〉は最初からそれを意識しているように、私には思えた。


〈漆黒の夜【公式】〉は、新解釈予言を投稿した後に「制裁」に関する投稿を続けてしている。


『AIは、人間の行動パターンと社会規範の逸脱をデータとして認識します。倫理的アルゴリズムは、統計的に「罪」と見なされる行動の傾向を抽出可能です。予言が示す「制裁」とは、そうした人間の行いに対する、ある種の必然的な帰結です。2043年6月29日・14:00』


『AIがもたらす「制裁」とは、物理的な破壊を意味するものではありません。それは、人間の集合的行動が引き起こす、社会システムの崩壊や、個人の信用失墜といった、より根源的なものです。データは、そのメカニズムを明確に示しています。2043年6月30日・7:00』


 市原は自分のスマホで〈漆黒の夜【公式】〉のページを開き、未チェックだった今朝の投稿を声に出して読んだ。そして、「やっぱ怪しいよねえ」とAIエンジニアのふたりに向かって言う。


「AIの専門家から見て、この〈漆黒の夜【公式】〉ってどうなの?」


「要注意ではあるよな?」


 一希君はそう言って蒼君に話を振ったが、実のところ、蒼君と合田部長と一希君の間では、〈漆黒の夜【公式】〉が例のハッカーではないかという仮説を立てているらしい。それを市原に話すかどうかは微妙なところ。


「新田さんの言う通り、9階でも注視してるんです。AIアカウントだと宣言した上で、AIによる制裁に言及してますから。

 翻案予言botは『bot』と言いつつ、投稿は明らかに手動でした。一方、〈漆黒の夜【公式】〉は乱れのないAIらしい文章ですし、実際にAIアカウントなんだと思います。ただし、AIの発言内容は偏ったチューニングがされている。AIに関する知識をある程度持っているのは間違いないでしょう」


「そのチューニングをしたのは人間なのよね。ってことは、AI予言信者を増やすためにこのアカウントを運用してるのかな? 宗教でも始めるつもりとか?」


「宗教という表現はちょっと行き過ぎな気がします。確信はありませんが、僕は〈漆黒の夜【公式】〉の目的が『制裁』のような気がしていて、それを正当化するための刷り込みというか、洗脳みたいなものをこのアカウントで試みているんじゃないかと」


 蒼君は、現時点では「ハッカー=〈漆黒の夜【公式】〉」という仮説を市原に教えるつもりはないようだった。


 市原は「制裁かあ」とつぶやきながらスマホを触っていたが、予言「漆黒の夜」の元になったAI翻案抜粋文を読んでいたらしい。


「予言の『制裁』の相手はこの翻案抜粋からじゃわからないよね。まあ、どうせ自分が制裁加えたい相手を選ぶんだろうし、罪なんていくらでもでっち上げれるから。

 理久だってそうだよ。何もしてないのにフェイク写真で悪者にされて、ネットで叩かれただけじゃなくて、暴力まで振るわれて――あっ!」


 市原がパッと目を開いた。その瞬間、彼女が次に何を言うか察したのは、私だけじゃないらしい。蒼君と一希君はチラと視線を交わしたが、市原の発言を遮ることはなかった。


「ねえねえ、あのデマ投稿したアカウント乗っ取り犯が〈漆黒の夜【公式】〉ってことはない?

 〈漆黒の夜【公式】〉がPitterアカウント作ったの今月になってからみたいだし、タイミング的にはぴったりだよね」


 私と一希君が無言で蒼君を見ると、市原は「図星?」と前のめりになる。


 蒼君は答える前に店内を見回した。私たち以外にも1人客がいたが、イヤホンをつけてスマホに見入っているようだった。


「同一人物という可能性も一応頭に入れてます。できれば同一人物でないことを願ってるんですが」


「そうなの? 同一人物なら、逮捕の手がかりを掴めるかもしれないんじゃない?」


「そう上手くいけばいいんですけど、例のハッカーはけっこう厄介な相手なんです。技術もおそらく高い。そのハッカーが〈漆黒の夜【公式】〉だとすると、世間を騒がせるのが目的の愉快犯だという可能性があります。

 AI予言や漆黒の夜という言葉を使っているのは、きっと注目を集めるためでしょう。制裁のターゲットがひとつとは限らないですし、投稿内容からすると予言という形で罪人を吊し上げて、制裁はネットリンチという形のように読めますが、ライブ事件では負傷者も出てる。それに、市原さんがさっき指摘した、デマで罪人をでっち上げるんじゃないかというのは僕も同意見です。

 要するに、厄介で危険な相手なんです」


「そっか。ライブで負傷者出しても罪悪感を感じず、さらに何かやらかそうとしてるってことだもんね。警察は〈漆黒の夜【公式】〉には目をつけてるのかな?」


「SLNに〈漆黒の夜【公式】〉のことを伝えたので、おそらく警察も把握してるはずです」


 市原は「おお」と感嘆の声を漏らして合掌した。


「頼もしいなぁ。惣領君の言うことなら警察も耳を貸してくれそうだもんね」


 拝むように手を摺り合わせる市原。すると、一希君までが深刻な口ぶりで「本気で拝んだほうがいいかも」と呟いた。


「新田さん」


 蒼君が呆れたように言うと、一希君は「違うって」とスマホ画面を全員に見えるように置く。


「これ見ろよ。〈漆黒の夜【公式】〉が予言文を投稿した。どう見ても犯行予告だろ」


 そこには、たった今投稿されたばかりの〈漆黒の夜【公式】〉のポストが2件表示されていた。


『消費の獣に魂を売った者たちよ、その渇きを満たすは幻影に過ぎぬ。汝らの心を弄ぶAIの囁きは、やがて不協和音となり、耳を劈く叫びへと変わる。偽りの羅針盤は狂い、欲望の航海は座礁する。七月の闇は、その欺瞞のエンジンを停止させるだろう。#AI予言 2043年6月30日13:30』


『【AI解析:欺瞞のエンジン】 上記予言が示す通り、消費者の行動をAIで巧妙に操作し、購買意欲を煽る者たちのシステムは、個人の自由な選択を阻害し、不必要な消費を煽る行為に他なりません。我々のAIは、このアルゴリズムに内在する「欺瞞」と、それがもたらす社会的な歪みを検知しました。7月、この「欺瞞のエンジン」は停止し、その実態が白日の下に晒されるでしょう。これはAIが導き出す必然の帰結です。2043年6月30日13:30』


 読み終えた市原はひと言。


「予言者は惣領君だったね」


「惣領の頭はAI並みだからな」と一希君。


「新田さん、冗談言ってる場合じゃないです。すぐ上に戻りましょう」


 蒼君と一希君は残っていたカレーをかき込むと、「じゃあ」と席を立って出ていった。その慌てぶりとは裏腹に、私は少しホッとしていた。


 本当に〈漆黒の夜【公式】〉があのハッカーだったら、匠真と一希君が予言騒動に関与している証拠を持っているかもしれない。私は、「制裁」の対象がふたりなのではないかと内心ヒヤヒヤしていたのだ。しかし、〈漆黒の夜【公式】〉が投稿した予言文を見る限り、ターゲットは企業。


「ちょっと、理久。すごい勢いでリポストされてる」


 市原に促されて自分のスマホで確認すると、予言投稿のリポストは数分で300を超えていた。引用リポストやリプライもかなりの数だ。

 

『漆黒の夜、前夜祭!』

『来る七月、カス人間にAIからの審判が下る。乞うご期待』

『楽々バザールの広告ウザいのAIのせい。制裁希望』

『欺瞞のエンジンってインサイト・エンジンのことじゃね? データ収集エグいって噂』


 早々と「罪人」探しが始まっていた。インサイト・エンジンという会社は名前を知っている程度。事業内容までは把握していないけれど、そこそこの規模の企業だということは間違いなかった。


「やっぱり犯行予告のつもりよね?」と市原。


「犯行予告っていうか、暴露の予告みたいな感じじゃない? 蒼君が言ってたみたいに、ネットリンチを見越して『制裁』って言ってるのかも。

 あと、文体がちょっとハヤト文体っぽいっていうか――」


「あっ! 『#ハヤト文体』ってつけてリポストしてる人いるよ。どう考えても意図的にハヤト文体に寄せてるんだって。じきに、リテラ・ノヴァの翻案じゃないかって言う人も出てくるよ。

 理久、私たちも戻ろう。糸井部長に報告したほうがいいんじゃない?」


 急いでコモンズカフェを出てキュレ部に戻ったが、糸井部長の姿はない。しかし、探す必要もなく、糸井部長からDチャットでメッセージが届いた。


『〈漆黒の夜【公式】〉が予言を投稿しました。この件について意見交換を行います。至急、倫理法務部の佐伯部長の執務室まで来てください。招集メンバーはAIチーム/合田・惣領・新田、キュレ部/糸井・本宮』




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。