#52 夏至の嵐
「理久さんもターゲットだったかもしれないっていう話ですよね?」
うつむいたままの私の代わりに、蒼君が確認するように砂川さんに問いかけた。
「それもですが、……結城先生の名前が出ていたようですが」
部屋の外に声が漏れるのを心配してか、砂川さんはひそめた声で答える。私は覚悟を決めて顔をあげた。3人とも心配そうに私を見ている。
「証拠はなにもありません。ただ、状況的に彼かもしれないと思っただけです」
「状況というと、SLNビルの写真ですね。先日うちを訪ねて来られた時に撮られたもののようですが、あの時、本宮さんは偶然ビルの下で先生に会ったとおっしゃっていました。
もう1枚の写真についてですが、これは今日第二駐車場で撮られたものです。あの時、惣領さんは盗撮されたような気がすると言ってました。それがこの写真だったのかもしれません。惣領さんを写真から消したのは、こっちの密会写真の信憑性を高めるためでしょう。
しかし……、本宮さんはこちらの写真も彼が撮ったとお考えですか?」
「かも、しれません。もしかしたら、彼もスタジアム周辺にいたかもしれなくて」
話のなりゆきで予想はしていたようだが、砂川さんもハヤト君も驚いた様子だ。
蒼君が『Japan突劇隊!』の例の動画をスマホに表示して、「これなんですけど」とふたりに見せた。彼らもこの動画のことは把握していたようだった。
「Deeeeep女子のインタビュー動画ですよね。内容も確認しましたが、これに何か映ってたんですか?」
「最後の方に映り込んでる人影が、結城先生かもしれないそうです」
蒼君はあの人影が映る数秒を再生してみせた。が、やはりふたりの反応は微妙。ハヤト君は首をひねり、砂川さんは言葉を探すように指先で顎を揉んでいる。
「あの、本宮さん。先日お話したときも感じたんですが、結城先生とは親しくされているんですか?」
聞かれて当然の質問だった。適当に誤魔化せば蒼君は合わせてくれるだろうが、私の疑念はふたりに理解してもらえない。
「実は、大学の頃、短い期間ですけどお付き合いしたことがあるんです。DRIに就職するって伝えたら、喧嘩になって別れました。ご存知でしょうけど、彼はAIを毛嫌いしているので」
「なるほど。それで、ハヤトへの嫉妬だけじゃなく、本宮さんに対しても何かしら思うところがあるってことなんですね」
砂川さんはなんとも言えない複雑な表情だ。
「そうかもしれません。結城先生はけっこう皮肉屋なので、売り言葉に買い言葉で、顔を合わせると言い合いになることも多くて。先日もそうだったんです」
「しかし、動機はあっても状況証拠だけで決めつけるわけにもいきません。結城先生が今回の件に関与してるかどうかは、翻案予言botの情報開示がされれば明らかになることです。先走ってはこちらが名誉毀損で訴えられかねませんし、やるべきことを粛々と進めていくのがいいでしょう。DRIさんの方でも何かしら対応されるでしょうし、具体的に決まったら教えていただけますか?」
はい――と私が答える前に、蒼君が会議の時のように片手をあげた。
「リテラ・ノヴァのサイト上に、今回の件についての経緯を載せる予定です。先ほど会社と連絡をとってそういう話になりました。まだ準備中ですが、公開前に内容確認のためメールを送ります」
「そうですか」と、砂川さんは肩の荷がひとつ降りたような表情。一体、いつの間にそんな話に――と時計を見るとすでに午後7時半を回っていて、窓の外は薄暗くなっている。
「私が気絶してる間にそんな話になってたのね」
「理久さんのスマホにも、糸井部長から電話がかかってきてると思います。僕の方にはネットで事故を知った合田部長から連絡があって、ひと通り状況は説明しておきました。たぶん、佐伯部長を含めた3人がオフィスに集まってるはずです」
「じゃあ、早く戻らなきゃ」
「今日は帰れと言うことです。理久さんはまだ目が覚めてなかったし、僕もいちおう負傷者なので」
「えっ?」
彼は「軽い捻挫です」と、ソファーの陰に隠すように引っ込めていた右足首を見せた。スニーカーの踵を踏んづけたその足には、肌色のテープがぐるぐると巻かれている。
「ごめん。私のせい――」
「じゃないです」と、蒼君は強引に私の言葉を遮る。
「理久さんのせいじゃないです。だから、謝らないでください。責任は翻案予言botにとってもらえばいいですから」
頷きはしたけれど、罪悪感が消えることはなかった。標的にされたのは私で、蒼君は私を守ろうとして怪我をしたのだ。本当に匠真のせいだったらと考えると、余計に申し訳なさが増してくる。
「匠真に、連絡をとってみたほうがいいのかな……」
ぽつりとこぼすと、砂川さんが「それはどうでしょう」と低く唸った。
「連絡をとるにしても、個人ではなく会社として連絡したほうがいいと思います。ふたりとも今回の件で有名人になってしまいましたし、下手に個人で動かないほうが」
「あの、砂川さん。『ふたりとも』って言うのは?」
「ああ、本宮さんは知らないんですね。実は、翻案予言botが投稿した写真だけじゃなくて、本宮さんと惣領さんが一緒に映ってる写真もPitterに流れてるんです」
言葉を失って蒼君を振り返ると、彼は目が合うなり「みたいです」と肩をすくめた。大したことじゃないというような表情と態度に、溢れかかっていた不安が萎んでいく。砂川さんは、彼のその様子に呆れと感心とが半々といった表情だ。
「惣領さんについては、Deeeeepの公式アカウントやSLNのサイトや本社に、写真の男性は所属タレントじゃないのか、研修生じゃないのかって問い合わせが来てるんです。私が本宮さんのために用意した案内係じゃないかって。公式アナウンスを読めばそうじゃないってわかるはずなんですけど」
「惣領さん、僕の後輩ってことになってますよ」
ハヤト君が冗談っぽく口にする。
「それは光栄ですけど、数日放っておけば忘れられます。ネットなんてそんなものです」
蒼君はまるで他人事のようだったが、砂川さんは「いえ」と大きく首を振って否定した。
「アイドルのファンを甘く見ない方がいいです。惣領さんは無自覚なようだけど、芸能界ウェルカムな顔ですから。ハヤトみたいな派手なタイプではなく、イルキ系の化粧映えする整った顔立ちなので、プロの手にかかったらかなり、グッと」
砂川さんはハンターのような目つきでこぶしを握りしめた。ハヤト君が声をあげて笑い、蒼君は意味不明といった表情で首をかしげている。改めて蒼君の横顔をながめてみると、確かに砂川さんの言う通りな気がした。
「蒼君ってイケメンだったんだね。近くにいるからか気づかなかった」
「……理久さんまで、からかうのはやめてください。そういうのは合田部長だけで十分です」
それまで淡々としていた蒼君が、照れたようにフイと顔をそらした。ハヤト君と砂川さんには彼のその態度が意外だったらしく、一瞬ポカンとした表情を浮かべたあとクスクスと笑う。
今はすっかり嵐の最中にあるけれど、どうかこの笑顔が消えませんように――私はそう祈ったのだった。




