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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter7 理想像
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#30 新たな予言

『七月、大都市に大停電が起きる』


 この予言の元になったAI翻案抜粋は6月2日に投稿されており、次のようなものだった。


『七月の空を仰いだ。煌めく天の川は、わたしを暗闇へと押し流していく。牽牛の瞳がとらえるのは織姫ばかりで、その眼差しが地上に向くことはない。泥濘に足を踏み入れたわたしは、すでに漆黒の闇に飲まれかかっていた。もがいても抜け出すことは叶わず、冥府の使いに足首を掴まれ、確実に堕ちていこうとしている。罪人に朝の光は似合わない。地下深くへと続く階段の先で、訪れるはずのない彼を待つ、夜の住人となるのだ。 #闇ハヤト文体 #AI翻案抜粋』


 翻案予言botのこれまでの予言文と異なるのは、実際に起きれば広範囲に被害が生じる「大きな予言」だということ。これは小山内さんが臨時会議で言及した「話題性のある予言」そのものだ。


 そして、リポストした投稿のタグに「ハヤト」の文字が入っていることも他の予言とは違う。


 私は翻案予言botの投稿を通知設定にしていたため、投稿直後にこの予言を知ることになった。そろそろ小腹が空いたからコモンズ・カフェに行こうかと考えていた、午後1時半のことだ。


 糸井部長と市原は不在で、私は蒼君に報せておこうとDチャットを開いた。すると、その直後に蒼君からのメッセージが届いて、じきに彼の方から8階のキュレ部にやってきた。


 ちょうど居合わせた櫻井さんが「あらあら、いらっしゃい」と、数年ぶりの親戚との再会みたいに言い、蒼君は少し居心地悪そうにペコと頭を下げる。そして、気恥ずかしさを誤魔化すように私のパソコンモニターに目をやった。


「理久さん、PC使っていいですか?」


「うん、どうぞ」


 蒼君は立ったまま前かがみでキーボードを操作し、『Sheeeeep★Oracle』を開いた。


「やっぱりまだ載ってませんね。手動で投稿アドレスをコピペしてるみたいだから、この予言が載るのは夜になりそうです。それまでにPitterで拡散するかもしれません」


「小山内さんが言った通りになったね。これまでの投稿より大胆になった感じがする」


 蒼君は私の言葉を咀嚼するように数秒押し黙り、「この文章」と予言元になった『たまこ』のAI翻案抜粋を指差した。


「検索したけどコモンズ・ギャラリーにはありませんでした。それも懸念点ではありますけど、気になるのはタグです。

 多くの人が検索する『#ハヤト文体』ではなく『#闇ハヤト文体』という、検索に引っかかりにくいタグを使ってる。でも、予言騒ぎに興味を持ってる人なら知ってる『#AI翻案抜粋』というタグもつけている。

 自分の投稿の影響範囲をコントロールしようとしているように見えます。そのやり方に、自己保身と自己顕示欲の両方を感じます」


 蒼君は慎重に言葉を選んでいるようだが、言いたいことは察せられた。


「それって、翻案予言botと傾向が似てるって意味よね? もしかして『たまこ』が翻案予言botの別アカウントだって考えてる?」


「ふとそう感じただけです。何か動きがあればそういう視点での分析もしてみようと思いますが、このアカウント、2月に作ってから『仕事つかれた』とか『上司うざい』とか、誰でも言いそうな愚痴を2、3日おきくらいに投稿してるだけなんですよね。

 翻案抜粋投稿は6月2日だから、PitterでAI翻案予言が話題になってる最中だったし、気まぐれで投稿しただけかもしれません。でも、アカウントのアクティブ期間が翻案予言botとほぼ一致してるのが気になります。

 理久さんの勘はどうですか?

 このアカウントと翻案予言bot、同じ人物だと思います?」


 こんなふうに聞くということは、蒼君も可能性のひとつ程度にしか考えていないということだ。たったひとつのAI翻案抜粋だけで同一人物かどうか判断するのは難しいだろうけれど、私はむしろ、蒼君の直感に期待してしまう。


「蒼君の見解を聞いたあとで勘もなにもないよ。もう、そうかもしれないって思い始めてるから。それより、私が気になるのは」


 今度は私がモニター画面を指さした。そこにあるのは『闇』の文字。


「この人、ハヤト君の著作読んでる気がする。マイクロノベル翻案のハヤト文体には絶対に出てこないような比喩が使われてるけど、こういう暗さ、初期の平井先生の著作にはありそうな雰囲気なのよね。

 でも、『#闇ハヤト文体』というタグは、平井先生に対して好意的な感情を抱いてるようには思えない。なんていうか、ハヤト文体で騒いでるDeeeeepファンに向けて、『おまえらの見ているキラキラしたハヤトは幻想だ』って突きつけてる感じ? うまく言えないけど」


 文学キュレーターでありながら、自分の言語化能力のなさにうんざりする。しかし、蒼君はちゃんと汲み取ってくれたようだった。

 

「わかりますよ。この文章の特徴、僕が以前話したパーソナライズ長編翻案の特徴が顕著に表れてるじゃないですか。『内省的で自罰的』。でも、理久さんが言ったように『闇ハヤト』は逆に他罰的な響きがあります。

 もしかしたら、翻案生成者と投稿者が別ということもあり得ますね。生成した翻案データを友人や知人に送ってるユーザーもいるみたいですし」


「他人の著作物を勝手にあげてるかもしれないってこと?」


「そういう人、たくさんいるでしょう? 著作権に意識的なのは、仕事なり趣味なりでクリエイティブ活動に関わっている人くらいです」


 蒼君の意見を肯定する代わりに、私はひとつため息をつく。


 反AI派にクリエイティブ分野の人が多いのはそういうことだ。しかし、クリエイティブ分野と言っても文学、音楽、アニメーション、演劇、ダンスなど様々で、いくらでも細分化しようと思えばできる。そして、普段から著作権について意識している人でも、自分と関わりない分野の著作権については何も知らなかったりするのだ。


 私自身、映像関連の著作権が文学と比べ物にならないほど複雑だと知ったのは、ハヤト文体の影響でAI生成アニメが流行した後のこと。


「理久さん。ひとまず夜までは様子を見て、『Sheeeeep★Oracle』に掲載されてからPitterの動向を分析することにします。あ、でも、掲示板ではすでに盛り上がり始めたみたいですね」


 蒼君が『Sheeeeep★Oracle』を全画面表示にし、掲示板『予言情報求む』に寄せられたコメントをスクロールした。すでに翻案抜粋文がコピペして書き込まれており、30秒もおかずに新しい書き込みがされていく。


『なんでこの文章で大都市?』

『都市部でも大停電になったら星空きれいっていうじゃん』

『過疎った田舎はいつでも星きれいだぞ』

『今回の予言解釈わかりにく』

『わかりにくいのは平常運転だけど確かに解釈が飛び過ぎてる感』

『こじつけ。7月に計画停電あるの毎年のことだし』

『計画停電wwww予言ちゃうやん』

『確信犯的予言的中』


 蒼君がスクロールする手を止めて「なるほど」と感心した様子で書き込みを読んでいる。


「確かに、東都は毎年7月から夏場は計画停電がありますね。堂坂も去年やってましたし。この掲示板、けっこう興味深い考察してくれそうです。

 理久さん、この掲示板キュレ部に任せていいですか?」


「もちろん。そもそも予言関連の動向はキュレ部で調べろって言われてるし」


 何気なく答えると、蒼君がじっと私を見つめてきた。


「何か変なこと言った?」


「……いえ。でも、何かできることがあったらいつでも言ってください。僕で役に立つかどうかはわからないですけど、話を聞くくらいはできるし」


 慎重な口ぶりで、蒼君がパーソナライズ翻案のことを言っているのだとわかった。


 ここ数日、ずっと話題にするのを避けたまま、「どうやったらパーソナライズ翻案をやめずに済むか」という問いだけがぐるぐると頭の中を巡っている。オフレコではなくなったのだから蒼君に相談しても問題ないのに、何の希望も見つけられない状態で、怖くて先送りにしていた。


「僕じゃなくても、抱え込まないで話せる人に話してください。じゃあ、僕はそろそろ9階に――」


「嫌なの」


 衝動に駆られるように口をついて出た。


「パーソナライズ翻案がなくなるの、嫌なんだよね」


 口にした瞬間、私が言いたいのはこれだったのだと、腑に落ちた気分になった。


 倫理的に何が正しいとか、NPOとしての義務とか責任とか、そういうのとは別のところにある、ただのわがまま。感情だけでそんな発言をするのはDRIの職員としては無責任だし、そういった発言で蒼君に失望されるのも嫌だったのだ。


 でも、口にしてみたらなんてことないことだった。


「僕もです」


 蒼君は普段より柔らかな眼差しを私に寄越し、満足そうにキュレ部を出ていった。胸にあったわだかまりがスルスルと解けていく感覚があり、さっきまでとは一転、絶対にパーソナライズ翻案をなくさなくていい方法を見つけてやるという使命感が湧いてくる。


「惣領君って、思ってたより表情豊かなのねえ」


 櫻井さんが、親戚の子どもに向けるような眼差しで蒼君の後ろ姿を見送っていて、私はつい笑ってしまったのだった。


 その後、『Sheeeep★Oracle』の掲示板では予言解釈議論が続いていたが、Pitter上では予想していたほどの騒ぎにはならなかった。理由は、予言文とAI翻案抜粋とが、夜になっても『Sheeeeep★Oracle』に掲載されなかったためだろう。


 予言元の投稿に『ハヤト』という文字が含まれているからではないか、というのが糸井部長の見解だった。サイト運営者は、スターライト・ネクストからの要求を期待以上に守っているということだ。


 また、ハヤト文体を生み出してきたハヤトファンたちは、「こんな暗いのはハヤト文体じゃない」と、あまり興味を示さなかった。そして、『闇』という言葉に批判的な意図を感じた人は私以外にもいたらしく、「ハヤトを貶めるために文章も自作したのでは」という趣旨の投稿もいくつか見られた。


 結局、この予言投稿でアラート通知が鳴ることはなく、トレンドに載ることもなかった。そのため、DRI内には安堵の空気が広まっていたが、それは予言投稿直後のこと。


『七月、大都市に大停電が起こる』という予言投稿は、誰も予想していなかった形でジワジワとインプレッション数を伸ばしていた。


 最初、この予言は『Sheeeeep★Oracle』の掲示板で『漆黒の夜』と呼ばれるようになった。また、Pitterの防災啓発アカウントが、この予言文を利用して『災害はいつ起こるかわからない。万が一に備えることは今できる』と、備蓄を呼びかけ始めた。


 この啓発投稿は「予言文の引用利用は不適切」と指摘する声があってじきに削除されたが、この小さな炎上とも言えないほどの拡散が影響し、日本最大の掲示板『Qちゃんねる』に「予言:漆黒の夜」という専用スレッドが立てられて、予言信者たちがそこに集まり始めた。『Sheeeep★Oracle』より活発な議論は、1週間経っても沈静化する気配がない。


 その影響で翻案予言botの予言投稿もダラダラとインプレッション数を伸ばし続けて、『漆黒の夜』という呼び名もPitter上で定着しつつあった。


 事件が起きたのは『漆黒の夜』の予言から10日後の6月16日。『Sheeeeep★Oracle』に次のような予言が掲載された。


『今年の夏至(6月21日sun)に我らがアイドルHが不祥事を起こしてグループは解散の危機を迎える?』


 個人名とグループ名がぼかされたこの予言は、Pitter上では『今年の夏至にハヤトが不祥事を起こし、Deeeeepは解散の危機を迎える』という、具体的な内容に変換され、Deeeeepファンの阿鼻叫喚とともに、瞬く間に拡散していったのだった。

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