#28 臨時会議再び
6月3日午後の臨時会議は、「予言」に関する情報共有と対応策の検討が目的だった。
前回の臨時会議と同じメンバー、同じ席順。昨日と今日の午前中とで整理した『Sheeeeep★Oracle』関連情報と、ネット上の反応分析を糸井部長が報告している。蒼君の分析データとコンテンツ・キュレーション部の報告書は事前にD−Baseで共有され、全員が確認していたため驚きの声はなかった。
会議室は独特の緊張感が漂っていた。去年の、ハヤト文体流行時の臨時会議は、緊張しながらも少々浮かれがあったが、今はただただ不穏な空気が満ちていた。唯一変わらないのは、佐伯部長の感情の読めない表情。
糸井部長に続いて、合田部長が報告を始める。ここ数日間のリテラ・ノヴァサイトへのアクセス数の伸びを報告すると、何人かは複雑な表情を見せた。利用が増えるのはありがたいが、それが予言絡みの野次馬であることは間違いなく、翻案を読みもしない人たちなのだから仕方ない。しかし、ほんのごくごく一部ではあるけれど、ユーザー登録した訪問者もいたのが幸いだ。
翻案予言botに関する分析は、蒼君が外部端末アクセス不可に指定したわりに、期待したほどの内容ではなかった。これまで私との雑談で彼が指摘してきたもので、翻案予言botが意図的に広く拡散されそうなタグを避けていること、一貫してリプライに無反応であること、にも関わらず予言まとめサイトの登場で一気に注目度が上がり、予言投稿から派生したツリーで「予言肯定派」「予言否定派」の不毛な論争が繰り広げられていることなどが報告された。
合田部長の報告が終わると、佐伯部長は会議の参加メンバーの顔をゆっくりと見回した。その視線は最後に、ほんの一瞬私に向けられ、私はいよいよだと密かに覚悟する。
佐伯部長がパーソナライズ翻案見直しを撤回する気配はなく、DRIの正式な検討課題になるという事実が重く胸にのしかかった。
「では私から」と、佐伯部長はおもむろに口を開いた。
「みなさんならおわかりだと思いますが、現状はとても危ういです。このAI翻案予言に関する投稿には、今のところリテラ・ノヴァに対する直接的な批判は含まれていません。しかし、誰かが何かひと言でも声をあげればひっくり返る可能性はあります。
去年の秋から冬にかけて、私たちはAI翻案マイクロノベルの流行で対応に追われました。AIチームはもちろん、キュレ部はメディア対応に、カンサポ部はユーザーサポートに。あの時のような状況が、良くない形で起こり得るということです。
ネット上に流れている、『#AI翻案抜粋』のタグを付けた短文は、コモンズ・ギャラリーにあるものなら基本的に誰でも自由に利用でき、コモンズ・ギャラリーにないものであれば、リテラ・ノヴァで生成したものだとしても著作権と責任はDRI以外の個人または法人にあります。
つまり、この一連のAI予言騒動について、DRIは誰に対しても著作権を理由に訴えることはできないということです。ただし、パーソナライズ翻案ユーザーから相談があった場合は、積極的に協力すべきでしょう。
最大の問題は、この予言という形での拡散が、個人対個人の争いで収まらず、社会現象を引き起こしかねないということです。1999年のノストラダムスの大予言のように。
もし仮にそのような事態に陥り、AI翻案が社会に混乱を招くなら、リテラ・ノヴァを一時閉鎖してでも収めなければなりません」
私と糸井部長以外、すぐには佐伯部長の言葉を飲み込むことができなかったようだった。
数秒間の沈黙のあと、私の隣でカウンセリング・サポート部のふたりがヒソヒソと囁き合うのが聞こえてくる。蒼君が何か言いたげに私を見ている横で、合田部長が「ちょっといいですか」と手をあげた。
「佐伯部長の言葉は、最悪のパターンを想定して、それに備えよという意味で理解しました。しかし、仮にあるひとつのAI翻案抜粋が予言としてバズったとしましょう。それだけでリテラ・ノヴァを閉じる必要があるでしょうか?
むしろ、そういった状況での閉鎖は世間の興味を煽るだけだと思います。まさに、『Sheeeeep★Oracle』がサイト一時閉鎖後にPitterで話題になったように。
我々は、どのような状況でも淡々と業務をこなし、その上で法的にどう対処できるかを見当すべきではありませんか?
もしAI翻案予言が元でリテラ・ノヴァを批判されるようなことがあれば、名誉毀損で訴えることもできるはずです」
佐伯部長は、合田部長の発言を肯定するようにゆっくりとうなずいた。
「合田部長のおっしゃったような対応をとることも必要です。しかし、それはすでに予言が拡散して何かしら起きたあとでの対応であって、そうなってからでは遅いのです。
20年ほど前、ある予言が原因で海外からの渡航客が減って航空機が減便し、デマの拡散に気象庁が注意喚起を促すという騒ぎがありました。たとえ法的に我々が責任を問われないとはいえ、もしリテラ・ノヴァの翻案でそういった事態が引き起こされたら、その後も胸を張ってこの仕事を続けられるでしょうか?」
私は20年前の予言というのが何かはわからなかったが、合田部長と糸井部長は心当たりがあるらしく渋い顔で押し黙っている。佐伯部長はその反応を確かめた上で、さらに続けた。
「まずすべきことは、リテラ・ノヴァとして『翻案は予言ではない』と広く伝えることです。サイトトップとPitterアカウントに掲載した注意喚起は、すでにみなさん確認済みだと思います。しかし、さらに踏み込んだ情報をユーザーに提供すべきと考えています。
具体的には、サイトに専用ページを設けることです。そこで、なぜAI翻案が予言のように読めてしまうのかということを、技術者の視点と、心理学的側面から説明する。Pitterにはそのリンクを貼り、短文での注意喚起を適宜行っていく」
佐伯部長の視線を受けて、カウンセリング・サポート部の蓮見部長が口を開いた。
「AIチームがAI翻案予言の分析をされていると聞いてますので、そのデータを元にカンサポ部で叩き台を作って、一緒に検討するのはどうでしょうか。
個人的には、もともと予言を信じない人たちにとっては『言われるまでもない』というような内容になるのではないかと思います。逆に、予言を盲信している人は、そういった情報を拒絶すると考えられるので、おそらく専用ページへのリンクを開くこともしないのではないかと。
かといって、佐伯部長のご提案に意味がないとは思いません。予言を信じない層と盲信する層の中間。頭では予言がただのこじつけだとわかっているけれど、不安を感じているという層は、意外に多いのではないかと思います。そういった層にとって、この試みは安心材料となるはずです」
「では、AIチームとカンサポ部で一度叩き台を作ってみてください。D-Baseで共有した上で検討しましょう。デザインに凝る必要はありません。わかりやすさを優先してください。具体的な期限は設けませんが、できるだけ早く」
佐伯部長の指示に、会議室のあちこちから「はい」と返事がある。間をおかず、彼女は「もう一点」と人差し指を立てた。
「パーソナライズ翻案についてです。これはDRIの中長期的展望を踏まえた上で慎重に検討すべきことですが、リテラ・ノヴァでパーソナライズ翻案を今後も継続していくべきかどうか――」
「えっ!」
小山内さんの声が佐伯部長の言葉を遮った。




