#26 言えないこと
Deeeeepファンはサイト改修を当然の結果と受け止めているようだった。サイト運営者への批判的な投稿がある一方で、予言の元になっているAI翻案抜粋はハヤト文体だと主張する人もいる。これはおそらく、ハヤト君が心配していたDeeeeepファンの予言信者――そんな気がした。
数日前とは明らかに状況が変わり、関連投稿のインプレション数をザッと眺めるだけでも、世間の関心が想像以上に翻案予言に向けられているのを実感する。
蒼君の眼差しはじっとモニターに注がれていた。
「翻案予言botのフォロワーも増えてるし、AI翻案抜粋だけじゃなく、予言投稿にもアンチがたかり始めてますね。Pitterでの関心が高まった状態でサイトが再開されれば、アクセスは思った以上に跳ねるかもしれません。サイト運営者はそれを狙ったわけではないでしょうけど」
「運営してるの、ハヤト君のファンでDeeeeepファンクラブのプレミアム会員なんだって。たぶん『ハヤト君のために』って思って、サイト始めたんじゃないかな。悪気がないほうがむしろ厄介よね。サイト改修もちゃんとやってくれるかどうか。砂川さんもハヤト君も心配してるんじゃないかな」
サイト運営者の情報に、蒼君は納得した様子だった。
「アイドルで200万人もファンがいれば、そういう、ちょっと注意が必要なファンもいますよね」
その言い方につい笑ってしまった。蒼君が「何か変なこと言いました?」と首をかしげる。
「『ちょっと注意が必要な』って言い方が蒼君っぽいなって思って。一希君なら『ちょっとヤバい』とか『ちょっと変』とか、ストレートに失礼な言い方しそうだから」
ふと違和感に気づいた。
「そう言えば、私が蒼君とここで話してるといつも顔出すのに、一希君は休み?」
「新田さんは今日、西京大の日です」
「あっ、そっか。じゃあ、共同研究のメンバーは一希君のままになったんだ」
「変える必要ないですから。それに、佐伯部長に言われたからかどうかはわからないですけど、新田さんにしては珍しく休みの日にここ来てたらしいです。普段、休みはしっかり休む人なのに」
「やる気になったってこと?」
蒼君は「たぶん」と、曖昧なうなずき方をする。
「AIチームが休みの日にここに来てすることと言えば、業務外の個人研究や共同研究です。あとはスキルアップのための勉強くらい。新田さんも、暇つぶしや遊びで来たわけじゃないと思いますけど」
脳裏に浮かぶのは、ResourcePROに入力された蒼君のプロンプトを見た時の、一希君の表情だった。改めて思い返すと、あれは蒼君の才能への嫉妬というよりも、一希君自身への失望だったのではないだろうか。それを機に一念発起したのならいいけれど、漠然とした不安を拭うことができなかった。
「あ、そうだ」
Pitter検索を続けていた蒼君が、手を止めて私に画面を向けた。
「この『茶の湯』って理久さんですか? 昨日、僕の『SOU』アカウントをフォローしてきた人」
「内緒にしておいて後で驚かそうと思ってたのに、なんでわかったの?」
「最近開設したアカウントみたいだし、『#AI翻案抜粋』以外の投稿がないですよね。それに、このアカウント名。理久さんの名前を音読みした『リキュウ』と、茶の湯の利休をかけてるんじゃないですか?」
ちょっとした遊び心でやったことだけど、こんなにあっさり解かれてしまうなんて。
「それで、翻案抜粋の感想は?」
私はモニターに表示された文章を指さした。私のパーソナルカウンセリング結果が反映された、長編翻案のごく一部。ほんの200文字ほどの抜粋だ。
『天が呼吸するようなオーロラの揺らめきに、衛は言葉を失った。レンズを空に向けてひたすらシャッターを切ったが、胸のうちにある畏怖は永遠に彼だけのものだった。孤島となった地球に、衛の息づかいとシャッター音だけが響いている。 #AI翻案抜粋 #本好きさんと繋がりたい』
「僕の翻案よりふわっとした表現ですね。ファンタジーですか?」
「SFファンタジーかな。コールドスリープで地球にひとり取り残された写真家の話。そこには千年後の生命体が住んでるの。たぶん、両親が死んだ時の孤独感みたいなのが心のどこかに残ってて、それでこんな話になったのかな。
でね、この抜粋、どんな予言になるか想像しながら探したの。オーロラといえば磁気嵐でしょ。『衛』は衛星の衛。衛が言葉を失って、地球は孤島になる。つまり通信不能になる。だから、予言は『磁気嵐による通信障害』――」
話し終える前に、クスッと蒼君の笑い声が聞こえた。
「変? 一生懸命考えたんだけど」
「一生懸命考え過ぎだと思います。これ、どっちかっていうと理久さんが好きな箇所を抜粋したんじゃないですか? あの時見せた僕のプロンプト参考にしてないでしょう? 場所も『地球』じゃ範囲が広過ぎるし、時期に関する記述が抜けてます」
図星を突かれたけれど、言い訳も用意してあった。
「最初からあからさまに予言狙いのポストを投稿するより、AI翻案が好きっていうのをアピールしようって思ったの。だから、ほら。『#本好きさんと繋がりたい』ってタグつけてるでしょ」
真面目に話しているのに、蒼君はいっそうおかしそうに肩を揺らし始めた。何がどうツボに入ったのかは知らないけれど、「ちょっと待ってください」と笑いを鎮めるためにアイスコーヒーを飲んでいる。なんだか、貴重な光景。
「蒼君にそこまでウケるとは思わなかった。ネタのつもりなかったんだけど」
「これ、必ず当たる予言ですよ。翻案予言botはスルーすると思いますけど、目的はAI翻案コミュニティから声をかけられることだから、これはこれでいいと思います。気になるのは」
蒼君がいつもの淡々とした表情に戻り、私は不安を覚えつつ「何?」と尋ねた。
「AI翻案コミュニティの人たちのことです。自分たちの投稿が勝手にサイトに掲載されてることをどう思ってるのか」
「蒼君は、サイトとコミュニティは無関係だと思ってる?」
問いかけつつ、なんとなく両者は無関係だろうという直感があった。
まとめサイト運営者のイメージは、Deeeeeファンが好むガーリーファッションに身を包んだ今どきの若者。一方、AI翻案コミュニティのメンバーは、流行に流されない、自分らしい服装を好む気がする。これは、カフェ紡ぎで出会った、千鳥格子のスカートの女性に影響されているかもしれない。匠真にAI翻案コミュニティのことを教えた女性。
蒼君からは、予想通り「はい」と返ってきた。
「AI翻案コミュニティは探しても見つからず、こっちがアカウントまで用意して『釣ろう』としてるんです。まとめサイトの方は、探すまでもなく大々的にPitterを賑わしてる。傾向が真逆なんです。
それに、サイト運営者がハヤト文体にこだわってる一方で、AI翻案コミュニティはハヤト文体というタグもつけていません」
「確かにそうよね。AI翻案コミュニティは、個人でPitter投稿はしてるけど、内輪で盛り上がりたいっていうか、翻案予言botの目に留まれば、それ以上目立ちたいわけじゃないって感じよね。注目されたいなら、もっと目立つタグつけるだろうし」
「目立って反AI派に叩かれるのが怖いのかもしれませんね。でも、『Deeeeep★Oracle』にリンクが載ったことで意図せず注目を浴びてしまった。だからこうして2か月前の投稿のインプレッションが伸びてるわけです。
前回の臨時会議でも言いましたけど、この状況で心配なのは、コモンズ・ギャラリーにデータがないAI翻案抜粋。著作権者自身がPitter投稿している可能性があるので、もしサイトの掲示板でその投稿について議論が起きて、著者や作品を誹謗中傷するような書き込みがあれば、訴訟に発展することもあり得ます」
「そっか、ユーザーに著作権があるんだもんね。著作権侵害として訴えることもできるわけだ」
著作権侵害といっても色々ある。反AI派が主張するのは、主に画風や作風摸倣による著作財産権の侵害。今後『Sheeeeep★Oracle』でAI翻案抜粋が炎上した場合は、財産権ではなく、著作者人格権の侵害として訴えることになるだろう。Pitter投稿を削除すればまとめサイトへのリンクは切れるが、一度ネットに上げたら完全には消えない。
とはいえ、よほどのことがない限り訴訟にまでは至りそうにない。かかる費用と手間を考えれば、投稿を削除して事態が鎮静化するのを待つのが得策だからだ。かといって、AI翻案ユーザーがそのような形で精神的被害を被るのは、DRI職員として見逃せるはずもなかった。
「何か対策が必要ね。具体的に何をするかっていったら、注意喚起くらいしか思いつかないけど」
「必要に応じて個別に対応するしかないと思います。規約では、DRIは著作権がユーザーに渡った時点でノータッチ。現時点でできることは限られていますから。心配なのは、問題が起きた場合に『AI翻案=リテラ・ノヴァ』というふうに世間が見ることです」
「そうなったら……」
サイトを一時閉鎖すべきだと思う?
パーソナライズ翻案をやめたほうがいいと思う?
疑問は喉元まで出かかったけれど、肯定されたら立ち直れない気がして言葉を飲み込んだ。蒼君は何か問いたげにしており、これ以上ここにいたらうっかり吐露してしまいそうで、「そろそろ戻るね」と椅子から立ち上がった。
「あの、理久さん。困ったことがあったら言ってください。僕や9階メンバーでなんとかできるかもしれないので。過去の投稿については、分析が終わったらDチャットで知らせますね」
「ありがとう。頼りにしてる」
エレベーターに乗り込んで振り返ると、蒼君がまだこちらを見ていた。手を振ると向こうが片手をあげて応じ、扉が閉まると小さく吐息がもれる。市原の助言通り、蒼君とのやりとりで頭は冷えたけれど、心配事が消えることはなかった。
なぜ、佐伯部長は私と糸井部長に口止めしたのだろう。なぜ、明日の臨時会議の前に、糸井部長だけでなく私にまで打ち明けたのだろう。
考えれば考えるほど、気持ちが暗く落ち込んでいった。パーソナライズ翻案の見直しを佐伯部長が考え始めたきっかけが、ハヤト文体の流行にあるとしか思えなかったからだ。




