#25 頭を冷やす方法
コンテンツ・キュレーション部に戻ると、私がよほど疲れた顔をしていたのか、「コーヒー買ってきてあげようか?」と市原が幼児向け菓子の小袋を差し出してきた。バニラクリームのサンドされた甘いビスケットを口に放り込み、糖分のおかげで少し気分が晴れる。
「コーヒーは?」
「気晴らしに自分で買ってくるからいい。ありがと」
「明日、臨時会議が入ってるみたいだけど、例のまとめサイトのことなんでしょ?」
「まとめサイトっていうか、AI翻案予言全般?
市原も前回の臨時会議の議事録見たでしょ。問題は、何か起きた時にリテラ・ノヴァの生成物かどうか確かめれない翻案が存在するってこと。Pitterに投稿されてるAI翻案抜粋には昨日今日で大量のリプライがついて、アンチっぽいのも湧いてる。コモンズ・ギャラリーに載ってなくても『AI翻案』ってついてるだけで勝手にリテラ・ノヴァのだって思う人もいる。翻案予言botのフォロワーなんて、いつの間にか1万越えてるのよ」
一度口を開くと次から次へと不満が溢れ出してきた。この勢いで「サイト一時閉鎖」や「パーソナライズ翻案の取りやめ」についても吐き出してしまいたいけれど、佐伯部長にオフレコと言われているからそういうわけにもいかない。
市原は見透かすような眼差しを私に向けると、ニヤと意味深な笑みを寄越した。
「頭冷やしたいなら、コーヒーの他にもいい方法知ってるよ」
「何?」
訝りつつ問いかけると、市原は人差し指で天井を指差す。
「9階。惣領君と話すと考えてることが整理できるって、理久、よく言ってるじゃない。それに、どうせ惣領君もこの翻案予言botの調査絡んでるんでしょ?」
佐伯部長からも、9階と連携して例のサイト状況をまとめるように言われていた。『Sheeeeep★Oracle』は工事中だが、Pitterでの反応を効率的に分析するなら蒼君に助言をもらったほうがいいに決まっている。
コンテンツ・キュレーション部前の通路をうかがった。倫理法務部の奏さんのところに残った糸井部長は、まだ戻ってきそうにない。
私はDチャットを開き、『例のサイトのことで相談したいことがあるんだけど』と蒼君にメッセージを送った。『いつでもいいですよ』と返ってくるのに10秒もかからず、ヒラヒラと手を振る市原に見送られて9階に行くと、いつからそこにいたのか、蒼君は自動販売機前の休憩スペースでノートパソコンを開いている。向かいに座ろうとしたら、「こっち座ってください」と隣の椅子を引いた。
「この件ですよね」
Sheeeeep★Oracleの【サイト改修のお知らせ】が表示されたパソコン画面を、蒼君が指差している。
「蒼君、いつ気づいたの?」
「理久さんとのDチャットで。これ、いつからこうなってたんです?」
意外な反応だったけれど、彼は他の業務も山積状態。有能だからといって、いつでも一番に把握しているわけではないのだ。
「たぶん30分か40分くらい前。佐伯部長の執務室に予言騒動の件で行ってて、サイト確認したらこうなってたの。その後すぐ砂川さんから電話かかってきて、やっぱりスターライト・ネクストからサイト名変更とハヤト君の写真使うのやめるように求めたみたい」
「まあ、そうなりますよね。今朝このサイト見た瞬間、本当の素人だったんだって思いました。それで、相談って?」
「……あ、うん。明日、翻案予言のことで臨時会議があるでしょ。それまでに9階と連携して状況をまとめといてほしいって、佐伯部長が。サイトは夜にならないとどうなるかわからないけど、Pitterでの反応は整理しておいたほうがいいのかなと思ったんだけど――」
蒼君の顔をうかがうと、彼は表情を変えないまま首をかしげる。
「Pitterの反応って、サイトに関するものですか? それとも予言全般?」
「予言全般っていうか、過去に投稿されたAI翻案抜粋へのインプレッションが増えてるみたいで、アンチっぽい投稿もあるからそこらへんの動向を可視化できたらと思ってる。
でも、……なんか、蒼君ばかりに負担かけてる気がするんだけど大丈夫? 特に調査チーム組んだわけでもないのに、前回の臨時会議以降、9階は蒼君がこの件担当みたいになってるじゃない」
彼は言葉を探すようにフッと視線をそらし、手元のステンレスマグを手にとった。カラカラと氷の音が聞こえてくる。おそらく、コモンズ・カフェで淹れたアイスコーヒーだ。彼はそれを一口飲んだあと、いつもの淡々とした口調で話し始めた。
「成り行きでそうなってるように見えるかもしれませんけど、もしそうなってなかったら、僕の方から合田部長に担当させてもらえるよう言ったと思います」
「そうなの? なんで?」
「最初に把握した予言は、見重の豪雨災害でした。あの文章、DRIのデータになかったじゃないですか。つまり、この件は技術でどうこうできる問題じゃなくて、個人情報の取り扱いに関する問題ってことです。9階メンバーの中でAI倫理関連の資格や、プライバシー保護に関する資格持ってるのは僕と合田部長だけなので、僕が担当するのが妥当かなって」
やはり、蒼君は佐伯部長の考えに闇雲に反発することはなさそうだと感じた。普段は心強い同僚だけど、今回は私の味方になってくれないかもしれない――そう考えると落ち込みそうになり、別の話題を口にする。
「蒼君って、高専のときロボコンで優勝したんだよね?」
突然話が飛んだせいで、彼は面食らったようにパチと瞬きした。
「そうですけど、急になんですか?」
「蒼君のブースって、機械がゴチャゴチャしてていかにも機械好きの男の子って感じなのに、DRIでやってる仕事はけっこう分野が違うなって思ったの。AI倫理の資格持ってるエンジニアって、少ないんでしょ?」
「まあ、そうですね。僕は基本的にガジェットいじってるのが好きなんですけど、出来上がった駆体にAIを実装して社会に広めようとしたら、倫理やプライバシー保護に関する知識は必要です。そういう資格のあるなしで携われる仕事の幅に差が出るって聞いて、高専の時に資格を取っておきました。
リテラ・ノヴァのパーソナライズ翻案も、社内にデータガバナンス&プライバシー保護エキスパートの資格持ってる人いないと提供できないんですよ」
それはつまり、パーソナライズ翻案を提供しないのなら、その資格を持っている職員がいなくてもいいということだ。佐伯部長とのやりとりを思い出し、自分でも顔がこわばったのを自覚した。蒼君は目ざとくそれに気づいたらしく「どうしました?」と、わずかに眉を寄せる。
「ううん、なんでもない。ここに来た目的を忘れる前に仕事の話しなきゃと思って」
「そうですね。このサイトが再開したらまた動きがあるでしょうけど、比較のためにも、さっき理久さんが言った過去のAI翻案抜粋投稿について、一度こっちで分析しておきます」
「ありがと」
蒼君の視線がPitter画面へと移動するのを眺めながら、ふと他愛ない疑問が浮かんだ。
「ねえ、蒼君ならあのサイト改修どれくらいでできるの?」
「改修って、サイト名と写真を変えるだけですよね」
「あとは、ハヤト君とサイトの関連を疑われるような文言を消すように言ってあるみたい。掲示板への書き込みはそのままでいいようだけど」
「10分もかからないかな。サイト運営者は素人っぽいから多少時間がかかるかもしれませんけど、それでも10時間もかかるはずはないので、昼間は作業できない環境にあるんだと思います。とりあえず閉じるだけ閉じて、帰宅した後に作業するつもりなんじゃないでしょうか」
「10分かあ」
尊敬の眼差しを向けると、「感心している場合じゃないです」と隣の天才エンジニアは言う。
「長時間サイトを閉じるせいで、逆に話題になっているみたいです。"予言"と"ハヤト"で検索をかけると、ほら」
蒼君が示したそのPitter画面には、『Sheeeeep★Oracle』に関する憶測が飛び交っていた。




