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2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー  作者: 砂東 塩
Chapter21 Lux Nova
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#148 図書館とクリニック

 会議室には、ブーンという空調の機械音が低く響いていた。窓のない部屋に青空が見えるのは、スクリーンに映った蒼君のパソコンホーム画面。どこかで見たことがある景色だと思ったら、スカイアリーナ内から撮影した空のようだ。画面の端に『©︎2043 StarlightNext Inc.』とある。


 朗読会のように佐伯部長の声は穏やかで、私は、過去の、佐伯真琴の物語に迷い込んだような気分だった。


「流通AIフリーズが起きたのは、私がちょうどAI翻案図書館サイトの構想を練っている時でした。AIに携わろうとしている身として、一層気を引き締めねばという想いに駆られる一方で、私はあの時、AIは人に寄り添うものでなければということも強く感じたんです。

 交通、流通網の発達した時代に、人々は家に帰ることもできず、決済システムの停止で水を買うことすらできなかったあの日。私は、たまたまある図書館が宿泊所として解放されているのを知りました。そしてそこへ向かい、一晩過ごしました。

 大変な事態が起きているにも関わらず、大人も、子どもも、それぞれが好きな本を手にとって眺め、それを見ているだけで穏やかな気持ちになったのを覚えています。

 それで、AI文学を人々の心に寄り添うものにしたいという考えが芽生えました。そして生まれたのがパーソナライズ翻案です。

 AI翻案図書館の構想を提案したときは快く応援してくれた鴻巣理事長が、パーソナライズ翻案の提案には明確に反対しました。それは文学が負うべきことではないと。

 でも、私は諦めきれなかった。当時の開発者たちは私に賛同してくれ、結局は理事長を説得できたのですが、以来、理事長はDRIのことにほぼノータッチになりました。

 ここ数ヶ月、いえ、去年ハヤト文体が流行し始めた頃から、私はあの時に鴻巣理事長から言われた言葉を思い出すようになりました。パーソナライズ翻案をやりたいと私が提案したとき、理事長はこう言ったんです。

 ――我々が作ろうとしているのは図書館であって、クリニックではない」


 胸が締め付けられた。そして、私が愛したのは鴻巣理事長の『図書館』ではなく、佐伯部長の作り上げた『リテラ・ノヴァ』なのだと改めて感じた。


 蓮見部長と小山内さんは、「クリニックではない」という、カウンセリングを真っ向から否定する言葉にショックを受けたようだった。合田部長はどう反応していいのかわからないような困惑した表情。蒼君は突破口を探そうとするように考え込んでいる。


 秦さんは私を見ていた。沈んだ空気を引っくり返してほしい――そう言われている気がした。残すはキュレ部の発表だけだ。


 隣をうかがうと、糸井部長もタイミングを見計らっていたようだった。私と視線を交わし、手をあげる。


「佐伯部長。DRIの目指す文学コモンズと、パーソナライズ翻案の性質を踏まえた上で、コンテンツ・キュレーション部としての意見を述べさせてもらってもいいでしょうか?」


 期待の込もった視線が一斉に集まった。佐伯部長だけは表情を変えず、「お願いします」と事務的に口にする。しかし、糸井部長ではなく私が立ち上がると、ハッと顔をあげた。


「コンテンツ・キュレーション部門では、佐伯部長が指摘された点⋯⋯いえ、鴻巣理事長がおっしゃっていたという『図書館であってクリニックではない』という点について主に話し合ってきました」


 エッと小山内さんの声。彼女だけでなく、佐伯部長も、蒼君も、誰もが驚いている。


「きっかけは平井颯人先生の言葉でした。平井先生は個人的にパーソナライズ翻案を生成されたことがあるそうで、また、コモンズギャラリーに公開されているユーザーの長編翻案も何作か読まれたようです。その上で、ユーザーの心に寄り添うというパーソナライズ翻案の価値は認めつつも、『文学として優れているかどうかは疑問だ』とおっしゃいました。『他人のために書かれた占い診断書を読むようなものだ』と。

 平井先生に言わせると、マイクロノベルはおみくじ、パーソナライズ長編は1回2時間の占い鑑定だそうです」


 なるほどなあ、と唸ったのは合田部長。話を中断させたと思ったのか、彼は手を払って先を促す。


「私たちは、あまりにもパーソナライズ翻案を神聖視し過ぎていたのではないでしょうか。

 人々の心に寄り添うというのはとても素晴らしく価値ある行為ですが、それは同時にとても個人的な経験で、あえてコモンズとして公開する必要があるのかについては再考の余地があります。

 また、パーソナライズ翻案の公開という選択が、翻案生成者の歪んだ承認欲求を助長してしまうのではないかという懸念もあります。AI翻案コミュニティの『新文部』は非公開選択した翻案を共有し合うためのクローズドコミュニティですが、そういった傾向が見られたように思います。

 パーソナライズ翻案は私たちが考える以上に、ユーザーにとって『自分自身』『分身』であり『鏡』なんです。今のところ問題になっていませんが、これは、公開されたパーソナライズ翻案への感想や批評が、作品批評ではなく生成者の人格否定と受け取られる可能性も孕んでいます」


 私は息を継いで会議室を見回した。最初は期待に満ちていた眼差しが、困惑へと変わっている。パーソナライズ翻案の抱えるさらなる問題を提示したのだから当然だ。佐伯部長は私の心のうちを探るように、瞬きもせずじっと見つめてきた。


「本宮さん。キュレ部はパーソナライズ翻案の一律非公開という方向で考えているということ?

 もしそうだとしたら、それは文学コモンズとは言えなくなるけど」


「はい」


 私がうなずくと、さざ波のように動揺が会議室に広がった。平然としているのは糸井部長だけだ。



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