040 専用スキル
俺は少女を連れて森の奥へと来ていた。
既に周りは暗くなり、森には不気味な静けさが漂っている。
(この辺まで来れば大丈夫だろ。)
ここは街からは既に大分離れており、採集にしても狩りにしてもここまでくることはないだろうという希望的観測によって導き出された地点だ。
「今日からここが俺たちの生活拠点だ。」
「……」
言葉にこそ出さないが、なんだか以前よりも絶望した表情をしているな。
以前まで、最低限とはいえ文化的な生活をしていたのだからそれも当然か。
「まあすぐに慣れるさ。人間ってのは適応力の化け物だからな。えーっと、そういえば……」
それなりに長い時間を過ごしていたが、各々自己紹介をしていないことに今更気づいた。
「俺の名前は蜂谷ってんだけど、お前、名前は?」
「名前……ない。」
「……ふーん。」
この世界の常識的に、奴隷には名前とかがないのだろうか?
とはいえ、曲がりなりにもこれから一緒に生活するのだ。
名前がなければすごく不便なことになるだろう。
「おい」とか「お前」だと少し味気ないしな。
「じゃあ仮の名前でも考えるか……なんか良いのある?」
「……」
ダンマリか。
まあ、急に自分の名前決めろって言われてもな……
「俺が決めてもいいか?」
「……(コクリ)」
承諾も得たことだし、こっちで決めるか。
まず何から着想を得るかだな。
うーん……こいつにとってはこれからが新しい人生への門出となるわけだから……
俺たちの冒険はこれからだ!的な意味合いの言葉で良い感じのやつないかな……
始まり……夜明け……曙……暁…………黎明。
……黎明かっこいいな。
良い響きだ。
……うん。これでいくか。
「今日からお前の名前はレイだ!……って本当に勝手に決めちゃったけど大丈夫か?」
口に出してみると少し男の子っぽい名前な気がしてきた……
「……レイ……レイ……」
少女は何度もレイと呟いている。
やばい……しっくりきてないのかも。
「どうする?また別の考えるか?」
不安になってそう提案してみたところ、少女は意外にも首を横に振った。
「良い。私は今日からレイ……それが良い。」
あまり感情が表に出ることのない少女だが、レイという名前を、どうやら気に入ってくれたらしかった。
「そ、そうか。よーし!レイ、今日から俺たちは師弟関係となる。よって俺のことは師匠と呼ぶように。」
なんだか妙に照れ臭くなり、冗談めかして師匠呼びを提案したところ、レイはあっさりと受け入れた。
「はい。お願いします、師匠。」
「え?……う、うむ。」
冗談に対してマジなテンションで返されてしまった。
ここから引き返すことなど、誰にでもできることではない。
少なくとも、俺には無理だった。
「それじゃ作戦会議……の前に、少しは拠点っぽくしとくか。」
あまりにも自然が過ぎるので、木を相棒の枝で数本根元から切り倒して、空間を作る。
切った木をスパスパと小さく切って薪として積み上げ、一部は輪切りにして簡易的な椅子として使用することにした。
「雷撃。」
薪に弱めの雷撃を当てて火を起こしたところで、俺は以前閃いた案を試すことにした。
(レイと暮らす以上、人間の姿で寝ないといけないからな。寝床の快適化はマストだ。)
薪を数本取り、フーと目を瞑りながら息を吐き出し、覚悟が決まった瞬間にカッと目を見開く。
「うおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
気負いを入れた叫びと共に、千切りキャベツを作るイメージで木を超スピードで削っていく。
すると……なんということだろう。
瞬く間にカンナの削りかすのようなものが量産されていくではないか。
そう。俺は思い出したのだ。
ペットショップで売られていたハムスターを。
ハムスターたちが暮らすケージには大量のおがくずが敷き詰められており、おがくずに埋もれたハムスターたちの快適そうな顔といったらそれはもう……
というわけでおがくずを作ろうと思ったのだが、当然ドリルやチェーンソウがあるわけでもないのでおがくずを作り出すことができない。
詰んだか、と思ったその時に閃いたのがカンナだった。
カンナの削りカスならばおがくず同様、寝床として使えるはず。
カンナの代わりならば、相棒の枝が充分に果たしてくれる。
充分な量の削りかすを作った後は、ベッドのフレームに皮を削いだ木を上下左右と底に、深さを出すために2段ずつ並べて蔦で固定する。
そこに大量の削りかすを流し込めば……
「簡易的だが、これであったかくして眠れるだろ。」
なんとも飛び込みたくなるふかふかベッドが完成した。
「よし、レイ。飛び込んでみろ。」
「はい。師匠。」
どこか興奮した様子で俺の作業を見つめていたので、先にこの感動を味わわせてやろうじゃないか。
ノリの良いことに、レイはぴょんとベッドの上に身を投げ出した。
飛び込んだ勢いでふぁっと削りかすが舞う。
うつ伏せの体勢のまま、レイはこの感触に集中するために目を閉じ、呟いた。
「……あったかい。」
その顔には笑顔こそないものの、確かな安心感が浮かんでいた。
「そうだろう、そうだろう。木ってのはぬくもりの象徴だからな。」
「木とは……ぬくもり」
その表情に満足し、したり顔で吐いた適当な言葉を、レイは心に刻みつけるかのように繰り返していた。
「拠点作りも済んだところで、作戦会議しようか。」
俺が、先ほど作った丸太いすに座ると、レイも体を起こして聞く体勢を取った。
至る所に削りかすがついているのはご愛嬌だ。
「まずは……そうだな……何か得意な武器とかあるか?」
「(ふるふる)」
首を横に振るレイ。
体つきを見る限り期待はしていなかったが、予想通りか。
「そうか……答えづらいかもしれんが、スキルについて教えてくれるか?」
「――っ!」
俺の質問にレイの身体がビクッと反応した。
そして唇を震わせながら、やっとの思いという様相で言葉を紡ぎ出す。
「……使えるスキル、ない……です。」
怯える彼女を見て、配慮が足りなかったことに思い至る。
俺は、レイがニルであることを知っている。
しかし、彼女はそのことを知らない。
だからこそ、自分がニルであることを告白するのは想像もできない恐怖だったことだろう。
俺は慌ててレイを安心させるべく言葉を並べた。
「あっ!いや!違うぞ!さっきも言ったけど、おばさんが叫んでるの聞いててニルだってことは知ってたから!」
俺の言葉を聞いたレイは怯えこそしていないものの、困惑はしているようだった。
「俺が聞きたいのは、レイが持ってるアンロックドスキルのことだ。」
もちろんこれには理由がある。
シスターとの会話で、スキルのアンロック条件が分かる俺の不思議な能力が、この世界において特別なものであることが判明した。
その能力について今判明していることは、俺が疑問に思ったり、目にしたスキルについて考察しようとすると、該当するスキルのアンロック条件が頭に送り込まれてくるということだ。
この能力を使えば、他人のスキルのアンロック条件も分かるのではないかと考えたのだ。
「スキルの名前とか、どんなことができるとか、どんな些細な情報でも良いから教えて欲しい。」
レイは少し思案した後、口を開いた。
「私のスキルは……『走覇』です。」
「『走覇』……」
スキル名を呟いた瞬間、期待していた情報が頭に入り込んできた。
しかし、そこには今まで見たことのない情報が追加されていた。
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走覇
【専用スキル】
アンロック条件:
1. 走り続けて24時間以内に120km走破すること。
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(無事に情報はゲットできたわけだが……1日で120kmって……確かあの有名な駅伝が往復で大体200kmくらいだったよな。優勝するようなところだと11時間以内でゴールしてたけど……その半分を1人って……どうなんだ?)
ニルの人たちのスキルのアンロックが難しいのは、こういうことだったのかと腑に落ちた。
具体的な事が何も分かっていない状態で、24時間以内に120km走ろうなんて誰が試すだろうか……
しかも100kmじゃなく、120kmというのがなんともいやらしい。
それも、他にも無数の条件が考えられる中でその条件をチョイスするのは、広大な砂漠から一粒のダイヤを見つけるようなものだ。
(あと気になるのは……【専用スキル】か。言葉通り取ればレイ専用のスキルってことだよな。)
レイ専用のスキルということは、俺が24時間以内に120km走っても走覇のスキルは手に入らないということだろうか。
正直、今の俺の身体能力なら120km走るのは案外簡単にできる気がするので、取得したい気持ちは山々なのだが、万が一俺が取得したことで、レイが取得できなくなる、なんてことになったら目も当てられない。
とりあえずは、レイに取得させることに注力するか。
「名前からして、速さに関係するスキルなのは間違いないな。何がアンロックの条件なのかは分からないけど……体力づくりがてらひたすら走ってみるとか良いかもな。」
シスターの話にあった通り、俺の能力は誰にも知られてはならない。
だからこそ、偶然アンロック条件を達成したことにする必要があった。
「はい。師匠。」
なんの迷いもなく提案にのってくれるレイ。
ここで渋られたら面倒なことになっていたが、レイが素直な良い子で助かった。
「よし。明日からの活動方針も決まったところで、今日はもう休むとしよう。魔物に関しては心配しなくていいぞ。俺が対処するから。」
サバイバル生活を続けてきたことで、睡眠中に襲ってこられても問題ないくらいには気配に敏感になっていた。
「……はい。おやすみなさい。」
信用してくれたのかは分からないが、レイはあっさりとベッドに横たえる。
「おう、おやすみ。」
俺の返事を聞くと、目を閉じる。
その口元は少し微笑んでいるようにも見えた。