07
あれから、半月、2日と空けず白蓮は話しかけてきた。時に彼の空間で獣の耳と尻尾を出した状態で、あるいはフィリアが晩餐に出かけた後、お屋敷に来た時に出迎えてくれた執事のアッシュ____というらしいが迎えに来て、晩餐に誘われることもあった。
3日に1回は直接フィリアをもてなしているそうだが、それ以外はやはり一族の別の男性と女性が白蓮様とカナリア様になりすましているのだとか。
一見、白蓮様は冷たく近寄りがたそうで、カナリア様は可愛らしくふんわりとして見える。
しかし、話すと白蓮様は穏やかで冷たくなんてないし、カナリア様はなかなか気が強いらしい。
「レン兄様に聞いてお話ししたかったのよ」
ころころと笑うカナリア様はお美しい。
「あの糖蜜をかけたような娘の姉というからどんな方かと思ったけど……」
ざりざりと砂糖を噛んでしまったかのように顔を顰めてからこちらをじっと見つめられると、思わず息を止めてしまう。
恐々と見つめ返していると、ごめんなさいね、と彼女は言った。
「貴女に怒っているわけではないのよ」
____貴女の妹にはちょっと思うところがあるけどね。
続いた言葉に反射的に謝ろうと頭を下げる。
「申し訳____」
「そういうのはいいわ。食事が不味くなるし」
硬直したまま冷や汗をかいていると白蓮様の呆れたような声が聞こえた。
「その言い方は誤解を与えるだろう。イオ、カナリアは怒っていない」
「でも」
顔を上げるように促されて困ったように眉を下げてカナリア様を見つめると彼女が息を呑んだ気がした。
「レン兄様、趣味がよろしいのね」
うっすらと薔薇色に色づいた頬、キラキラとした瞳で見つめられて、本当に怒っていなかったのかと力が抜ける。
「よろしくね。イオさん」
こちらこそ、よろしくお願いします。とやっと笑い返すことが出来た。
その日も、フィリアはまた男性に誘われて出かけていった。最近は庭ではなく外に出かけているという。キャロルとココアは休憩に行っている。なかなか戻ってこない。どうせフィリアはすぐ戻ってこないだろうし、イオニアも休んでしまおうか。扉を開けて廊下に出たつもりが、またおかしな空間に出てしまった。
「白蓮様?」
こっちだよ。と呼ばれるとまたあの獣耳と尻尾を出した姿で手招きしている。着物__調べたところ着流しというのだろうか、それに羽織を肩から掛けている。
ティーカップを持つ姿はアンバランスなのにここが不思議な空間だからか調和しているように感じた。
白蓮のことをはじめレン様と呼んでいた。ダズルという姓は、人の世に馴染むためのもので本来の名前ではないらしかったから。けれど、この不思議な空間でレン様と呼ぶと、白蓮だよ。と、訂正されてしまうのだ。
「やっときちんと呼んでくれたね」
彼は嬉しそうに笑った。
彼はフィリアをよく甘すぎる娘と呼ぶけれども、彼の瞳もとろりと溶けてしまいそうなくらい甘くて優しいと思う。まるで、金平糖みたいな。
このお屋敷に来てから食べた異国のお菓子は優しい甘さで、綺麗な形をしていた。彼の瞳も、星を閉じ込めたような朱金の虹彩がゆらゆら揺れて、だから似ていると思うのだろうか。
じっと見惚れていると、
「君はよく私の目を見ているね」
珍しいかい? と問いかけられて、慌てて下を向く。
「お気に触ったら申し訳ありません。とても綺麗だと思って」
流石に見過ぎただろうか。反省する。
彼は、また手品のようにどこからともなく丸い硝子の器を出した。それは____
「キャンドル?」
手渡されて包み込むように受け取ると、火をつけようか、と彼は言った。
長い人差し指が伸ばされて、そっと離れると朱金の炎が揺れていた。
まるで、彼の瞳のような____
振り仰ぐと彼は唇に人差し指を当てて悪戯めいた顔をしている。
「これはただの火ではないよ。私の狐火。妖の異能だよ」
燃やしたいものだけを燃やすことが出来、狐一族でも個体によって色が違うのだと彼は言う。
少しは気が休まったかな。と彼は言うけれども、この屋敷はとても居心地が良く実家にいるよりずっと心穏やかに過ごせていると思う。
しゃべらないメイドは、人化できるようになったばかりなのだと彼に聞いた。顔はまだ難しいから前髪を長くしていると聞いて、なるほどと思ったものだ。思えば彼女はいつでも親切だった。言葉がないだけで怯えていた自分を恥ずかしく思った。
それを聞いてから笑顔でお礼を言えるようになったし、必要以上に顔色を窺わなくなった。メイドのほうもほっとしたように見えたのでこれでよかったのだろう。
「どうして、こんなに良くして下さるのですか?」
口をついたのは当然の疑問だった。