08
「妖は本来自分本位なものだよ」
返ってきた言葉は意外なもので、
「私は私のためにやっていることだ」
それを優しさと取ってくれるなら嬉しく思う。続けられた言葉に、これは化かすと同じなのだと思った。狐の妖にとって化かすのは、おもてなしであり悪戯。どう取るも相手次第ということだろう。
「白蓮様はお優しいと思いますよ」
心を砕き、寄り添い、心配してくれること。イオニアが家族に一番して欲しくて、叶えられなかったこと。
「でも、私は君に嫌われてしまうかもしれない」
決していい人ではないし、酷いことをしている。
物憂げに瞳を伏せ、自嘲するように続ける。唇は歪んだ笑みを作っている。
「私は君に言わなければいけないことがある」
そのまま彼は笑うのを失敗したかのように口角を下げた。きゅっと引き結んだ唇。寄った眉は苦悩を示し、
情けないな、と呟いた。
「まず、君は幻惑にかかりづらい」
だから気づいていないだろうけれども、と彼は続けた。
「君の妹君に掛けていた幻惑はもう解除している。妹君を毎日誘いに来ているのは見た通りの姿のもので、彼女には私の姿には見えていないはずだ」
つまり____
「フィリアは毎日違う男性と外に?」
「そういうことになる」
これは貴族令嬢としては醜聞だ。
「酷いと思うか?」
白蓮の暗い声がして思考の海から引き上げられる。
彼は言った。はじめはイオニアに話した通り、彼女が気づいた時点で種明かしをして痛み分けになるはずだったと。しかし、フィリアは全く気づかず、このままでは本当に白蓮と婚約しなければならなくなるかもしれない。何しろ、フィリアは彼との関係が上手く行っていると思い込んでいるから。瑕疵のない令嬢を一方的に叩き出す訳にはいかない。曲がりなりにも、一族の幻惑の練習に付き合ってもらってしまったからこそ。
彼は言わなかったけれども、きっとこれは一族の意向なのだろう。だって、彼はどう見ても心を痛めているのだから。
「フィリアが男性の誘いに乗らなかったら、どうしたのですか?」
じっと目を合わせて問いかけると彼は言った。
「その時はこちらの有責で断らせてもらうつもりだった」
なんだ____
「やはり、お優しいではありませんか」
ふふふっと思わずイオニアが笑ってしまうと。彼はびっくりしたかのように目を見開いて、痛みを堪えるかのように胸を押さえた。
ほんとうに____
狡猾な人はいくらでも知っている。自分の手を汚さず。相手を貶める。自分に一切の責任が来ないように立ち回る人間たちは、貴族としては優秀なのだろう。
「白蓮様はいつもフィリアに逃げ道を用意して下さっていた。それをことごとく見ないようにしたのはフィリアの責任です」
貴方が気にすることではないのだと伝えたかった。イオニアは自分がこの屋敷に来て変わったことを、今更ながらに実感した。今までは、家族を一番大事にしていた。父のため、母のため、そしてフィリアのために駆けずり回っていた。
でも今はフィリアを庇おうとは思わなかった。
自分でも冷たいと思う。けれど、フィリア以上に白蓮に傷ついて欲しくなかった。
例え長い時を生きる彼にとって、自分が大したものになれなくても、彼を好きだと、この瞬間気づいてしまったのだ。
じっと彼の目を見ると、彼ははっとしたように口元を手で押さえた。
「私はもっと酷いことをするかもしれない。けれど、嫌いにならないでいてくれたら____とても嬉しく思う」
瞳がゆらゆらと揺れている。朱金の虹彩が炎のようでとても綺麗。
そうしてしばらく目を合わせたまま、逸せなかった。




