14 転生者
メイドには、お茶を淹れてもらい退室してもらった。僕たちが拱いていると、コレッティーヌ嬢から話をしてくれた。
「パティリアーナ様とコンラッド殿下を引き離すことはできましたのね?」
僕たち3人は『引き離す』という言葉に少しだけ驚いていたが、頷いた。
「先程は無理を言ってごめんね。すぐに対応してくれて助かったよ」
僕は頭を下げた。コレッティーヌ嬢は妖艶に微笑んだ。
「意図をお聞かせいただいてもよろしくて?」
コレッティーヌ嬢は、優雅にお茶を一口飲んで、ソーサーをテーブルに置いた。
「王城の政務部から、『パティリアーナ嬢の誘いを上手く躱して、何事もないかのようにしていてもらいたい』と言われているんだ。コレッティーヌ嬢が僕たちの前でパティリアーナ嬢を叱りつけることになったら、そうはいかなくなるからね」
僕はあの時ウォルにも説明していなかったので、二人に説明できてよかったと、小さなため息をついた。僕の夢とは言えないので、国としての動きだと強調してみた。コンラッドも頷いているので、問題ないだろう。
「そうでしたの。それでしたら、ボブバージル様のファインプレーですわね」
聞き慣れない言葉に僕たちは戸惑った。隣国の言葉なのかもしれない。
「あ、申し訳ありません。ボブバージル様の素晴らしいご判断であったと申し上げましたのよ」
コレッティーヌ嬢はにっこりと微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
褒められていたようなので、僕はお礼を言った。二人は納得せざるを得ないので、小さく頷いた。
「それにしても、ボブバージル様は不思議な行動をなさいますのね。それに、パティリアーナ様の魂胆も、こちらの国ではご存知のようですし…………」
コレッティーヌ嬢の変な間を、とても不気味に感じた。僕の体は異常に反応し、背中から滝のように冷や汗をかいた。それでも僕は微動だにできなかった。
コレッティーヌ嬢が僕を真面目な顔でジッと見た。僕はその瞳だけで、気が遠のきそうになった。
そんなことを知らないコレッティーヌ嬢は、最後通告のように、僕に言葉を突きつけた。ご本人にはその気はないだろうけど。
「もしかして『転生者』ですの?」
またしても聞き慣れない言葉に僕たちは戸惑ったが、僕はさらにいつもの目眩が強烈にして、テーブル伏せってしまった。
3人が僕の心配をする声が聞こえるが、しばらく動けなかった。
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コンラッドがセオドアを呼んだ。セオドアが今日は5人とも休むと手続きをして、ウォルがランチの手配をし、コレッティーヌ嬢が濡れたタオルを僕に用意してくれた。
僕は30分ほどで復活できた。
「僕は不思議な夢を見るだけなんだ。そして僕のそれはこの3人も、家族も知っている」
僕はコレッティーヌ嬢の瞳を見ることはできないが、できるだけ頭を上げ、簡潔に述べた。
僕は両陛下も知っているとはわざわざいう必要もないかと判断した。
「そうですのね。…………。わたくしは、わたくしの秘密を誰にも………両親にも家族にも話しておりませんの」
コレッティーヌ嬢が、何やら間を置く。僕はコレッティーヌ嬢を見た。テーブルの隅を見ているコレッティーヌ嬢の瞳は寂しそうに見えた。
と、思ったら、なぜか微笑んだ。そして、顔をあげて僕たちを一人一人見た。僕もこれには逃げなかった。
「………ですが、状況としてみなさまには話さなくてはならないようですわね。みなさまにはお話しますので、できれば、ここで、わたくしのことを話さずに解決する策を考えていただきたいのですわ」
コレッティーヌ嬢は、満面の笑みだった。しかし、難しそうな課題に、僕たちは息を飲まずにはいられなかった。
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ボブバージル様が倒れられて、ウォルバッグ様とセオドア様が手続きをなさってくださっている間に、コンラッド王子殿下から、ある程度の説明を受けましたの。
その説明を聞いて、『はるかの知識』を重ね、仮説を立てました。あくまでも仮説です。本当のことはわかることは、恐らく一生ありえないのです。
ボブバージル様が起き上がられたので、話し合いを始めることにいたしました。ボブバージル様は、この不思議な状況を家族や友人に話しているというのです。羨ましいというかすごいというか…。わたくしより、記憶というか知識というかが不鮮明なのでできたことでしょう。
わたくしは、4人のみなさまに『転生者』であることを簡単に説明しました。
「理解してほしいわけではありませんのよ。不思議なことがあるかもしれませんが、聞き流してくださいね、という前振りですの」
わたくしがそういうと、みなさまは、一目で安堵の表情になりました。それほど理解が難しい内容なのでしょう。
「では、みなさまは、ボブバージル様の夢でパティリアーナ様が王女殿下であること、またコンラッド王子殿下との縁を望んでおられることを知ったということですわね?」
わたくしは笑顔にはなりませんが、いたって冷静に話をすすめます。
「そうです。その上で僕の兄から指示を受けております。先程『王城の政務部からの指示』と言ったのは、僕の兄のことです」
ボブバージル様は、まだ完全復調とはなられてないようで、お顔色は悪いですが、この話は、わたくしとボブバージル様が主でありますので、退席していただくわけにはまいりません。ボブバージル様にも、そのお覚悟があるように見受けられます。
それにしても、政務部まで協力なさっていらっしゃるとは、本当に羨ましいですわ。
「僕の状態は何だと思いますか?」
ボブバージル様は、その能力がずっと不安だったのでしょう。恥も外聞もなくというような質問のされかたですわ。他のお三方も、きっとボブバージル様をずっと心配なさっていたのでしょう。わたくしの答えを、期待と不安の眼差しでお待ちになっております。
「あくまでも仮説ですわよ。わたくしの前世者は12歳という幼い少女でしたので、たくさんの知識があるわけではないのです」
わたくしは、自信がないことをきちんと伝えました。わたくし自身の知識ではございませんもの、例え正しい答えであっても、それを確認する手立てはございません。
「はい。それでもその仮説を聞きたいです」
ボブバージル様の目は必死でした。
「ボブバージル様は、わたくしのように人生の途中からの『転生者』ではなく、生まれながらにして『転生者』だったと思われます」
3人様が心配そうにボブバージル様を見ております。コンラッド王子殿下はボブバージル様のお膝の脇に拳を当て、いつでも支える準備をなさっています。ステキな友情ですわ。
「ですが、前世について、記憶喪失になっており、部分的にその記憶が夢で現れるのではないかと」
ボブバージル様の体が揺らぎ、手を額に当てております。それでも、わたくしから視線を外すことなく、聞いておられます。
「その本のような話とは、どう考えているのですか?バージルがそして私達が出てくる話がそんなにたくさんあるものですか?」
さすがに天才ウォルバック様ですね。理解できないながらも細い糸を手繰り寄せようとなさっておいでです。
「『二次制作』と申しまして、ひとつの大きなお話が人気になりますと、その人物たちを使っていろいろなお話が作られていくのです。それは個々に楽しむものであったり、『続編』として、続きがあったりするのです。
ボブバージル様の前世の方が、どこまでたくさんの情報を持っていたのかは、わたくしにはわかりません。
ただ、今回のパティリアーナ様のお話に関しましては、わたくしと同じ小説をお読みになっている可能性を感じます。または、似たような小説で反対の結末を迎えるようなお話ですわね」
わたくしは、ウォルバック様からボブバージル様へと視線を移しました。
「ボブバージル様、今までの夢と違い、この夢にはお顔は出ないのではありませんか?」
ボブバージル様の体が揺らぎましたわ。また目眩がしているようですわ。
「わたくしのお話がボブバージル様の真実に近いと目眩になるのかもしれませんわね。わたくしとのお話を続けることはツライのではなくて?」
「だ、大丈夫です。目眩は一時的なものなのです。それより、僕は僕のことが知りたい」
ボブバージル様の決心を蔑ろにするようなことはできなそうです。
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