第13話 来世
それからしばらく天国のファミレスで花音と話をした。出会う前のこと、一緒に通った高校のこと、風花ができた時のこと、結婚してからのこと……。
できればずっと話していたかった。もっと話していたかった。しかし、花音にはもう時間がないと言う。花音の未練は仕事しか出来なかった俺が一人で生きていけるのか不安だったことらしい。
死んだ後にまで心配をかけてしまうとは……自分がどれだけ支えられて生きてきたのかしみじみと感じ入る。
同時に、自分が幸せだったと、俺も未練や後悔なんてなく天国から旅立てると思った。すると、ふっと体が軽くなる。自分という存在が希薄になったような……俺に残された時間もないようだ。
「天国にいられるのは長くて一年と聞いたが……花音はどうして大丈夫なんだ」
ファミレスを出て二人で並んで歩く。
もう東屋幸助と東屋花音の人生は終わった。次の人生に向かわなくてはいけない。
「あの人がおしゃべりの相手をしてくれてたから」
魂の終点である転生門の前に着く。そこには、花音があの人と呼ぶお面の男が待っていた。天国で俺を案内してくれたふざけたお面の男が。
「ハルさん、どうもありがとうございました。おかげで幸助さんと会えました」
俺にはセイと名乗った男は、花音には『ハルさん』と呼ばれている。
「…………そんなふざけた性格だったか?」
「人間、憧れる相手の悪いところからは目を背けてしまうものだよ、幸助」
男がお面を外すと、物心ついた頃から俺が尊敬し追い続けた兄、晴信の顔が現れた。喋り方も声も記憶にあるものに戻る。
どうして花音よりも更に前……40年以上前に死んだ男がここにいるのか、聞くよりも先に外された“鬼”のお面を見て答えを察する。というより答えを受け入れざるを得なくなる。
「普通、天国に鬼がいたらおかしいと思うだろう」
「地獄に落ちたんだな、兄貴……いや、晴信兄さん」
「自分で望んだ結果であるし、この永遠に続く死後の世界に留まるための手段として鬼になったわけだから、落ちたという表現は正しくないな」
どうやら地獄の鬼と天国の天使は同じような存在らしい。地獄は悪行を働いた者を延々苦しめる場所だが、輪廻があるなら天国は長居する場所でもなく仕事のない天使はそもそも最初からいない……ということなのか。
「それは……残していった俺や親父達に負い目があったから?」
事故で死んだ兄貴、でも俺は兄貴は死を望んでいたと思っている。助かるはずの事故で逃げずに死を受け入れた、受動的な自殺だと。
それが未練で俺や家族の最後を天国から見守る、行方を見届けるために、死後の世界に残っているのではないか、と聞いてみるが、
「確かに父さんと母さんも私が見送ったけど、違うな。退屈で生きる意義を見いだせなかったからだ。記憶を失って転生しても私が私であるなら同じ失望を繰り返すかもしれない。だからここに留まっている」
悪びれもせず兄貴は否定してくる。
自殺することで俺や親父達がどう思うのか考えなかったのか。胸倉をつかんで殴り飛ばしくなる。しかし、それは親父がやっただろう。こんな最後に兄弟で殴り合いをしても隣にいる花音に心配をかけるだけだ。ぐっと拳を握ってこらえる。
「でも……少し変わったよ。父さんとも母さんとも話して、幸助と花音さんの人生を見て、また生きるのも悪くないと思えた」
「……なら兄貴も一緒に行くのか?」
「少しと言ったろ。だから幸助……と花音さんに見せて欲しい。これからも何度生まれ変わっても幸せになれるというところを」
共に転生門をくぐり、次の人生を始めよう、そう誘う。しかし、兄貴は俺の手を取らなかった。再び鬼の面を被り、門への道を開ける。また天国の案内人か地獄の鬼を続けるつもりらしい。最後まで他人の言うことを聞かない男だ。
「花音さん」
急に話しかけられた花音の背筋が伸びる。
「馬鹿で頑固で融通の利かない弟ですが、また幸せにしてやってくれますか」
「ええ、何度でも」
「ありがとう」
一切悩む素振りを見せず即答する花音に、兄貴がお面の奥で笑う。
死んだ時の、20代のまま姿で止まった兄貴に保護者面をされると余計に背中がかゆくなる。
「こうして爺になるまで生きてやっと分かったけど、兄貴の方がずっと馬鹿だよ」
「ふふ、そう思うなら、これから何度でも幸せになるところを見せてくれ。勝手に人生に絶望して生きることを諦めた馬鹿野郎だと、お前の生き様で教えてくれ」
「ああ、任せろ……でも、いつも見られてると思うと鬱陶しいから、兄貴も早く人生の楽しさに気づけよ」
「善処する」
兄貴と抱き合って別れの挨拶を交わす。
これで本当に些細な気掛かりもなくなってしまった。娘夫婦と孫二人は、十分財産を残せたし、どうとでもなるだろう。将来まで俺が心配することじゃない。
兄貴に背を向け、花音の手を取る。温かい光が溢れる転生門に向けて歩きだす。
「次は意地っ張りはやめる。だからもし生まれ変わってまた会えたら、今度は俺から好きと言うからな」
とりあえず来世の目標をひとつ決めた。
約束として花音に告げる。
「軟派な幸助さんが好きなわけじゃないんだけど……」
俺にどうしろと言うんだ。好きといっぱい言って欲しかったんじゃないのか。結局、最後の最後まで、花音の心を読むことはできなかったな。
俺は顔をしかめるのに、花音はにこにこと笑って見てくる。
「そう言えば幸助さん……」
「なんだ?」
「わたしから腕を組むのは何度もありましたけど、こうして手を繋ぐのも初めてなんですよ?」
今度は少しむくれて言われる。
なんだろう、もっとさりげない気遣いを学べということだろうか。謝罪の意味を込めて、繋いだ手に少しだけ力を入れた。
「今度デートする時は、必ず俺から手を握るから」
「約束ですよ?」
「ああ、絶対だ」
俺と花音は手を繋いだまま光の中へと歩いていく。この夢の時間に感謝を捧げ、また同じ場所、同じ時代に生まれ変われるよう祈りながら――




