第10話 大人
「あーいいですね順調順調、順調にホームドラマ」
「何か文句でもあるのか」
「いえね幸助さん、アナタ自分の後悔自覚できてるのかなーって」
淡々と進む記憶の映像に、セイは溜め息を吐く。苦労はあってもそれも家族を支える喜びである、そんな時代のどこに俺の後悔が隠れていると言うのだろう。テレビに映る自分の一生を振り返っても、いい人生だったと満足してしまう――
二浪してる形だけど医大では年上の学生もそれほど珍しい存在ではない。普通に新しい友人も増えた。結婚していて妻子持ちだとバレると驚く人もいたけど、学業に躓くことはなく医師国家試験も一発で合格できた。
大学時代で一番つらかったのは、完全に親の金で子育てまでしてしまったことだろう。花音と二人で働いていた時は貯金は少ししか作れなかった。娘の風花を抱っこする度に自分は父親としてこれでいいのかよく悩んだ。
卒業後、まずは医大の付属病院で研修医をしながら花音と結婚式を挙げた。研修医時代の生活は地獄の忙しさだったが、散々待たせてしまった花音のことを考えればそれも生き甲斐に感じた。
ただ、すでに小学校に上がる年の風花は今更上げられる結婚式に、
「けっこんしきあげてなかったのー?ママかわいそー」
「こら風花、幸助さんをいじめちゃだめよ」
「パパはろくでなしー」
とダメ親父の烙印を押してきた。一切反論できなかった。娘がこんな年になるまで働いている姿を見せていないからクズと言われても仕方がない。この一件から愛しい娘の親離れを加速させてしまった気がする。
娘の風花は優秀で手のかからない子供だった。収入が安定してからは、花音は専業主婦として風花のめんどうをほとんど見てもらうことになってしまったが、相談されるのはいつも娘の頭が良すぎて困るということだった。
幼いながらに親父と剛三さんを手玉に取り小遣いをせびる様子に、俺はよく花音の相談を親バカの幸せな悩みだと笑って済ませた。実際、風花は勝手に学び勝手にいい子に育っていった。何かを教えようとしなくても親の姿を見て自分で学べる子だ。本当に手がかからない。
だから、というのもあるだろう。花音には学生の頃から苦労をかけてしまった。できるだけいい生活をさせてやろう。将来に不安を抱かなくてすむように贅沢な生活をさせてやろう。風花にも父親として良いところを見せなければ。
そうした想いを言い訳に、仕事に専念できると思ってしまった。いつの間にか俺は家庭より仕事を優先させていくようになる。
親父の病院に職場を移ってからは、当時、日本医療の金山だった人工透析室を作り金を荒稼ぎした。その大金を使い名医を呼んで循環器や呼吸器の先端技術ばかり取り入れて病院の名前を売れるようにした。
次第に地域の小さな小児科や産婦人科とは付き合いが薄れていく。花音にたしなめられるが、金を稼ぐと同時に難病患者を救っているという自負が余計なプライドとなり俺は花音の言葉を聞かなくなっていった。
「すねかじりヒモ男から金の亡者に……本当にろくでなしですね」
「ぐっ……」
苦難はあっても素晴らしい人生だと思っていたが、客観的に見ると大人になった俺はあまりいい旦那でも父親でもなかったようだ。
風花はすくすくと健康に育ち、俺と同じ医大に行くため家を出て花音と夫婦二人で暮らすようになる。毎朝、俺の背中を見送る花音が少し寂しそうな顔をしているのが目につく。だが俺はそんな花音の様子に気づけない。いや、薄々気づいているのに、プライドが邪魔して花音を適当に扱ってしまう。
贅沢を言えば、二人目の子供さえできていたらこうはならなかったのでは……そう逃避するくらいで仕事に逃げてしまう。気づけば俺は頭に白髪が目立つような年齢になっていた。
「――熟年離婚とかやめてよね。お父さん、お母さんがいないと家のこと何もできないんだから!」
「ほっとけ!俺に文句いうために帰ってきたのか!」
「もぉ!せっかく孫の顔見せてあげに来たのに!」
なんて、結婚して孫をつれて遊びに来た風花にも叱られている。すでに聞く耳持たずの頑固ジジイの予兆が見えていた。
これが俺の未練か。俺が死んだのは61歳だ、無理に仕事に生きて死んでしまったのだろうか。一度ファミレスの外に出て家族の様子を確認すれば、俺の未練は晴れるのだろうか。ファミレスまで案内された時の光景を思い出して立ち上がる。
「広場の望遠鏡から地上が見えるんだったな?」
「……見えますけど、ここまで来たら最後まで見ませんか?」
「それも……そうだな」
これまでと違い僅かに表情に陰りを見せるセイに気圧されて頷く。頷くが、席には戻れず俺は立ち尽くしていた。自分でも心の中に何か焦りが生まれていることに気づいたからだ。
俺が現世に残してきたもの……それは何か。両親はもう亡くなっていた。気になるとすれば妻の花音、娘の風花、孫の雅幸と風音……。テレビに流れ続ける映像を辿っていけば、なんとなく覚えている俺が過労死するシーンまで見られるだろう。
でも見たくない。ずっと人生の映像を見せられてきたけど、ここから先は見たくない。なぜかそう思う。
「目を背けてはずっと自分を許せませんよ。広場にいる方たちのように、自ら地獄に落ちるまで呆けていますか?」
今度は挑発するような態度で言われる。いいだろう、最後までしっかりと目を逸らさず見よう。俺は最後まで幸せだったのか、家族を幸せにできたのか、確かめてやる。




