圧倒
「これから今日のスターティングメンバーを発表する」
監督がそう言って、打順とポジション、名前を伝えていった。
「……五番、ファースト、新井」
「はい」
「……八番、ピッチャー、前川」
「はいっ」
「九番! ショート!」
「……」
「成田!」
「は、はいっ!」
駄目かー。
予想通り、一週間の内に評価が入れ替わってしまったらしい。
残念がりながらふと内野席を見上げた。
そこには、何だか垢抜けない女子軍団がいた。どこでか、数人見覚えがあった。
「あ」
速水を見つけた俺は、ようやくあれが俺へのご褒美のためのバーター集団であることを理解した。
とはいえ、ご褒美のはずがスタメンではないとは、どうにも格好がつかないなあ。
まあ、気長にチャンスを待つとするか。
試合はそれからまもなく開始された。
一回表のウチの攻撃。
投手は早速、超高校級ピッチャー。
ベンチから、俺は彼のピッチングを見るべく身を乗り出した。
投球練習より。
投球フォームは、セットポジションからのオーバースロー。足を結構高く上げて、体重移動しながら突っ込むようにボールを投じるらしい。
そして、早速ウチのバッターと相対した。
先頭はセカンドの吉村先輩。先日の紅白戦で二遊間を組んだ人で、ミート技術は結構高い。
その吉村先輩に対して、及川は足を上げて、投げた。
ズドン
まるでミサイルでも落ちたのかと思うような爆音が、キャッチャーミットから聞こえた。
「百四十四キロ。初っ端から出てるなあ」
スピードガンを構えていた大貫先輩が苦笑していた。
カタログスペックに恥じることない投球を、初回の及川は披露した。
弾丸のようなストレートは、こちらの手練バッター達の振り遅れを多発させた。結局三振二つを含む三者凡退。
「すげえ」
前川は、キャッチャーボールから戻ってきたタイミングで、及川を羨望の眼差しで見つめながら呟いた。
「負けんなよ」
「……今の俺じゃ無理だ」
声をかけると、珍しく弱気な台詞が返ってきた。
「あんな豪速球、今の俺には投げられない」
「だろうな」
「でも、アウトは取れる」
前川は続けた。
「結果を出してくる」
「頑張れ」
労いの言葉に効果があったかはいざ知らず、前川はスライダーの出し入れを中心にカウントを稼ぎ、覚えたてのフォークで空振りを奪っていた。これが結構落ち幅があって、多分初見では捕まえられなそうな出来だった。
初回はこちらも無失点。
二回の攻撃は、先日トップを作るフォームを編み出し、ある程度結果を残し始めた新井にも打席が回ったが、結果は見逃し三振だった。
この回も、結局こちらは無得点。
試合が動いたのは、二回の裏だった。
向こうの四番サード宮崎は、前川のスライダーを振り抜き、スタンドまで運んだのだった。
その後、試合は硬直状態になった。
圧倒的ストレートを軸に三振を量産する及川。
老獪なピッチングで打たせて取る前川。
どちらも一歩も引かない、接戦となった。
こちらの打撃陣に監督が指示した作戦は、待球作戦だった。
及川という投手は、弾丸みたいなストレートを投じるものの、コントロールはかなりアバウトだった。フルカウントまで行くケースも少なくなく、球数を稼げば、相手の疲労にも繋がる。
そういう、理にかなった作戦だった。
しかし、及川の球威が下がる気配は、中々に見えてこなかった。結果として、六回を終える頃には、ウチの打線は及川に対して十二もの三振を献上していた。
接戦になることは初めからわかっていたと言っても過言ではない。
つまるところ、この試合は前川の投手としての真価が問われる試合だった。
彼は、見事にその役目を果たしていた。
しかし、味方の援護がなく、ビハインドを背負い続ける展開は、彼の疲労をより蓄積させた。
カキィン!
そんなストレス貯まる展開での、四番宮崎のツーランホームランだった。
「くっそ」
重くのしかかる二点だった。
スコアは三対ゼロとなった。
「武田」
そんな絶望的な試合展開で、俺は監督に呼ばれた。
「はい」
「次の前川の打席で代打だ。準備しろ」
「はい」
俺はベンチの裏に下がって、アップを始めた。
現状スコアは三対ゼロ。
完全に、圧倒されている試合展開だ。
ただ、周囲の連中はそのスコアよりも他に、もっと圧倒されていると思っていることがあるだろうと、俺はわかっていた。
超高校級ピッチャー及川は、ここまでその実力を如何なく発揮していた。
こちらの作戦は四球上等、球数稼ぎの待球作戦。
その作戦が功を奏した部分はあった。
六回までに、及川から奪った四球は五個。
三振こそ十二個あるが、四球奪取数自体は上々だった。
しかし。
しかし、出塁の数は、四球の数を加えても、実に六個だけ。
しかも、四球以外の出塁は、サード宮崎のエラーのみ。
つまり……。
「ノーノー見えてきたぞー!」
アップを終えて戻ってくると、相手ベンチがお祭りのように騒がしかった。
俺はその状況に、一つ歯ぎしりをしていた。
及川のここまでの投球をまとめると……。
球数百二十四。
四死球五個。
失点ゼロ。
そして、被安打もゼロ。
ここまで俺達は、超高校級ピッチャー及川相手に、ノーヒットノーランに抑えられていた。
丁度、六番先頭の種田先輩は三振に終わった。
七番、平泉先輩は、なんとか二球目をバットに当てるが、力なくセカンドゴロ。
そして……。
『八番、ピッチャー前川君に代わりまして、武田君』
俺は、打席に立った。
絶対絶命のピンチだった。
このままでは試合に負けるだけでなく、ノーヒットノーランという屈辱を味あわされる。
そんな状況だった。
そんな身も縮まるような状況に……。
俺は、微笑んだ。
この超高校級ピッチャーは、即戦力で鳴り物入りでプロ入りするけど、いざプロになったらフォーム探しの旅に出て数年出てこないタイプ




