ご褒美
速水の協力を得た俺の学力向上を目的にした勉強会。この勉強会は、俺の部活終わりの帰宅後の家での素振り時間、ランニング時間を犠牲にした上で執り行われることになった。
勿論、当初は練習時間が削られることが嫌で無下にしようともしたのだが、
「じゃあ、補修受けるの?」
と言われれば、最早断る手段などありはしなかった。
毎日の自主トレの一時間と、補修の数日の数時間。しかも、教師付きっきりで逃亡することが出来ない数時間。
どちらの方が嫌かと言われれば、それは勿論補修の方だった。
ただこの勉強会は、とにかく難航した。
元々が勉強嫌いな俺が学ばなければならない状況であること。
俺の学力が、予想の数倍悪いこと。
それらが勉強会が難航している原因の目に付く最たる原因だった。
速水の我の強さは、いつからかは覚えていないが、俺からすれば知っていることだった。
シェフになる夢を叶えるために父親の反対を押し切ってこの学校に進学したこと。
思い出作りのために羞恥を我慢して俺とのツーショット写真を撮ったこと。
彼女との出会いからまだ数週間しか経っていないのに、気付けば俺の中で、彼女のアイデンティティを証明するエピソードはたくさんと刻まれていた。
故に、俺は彼女が我が強いことを知って、理解していた、つもりだった。
ただ速水はどうやら、俺が思ったよりももっと我の強い人だったらしい。
どれだけ俺が馬鹿でも。
どれだけ俺のモチベーションが低くとも。
彼女は、辛抱強く俺に勉強を教えてくれたのだった。
そんな彼女の期待に応えたいと思い始めたのは、勉強会が始まって、部活に勉強に打ち込んだGWが終わって、休み明け最初の登校日の週末の頃だった。
どうやら俺は、野球のピッチャーで言うところのスロースターターらしい。
ただまあ、それでモチベーションが上がって結果が伴うなら、これほど楽な話はなかった。
多分、この難航具合を解決させるのには、今のままなあなあに勉強しているだけでは駄目なのではないか。
そんなことを、俺は思い始めていた。
「あんたはなんで勉強嫌いなの?」
速水が俺に対してそんな今更な質問をしたのは、来週からテスト週間ということで、スポーツ科ではない俺が部活動を行えなくなると知ったその日のことだった。
懇切丁寧にテスト週間の説明をしてくれた担任の須藤先生に対して、俺は周囲の視線も憚らずに大きな声でえっと叫んでしまっていた。
「面白くないから」
「じゃあ、なんで面白くないの?」
速水のなぜなぜの問いかけに、俺は黙った。そういえば、一体なぜだろう。
「じゃあ、なんで野球は好きなの?」
「それははっきりしているぞ」
長い話になるからと天を仰いだ俺は、いつだか新井に話したエピソードを速水にもしていた。
説明し終えると、
「へえ、転勤族の子供ってのも大変なんだね」
速水は遠い目をしながら共感していた。
「俺よりも親の方が大変だったと思うぞ。辞令を渡される度に引っ越しだからな。引っ越し準備している時の父さんは、大体いつも腰を押さえていた」
「あんたは手伝わなかったの? 整理整頓とか好きなのに」
「自分の荷物はまとめたが、親はこっちは手伝わなくていいって俺に言ったんだよ。だから手伝うのも気が引けて、練習に明け暮れた。多分親としたら、俺を何度も転校させたことに対して、負い目とかあったんだろう」
「確かに、転校ばっかりってのも辛いよね。築いた友人関係、全部リセットだもんね」
速水はもたれるように、後ろに手をついて言った。主張の強い胸元が、薄手のTシャツも相まって協調されていた。
「……リセットねぇ」
俺は、無駄な閃きが舞い込んで、続けた。
「あんまり気にしたことはなかったが、そういえば転校の度に授業進度が学校毎に違って、勉強馬鹿らしいと思ったことがあった。多分、それも勉強がちんぷんかんぷんになった理由の一つだ」
「なるほど。つまり、勉強が嫌いなのはわからないから。失敗してきたから、というわけね。それで逆に、野球が好きなのは、上手くいったという成功体験があるから、と。
ということはさ、今回人並みに勉強して良い点とれば、あんた勉強好きになるんじゃない?」
「おいおい、俺はそこまで単純じゃあ……」
ない。
そう言おうと思ったが、もしそうなったらそうなる姿が垣間見えて、俺は口をつぐんだ。
「反論しないの?」
「出来そうもない」
「アハハ。単純だねえ、武田君」
小馬鹿にするように笑う速水が、少しだけ妬ましかった。
「まあ、赤点回避したら嬉しくなって勉強好きになる、とはならんと思うけどね」
「なんで?」
「苦痛を覚えてまで赤点回避かあ、と俺なら思う」
「なるほどねー」
速水は仰向けに倒れこんだ。
「何してんの?」
「長時間座りこんでたら、引っ越し明けの君のお父さんみたいに、腰痛くなっちゃった」
アハハ、と速水は笑った。
「あっそ」
「うん」
しばらく笑った速水は、
「……じゃあさー」
何かを思いついたように、続けた。
「今の勉強の苦痛に勝った成功体験を、赤点回避で得られればいいわけだね?」
「……まあ」
「じゃあさー」
速水は、上半身を起こして、続けた。
「あたしが、一肌脱いであげるよ」
「はあ?」
「ご褒美あげる」
「ご褒美?」
「うん」
なんだか楽しそうに、速水は頷いて続けた。
「全教科赤点回避したら、あたしの出来ることで君のしたいこと。なんでも一つ叶えてあげる」
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