俺のワンルームアパートの同居人は……。
「あんた、時々すごいアホになるよな」
速水の妙案を聞いた後、俺は呆れたように目を細めた。
「何よう。人が折角手伝ってあげるって言ってるのに」
「ああいや、それは凄い助かってる。ありがとう。だけど、何でも願いを叶えるって、ちょっと安直すぎないかい」
「そ、そんなに魅力的な話じゃなかったの?」
「魅力的な話じゃないかどうかと言えば……」
俺は腕組をして、物思いに耽った。速水に色々してもらえる。あまり物欲が強い方な人種ではない俺だが、色々ってどこまでいけるのだろう。
早朝守備練習の手伝いとか、寝相を良くするように計らえだとか、一週間俺の好きな食べ物を夕飯に出してくれとか。
この辺はセーフだろうか?
ああいや、厳しいラインだろうなー。
ただまあ……。
「なんだかすごい魅力的な話な気がする」
「なんだ、良かった」
ホッと安堵する速水を見ながら、俺は首を傾げていた。
「あんた、いつか俺に言った台詞覚えてるか?」
「何々? どんな話?」
「あれは確か、同居を一回止めて、この部屋に遊びに来た時のことだ。あの時あんた、妙に協力的な俺に対して、お人好しだなんだと言ったよな」
「あったね。そんなこと」
「今のあんたも、俺からすればかなりお人好しだぞ? 勉強は教えてくれるわ、モチベーション向上のために一肌脱ぐとか言い出すわ。一体どんな裏がある」
「裏があるとは酷い言い草だね」
速水は少しだけムッとした顔をした。
「あたし、これでも君には感謝しているんだよ」
「例えば?」
「例えば、掃除洗濯身の回りの整理、料理以外は全部やってもらってること」
「他には?」
「他には、あたしのご飯をいつも美味しいって言ってくれること」
「それって感謝されることなのか? むしろ、お礼を言いたいのはいつもご飯作ってもらっているこっちだぞ」
「何よう。文句あるの?」
「文句もあるし、そもそも俺に感謝してくれているというあんたの話を、俺は未だ信じられん。あんたの挙げた俺への感謝は、全部俺が勝手にやってることだろ。だから、お礼を言われる筋合いなんかない。……他にはないのか?」
「他にはって……」
速水は頑なな俺に一旦呆れて、何かないかを思案して、頬を染めて俯いた。
どうしたのかわからず俺が首を傾げていると、
「ど、同居。またしてくれたこと」
速水は大層恥ずかしそうに歯切れ悪く言ってきた。
「あ、そう」
羞恥が感染した俺は、少しだけ気恥ずかしさを感じながら頭を掻いた。
「問い質さなきゃよかった」
「本当よ、馬鹿」
速水は恨めしそうな瞳で俺を睨んでいた。
「……で、どんな文句があるの?」
しばらくして快復した速水は、呆れたような顔で俺に聞いてきた。
「え、ああ。まあなんというか、感謝の気持ちがどうのとか、それはもう掘り下げる気はないんだけどさ。
自分を賭け事の景品にする考え方は、やめろよな」
「う……」
「そういうの、その人の品位まで落とす気がして、俺は嫌いだ。それにそういうの、トラブルの元だぞ。あんた、結構可愛いんだからさ。そういうことやってると、後々痛い目見るぞ」
「か、かわ……っ」
速水は頬を染めていた。
多分、自らが行った哀れな行いを恥じているのだろう。
良かった。どうやらわかってくれたらしい。
「まあ、元はと言えば勉強に対してモチベーションが低い俺のせいかもしれないけどな。アハハハハッ!」
俺は、この場の空気を茶化すように頭を掻いて高笑いを始めた。
そんな俺の様子を見ている同居人が、プルプル震えだしているのがわかった。
「本当よ、この大馬鹿野郎っ!」
速水は、顔を真っ赤にして激怒した。
突然の怒号に、俺は目を丸めた。そんなに琴線に触れるようなことしたか、俺?
「本当に、こっちはあんたのために色々考えてあげてるのに。感謝される筋合いはないとかその考えは止めろとか、偉そうなことばっかり言ってきて!」
速水の怒りは留まる気配はなかった。
「ふーんだ。何がトラブルの元よ。何が品位まで落とすよ! そんなのあんたにだけしかしないんだから関係ないわよ!」
キレた速水は手が付けられなかった。最早何を言っているかわからないくらい捲し立てられて、俺はただ困惑した。
「……やってやるわよ」
「なんて?」
「やってやるわよ。ご褒美やってやるって言ってるのっ! 赤点回避したら、なんだってやってやるって言ってるの。だからちゃんと今の内から考えておきなさいよ!」
「あんた、俺の話聞いてた?」
「うっさい。馬鹿で馬鹿で馬鹿な武田めっ!」
馬鹿しか言われてないんだけど。
「首洗って待ってなさいよ。絶対赤点回避させて、色々お願いさせてやるんだから」
そう言いながら、速水は布団を敷いて、毛布を被った。
「あれ、勉強の続きは?」
「明日! 今日はもう寝る!」
「えっ、本当か? じゃあ、テスト週間前最後の自主トレしてきていい?」
「勝手にすればいいじゃない!」
「うし、わかった」
俺は手短にバットとかの準備をして、部屋から出ようとした。
あ、その前に……。
「ありがとうな、速水」
俺は扉に手をかけながら、なんだかんだ手を焼いてくれる同居相手の方に振り向いた。
「明日から、また頼むよ」
そう言うと、
「うっさい、バーカ」
しおらしいそんな声が、居間の方から聞こえた気がした。
その晩、俺は明日からの勉強を憂い、気が済むまでアパートの庭でバットを振った。
その自主練の最中、ふと俺は思った。
思っていたことは、もっぱら同居人のことに関して、だ。
あの女、俺の折角のアドバイスも聞かず、我が強いことで。思い出すだけで、思わず可笑しくて頬が綻ぶ始末だった。
本当、俺のワンルームアパートの同居人は、美人でお人好しなクラスメイトだな。
……ただ、怒ると喧しくて、ついでに怖いな。




