44 アルバイト日和12
高速で動く真っ黒な大サソリは、軽トラックに尻尾と手足が生えたくらいのサイズだった。
巨大なハサミと尻尾で息も継がない連続攻撃を放ってくるが、何とか全てをさばいていた。
「はぁっっ、とっ、このぉ!」
八割をかわし、二割はエンチャウントをかけた腕ではじく。
我ながら、けっこう超人的な動きだと思う。
俺は最近になって、悪意のような気配を感じ取れるようになっていた。
あまり良い事には思えないけど。
だってよく聞く話に、世に擦れた人たちは、自分に向けられた侮蔑や敵意、敵愾心に敏感になるのだとか。
隠そうとしても、わずかな態度から読み取るらしい。
そして逆に善意には鈍感になってしまい、とくに他人からの隠れた善意なんてものには気づかないのだとか。
だから大サソリから感じる剝き出しの悪意の機微を感じるせいで、一瞬後に来る攻撃が具体的に予想できていたけど、何となく自分の品格が落とされているような気がして、素直に喜べない。
いや役には立ってるんだよ。集中力さえ切らさなければ、全回避だって不可能じゃない気がする。
凄く有難いんだ。
でもなあ。
「ほらこっちよ! あんたメスのサソリかしら、男の子ばかり狙ってさ、ビッチね!」
声と身体つきで女性とわかる全身鎧の人が、メイスと盾をガンガン打ち付けながら叫んだ。
ビクッと震えた大サソリが、いきなり俺をガン無視して鎧の人に襲い掛かる。
サソリの極端な行動を見るに、どうやら挑発系のスキルを使っていると見当がついた。
さっきも思ったけど、この人はパーティを組んでタンクの役割を担っているらしい。敵の注意を引いて攻撃を一手に引き受けつつ、仲間に攻撃をしてもらうスタイルだ。
「上手いぞフィー! 濃縮した冷凍弾を撃つから、その場に五秒引き付けてくれ!」
「了解よロン!」
ロンと呼ばれたアジア系の青年が、片手剣を左手に持ち替えて、右手をまっすぐサソリに向けた。
真っ白な濃い霧のような塊が、みるみるうちに集まってソフトボールくらいのサイズになる。
「喰らえ!」
パンっとはじける様に濃霧の塊が発射された。
勢いよく飛び出した魔法だったけど、あまり速度はなくて素人のキャッチボールくらいだ。大サソリは高速で動き回っているし、命中させるには動きを止める必要があると分かる。
と言うか、これがパーティの戦い方なんだと思った。
冷凍弾がサソリの右腕に命中した。
本当は頭を狙ったみたいだけど、攻撃に夢中だったサソリが両手のハサミを振り回していたせいで当たってしまったのだ。
「くそっ」
「問題なし!」
悪態をついた青年ロンさんに、全身鎧のフィーさんが声を上げた。
そのままメイスを、魔法の命中した場所に振り下ろす。
ガギっと鈍い破砕音がして、 ハサミの付け根あたりの甲殻が割れた。見た目だと分かりにくいが、多分冷凍弾のせいで凍るか何かして脆くなっているのだろう。
「もういっちょ!」
フィーさんがさらにメイスを振り上げた時、大サソリはそれまで使ってなかった尻尾で攻撃する気配を見せた。もしかして必殺の一撃を狙っていたのだろうか。
メイスを掲げた状態で体重移動をしていたから、逆手の盾は使いにくいし、咄嗟に身をかわすのも難しそうだ。
だけどまあ、これはパーティ戦だ、近くには俺もいるのだ。
「させるか!」
エンチャウントをかけてる足は、なぜか薄く光る部分だけでなくて腰や脚部全体も強化されている。だから一歩一歩の歩幅もでかくなるし、速度も上がる。
身をかがめ短距離走の選手のように地面を蹴った俺は、動きを止めていたサソリの足を踏み台にして、一気にサソリの背中まで駆け上がった。
その勢いのまま、迫ってくる尻尾を殴り飛ばす。
「うぉりゃ!」
「おおっ」
「なんと」
突然の空中舞踊に二人が驚嘆の声を上げた。
俺も、我ながらちょっと気持ちの良い動きだった。
高揚感がグッと高まって、戦闘による興奮が増してくる。
……ううむ、でも、これって固有スキルの狂戦士が関係してそうだよな。
いつも思うんだけど、後々問題になったりしないだろうな。
心とか感情とかに作用するスキルって、なんか怖いんだよな。
そもそも勝手に覚えたり勝手に発動するスキルとか在り得なくないか、せめて習得するかしないか自分で選べないものかね。
まあ今は良いんだけどね今は。むしろ現実世界で喧嘩もしたことがない俺が、モンスターを前に恐怖を感じないのは有難いくらいだが。
「そこよ!」
バランスを崩した大サソリに、フィーさんの一撃が振り下ろされる。
鈍い音と共に、右腕のでかいハサミが千切れて地面に転がった。
サソリが怒りの威嚇音を上げた。
俺たちはいったん仕切りなおすため、三人で集まってサソリから距離を取った。
「二人だと厳しかったが、三人いれば倒せそうだな」
「そうね、行けそうだわ」
「お前さんは格闘家なのか、すげえ動きだったな、かなり敏捷を上げているな」
「あ、いや、それ程でも……」
「このまま同じ連携でいこう、フィーが動きを止めて俺が濃縮した冷凍弾、お前さんはアタッカーって事でよろしく。魔法が当たって脆くなった場所を攻撃してくれ」
「あ、うん、分かった」
「よし!」
サソリは逃げる様子は見せない、むしろ怒り狂うようにギシギシ足踏みしている。
「ほらこっちよ、もう一個のハサミも壊してあげる!」
あらためてフィーさんが盾とメイスを打ち鳴らすと、大サソリはすさまじい急加速で迫って来た。
まるで高速道路の衝突事故のような勢いだが、フィーさんは盾をかまえ「鉄壁!」と叫んで受け止めた。
数メートル押し込まれつつ踏ん張って耐える。
ううむ盾系のスキルだろうか、あの質量の衝突でも跳ね飛ばされないから、見てる方は常識感がバグりそうだ。
でもタンクのロールって迫力が凄い、フルダイブVRだと滅茶苦茶に恰好良いな。
「冷凍弾!」
ロンさんが魔法を撃つ。
革鎧と片手剣のロンさんは見た目が軽戦士だが、実際は魔法がメインのキャラっぽい。
冷凍弾は、フィーさんと押し合いをしていたサソリの胴体下部、その横っ腹に命中した。
よし、次はアタッカーの出番だ。
カッと頭に血が上る感じがした。
衝動のままにサソリに駆け寄る。
ふはははっ、喰らうがいい、俺のエンチャウントな怪力パンチだぞ!
「うぉりゃ!」
ドゴンっと横腹に一撃を入れる。
サソリの身体がわずかに浮くほど強烈だったのだが、胴体の殻は分厚いらしく傷ひとつ付かなかった。
だけど、まだ終わりじゃないぞ。
「うりゃっ、うりゃりゃりゃららら!」
連続でパンチを繰り出す。
あのユーリィというヒスパニック系の人のシールドを砕いた時と同じだ。
十発でダメなら二十発、それでもダメなら百発でも。
砕けるまで撃つ!
高速で打ち続けていれば、さすがに大サソリも鬱陶しいのか、身体をよじらせて俺を攻撃しようとする。
「あんたはこっちよ、のろま野郎! あたしの相手をしなさい!」
フィーさんがガンガンと盾を打ち鳴らすと、サソリはビクっと震えてそっちに意識を向けた。
凄いな、この状況でも敵のターゲットが取れるのか。
挑発系のスキルって優秀なんだな。
その間も、俺は拳を撃ち続ける。
交互に何十発も。
やがて冷凍弾で凍っていた黒く分厚い横腹に、ピシリと小さな割れ目が走った。
「ほらこっち! あんよは上手!」
フィーさんが連続で挑発する。
だんだん語彙がテキトーになって、挑発っぽくなくなっている。
でも有難い、アタッカーとしては攻撃だけに専念できる理想の展開だ。
時間にすれば十秒程度か、さらに殴り続けていると割れ目が徐々に広がって、ついにサソリの下腹の甲殻に大きな亀裂が生まれた。
「よし」
息を整えて、今度は手刀をかまえる。
二秒ほど狙うと、狙い撃ちのスキルが発動した。
さらに三秒ほど構えると、溜め攻撃が発動した気配を感じた。
大きな亀裂に向けて、指先から手刀を思いっきり打ち込む。
エンチャウントで凶器と化していた腕が、ずぶりと突き刺さった。
なんと肩口近くまで、ずぶりと。
「う、うわ……っ」
どうしよう。
想定外に深く突き刺さったせいで、一瞬パニックに陥る。
ま、まあ取り合えず引き抜こう。
と思ったが判断が遅かったようで、苦痛に襲われたっぽい大サソリは、その場で大暴れを始めた。なんと言うか無意味なくらいに足や腕を振り回してグルグル回る。
「ちょっ、なんだこのサソリ、これ抜けないぞ!」
胴体下部、尻尾の付け根近くの横腹あたり。
丁度ハサミも尻尾も届かない場所に腕が刺さっていた。
ぐるぐる回るサソリのせいで、刺さった腕がグニグニと乱暴に圧迫される。
かなりの圧力だった。
サソリの体組織が万力のように締め付けるからビクともしない。
エンチャウントのお蔭でダメージこそ無いが、もし普通の状態だったら骨も筋肉もグチャグチャに潰されていただろう。
だが、このままでは埒が明かない。
「ぐぬぬぬ、いい加減にしろ!」
「ピシュァァァッ!」
胴体に両足をかけて、踏みしめるように腕を引き抜こうとしたら、ぐしゃっという感覚と共にやっと引き抜けた。
同時に下部胴体部の甲殻が、めくれるように引き千切れた。
激痛だったのか、大サソリの悲鳴のような声も聞こえた。
「良いぞ、尻尾が動かなくなった!」
俺は勢いあまって10メートルほどゴロゴロ転がっていたけど、ロンさんの声にサソリの尻尾を見ると、力なく地面に落ちて引きずられていた。
うまい具合に神経的な何かを傷つけたみたいだ。
黒大サソリはそれでも闘志は衰えず、またもやフィーさんを攻撃していたが、もう当初の速度も迫力も消え失せていた。
尻尾を引きずるせいで体感のバランスが崩れ、機動力も極端に落ちたせいだ。
まだハサミが片方残っているし、油断なんて出来ないけど。
「こいつはもう脅威じゃないな。とどめを刺したい所だが、息の根を止めるのは時間がかかるから諦めよう」
俺に近づいてきたロンさんが言った。
「そうなんですか」
「こっからが長いんだよ、頭を潰してもしばらく動くからな。現状でイチザートには何匹も入り込んでいるし、先に他から対処したい」
「なるほど」
「一応今の分だけでも経験値は入るぞ、まあ倒し切った方が多く貰えると思うが」
「へえ……」
経験値か、でもどうなんだろう、正規のログインしてないしシステムと繋がってる感じも無いんだけどな。
まあ、今はどっちでも良いか。
「この後は仲間と合流しつつサソリ退治を続けるが、お前さんはどうする、一緒に来てくれるなら歓迎するが」
「あーうん、ごめん、ちょっと用事があるんだ」
「そうか、……なら襲撃イベントが終わった後で一杯飲まないか。俺たちはプレイヤー繁華街の『酔いどれ熊』って宿をホームに使ってるから、暇なときに顔を出してくれ」
「イベント?」
「俺の名前はロンモンで、あっちはフィリンだ」
「あ、俺はナミノです」
「そうか、じゃあな格闘家のナミノ、そのうち一緒に狩りに行こうぜ」
「え、あ、うん、そうですね」
「私も楽しみにしてるわ!」
話を聞いていたのか、最後にフィーさんが俺に声をかけると、盾をメイスをガンガン叩きながら街の中心あたりに向けて小走りになった。
その後ろを、満身創痍の大サソリが追いかけていく。
「それじゃ、な」
ロンさんも身をひるがえして走り出した。
ううむ二人とも行動が早い。
しかも爽やかだし、頼れる冒険者って感じだ。
「気を付けて!」
最後に一声かけると、ロンさんが後ろ手を上げるのが見えた。
二人と一匹が、長いストリートを走り去っていく。
どこまでも颯爽として恰好良いわ。
そう言えばこのゲームで初めて、プレイヤーと組んだパーティ戦だったなぁ。
人工的に明晰夢を体験できるルシード・ドリーム・システム、それを利用した家庭用ゲーム機RV四号型、そこに付属していたフルダイブVRゲームのダナウエルオンライン。
今回、初めて遭遇したプレイヤーはいきなり攻撃して来るし、次に出会ったプレイヤーは冤罪を押し付けてくるし、碌なもんじゃないって感じだったけど。
ロンさんとフィーさんなら、普通にプレイヤーとして付き合えそうだった。
まあこのゲームってフレンド機能がないし、メール等のメッセージ機能もないから、今後再会できるかどうかも分からないんだけどね。
そもそも俺のゲーム内での現在地って石造りの都市ヘルンのはずだし、キャラの身体は宿のベッドで寝ているはずなんだよな。
次に正規でログインしたら、多分ヘルンに居ると思う。
だたし現時点だと俺はイチザートに居るわけだし、ううむ、今のプレイヤーキャラの身体ってどういう状況なんだろう。
まあ俺がどこに居るとしても、ギフトのゲートの出口をヘルンの宿に設置してるから、ユンピアやチェルシ、ゾンビっ子のマリベルの元にはすぐに帰れるだろう。
逆にイチザートで出会ったプレイヤーと親睦を深めるのは難しそうだけどね、出来るとしてもかなり先の話になりそうだ。
イチザートの地理的な場所は知らないんだけど、ヘルンから旅をするとしたら、ゲーム時間で数ヵ月から下手をすれば数年かかるかも、だし。
「ん?」
ふと、去って行く黒大サソリの後姿に、何かキラリと光るものが見えた。
「なんだろ、光の加減?」
気のせいかと思ったけど、じっと見ているとキラキラしたものが確かにあった。
目を細めたりしている内に、キラキラが細い線状であるのが分かる。
上から下に続いている?
いや違う。
大サソリの身体から出ている感じだ。
と言うか、大サソリに繋がっているって感じだろうか。
「釣り糸みたいに見えるけど……」
見ているうちに、かなりハッキリしてきた。
釣り糸みたいなキラキラは、サソリの身体から緩やかにカーブを描いて、どこか別の場所に伸びているようだった。
「あっちの方角か……、ん、あれ、なんかキラキラが多くないか?」
キラキラ糸を出しているのは大サソリだけじゃなかったみたいだ。街のあちこちから似たような光が伸びているのに気が付いた。
さっきまでは見えてなかったけど、目を凝らしたら分かるようになった。
「全部の糸が、同じ場所を目指しているな」
全部で百本以上はありそうだ。どの糸も全て同じ場所に向かって伸びている。
ふと近くにも、糸が一本伸びているのが分かった。
追いかけるように視線を向けると、黒いサソリがいた。
ただしサイズが全然違う。
中型犬くらいだろうか。
もちろん普通のサソリからすれば、異常にでかいのは間違いないのだが。
襲ってくるかもしれないので身構えたが、サソリはこっちを無視してどこかへ走り去った。
「た、助かったのかな、いつの間にかエンチャウントが切れていたし」
ロンさんたちと別れる時に、戦闘への集中が途切れてしまったのだ。
両手両足と奮発したから維持するつもりだったのに。
残りのMPは3点しかない。
「まあ仕方がないか。えっと、あっちの方角って確か西のオアシスがあるんだっけか。精霊アドメメのオアシスだっけか」
どうしようか。
ちょっと行ってみたい気もする。
三浦さんの捜索のために、まずは情報屋と接触するって手筈だったけど、酒場への案内やら料金も払ってくれるはずのイシュマシュとザァイは、今は宿の中で待機してもらっている。
さすがにこの状況で出歩くのは危険すぎるから、しばらく情報屋の方は無理だろう。
イシュマシュは友人のウバイさんの怪我も心配だろうし、ザァイにしたって奥さんのミャーリャさんや息子のシランジュから目を離すのは心配だろう。
同じ宿には今、妙に厄介なプレイヤーたち、マレビトもいるからなぁ……。
「俺も出来ることがないし、キラキラの集まってる所へ行ってみるか」
西のオアシスへ足を向ける事にした。




