43 アルバイト日和11
黒人少女タニアの姿勢よく立つ姿は、どこかエルフ娘のチェルシを思い出させた。弓を構えた時の凛とした雰囲気に似ている。
そんな時にふと、歓声が聞こえた気がした。
「ん?」
いや違うか、工事現場の掛け声?
一瞬の間だったので、すぐに意識から外した。
もっと重要な、目の前の状況に気持ちを向ける。
「ふ、ふざけないで! いい加減な事を言わないで!」
またロザリが怯えるように、灰色髪のポニーテールを揺らして叫んだ。
タニアを睨み付けながら、ユーロ女子リーグのイタリアのユニフォームの端をぎゅっと握っている。
その服は恐らくキャラ作成の時に作った初期装備だろう。熱心なサポーターなんだと思う。あるいはこんな感じの女なので、熱心すぎる迷惑なサポーターかも知れない。
「全部本当だもん! それに偶然通りかかった事にしろって言ったのは、あなたの方じゃないですか!」
タニアも負けじと叫ぶ。
「なっ……!」
ロザリが口ごもる。
それまで冷静な態度だった金髪のアランも、厳しい表情でロザリを見た。
「……ロザリどういう事だ、もしや君は我々を騙したのか」
「ち、違う」
「しかし君はタリアさんに嘘を言わせたんだろう、まさか本当に身内を庇っているのか」
「違うのよ、犯人のこいつが有罪になりやすいようにって、ユーリィと相談しただけよ! 私は他の全プレイヤーのために行動してるだけ、こんな奴を許しちゃいけない!」
ロザリが俺を指さす。
「なんだそりゃ」
「ロザリ、君は……」
「だって考えてみてよ凶悪犯なのよ、逃がすわけにいかないでしょ! ユーリィたちパーティ仲間の証言じゃ裁判的に説得力が弱いと思ったから、偶然通りかかった無関係な他人の証言って事にしたのよ。だってWeb裁判で過半数を取らなくちゃこいつに逃げられちゃうでしょ、メンバーの中には弱腰の人も多いから説得力が必要なのよ」
まるで当然の権利のように言う。
信じられない暴論だ。恐ろしいまでに公平性がない。どうやら本人は社会正義のつもりで行動しているらしいが、こんな暴挙は駄目だろう。
部屋の隅にいたミャーリャさんも、深くため息をついた。
「嫌な人たちだわ。そもそも示談金を払えと言ってたわよね、本当に断罪が目的かしら」
「お、おいマレビト同士の話しに口を挟むな」
「だって腹が立つわ!」
ミャーリャさんが腕を組みながら言う。
「我々は部外者だぞ」
「そうかしら」
何事も一歩引いて見ているミャーリャさんにしては、珍しい態度だった。
夫のザァイが慌てて取りなしている。
「まさか君は示談金欲しさに騙していたのか」
アランがロザリをにらみつける。
「そんなわけないじゃない、私は悪質なプレーヤーは罰せられるべきと思ってるだけよ! って言うかアラン、こいつまたNPCを操って喋らせてるわ、どんなチートやってんのか知らないけど絶対に許せない!」
それを聞いたアランが、ハッとして俺を見る。
こっちを探っている目だ。
いや操れるわけないじゃん、面倒くさいな。
「あーもう本当に面倒くさいな、とにかくそっちのタリアって子はNPCじゃなくてプレイヤーでしょ、プレイヤーの証言なら大丈夫なんでしょ、これで俺の疑いも晴れるよね」
確認するように黒人の少女に目をやる。
少したじろぎながら半歩下がったタリアだったけど、俺の目を見てうなずいてくれた。
その時また、遠くから音が聞こえた。
ドドンッという重たい音だ。
数人の人の声が聞こえる。
「うん?」
思わず顔を上げたけど、この部屋は明り取りの窓が壁の上にあるだけなので、外の景色は見れない。
「表の通りで何かあったようだな」
妻のミャーリャさんを取りなしていたザァイが俺を見て言った。
「物が落ちたみたいだけど」
「どうだろうな、この辺りは閑静だから騒ぐと目立つのだが」
「……シランジュこっちに来なさい、一緒に奥に行きましょうね」
「うん、わかった」
不穏を感じたミャーリャさんがシランジュをうながした。もそもそとベッドから降りようとしたので、抱き上げて降ろしてやった。
ぷにぷにの浅黒い肌にクリっとした眼、三才にしては小柄で軽い。
ゆったりしたローブ風の服に、黒髪を短く刈った子。
抱き上げたシランジュが嬉しそうにしたので、俺もうなずいて返事しておく。
と、また遠くで物音がした。
けっこう遠い感じなのにハッキリ聞こえる、それだけ大きな音って事なのだろうか。
何人かの怒鳴り声も混じっているようだ。
「なんだろう、またプレイヤーが暴れていたら嫌だなぁ」
俺がつぶやくと、アランが眉をひそめ、ロザリがこっちを睨んだ。
お前が言うなみたいな顔だ。
完全に言いがかりだが。
「ねえザァイ、外の様子が変だし、しばらく宿から出ない方が良いかも知れない」
「確かにそうだな、イシュマシュとウバイたちにも言っておく」
ザァイに話すと、急ぎ足で部屋を出て行った。
ミャーリャさんとシランジュを追いかける形だ。
この人たちは家族や身内の危険には敏感だし行動が早いな。
それにしてもイチザートは思ったよりも厄介な感じだな。プレイヤーが沢山いるってのが危ない、この町はNPCにとって安全とは言えなくなってるかも。
まあいい、ともあれ俺もちょっと外の様子を調べておくか。
他人の騒動に関わる気はまったくないけど、これから町で人探しをするのだし、状況を知っておいた方が良いと思う。
「って言うか、あなた方は行かなくて良いんですか。なんか外でトラブルみたいだし、プレイヤーのトラブルを解決するグループなんですよね」
「一度に預かる案件はひとつだけだ。私たちはロギーさんの案件を扱っているから、外の騒ぎにプレイヤーが関わっていても別のメンバーに任せる」
「いや、俺とロギーの件は終わりでしょ」
「まだ始まったばかりだが……」
「嘘だろ」
「嘘じゃない、君とタリアさんの二人と、ユーリィさんロギーさん二人の対立となったわけだ。同数だから主張もイーブンだろう」
「そんなわけあるか、たった今あなたのお仲間が証言を捏造したって白状したよね」
「ロザリの偽証は証人が知り合いだったのを隠しただけだ。君がロギーさんを襲ってキルした事とは関係ない」
「うっわ、今更対立とかよく言えますね。そもそも公平な審判をよく気どれますね。最初からこっちの話しを聞く気が無かったくせに。両方の意見を聞く前から嘘の証人をでっち上げて、ハメる気満々だったくせに」
アランは真面目くさっていたけど、なんだか公正っぽい自分に酔ってるだけの、浅い考えの男にしか思えなかった。
ロザリの方は論外だ。SMS上の無責任な発言とかならともかく、たとえネトゲのプレイべの規模であっても、司法や行政に関わってはいけない人だと思う。
それにしても、現実の公判は何か月とか何年とか掛かると聞いた事がある。
もしかして、そんなノリでプレイベやってるんだろうか。
数日どころか、数時間でも、いや数分でも鬱陶しいのに。
「もういいや、もう俺は行かせてもらうからね。本当に大切な用事があるんだよ。色々あって一晩経ってるし、ロギーに襲われたせいで余計に時間をロスしたし。あなた方も、これ以上邪魔するならストーカー行為として運営に報告するから」
「はぁっ?」
ロザリが声を上げるが無視する。
アランの方は顔をしかめたままだ。
まあ運営に報告ってのは嘘なんだけどね、運営に知られたら俺のログイン方法も問題にされそうだし。
「あと、無実どころか被害者のウバイさん達に暴力とか振るわないでね。NPCとプレイヤーは違うんだよ、死んだら二度と復活しないんだからね。それは本当に死ぬって事なんだから。あなた達は正義の団体なんでしょ、ダナウエルっていう世界を大事に思っているなら、ダナウエルで生活してる善良なNPCを害さないでね」
それだけ言って、俺は部屋を出ていく。
今度こそは、さすがにロザリも腕をつかんで止めたりしなかった。
くやしそうに睨んでいるけど。
部屋を出る時にタリアに向かって、軽く目礼しておいた。彼女はロギーの一味で俺にスリープをかけたけど、正義感からロギーたちの証言が嘘だと言ってくれた。
始めから嘘の証言などするなと思わなくもないけど、勇気を出して行動してくれたわけだし、そこは感謝している。
廊下には革鎧を着た女がいた。
ヒスパニック系の二十代の女、ロビーの仲間のユーリィだった。
俺を見て怯えた表情を浮かべる。
面倒なので無視してすれ違おうと思ったけど、この人はロザリと組んで嘘の証言をしてたわけだし、こっちにもひと言だけ忠告、というか牽制しておこうと思った。
「あんまり嘘ばかり言ってると、運営に頼んでログを公表してもらうからね」
ユーリィが息を飲む。
これでいい、あとはもう無視だ。
さすがに調べればすぐにバレる嘘を、つき続けたりはしないだろう。
タリアも真実を言ってくれているし、一番の心配だったウバイさんの身の安全も保たれるだろう。
宿の入口の休憩所のようなロビーは、まだ荒れたままだった。
ファイアーボールで破壊されたテーブルや床の焦げ跡など、さっきまでの争いの跡が残っている。
まだ陰る気配のない強烈な日差しが、開け放たれた観音開きのドアから部屋の照らしている。
建物の中もそれなりに暑いが、外の環境は鉄板焼きみたいに熱そうだった。
一瞬外出を辞めようか思ってしまったが、今はとにかく行動をしてみる時だと思いなおした。
きっとイチザートのどこかに、インディーズバンド「る~がる~」のボーカル、三浦那由さんがいるはずだ。
だってライブホールから続いていた奇妙な通路は、この町のすぐ近くに繋がっていたのだから。
ここは集合無意識領域、夢の中に作られた世界だから、三浦さんが意識だけじゃなく肉体ごと連れ去られたなんて理屈に合わないのだけど。
でも、目の前で起こった出来事を否定しても仕方がない。
とにかく攫われたのだから、それを知っている自分が見つけ出して助けるしかない。
この町をしらみ潰しにしてでも探す。
あるいは、もしかしたら町の周辺に遺跡のような場所があって、そっちに連れていかれた可能性もあるだろう。
でも、そうだとしても、イチザートで色々な情報を集めるしかない。
イシュマシュには情報屋を雇ってもらう話しになっていたが、任せっきりに出来るわけもない。
自分でも町を歩くなりして、せめてわずかでも土地勘を磨くくらいはしておきたい。
耳寄りな情報だって手に入いるかもしれない。
「シュシュシャ!」
そんな事をつらつらと考えながらウバイさんの宿から出ようとしたら。
目の前を真っ黒な壁が横切った。
猛スピードだ。
「ふぇっ!?」
思わず変な声が出る。
なんだ今の、自動車……ではないよな。
馬車みたいな何か?
すぐに宿から出て横切った先を目で追ったが、どこにも何もいなかった。
あっという間の出来事だ。
地面を見たが、オアシス周りにある固めの土と砂の大地には車輪の跡など無くて、代わりに傘の先か角材のようなものを押し付けた跡が沢山あった。
「うーんもしかしたら、あれがさっきの大きな音の正体なのかな」
「君! 危ない避けろ!」
「逃げてーっ!」
その声が聞こえた瞬間、背中にとてつもない圧迫感を感じた。
この独特の感覚は知ってる。
何度か経験するうちに分かるようになっていた。
河原でのグールや、夜襲してきたワイト、思い返せばホールでのゴブリンやバイトで一緒だった変身する大学生からも、同種の敵愾心みたいな圧を感じていた。
ある種の気配か、あるいは殺気か。
そして今回のこれは、今までで一番強くてヤバかった。
「クッ!」
本能に従って思いっきり地面を蹴った。
サッカーのキーパーのダイビングに似てしまったのは、さっきまで話していた女がユーロリーグ・イタリアチームのユニフォームを着ていたせいかもしれない。
俺が飛び退いた場所には何か黒い塊が「ドンッ」と突き刺さった。
かなり大きい。
そして塊の背後には、さらに大きな黒い影があった。
「くらえ冷凍弾!」
「そこのあなた離れて、あとサソリの毒にも気を付けて、地面の濡れてるとこは危ないから触らないでね!」
「あ、今の、危なかった、のか……」
俺が襲われたのに気づいたのは、攻撃を避けた後からだった。
女性の忠告にしたがって、一気に10メートルくらい後ずさりながら立ち上がる。
後ずさりながら周りを見ると、片方に草地のある閑静な住宅通りの真ん中に、巨大な黒いサソリのモンスターがいた。
襲って来たのは、こいつだった。
「君はプレイヤーだよね、よければ力を貸してくれ! ……って武器を持ってないんかい!」
男がこっちを見て言う。
声をかけてきた二人組はそれぞれ、片方は二十歳くらいのアジア系の男、もう片方は三十歳手前に見える白人女性だった。
二人は巨大なサソリと戦っていた。
男は革鎧に片手剣を持ち、女は盾とメイスに重そうな金属鎧を身に着けていた。男は剣と魔法で攻撃をして、女の方は盾でサソリの攻撃をいなしつつ、ときおりメイスと盾をゴンゴンと打ち合わせてサソリの注意を引いている。
「戦えないんだったら逃げるか隠れるかしてくれ、今イチザートは大サソリの大群に襲われているんだ、外は危険だ!」
「サソリの大群って」
「建物の中は気にしないみたいだから、隠れていれば大丈夫よ。あ、でも確定じゃないから過信しないでね!」
とりあえず俺は自分のステータスをチェックする。
えっと、MPは7/10ポイント残っている。確か魔力も生命力も一時間で最大の一割が回復するそうだから、丁度そんなものか。ロギーと戦った時に手と足で四回分を発動したからなぁ、あの戦い方は俺の基本戦術になって来ているよな。
HPは59/100だった。さっきウバイさんとのHPリンクを切ったけど、その時に全回復させといたから減っている。
数値的にちょっと心もとないけど、まあ多少の無理はききそうだな。
「俺も加勢します、少しは役に立てば良いんですけど!」
「え、マジか」
「ありがたいけど大丈夫なの」
二人が戦いながら言う。
俺はMPを4ポイント使って、両腕両脚にエンチャウントをかけた。
白い光がアーマーのように手足を覆った。




