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42 アルバイト日和10

「たしか君はウミノと言うキャラネームらしいね。我々と敵対するのなら覚悟が必要だよ」


 腕をつかんだポニテ女子を引きずって部屋を出ようとしたら、金髪男のアランがそんな事を言い出した。


「敵対?」

「我々の判決を受け入れずに勝手な行動を取るのだから、敵対と判断されても仕方がないだろう」

「別にそこまでのつもりは無いんだけど」

「ならば示談に応じるのかね、応じなければ犯罪者として拘束せざるを得ないのだが」

「いや拘束って」

「我々オーダーズ・ジャスティスのメンバーは60人を超えている。まあ半分はプレイヤーではなくてSNSのサポーターだが、サポーターの中には女優のサーリン・ロスカルだっている。たとえこの場から逃走出来たとしても、君はゲーム内だけでなくリアルにおいても多くの人々から追われる事になるだろう」


 物凄く質の悪い事を言い始めた。

 サーリン・ロスカルというのは、たしか去年のハリウッド産のラブコメ映画で主役をしていた二十歳くらいのアメリカ人だ。興行成績が1位とか2位とか、かなり話題になった映画だ。

 恋愛映画に興味がないから詳しく知らなかったけど、そんな人が社会正義を詠って騒ぎ出したら、とても鬱陶しい事になりそうだ。


「ちなみに我々の活動は今この瞬間も撮影されている。一応プレイべートの問題があるのでライブではなく編集後にネットにアップする予定だ。だがこの場での基本的なやりとりは世界中が知る事になるだろう」


 溜め息が出る。

 たしかダナウエル・オンラインは規約にネット公開自由って項目があるから、クエストの内容もネタばれOKだし、動画に映ってる人たちの承諾もいらないらしい。

 それはまあ良いんだけど。


 しかしうーん、確かにリアルで顔出しされるのはすっごく面倒くさそうだけど、別に俺が悪く言われたって問題ないかなとも思う。

 ネットで活動しているわけでもないし、そもそもSNSもあまり触ってないし。

 エゴサーチをしたら炎上しているのかもしれないけど、元より無名の一般人だからエゴサーチの習慣もないし。

 学校にも出来るだけ通わない授業スケジュールにしているし、リアルでの学友など挨拶くらいしかしていないから、たとえ陰口を叩かれてもダメージは無い。

 第一ネトゲで悪人プレイとやらをした程度で、どこまで炎上するんだって話しだし。

 プレイヤーキラーとか、どんなネトゲでも普通にやってる人が大勢いるし。

 それを理由にリアルで嫌がらせをして来たら、それこそ犯罪だと思うし。

 そもそも俺は悪人プレイなんかしてないから、とくに後ろめたくもないし。


 うむ、あまり問題を感じないな。

 ただ今現在、さらわれた三浦さんを探すのを邪魔されるのは困るんだよな。


 しかし、なんでこの人たちはロギーの言い分ばかり信じているのか。

 ……あ、NPCの話しを聞かないからだった。

 ううん困った、こういう時はどうする、いっそ運営にコールしてみる?

 対応してくれるかなあ、プレイヤー同士の小さいイザコザって感じだし無理かなあ。いや金銭トラブルっぽい側面もあるし意外といけるかなあ。

 でも今の俺って、RV四号型を介さずにログインしているんだよなあ……。


 運営を巻き込んだら別の問題が激しく燃え上がりそうだ。

 やめた方が良いだろう。

 そう思っていたら、金髪のアランはさらに言葉を重ねてきた。


「あと君が示談に応じなければ、この宿の主人であるウバイも拘束される事になる」

「はぁっ、なんで!?」


 個人的には大きなリスクは無さそうだし、もう完全無視の方針で行こうかと思いかけたところに、いきなりウバイさんの話しが出た。

 

「それはそうだろう、なにしろ泊り客を狙った宿ぐるみの強盗犯罪事件だ。いや強盗殺人か。これがクエストの導入というならともかく、明らかにプレイヤーが関わった犯行じゃないか。どうやって操作したのかは分からないが、手下として行動したNPCも捕まえて法で裁かれるのは当然だ。まあ恐らく処刑になるだろうけどね」


「どうしてそういう話しになるんですか。ウバイさんはダナウエルの住人でプレイヤーじゃないし、勝手すぎるだろう!」


「プレイヤーの手下になったのだから、プレイヤーと一緒に裁かれるのは仕方がないだろう。我々オーダーズ・ジャスティスは民主的な多数決の裁判を行っているから、会員の51%が無罪と判断すれば無罪だがね。むろんきちんと目撃証言があり状況証拠もそろっている以上、君たちの有罪は間違いないし、君は三ヵ月ほどの禁固刑、NPCは処刑あたりが妥当だろうね」


 アランが、どこか得意そうに話す。

 一見寡黙そうでいて、喋りだすと饒舌になるタイプっぽかった。


「君は随分とNPCを庇っているようだが、それなら最初から犯罪なんて侵さなければ良かったんだよ。ああゲームで悪人プレイをしているだけだし犯罪という気持ちは無かったのかもしれないが、我々はダナウエル・オンラインを普通のネットゲームとは区別しているからね。このフルダイブの世界はセカンドどころかファーストライフの延長になり得るし、今後は人間の社会そのものと区別がなくなる。だからこそ早い段階でモラルの統制が必要だし、君の行いは社会悪として厳密に裁かれるべきものなのさ」


 言っている事は、理解できないでもない。

 俺もダナウエル・オンラインは今後のVR系ゲームの金字塔になると思うし、ゲーム内でのエンタメやビジネス展開を考えれば、とてつもない資金が動くかも知れない。

 なにしろ、仮初めの肉体で遊べるのだ。かなりの無茶だって可能だし、ダイエットを気にせずに飲み食い出来るだけで注目の的だろう。けして大げさではなく、この技術を人類は手放せなくなるのではないだろうか。


 だけど、それと今回の事はまったく別だ。この人たちがやってるのは、ただの冤罪の押しつけにすぎない。

 理想ばかり偉そうに語っても、やってる事がお粗末すぎる。

 そもそも三権分立とかどうなっているんだろう。

 民主的とか言ってるけど、自分らで法律を作って、自分らで違反者を捕まえて、自分らで裁くとか、むしろ独裁組織じゃないのか。


「もっとも我々の中にも性急すぎる活動は控えるべきという意見がある。会員たちを集めての武力行使や、自宅の地下に刑務所を作って監禁するのはね。だから、そのために設けたのが示談金という制度だよ。君がロギーさんに金貨20枚を支払うならば、君の身も自由だし宿の主人の罪も不問にされるんだよ。なにせ被害者であるロギーさんが訴えを下げるのだからね」


 なにが訴えを下げるだ。

 さっきまでは突然の事で混乱もあったけど、状況を理解するばするほど、じわじわと怒りが沸いてくる。

 目の前の金髪男のアランと、俺の腕は離したものの近くで様子をうかがうポニーテールの女。

 こいつらのどこが法的な機関なんだ。

 公正ぶっているけど、揚げ足気味に社会正義を掲げて、SNSでマウントを取る人たちみたいだ。


 何か言い返さなくちゃいけないんだろうけど、腹が立ちすぎて言葉が出ない。

 どうしたら良いのだろうか、正解が判らない。

 彼らの調査能力に苦言を呈しても、NPCから話しを聞かないんじゃどうしようもない。


 徹底的に敵対したくてもウバイさんに被害が行くなら無理だ。プレイヤーである俺はログアウトだってするし、いつまでも宿にいて守り続けるわけにもいかない。

 そもそも何十人ものプレイヤーに襲われたら、その時点で殺される。

 俺自身はリアルで死ぬわけじゃないし大丈夫だけど、ウバイさんは死んでしまう。

 下手をするとイシュマシュやザァイも巻き込まれて殺される。


 だったらロギーに金貨を払うのか。

 そっちも絶対に嫌なんだけど。

 こうなったら本当に、一か八か運営にコールだろうか。

 くっそ、本当にどうすれば良いんだ……。


「まさかと思うけど、あなたたちロギーの知り合いじゃないですよね」


 ふと口をついて、そんな言葉が出た。

 すると金髪頭の方は変化が無かったけど、灰色髪の女子の表情がピクっと動いた。


「え?」


 自分で言ったけど、その反応は意外だった。


「まさか本当にロギーの身内? 身内を庇ってるの?」


 俺の言葉に彼女が顔色を変える。


「そ、そんなわけないでしょう! ロギーとは以前に二、三度喋ったくらいで、知り合いってほどの付き合いじゃないわ!」

「そういうのを知り合いって呼ぶんだろ!」

「違うわよ、私はユーリィの友人で、ユーリィがロギーの知り合いってだけよ」


「いきなり誰だよ、そのユーリィってのは」


 彼女が口ごもった。


「いや、いったい誰の話をしてんだよ」


「ユーリィさんというのは、君がロギーさんの次に襲い掛かった弓使いの女性だよ。確かにうちのロザリとユーリィさんは同じハイスクールの友人と聞いたが、それは今回の事件とは何も関係ないさ」


金髪男が言う。


「そ、そうよ、私が誰と知り合いだとしても、今回の事件とは無関係だわ!」 


「でもさ、今確かに言ったよね、そのユーリィって人とロギーが知り合いだって。俺も何度も言ってるけど、あの場にいた二人の目撃者ってのはロギーの仲間だからな。一緒に宿を取ろうとしていたんだから知り合いなんて軽いレベルじゃないぞ!」


「ユ、ユーリィとタリアの二人は偶然通りかかったって言ってるでしょ!」


「そんなわけあるか! だいたい何もかも微妙に不自然じゃないか。あと言わせてもらえば、宿に泊まった客を襲うなら寝静まった深夜に襲うに決まってるだろう! なんで真昼間に、しかもチェックインの前に襲うんだよ、意味が分かんないよ!」


「それは、あなたの頭が悪いから、その場で襲ったんじゃない!」


「ウミノ君、どうやら何を言っても無駄のようだね。あのね我々も暇ではないのだし、そろそろ結論を出してくれたまえ。示談に応じるのかどうか。応じるなら金貨の支払いは数ヵ月に渡って支払っても良いのだよ。それが嫌なら裁判を受けてもらう、恐らく禁固刑だけどね。もしもこの場から逃走するなら手配書がネット社会にばら撒かれるから、いずれにしろ捕まるし刑はもっと重くなる」


 腕を組んだ金髪男が言う。

 ロザリと呼ばれたポニーテールの女も余裕を取り戻したようで、見下した表情で笑った。


 問題なのは俺の身柄ではない、ウバイさんやイシュマシュたちだ。

 残された選択肢は、現実的に考えて二つしかなさそうだ。

 ここは色々我慢して、ロギーに示談金である金貨20枚を払うか。

 あるいは運営にコールしてみて、トラブル解決をお願いしてみるか。


 運営を頼るなら早い方が良いだろう、なにしろDNA螺旋型ストレージメモリと呼ばれる最先端の記録媒体でも、ダナウエル大陸で発生する全てのログを保存するのは不可能だろうから。

 ただし全体は無理でも、始まりの町と呼ばれる3都市のひとつ、この多くのプレイヤーが集まるイチザートであれば、ログが保存されている可能性も高い。

 ロギーの方からファイアーボールを撃ったログが残っているかもしれない。

 俺が気を失っていたのは一時間ほどらしいので、現実時間だと20分だ。

 もし記録されているなら、さすがにまだ消されてはいないと思う。

 少なくとも24時間くらいは残してるんじゃなかろうか。


「仕方がないですね、こうなったら運営に」

「あ、あの……!」


 俺の声に被せるようにして、切羽詰まった感じの女の子の声がした。

 見ると部屋の入口に、黒人の女の子が立っていた。

 飾り気のない服の上に、安手の革鎧を身に着けている。

 背丈は160センチくらいで、肌は炭のように黒い。テレビや映画では見かけないくらい純潔系の黒人らしかった。

 カーリーヘアが可愛らしい少女だ。


 その肌はけっこう目立つ。

 だからすぐに思い出した。

 彼女はロギーと一緒にいて、俺にスリープの魔法を打ち込んだ人だ。


 一瞬息を飲む。

 また魔法を撃たれるかもしれない。

 もしや俺が逃走しようとしたら、眠らせるつもりなんだろうか。

 自慢じゃないけど俺は魔法抵抗力が弱い。ステータスの精神力も知力も、魔法に関わる数値は一切上げていないから。

 今回の事で、ほとほと弱点なのだと思い知った。

 

「あなたタリアよね、たしかユーリィと同じパーティの子で」

「は、はい」

「何の用かしら、別室でユーリィと一緒に待つように言ったでしょ」

「はい、でも気になってしまって……、やっぱり嘘はいけないと思うから……」

「え、何を言ってるのよ」

「私、さっきから聞いてたけど、全部その人の言う通りなの! 最初に魔法を撃って攻撃したのはロギーの方で、この宿の人たちは何も悪くありません!」

「は?」

「なっ…!」

「お、ぅ」


 いきなりの告白に、部屋にいた全員が息を飲んだ。

 ベッドの上のシランジュだけが首をかしげている。


「パーティのためだからって言われて従ったけど、やっぱり考えてみたら変な話だと思って。だってこっちが最初に襲いかかったんだから、反撃されて文句を言うのはおかしいです!」


 喋るうちに勢いがついたのか、黒人の少女は姿勢を正してポニーテールの女子ロザリを見据えた。


「ましてや皆で嘘をついて、正しい人を悪者にして金まで取ろうなんて、考えてみたら……、違うわ考えるまでもなく、悪いのは私たちの方だもん!」


 黒人の少女はタリアという名前らしかった。

 タリアは少しやせ気味で小柄な雰囲気があった。

 立ち姿が凛々しいと思った。

 それはどこかエルフの少女チェルシの面影に重なった。


「あ、あんたこそ嘘を言わないでよ! なんで今になってそんな!」


 ロザリが真っ青になって言った。


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