40 アルバイト日和8
ファイアーボール。
それは半径1mの範囲にあるものに、火系のダメージを与える魔法だ。
ただ爆発する魔法なので、範囲外にも衝撃波が広がる。
「ざまあみろ!」
宿の狭い入り口で魔法を炸裂させた少年が、勝ち誇った顔を見せた。
「ケホッ、ゴホッ、ちょっとロギー、撃つなら先に言いなさいよっ」
舞い上がった土煙に、仲間らしきヒスパニックの女が咳き込む。
「ウバイさん!」
あまりにも信じられない行為に、イシュマシュとミャーリャは身動きが取れないようだった。驚いた表情をして硬直している。
俺は吹き飛ばされたウバイさんに駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「うう……」
屈んで抱えると、唸り声を上げる。
良かった、生きているようだ。
だが袖付きのローブは爆風でズタズタに破れ、皮膚の下の肉までえぐられていた。炎で焼かれて煤がこびりついている。
これは、あまりにも酷すぎる。
「なんのつもりだ!」
「は?」
思わずロギーと呼ばれた金髪の少年を睨み付けた。
だけど、いや、あんなのを相手にしている場合じゃないな。
こんな時のHPリンクだ。
「ウバイさん、治療のために俺のスキルを受け入れて下さい。聞こえますか、この感じです」
声をかけながらHPリンクを繋げようとする。
「なに睨んでんだよ、NPC風情が!」
金髪少年が、また右手を掲げた。
俺に向けて振り下ろす。
「ファイアーボール!」
「お前っ!」
さっきと同じ大きさの火の玉が発生して、ロギーの右手から放たれた。
とっさにウバイさんを庇ったけど、この魔法が範囲攻撃だったのを思い出す。
範囲に入っている限りは、いくら庇ってもダメージを防げない。
「くそ!」
すでにウバイさんは攻撃魔法を受けている。二発目も耐えれるとは限らない。物凄く焦ったけど、この瞬間にHPリンクの繋がった感触があった。
「よし」
すぐにHPを移動させて満タンにする。
そこにファイアーボールが炸裂した。
俺の背中に命中する。
ウバイさんと共に炎に包まれる。
二人同時に吹き飛ばされた。
「ぐぉあっ!」
強烈な痛みが背中を襲った。
皮膚を切り裂く高熱と、全身を殴りつける爆風。
二回転ほど床を転がった。
「ははっ、NPCは貧弱だな!」
急いでウバイさんと自分のHPを確認する。
ウバイさんは最大21中の残り6で、俺は69だった。
ざっと計算して、一撃で15程度のダメージを受けるようだ。
とりあえずウバイさんにHPを移動させて満タンにしておく。これで次に一撃を受けても耐えられるはずだ。
俺は残り54だ、恐らく三発は耐えられるだろう。
しかしロギーのMPの最大値は分からないし、そもそもファイアーボールの消費MP量も知らない。
まだ何発も使える可能性だってある。
仲間も二人いるので、下手をすると同時に三人を相手にしなくてはいけない。
非常に厄介だ、なんでこんな状況になってるんだ。
いずれにしろ好き放題やらせるわけにはいかないけど。
(目の前の、こいつらは敵だ……)
ふと、そんな気持ちが膨れ上がった。
すると不思議な事に、頭がスッと冷静になる。
同時に闘争心が燃え上がる。
攻撃への衝動が高まり、もう抑えられなくなる。
奇妙な感じだ。
すごく冷静なのに、衝動に突き動かされている。
「……なんだ、お前?」
立ち上がった俺を見て、ロギーが後ろに下がった。
「こ、このやろう」
ロギーが俺に向かって右手を構える。
また魔法を撃つ気だ、こいつバカの一つ覚えか。
だけどこれ以上は駄目だ。
俺の近くにはウバイさんがいるからな、巻き込むわけにはいかない。
あいつの魔法は範囲系のせいか発動が少しだけ遅い。その間に俺はエンチャントを使う事が出来た。
自分の手足に意識を向けると白い光が包み込んだ。まるで魔法の手袋とブーツみたいだ。
「ファイアーボール!」
ロギーが叫んで魔法を放つ。
「うぉりゃあ!」
迫ってくる炎の塊を、右のこぶしで殴りつけた。
ドンッと手元で大爆発を起こす、高熱と強烈な爆風に襲われた。
全身で踏ん張って耐える。
ダメージを受けたけどわずかに3程度、想定の15には全然届いてなかった。
エンチャントの効果かも知れない。
「そ、そんなっ」
うろたえるロギーに向かって高速で踏み込み、顔面に左フックを叩き込んだ。
「ぅグぁっ!」
かなり手応えがあった。
明らかに顔の形が変わっていた。たぶん首が140度くらい回った。ロギーは少し宙に浮いて、斜め後ろに飛ばされた。
俺も慣性に従って前方に動いていたのでロギーとの距離は近い、ほぼ接触している。
丁度いい感じに胴体の左脇が目に入った。
ロギーの革鎧は前と後ろを紐で繋げるタイプだったので、脇腹には充分に狙える隙間があった。
タイミングを合わせて、右足のつま先で蹴り上げる。
身体を地面に倒しつつ全身全霊で蹴る。
「アぐゥ……!」
かなり強くタイミングを意識したせいか、狙い撃ちスキルが発動したのが分かった。
グシャっと、脇の肋骨が砕ける感触がつま先にあった。
クリティカルヒットかも知れない。
深く深く足の甲までめり込んで、その先にあった内蔵にもダメージが通ったのが分かった。
ロギーは地面に転がって動かなくなった。
両目は驚愕に見開いたままだ。
焦点は、どこにも合っていない。
「ふむ」
俺は残りの二人に目を向ける。
まだ気は抜かない。これまでの経験から言っても、油断するとエンチャントが切れてしまう。戦闘体勢は維持しておかなくちゃいけない。
「ひいぃ」
俺の表情から何を感じたのか、ヒスパニック系の20歳くらいの女が息を詰まらせた。
もう一人の黒人の少女も、息を飲んでこっちを見ている。
ん、黒人の子の方は、まるで戦闘体勢を取ってない。
敵じゃない、のか?
大人の女の方は、背中の弓を手に持っている。たった今、慌てて取り出したようだ。
矢の方は、まだ矢筒の中にあったが。
……残何かされる前に速攻で潰すか。
残りHPは51でまだ余裕があるけど、強力なスキルを使われたら一気に危なくなる。
女の手が矢筒に向けて動いた瞬間、俺は地を蹴っていた。
一瞬で間近に迫る。
エンチャントのかかった両脚は、通常の数倍の瞬発力を発揮する。
もの凄い勢いなので全身全霊で集中しないと、ボディバランスのコントロールもままならない。
もっともいつもの精神状態なら難しくても、今の俺は冷静にこなしている。
以前のように狂戦士スキルが発動して、恩恵を受けているようだ。
「シ、シールド!」
女が叫んだ。
彼女めがけて振り下ろしたこぶしが、青い半透明な壁に当たってガンッと鈍い音を立てた。
へええぇ、盾系の魔法を覚えていたのか。
なんか知らんけど、ちょっと面白いと思ってしまった。
硬そうだな。
さらに腕を振りかぶる。
二度、三度と殴りつけてみる。
無言で淡々と、全力で。
少し口元がニヤついているのが自分でも分かる。
よっし、シールドにヒビが入ったぞ!
「ひ、ひぃぃ、シールド!」
女が魔法を使った途端に、一枚目のシールドが砕け散った。
俺は殴る速度を上げる。
「シールド! シールド! シールド!」
さらに魔法を重複させて、ヒスパニック系の女は四枚の盾を作り出した。
ひとつひとつは1ミリ程度の薄さだが、さすがに魔法だけあって硬い。
「うぉりゃああああっ!」
気合を入れて叫んだ。
一秒間に何発殴れるだろうか。
力を込めた連打を叩きつけると、あっという間に二枚を砕き割った。
よし、あと二枚だ。
「も、もうMPが無いわよぉ……!」
泣きそうな声を上げる。
「スリープ!」
さらに一枚の盾を割った時、それまで何もしていなかった黒人の少女が、俺に向けて両腕を突き出し魔法を放っていた。
しまったっ!
やっぱりそっちも敵だったか。
つい目の前のシールド割りに夢中になって、警戒するのを忘れていた。
「うっ?」
何か薄紫の霧のようなものが俺の頭を包んだ。
強烈な眠気に襲われる。
スリープって唱えていたよな、この感じが眠りの魔法か。
ほとんど気を失う程の勢いだ。
……足元がふらついて、思わず地面に片膝をついた。
「く、くそっ」
慌てて頭を強く振る。
こいつらはプレイヤーだ、いま俺が眠るのは危険すぎる。
NPCを平気で殺す連中だぞ、彼らは死んだら本当に死ぬんだ。
絶対に……、自由にさせちゃ……いけないだろ……。
「どうしたマレビト!」
ザァイの声がした。
たしか裏庭のラトゥーを見に行っていたはずだ。
息子のシランジュと一緒に。
「ナミノ!」
そのシランジュの幼い声もした。
視線を上げると、二人が走って来るのが見えた。
「だ、駄目だ、こっち来ないで……っ」
警告しようとしたが、出た声は弱々しい小声だった。
「今度は新手なのぉ、もう嫌よぉ!」
女が叫ぶ、こいつは大声ばかり上げている。
「スリープ!」
さらに魔法がかけられた。
またもや紫の霧が俺の頭を覆う。
急速に意識が遠のく。
ああ、ちきしょう、ここで倒れちゃ、いけな……、いの、に…………。
「なんの騒ぎだ! 貴様ら何をしている!」
気を失う直前に、誰か男の声を聞いた気がした。
………………。
………………………………。
………………………………………………………………。
「ナミノ、もう起きてよナミノ」
駄目だった、守れなかった……!
そんな悔恨が胸に渦巻く。
「ナミノったら……、もう寝てばっかり」
シランジュの可愛らしい声がする。
ん?
なんだっけ。
何がどうしたんだっけ。
薄っすら瞼を開けると、ちっちゃい男の子の顔がどアップで迫っていた。
浅黒い肌につぶらな瞳をした、3才のシランジュだ。
母親のミャーリャと同じ茶色い目と、黒髪を短く切っている。
「起きたー!」
「あうっ……」
目の前数ミリの距離でシランジュが叫ぶ。
声でか。
おまけにツバが飛ぶ。
目に入るからやめようね。
「ここは? いったい何で……」
なぜ俺は寝ているのだろう。
と考えた途端、自分がスリープの魔法で眠らされた事を思い出した。
「しまった!」
「うひゃっ?」
あわてて飛び起きると、ベッドに座っていたシランジュがよろける。
「あ、ごめん、大丈夫か」
後ろに倒れないようにシランジュの腕を抱えた。
「う、うん」
「それでええと、今どういう状況なの」
「目を覚ましたのね」
「おおマレビト、気がついたか」
まわりを見ると、先刻入った宿の部屋だと分かった。
二人部屋を3つ借りて、俺はひとりで使わせてもらってる。
ベッドに寝かされており、シランジュもベッドの上であぐらをかいている。
入り口付近にザァイとミャーリャの夫妻がいる。
丁度、俺の具合を見に来たという様子だ。
「ザァイ、あれからどうなったんだ」
どうやら全員無事な雰囲気だったのでホッとしたが、例のプレイヤーたちの動向が気になった。
「イシュマシュは無事なのか。ウバイさんだっけ、あの人も生きているのか」
ザァイが肩をすくめた。
「イシュマシュは何も問題ない、むしろ彼は誰よりも落ち着いて動揺していない。ウバイはひどい火傷と裂傷を負ってしまったが、何故か本人は元気が溢れている。あれはナミノのお陰なんだろ、あれだけの傷で食欲も旺盛だし動き回ろうとするからな。家族が寝かせるのに苦労している」
「そうなのか」
HPリンクの効果だろうな。
確認すると、まだウバイさんと繋がっていた。
現在19だな、あれから2だけ減ったようだが、特に心配なさそうだ。
そう言えばプレイヤーと違ってこっちの本物の住人は、怪我の治りが現実の俺達と同じ速度だと言っていた。
HPが充分あっても元気なだけで、治療速度が上げるわけじゃないらしい。
あれだけの火傷と傷なら、全治までに一ヶ月はかかりそうだ。
そう言えばチェルシーのお母さん、超絶可愛いエルシアさんが治癒魔法を使っていたなぁ。
あの魔法があれば、すぐに完治するんだろうけど。
「それはともかくだ、ちょっと問題が起こっている」
ザァイが少し視線を下げた。
「ん、どうしたんだ」
「いや、あれだ、お前とは違うマレビトだ。いやマレビトたちか」
「あの連中か、あれからどうなったんだ」
「一人は死んだ」
………………。
最初にファイアーボールを撃ったプレイヤーだよな。
思いっきり攻撃がきまってたし。
だが仕方ない、と言うかむしろ当然というか、殺そうとしたんだから反撃されるは当たり前だ。
まあプレイヤーだし本当に命を落としたわけじゃない、デスペナルティを喰らっておけば良い。
「そっかぁ」
「お、おう……、いや思ったよりアッサリしているな」
「うーん、まあな」
少し引き気味のザァイが言う。
彼らは小さなオアシスの集落の出身らしく、生活用品を作って生計を立てていたらしい。これまで荒事とも無縁だったろうし、戦闘の経験も少なそうだ。
人間同士の争いで片方が命を落とすような場面も、初めて見たのかも知れない。
「悪かったな、嫌な事に巻き込んでしまって」
「いやそれは違う、お前はウバイを庇っただけだ、あの悪党が死んだのは正当な防衛の結果だ!」
「お、おう、そう見えるか、良かった、まあそうなんだけど」
「そうだとも! だと言うのに、まったく……」
「ん?」
「邪魔するぞ、どうやら目を覚ましたようだな。スリープの強制効果は8秒なのに、叩いても揺すっても一時間近く眠り続けるとは、脳が疲労しているんじゃないのか」
大柄な男が部屋に入って来た。
少し青みがかった目に、くすんだ金髪だ。
緑の半袖からはみ出した筋肉が盛り上がっている。
ズボンはクリーム色だ。
見た感じはいかにもスポーツジムのトレーナーという感じの、20歳半ばの外人ボディビルダーだった。
「気をつけて下さい、こいつプレイヤーキラーですよ」
もう一人、女子がいた。
こちらも外人顔の子で、俺の方を剣呑な目付きで睨んでいた。
ティーンエイジャーらしい。灰色の髪に黒い瞳、ポニーテールだ。
そして何故かスポーツチームのユニホームを着ていた。
あのユニホーム、どっかで見たことあるな。
もしかして女子EUサッカーリーグのイタリア代表?
ふたりとも、かなりの場違い感を醸し出している。
とても現地人には見えないし、間違いなくRV四号型でログインしてる人たちだな。
「プレイヤーか……」
思わず呟くと、ボディビルダーは肩をすぼませた。サッカー少女の方はさらに目付きが悪くなる。
「妙に含んだ言い方をするんだな、君だってプレイヤーだろう」
「そうですね」
確かにその通りだ。だけど顔がこわばる。
思えばついさっき俺は、初めて自分以外のプレイヤーと顔を合わせて、ほぼ会話もないまま殺し合いに発展した。
あるいはもっと前、もしかしたら三浦さんを攫ったバイトたちもプレイヤーだった可能性がある。
どう考えても無警戒で大丈夫な連中ではない。
そりゃプレイヤー全員が悪人とか考えちゃいないけど、つい身構えてしまう。
それに何より、さっきのNPCへの態度である。
いきなり攻撃魔法を撃つとか頭がおかしい、狂っている、NPCをなんだと思っているのか。
ノン・プレイヤー・キャラクターとは、つまりゲームプレイヤーではない人々を指しており、その文字の中には一言も生物じゃないとは書かれていない。実際ダナウエル大陸の本来の住人は、俺たちプレイヤーではなくノンプレイヤーだ。
ユンピアによればアバター生命体と呼ばれるらしい。
人類が初めて出会った、人類以外の高度な知的生命体である。
現状で一般プレイヤーはNPCを量子コンピュータの作ったキャラだと思っているから、横暴な態度を取るのもそれが原因だろう。
これには情報を隠匿している運営側、日本アストリック社の方に大きな責任があると思う。
しかしそうは言ってもプレイヤー側にも限度があるだろう。
平和に暮らしていた宿屋の主人をいきなり攻撃魔法で殺すなど、他プレイヤーにだって迷惑だろう。
普通にコンピューターの操作するキャラだったとしても、死んだNPCは二度と復活しないのだから少しは考慮するべきじゃないのか。
人を殺して遊びたいなら、その手のシューティングゲームでもやれば良いのだ。
この世界から出ていって欲しい。
って言うか、あんな横暴で非人道な態度がプレイヤーの常識というのなら、マジでこの世界から全員居なくなった方が良いんじゃなかろうか。
いっそ俺も含めて、ゲームのダナウエル大陸オンラインは閉鎖すればいい。
そもそも何でオープンワールドとして世間一般に開放したのだろうか。
「で、君はさっきプレイヤーを一人殺しているんだが、それについて申し開きはあるかな」
「は?」
男が突然、おかしな事を言い出した。
つい物思いに沈みかけていた俺は、思いがけない糾弾めいた言い方に戸惑ってしまった。
「いやプレイヤーですよね、殺してないですよ。ちゃんと現実で生きてるでしょ」
第一、正当防衛だ。
「はぁ?」
と今度は女の方が声を上げた。
「あんた何を言ってんの! 明らかに殺したでしょうが! 今更言い逃れしたって無駄なのよ!」
声が甲高くてやかましい。
ああそうか、NPCが殺された話を思い浮かべていたから、本当の生死の話と勘違いしてしまった。
彼女たちが言っているのは、プレイヤーキャラクターの事か。
プレイヤー同士の諍いを問題にしているのか。
だがこっちが自分たちの身を守っただけなのは確かだ。
そんな風に糾弾される云われはない。
「とにかく彼らは、ロギー君たちは君を訴えると言っている。もっとも金貨20枚で示談に応じるとも言ってくれたから、私はそっちを勧めるけどね」
「え?」
くすんだ金髪の男が言う。
その内容を、俺はすぐには理解できなかった。




