39 アルバイト日和7
始まりの街イチザート。
7万人が暮らす砂漠の大都市。。
他の地域の街や城塞都市が、せいぜい数千人規模の世界において、この人口は驚異的ですらある。
白と土色の建物が多いイチザートは二つの大きなオアシスとヤシの森に恵まれており、奇跡の地と呼ばれているとか。
ただしいくら恵まれていても、昼と夜の温度差まではどうにもならない。繁殖している植物や動物は昼と夜、毎日夏と冬を繰り返すような厳しい環境に、耐えられたものだけだ。
動物なら大小のトカゲ類やネズミ科っぽいやつ、鹿のようなものにラトゥーって名のラクダっぽいやつ、あと蛇も多いので意外に変温動物が向いているのかも知れない。
植物なら何と言ってもサボテンが多く、他にも見た目はオリーブみたいな実を付ける背の低い木もあった。都市のシンボルにも使われているヤシの木も、大小様々なタイプが生えている。
植物の近くには昆虫類もいた。
「ここはオアシスに近いほど土地の価値も上がる。権力者や金持ちはオアシスをグルリと囲む石造りの道に家を持ち、貧乏な者ほどオアシスから離れた場所で暮らすのだ」
石材を敷いた広い通りを歩きながら、イシュマシュが説明してくれた。
いまは商業ギルドでの手続きを終えた後、宿に向かう最中だ。
左手には、少し離れて東のオアシスの一部が見えた。
思ったよりも大きくて湖という感じだ。
「また二つのオアシスの内、東側にあるのが精霊オリアノスの住まいで、西側にあるのが精霊アドメメの住まいだ。イチザートは商業ギルドによって政治が行われているが、精霊たちと交渉するのは古来から王家の役割だ」
「へええ、精霊がいるのか」
「僕、精霊を見てみたい!」
シランジュが会話に混じった。
「年に一度の祭りには御姿をあらわすのよ。祭りと言っても本来は、王家と精霊が共存の契約を延長させるための儀式だけど」
ミャーリァさんがシランジュの頭を撫でながら言った。
優しげな笑顔だ。
「それって一年契約なんですか。お互いの共存だけで、共栄はいらないのかな」
「栄えたいのは人間だけだからな、精霊は静かに暮らしたいんじゃないのか」
「なるほど」
ザァイの言葉に、俺はうなずいた。
いま俺たちは四頭のラトゥーを直列に繋ぎ、全員で一緒に行動している。
俺とザァイたち一家は、真昼に差し掛かる頃イチザートに到着した。
ザァイたちは役所へ行って住民登録を済ませた後、商業ギルドの出張所に出向いて街での商業権を得た。
ひと晩を共に過ごし、砂漠を数時間一緒に歩いた俺たちは、当初に比べて随分打ち解けていた。
シランジュが俺に懐いてくれたのも大きい。無邪気な子供の態度は、凝り固まった大人の気持ちをほぐしてくれる。
この子とはHPリンクを繋いだままだったので、砂漠の道中でも何度か回復しておいた。
やはり3才児にとって砂漠は過酷らしく、ラトゥーの背で揺られるだけでもHPが減るようだ。せいぜい1か2ポイントのダメージではあるけど、油断していると減少している。
まあ当然とも言える。
そもそもキツイのは子供だけじゃないし、大人だってHPを減らしているだろう。
実際大人たちも、真昼は太陽を避けて行動している。
イチザートでは早朝から昼前と、夕方から夜半までが主な活動時間になっている。
誰しも熱風や寒空の中で仕事などしたくないのだ。
真昼はバザールの朝市も半分以上は片付けられて、食べ物を売る屋台も見えない。
皆部屋や木陰、オアシスで涼みながら、暑さをしのいでいる。
役所や商業ギルドの人たちは、汗をダラダラ流して働いていたけどね。
治世に関わる人たちは大変そうだった。
「酒場で情報屋を探すか、あるいは冒険者ギルドとやらに行ってみるか。これからナミノはどうしたいのだ」
イシュマシュが問う。
情報屋とは昔から街で活動している者たちを指すが、話によると専門の人は少なくて、優秀な人はさらに少ないらしい。
情報の売り買いは、基本的に仕入れた後に売る相手を探すとか。
つまり小耳に挟んだ良い話を、知りたがっていそうな人物に持っていくわけだ。
一般に情報屋とは、現実の世界だとパパラッチの、かなり悪質な部類と同じに思われていた。彼らの聞き耳スキルは油断ならないと言う。
優秀で信用できる情報屋の方は、無許可の探偵みたいなポジションかも知れない。
俺たちが仕事を頼むとしたら探偵の方だ。
「情報屋ってお金がかかりそうですね」
「もし費用を心配しているなら止めてもらおう、私達がナミノに感謝を返したいのだ」
「いや凄く助かります、有り難いです」
シランジュを助けた御礼の件は、俺の人探しを手伝うという事になった。
具体的には情報屋なり冒険者なり、自分たちの代わりに探してくれる人を雇おうって事だ。
とても有り難い話だった。
冷静に考えて気づいたのだけど、広い街で手がかりも無く人を探すなど、ほぼ不可能と思っていい。
俺は少し現実が見えていなかったのだと思う。
人が多いだけでなく、土地だってかなり広い。
何のプランも無く自分だけで探しても、きっと時間を無駄にするだけになったろう。
しかも付け加えて、三浦さんがイチザートに居ると確定したわけじゃない、という問題もある。
これも結構大きな問題だ。
もちろん俺は、きっとここに来ていると考えているんだけどね。
あの通路が砂漠の洞窟に繋がっていたのであれば、きっとここに来るはずだ。
だって彼らは肉体ごとダナウエルに来てるっぽい。
水がなければ干からびてしまう。
「情報屋も良いが、冒険者たちはどうなんだ。冒険者という呼び方もギルドも、全部稀人たちが作ったのだろう」
「みたいですね、俺も話には聞いていました」
「ナミノと同じマレビトなら、力を貸してくれるんじゃないのか」
「うーんどうだろう、頼めば貸してくれそうな気はするんだけど。ただ事情が特殊で説明できない部分も多いから、こっちを信用してもらえないかも知れない」
「特殊な事情なのか?」
「ええ、まあ……」
イシュマシュとザァイが顔を見合わせて首をひねった。
いや俺も、プレイヤーの力は借りた方が楽だとは思っている。
だって偵察や斥候のスキルを組んだキャラが居そうだし。もしかしたら広範囲を一発で調べてしまうギフトもあるかも知れない。
ただ彼ら彼女らに頼むとなったら、ある程度の事情は説明しなくちゃいけないだろう。
いきなり日本人の女性を探し出して欲しいと頼んだら、こっちがストーカー扱いされる恐れもある。
でもなぁ、ライブホールで起こった事柄は簡単に話しにくいし、そもそも説明がつかないんだよなあ。
正直に話したら頭がおかしいと思われるだろうし、端折って話したら訳が分からなくなりそうだ。下手するとロールプレイ的な遊びと勘違いされるかも。
だって攫われた状況を説明するためには、R∨四号型を使わずにダナウエルに来ていると明かさなくてはいけないし、三浦さんたちなど肉体ごと来ているかも知れないのだ。
ちょっと信じて貰えそうにない。
加えて三浦さんはインディーズだけど芸能人だし、誰かに顔を知られていてもおかしくない。中にはゲーム動画をネットに上げてるプレイヤーもいるし、下手に関わったら後々面倒な事になりかねない。
プレイヤーの手は借りたいけど、最低限ネットに情報を流さない人や、こちらの事情を問わない人じゃなきゃ駄目だ。
そんな人が居るとは思えないけどね。
「冒険者ギルドに頼むのは、少し考えたいです」
俺が言うと、イシュマシュは怪訝な顔をする。
「同じ稀人であれば、手を貸してくれるだろう?」
「やはりこっちの事情が明かせないから、難しいと思います」
プレイヤーたちだけでなく、イシュマシュにも明かせないんだけどね。それに関してはイシュマシュたちには悪いとは思うのだけど、とても説明しきる自信がない。
「もうひとつ問題もあって、稀人には飲み食いの必要がないって知ってますよね」
俺が問うとザァイたちがうなずいた。
そう、これも他プレイヤーに気軽に頼めない理由だ。
「信じ難いがナミノを見ていたので分かる、実際にあなたは朝から水を一口も飲んでいない」
「はい、それってつまり食べるために働く必要がないって事なんです」
「……なるほど」
イシュマシュが考え込むようにして、ザァイは首をかしげる。
「ザァイ分からないか、生活のための金が必要ないとすれば、その者は金品では縛り難いという事だ」
「そうか、金で雇いにくいのか」
「中にはロールプレイ……、自らに枷を付けてる人もいるでしょうけど、誰がどれだけ信用できるか分からないし、きちんと仕事をこなしてくれるかも分かりません」
なにせ彼らは一般のゲームプレイヤーだ。
普通に自分のやりたい事を優先するだろう。
第一、彼らにとってダナウエルの通貨はゲーム内通貨だ。
ゲーマーに本気で手伝ってもらいたければ通貨ではなく、人間関係を築く以外にない。
それにRV四号型が発売されてから、まだ一週間しか経っていないって事情もある。
色々あって長く感じるが、つい最近なのだ。
時期的にも皆レベル上げをしたりスキルの仕様を確認するのに夢中だ。冒険者ギルドを立ち上げるなど、プレイヤーイベント的なものに力を入れている人もいる。
赤の他人のトラブルに首を突っ込む余裕など無いのだ。
ちなみに冒険者ギルドだが現状はいくつも乱立しており、どこに仕事を頼むのか判断がつかないという問題もあった。
なにせどこも看板を上げているだけで、実績の方が皆無だ。
料金設定もバラバラだし、所属する立場もバラバラだ。
つまり商業ギルドに登録して派遣のような仕組みにした人もいれば、都市の役所に登録して自衛団や保安官的な活動をする人もいる。さらにどこにも登録しない私設傭兵団みたいなタイプもあるし、秘密結社めいた冒険者ギルドもある。
色んな形態の組合が溢れていて、まったく纏まりがない状況だ。
「まあそんな訳なんです。事情が話せなくて信用されにくいし、こっちも向こうがきちんと仕事をするか信用できない。個人的に知り合いだったら話は違いますが、冒険者ギルドに依頼するのは、他が駄目だった時に改めて考えます」
「よく分かった、ならば情報屋だな」
「ですね、お願いします」
イシュマシュにうなずいて答えた。
とは言え、まずは宿の確保が優先である。
ラトゥーも預けなくてはいけない。
俺たちはオアシス沿いの石の通路から外れて、ひとつ外側にある中町に移動した。
オアシスのすぐ周辺は、砂漠というよりも荒野といった風情だ。
固く痩せた土が多く、枯れかかった雑草が生えている。
しかし西と東のオアシスの間にある土地だけは多少肥沃らしく、ヤシ科の木々が多い森になっていた。
俺たちが向かったのも、そんな森の脇にある宿場街だ。
ちなみに森の中で暮らすのは禁止されている。もしも小屋を作ったりテントを建てたりしたら、それだけで数年の禁固刑だ。
禁固刑は強制労働がセットなので、なかなか辛い生活が待っているだろう。
目指していた宿は中町の端っこ、下町に近い場所にあった。
立て札や看板は無く、一見すると二階建ての民家だ。
森から少し離れているが、宿の横には立派なヤシの木があった。
そのヤシの木の木陰に、五十才くらいの男がいた。
茶色い短髪に口ひげを生やしている。服装はダボダボの白い袖付きローブで、ズボンは履いていない。
「ウバイじゃないか、こんなところでサボっているのか」
イシュマシュが声をかけると、やけにショボついた目を向けてきた。
生来の顔つきなのだろう。
「おおイシュマシュ、半年……、いや一年ぶりか!」
ウバイと呼ばれた男が、少し甲高い声を上げた。
親しげな雰囲気だ。
二人は同世代に見えるし、友人なのかも知れない。
「二晩ほど宿を頼みたい。家族四人と客の一人分だが、部屋は空いているか」
「そりゃまた大所帯だな、二人部屋を3つで良ければ空いている」
「充分だ、よろしく頼む」
「ゆっくりしてくれ、しかし家族とラトゥー四頭とは……」
「うむ、イチザートに移り住む事になった」
「なんと」
「二晩と言ったが、物件や取引が整わなければ、もう少し厄介になるやも」
「ラトゥーか」
「そうだラトゥーを売って、家を買う」
「若く立派なラトゥーだ、充分な価値があるだろう」
「そう願っている」
「ああすまん、宿の客を外で立ちっぱなしにさせてしまった、中に入ってくれ。ラトゥーは裏の馬屋を使ってくれればいい、今はカラだから好きなようにしてくれ。世話をさせるなら一頭で銅貨3枚だ、カシューが居るから裏口から声をかけてくれ」
「わかった」
話に従って裏の馬小屋にラトゥーを繋ぎ、沢山の荷物を宿の中に運び込む。
俺も手伝った。
八割ほどの荷物は一階の物置を使わせてもらった。
やけに荷物が多いと思っていたが、引っ越しの荷ならば当然だった。
ほとんどが衣類と、恐らく商品や仕事道具の入った木箱だったが。
それから部屋割をした後、全員でオアシスに向かう事になった。
長旅の汗を流すためだ。
むろん真昼の暑さをしのぐという理由もある。
ザァイたちの髭も剃らなきゃね。
「ふざっけんな、金貨の釣り銭くらい用意しとけよ!」
宿を出ようとした時、若い男の怒鳴り声がした。
見ると入り口の受付台の所で、ウバイさんに食って掛かる少年がいた。
金髪に焦げ茶かかった目をしており、簡易な革鎧を身に付けている。
腰にはショートソードだ。
少し離れたところに、小麦色の肌をした黒人の少女と、ヒスパニック系の女の二人がいた。女は20歳過ぎと言った感じだ。
二人とも少年と似たような革鎧を着ている。
それぞれショートソードや盾、弓矢を背負っていた。
「うちは安宿だ、金貨なんか取り扱ってない。そういうのは上町の宿でやってくれないか」
「なんだとぉ」
「あのなぁ、うちは一晩で銀貨2枚、三人で6枚、お釣りとなれば銀貨94枚だ。うちにある分を掻き集めなきゃいかんだろ。面倒なんだよ、両替商でバラ銭に変えてから来てくれないか」
「はぁ? だからそんくらい用意しておけよ、クソゲーかよ!」
そのセリフで分かった。
この三人って、ゲームプレイヤーだ。
「あの私、銀貨持ってるけど」
黒人でカーリーヘアの少女が声をかけると、少年は肩をすくめて見せる。
「いやいやタリア、そういう問題じゃないから」
と少年が返す。
いやいや、そういう問題だよね。
「俺たちは客なんだぞ、客のニーズに応えられないって事が問題なんだよ」
金髪ティーンエイジャーの鼻息が荒い。
「だいたい、このゲーム不親切すぎるんだよ」
「ねえロギー他の宿にすりゃ良いじゃない。そりゃ倹約も大事だけど、私もっと普通の宿が良いわ。ここって貧乏臭いじゃないの」
もう一人のヒスパニック系の女が言う。
「そうだな、そうすっか」
ロギーと呼ばれた少年は、侮蔑の表情を浮かべてウバイさんを一瞥した。
「もう二度と来ねえから」
そう言って右手を高く掲げた。
「ん?」
その様子に俺も含めた周囲の数人、黙って様子を見ていたイシュマシュやミャーリャが怪訝な顔をする。
「食らっとけ、ファイアーボール!」
「なっ!」
少年の手から放たれた炎の魔法が、受付けの立ち机ごとウバイさんを吹き飛ばした。




