36 アルバイト日和4
「何やってんだ、あんたら!」
二人がかりで三浦さんの腕をつかんだ男たちは、俺が叫ぶとキョトンとした表情を浮かべた。間違いなく午前中に見たバイトの大学生たちだ。
彼らがいるアーチ型の通路は下り階段になっており、三浦さんを奥に連れ込もうとしていた。
あんなところに通路は無かったはずなんだけど。
「おい誰か来たぞ、荒井の作戦って全然駄目じゃねえか」
ひとりがしゃがれた声を上げる。短髪の青年だ。紺のスラックスに襟高のマウンテンパーカーを着ている。
「そいつバイトのガキだ、朝も見かけた……」
もうひとりは少し長めの髪を中央から分けていた。ジーンズにウィンドブレーカーだ。
「波野君、無事だったのね! ちょっと離しなさいよ!」
腕をつかまれた三浦さんが逃れようともがくが、腕を両脇からガッチリ抑え込まれている。
舞台では迫力のある三浦さんだが、男二人につかまれたら、小柄な女子高生であるのが分かる。
彼女は赤い舞台衣装の上にニットのカーディガンを羽織っていた。
「面倒臭えなぁ、どうするよ」
「なあ、ゴブリンどこ行ったんだ……」
「俺が知るか、荒井にきけ」
「荒井……どこだ……」
「はぁ?」
二人の大学生のうち、ひとりの様子がおかしかった。
髪を中央から分けたウィンドブレーカーの方だ。
「おい沼田、大丈夫かよ」
「……ひゃ………」
沼田と呼ばれた男は、少し小首を曲げる。
目つきが変だ、焦点が合ってない感じがする。
「お、おい沼田?」
「アひゃひゃひゃひゃ!」
「なっ」
「ひっ」
突然笑い出した相棒に驚いたのか、短髪の大学生が三浦さんの腕を解いて一歩下がる。
三浦さんも眉をしかめつつ、怯えるように離れようとした。
しかし笑い続ける沼田は、よりいっそう強く腕をつかんでいた。
「い、痛いっ、離してよ!」
「ヒィーッひゃひゃひゃひゃひゃ!」
奇声を上げて、いかにも楽しそうに顔を歪ませる。
あまりにも不気味な様子に、俺も三浦さんも、そして仲間の短髪も動くのを忘れて、唖然として見ていた。
って、眺めているだけじゃ駄目だろ、こいつら何とかしなくちゃ。
「いい加減、三浦さんを離せ!」
二階席の入り口から座席後部の壁まで約15メートル。
座席を避け通路を走って、3人のいる場所まで走った。
現在、俺の身体はダナウエル大陸のキャラクターになっている。でも敏捷度は7で、じつは現実の俺よりも足が遅かったりする。
体感的な違和感は少しだったけど。
体力や筋力なら、現実の俺よりずっと強いんだけどなあ。
「やめてって言ってるでしょ!」
三浦さんが暴れて離れようとしたが、笑う沼田はいっそう強く両手で押さえ込もうとする。
「痛い!」
「「フッひひっ」」
それでも暴れる三浦さんを、沼田は三本目の腕を使って押さえ込んだ。
「は?」
「へ?」
その場にいた他の二人が、それぞれ呆けた声を上げる。
沼田の上半身がふたつあった。
頭もふたつ、腕は合計で四本。
「なにが」
俺も思わず足を止めてしまう。
乱視にでもなったか、何かの見間違いかと思ったが、瞬きをしても消えない。
目の前の髪型中央分け男は、ジーンズとスニーカーの下半身はひとつなのに。
黒にオレンジの線が入ったウィンドブレーカーの上半身がふたつだった。
胴体はどっちも同じ服装で、腰に近いあたりは融合するように一体化していた。身体もだけど服も融合している。
二つの首は俺を無視して三浦さんたちに視線を向けていた。片方の首は無理やり振り返る形で、かなり窮屈そうだったが。
「ぬ、沼田……?」
「嫌ぁ!」
マウンテンパーカーの大学生は指で目をこすった。
三浦さんは身を捩って逃げようとするが、三本の腕でしっかりつかまれて離れられない。
これは現実なんだろうか。
ふと疑問が頭をよぎる。
思えば俺にしても自分の体から抜け出してゲームのキャラクターになったり、三匹のゴブリンと戦ったし。
もしかして全部、夢なんじゃないのか。
本当はまだバイトに出かける前で、自分の部屋で寝ているとか。
「痛い、やめて!」
三浦さんの声で我に返った。
そうだな、これが夢だろうが現実だろうが関係ない。
悪い奴は悪い奴だし、嫌な奴は嫌な奴だ。
「お前は三浦さんを離せ!」
とりあえず二つある片方の顔を、殴ってみる事にした。
人を殴った事など生まれてから一度もなかったけど、ここは思い切って行くところだと思った。
踏み込みながら近い方の顔に向け、右手の拳を振った。
「この!」
「ウごぉっ」
向かって左側の顔にクリーンヒットする。
沼田は二、三歩ふらふら後退したが、すぐに持ち直した。
「波野君!」
「逃げて、三浦さん」
声をかけながら、もう一発殴る。
あくまでゲームのダナウエルの設定だが、俺の筋力は一般人を超えているから、本当の本気では殴っていない。
万が一、殺してしまったら大変だ。
だが沼田と呼ばれている二つ首の男は、一瞬だけ怯むものの持ち直してニヤリと笑った。
まるで効いてないように見えた。
「こいつ」
「ヒーッひゃひゃっ」
手加減の必要はないのかも知れない。
どうしよう。
思いっきり殴ってみようか。
あるいは、いっそエンチャントを使うか。
脳裏にさっきのゴブリンの姿が浮かぶ、あれは完全に頭蓋骨を砕いていた。
つい先日チェルシと行った、イノシシ狩りも思い出した。
スプラッタな惨状だった……。
うん、エンチャントは危ない。
例え相手が二つ首の怪物でも、元が人間だったのは間違いない。
力を込めて普通に殴ろう。
そう思って改めて構えを取ったが。
物凄い違和感を覚えた。
一瞬、またもや自分の目を疑う。
この沼田だっけ、さらに体が増えているんだけど!?
「「「ひひひっ」」」
ひとつの下半身から、みっつの胴体が背中合わせに生えていた。
どれも同じ顔で体格で同じ服装だ。
いつの間に増えたんだ。
「ば、化け物!」
もう一人の大学生が言う。
今頃になってか。
やっと目の前の出来事を、きちんと認識したらしい。
「ヒヒッ、酷いな水田ぁくぅん、僕たち仲間じゃないかぁ、ヒひゃ!」
「うわっ寄るな化け物!」
「ヒッ、荒井も言ってたじゃぁん、僕らには変化がぁ必要だって」
仲間の方へ歩み寄ろうとした沼田が、突然足をもつらせて倒れる。
「なっ」
水田と呼ばれた大学生が、後ろに跳び退って避けた。
「「「ヒャ!」」」
「きゃあっ!」
抱えられたままの三浦さんも一緒に倒れる。
「な、なにを沼田」
「ヒヒッ、膝が痛い」
「はぁ?」
「増やしすぎた、でもこうすれば大丈夫、ヒヒッ!」
三本の胴体のうち一本がニュっと伸びて、水田という名前らしき大学生に襲い掛かった。
「うわあ!」
「「「つかまえたー」」」
覆いかぶさりながら両手でつかむ。
「離せよ化け物!」
「「「ヒひゃひゃひゃ!」」」
そのまま沼田は短髪男の水田を壁に開けた穴、通路のような場所に押し込むと、乱暴に突き飛ばした。
「ぐわぁ!」
次に三浦さんを捕まえていた胴体がニュっと伸びる。
「な、なによっ」
沼田は三浦さんも同じように通路に押し込んだ。
さっきほどではないが、強めに突き飛ばす。
「きゃぁ!」
通路の中はスロープ状になっているようだった。
それから沼田は、壁のあたりを掌で擦る。
すると開いていた通路の入り口が塞がり、まるで最初から何もなかった壁そのものになった。
「「「これでよし」」」
三つの首がうなずく。
「しまった!」
あまりの出来事に、つい見ているだけになっていた。
なんだか分からないうちに、三浦さんがさらわれてしまった。
まさか胴体が伸びるとは。
そして壁に、あんな仕掛けがあったとは。
沼田が壁から手をどけると、そこには直径10センチくらいの二重の円系の魔法陣が描かれていた。
円の中に三つの八芒星がある。
朝方に機材搬入口のところで見たものと同じだった。
「くそっ、大失態だ」
思わず沼田を睨みつける。
三つの胴体のうち、ふたつが伸びて、ひとつは地面に這いつくばっている。
どうやらバランスを取っているらしい。
って言うか。
胴体ばかり増やすからダメなんじゃないのか。
どういう仕組みか知らないけど、例えば足を四本に増やすとか、他にやりようがあったんじゃないのか。
こんな訳の分からないやつに出し抜かれてしまうとは。
「「「ヒヒッ、ここはぁ僕に任せて先に行けーって、一度やってみたかぁったんだ」」」
「え」
「「「疲れた」」」
そう言うと沼田は、グタっと地面に倒れた。
三つの体それぞれが、気絶するようにのびている。
「お、おい……、あの、ちょっと」
用心しながら近づいても動かない。
突っついてみたけど無反応だった。
腰のあたりで繋がっているはずの部位に興味があったが、今はかまっている場合じゃなかった。
さっき沼田が触っていた壁を再度確認してみる。
魔法陣がある。
直径10センチほど、二重の円、中に四角を合わせた八芒星が三つあり、何か細かい文字が埋めつくすように沢山書かれている。
見たことも無い文字だったので、まるで読めなかった。
手で触れてみたけど、何も起こらない。
「多分、何か通路が出来るような仕掛けなんだろうな」
機械とかじゃなくて、きっと魔法っぽいやつだ。
今は現実だ。
俺は自分の腕や胴体を触ってみた。
ダナウエル大陸のナミノの身体だけど、ここは絶対に現実世界だ。
さっきはゴブリンもいた。
目の前には、上半身が三つもある沼田が意識もなく倒れている。
それでも今は夢の中にいるわけじゃない。
だからきっと何かが起こって、ライブホール全体に影響が出ているのだろう。
でもこんなのって自然現象じゃないよね、誰かが仕組んだのだろうか。
そもそもどうやって。
ダナウエル大陸の関係者?
まさかゲーム販売元の日本アストリック社とか。
……いや、さすがに考えにくい。
じゃあ誰だ。
目的も分からん。
三浦さんをさらう意味も分からん。
見た感じ三浦さんへの扱いは、そんなに酷くはないように思えた。まあ印象にすぎないから、まったく安心できないんだけど。
うーんあるいは僕らは、何かのゲーム的なイベントに巻き込まれたとか……。いやいやそれも無いな、第一あのゴブリンたちは本当に殺意を持っていた。
あ、ゲームと言えばもしかしたら。
今の俺はダナウエルのキャラだから、能力値とか見れるんじゃないのか。
「ステータス、……お、でた!」
ーーーーー
レベル:7
名前:ナミノ
種族:人間族
性別:男性
称号:なし
獲得した能力値ポイント:12/24
知力 :5
筋力 :15
器用度:15
敏捷度:7
体力 :25
精神力:5
HP:100/100
MP:8/10
ギフト:ゲート1
獲得したスキルポイント:1/1
スキル:鉄砲術 熟練度1
:狙いうち 熟練度5
:攻撃エンチャント(無属性) 熟練度1
固有スキル:激痛耐性 熟練度6
:狂戦士 熟練度2
:HPリンク 熟練度1
獲得した称号:なし
ーーーーー
ステータスを念じると脳裏に一覧が浮かんだ。
記述内容は以前と変わっていない。
あのワイトの事件から猪を狩ったり、さっきはゴブリンも倒したけど、レベルもスキル熟練度も上がっていなかった。
しかしこのステータスって、経験値表記が無いんだよな。
プレイヤーに知らせないブラインド方式なのかな。
MPが少し減っているのは、さっきのエンチャウントの分か。
さて、どうしようか。
倒れている沼田を揺すってみるが、まったく起きる気配がない。
脈拍はあるし呼吸もしてるので、眠っているだけだと思うが。
しかしあれだな。
もしもこのまま元の正常な姿に戻れなかったら、この人の人生はどうなってしまうのだろうか……。
まあ俺も、あんまり他人事じゃないんだよな。
このままダナウエルのキャラから元の体に戻れないとか、そんなの嫌だからな。
今後の方針を少し考えた後、一階の舞台裏、機材搬入口に行くことにした。
もうひとつの魔法陣があった場所だ。
先に誰かに連絡を入れる事も考えたが、うまく説明する自信がなかったので止めた。ゴブリンの死体や胴体3つ男や、俺自身にしても身体が廊下に転がっている。
……うん、どれも大きな騒ぎになりそうだし、今はスルーしておこう。
二階席の入ってきた場所とは違う出口から、関係者用の非常階段が使えるはずだ。外の壁にそって備え付けられている階段だ。丈夫な金属製で手すりもしっかり有るので、普通に昇り降り用の階段として使える。
あそこなら誰かと合う可能性も低いだろう、向かう事にした。
二階のドアには鍵がかかっているが、中からなので問題なく開けられる。
一階のドアの鍵はかかっていない。
ちなみに階段の前は、搬入用のトラックが駐車できるスペースだ。物によっては非常階段のドアから運び込んだりもする。
階段を使って下まで行き地上に降りた。
ドアを開けて入ろうかと思ったけど、建物の外から回り込む事にした。
搬入口までは、それほど離れていない。
クリーム色の外壁をたどりながら早足で歩くと、二分もかからずに機材搬入口にたどり着いた。
大道具も通る大きな扉は閉まっており、横の人間用のドアに向かった。
ノブを回すと、問題なく開く。
朝から昼にかけて何度も往復した場所だったが、今は人影もなく静まった機材置き場に入った。一応部屋のようなスペースを作っているが、廊下と区切るための壁もドアも無い。廊下の途中にある広い場所みたいな構造だ。
使われていない照明や、舞台装置らしい鉄骨だけの壁、折りたたみの椅子を重ねたカートや、何かの太いコードが何束も入ったカゴ、いつか誰かが使ったのであろう衣類をかけたボックス型クローゼットや、カラフルなお面なんかも置かれている。
俺は大きな扉の陰に置かれた荷物類をどかせた。
思った通りだ。
そこには青白く発光する直径10センチほどの魔法陣が描かれていた。
「これだ」
二重円に八芒星3つ、二階席の魔法陣と同じものに見える。
「あの沼田って人は、手のひらで擦っていたな」
そっと魔法陣に手を当ててみる。
何かモワッっとしたものを感じた。
例えるなら磁力のようなものだ。
「この感触、ちょっと魔力に似ているかも知れない」
自分の中にある魔力をイメージすると、スッと手のひらから何かが抜けていくような感覚があった。
確認するとMPが1ポイント減少して7になっていた。
数秒間なにも起こらないので不安を覚えたけど、もう一度調べようと思った途端、すぐ魔横の壁に直径でアーチ型の穴が出現した。
「出た、通路だ!」
アーチの高さは2メートルくらいで、奥は下に向かって伸びている。二階席と同じで緩やかなスロープをしており、先の方は暗くて見えなかった。
でも良かった、これで三浦さんを追いかけられる。
と言うか、この道が二階席の方と同じ場所に繋がってれば良いんだけど。
いずれにしろ行ってみるしかない。
俺は慎重に通路に踏み込んだ。




