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エンゲージ!!

健太は隼人と協力して、柱を守っていた。銃声がした。それは空気を震わせて、硝煙を巻き上げる。柱はまるで穴あきチーズのような状態になっており、原形をとどめていなかった。一部削れたかと思えば、すぐに別の場所が吹き飛んだ。

「やばいな」

汗まみれの隼人がぽつりと呟く。健太も言わなかったが、もう弾が付きかけていた。再びコンクリート片が砕け散る。健太は意を決し、顔を出して銃を撃った。悲鳴が聞こえ、銃声が途絶える。

「仲間が来る、撃つなよ」

祖父が小さくうめいた。すると祖父の言った通り、すぐに、

「君たち!俺たちは仲間だ!撃つな!」

という叫び声が聞こえた。それは遠くの柱から聞こえた。柱から男が一人飛び出し、フルオートでテロリストを撃つ。テロリストの隠れている柱に無数の弾痕が刻まれていく。その隙に一人の男が健太たちの柱に移動してきた。その男は今まで健太たちが戦ってきたテロリストと同じように見えた。

「俺はルーシャス!ハウンド大丈夫か!」

男はのどが張り裂けんばかりに叫んだ。祖父は弱弱しく頷いた。ルーシャスは応戦しながら、

「俺たちはとある部隊のものだ。君たちのおじいさんは仲間で、今回のテロは俺たちが計画したものだ」

健太と隼人は応戦しながらも、ルーシャスの言葉を、眉を寄せながら聞いていた。じゃあ携帯電話が使えなくなったのも、こいつらのせいなのか?隼人はポケットに入っている携帯電話の事を思った。

「本当だ、俺のコードネームはハウンド。こいつらの仲間」

祖父が弱弱しく微笑んだ。

「まったく、気が付くのが遅すぎるぜ、ボス」

ルーシャスが応戦しながら言った。口調は皮肉そのものだった。

「悪いな」

祖父は肩で息をしながら言った。

「どういうことですか?俺たちの爺ちゃんは認知症のはずだ……」

隼人が弾倉を交換する時にルーシャスに訊いた。

「軍の開発した、おもちゃで一時的に記憶を抑えることが出来るナノマシンがあるんだよ。今回はハウンドが裏切る可能性も考えて、それが一時的に使われたんだ」

健太も隼人も何のことやらさっぱりわからなかった。なのましん?裏切り?

「それでこのざまだ」

応戦しながらルーシャスは皮肉めいた口調で笑った。皮肉を言いながらでも彼の射撃は素晴らしく、柱に隠れていた最後のテロリストを倒した。

「これから出口へ向かう。いいね」

ルーシャスが立ち上がり言った。健太は何度も頷いた。しかし祖父は、

「だめだ、俺が逃げたとわかったら奴を逃がしてしまう」

と喘いで言った。

「なら二つにチームを分けよう、それでいいか!」

ルーシャスは銃声に負けじと声を張り上げた。健太の耳も銃声で麻痺していた。

「どうやって分けるんだ!」

隼人が言ったが、それを遮ってルーシャスは無線に、

「民間人が!?ああ、ゴム弾で応戦しろ!そうだゴム弾!殺すな!」

「どうやって分けるんです」

隼人はもう一度怒鳴った。隼人の髪の毛は粉で真っ白だった。

「ハウンドと俺の仲間と君たちの二人のどちらかだ」

ルーシャスは叫んだ。それを聞いた時、隼人はその意味を理解できなかった。

君たちの二人の一人が残る?

「俺が残るよ」

健太の言葉に隼人は耳を疑った。

「待てよ兄貴。ここは俺が……」

しかし、健太は譲ろうとはしなかった。

「よし、もう時間がない!それで決まりだ。行くぞハヤト!」

ルーシャスが仲間とともに走り出した。柱にいたテロリストはもう皆死んでいた。

「兄貴……」

隼人は立ち上がりながら、健太を見た。そこには誇らしげにほほ笑んでいる兄がいた。

「行けよ」

健太は隼人にウインクした。

「兄貴……」

隼人の胸に一気にこみあげてくるものがあった。

「あにきぃ……」

こらえようとしても、涙は止められなかった。熱い涙が頬を伝う。

「急げ!」

ルーシャスが叫ぶ。

「圭織を頼んだぞ」

健太が隼人を押した。走馬灯のように過去の記憶がよみがえる。もっと仲良くしておけばよかった。いまさら後悔しても何にもならない。

「あにきぃ……あにきー!」

隼人は走り出しながら、健太から目を離せなかった。隼人は声がつぶれるほど叫んだ。

しかし、声は銃声にかき消され、健太の姿はすぐに見えなくなってしまった。


映画「プライベート・ライアン」の冒頭を思い出してほしい。上陸作戦で淡々と無残に死んでいく、モブ兵士たち。彼らは今際の時何を考えていたのか。後悔か、敵への憎しみか、それとも家族への愛か。そんなこと永遠にわかるはずがないと思っていた。でも今は分かる気がした。

「いいのか、圭織ちゃんの事。ヒーロになりたかったじゃないのか?」

小さくなっていく隼人を見ていた健太に祖父が言った。

「いいんだ、俺のキャラじゃないからな」

見えないように健太はそっと涙を拭いた。いいんだ、俺は守るべきものを見つけた。さよなら圭織。

「チャリントンを探すぞ」

祖父がゆっくりと立ち上がって言った。よろける祖父をCIAが支えてくれた。

「行くか」

健太はうつむいて床を見ていた。俺は死にたくない、もう一度圭織と会いたい。健太の脳裏にも過去の思い出が駆け巡っていた。

「健太、頼みがある」

祖父が静かに呟いた。

健太はその頼みを無音で聞き、了解した。それを見て、祖父は小さく微笑んだ。その微笑みはどこか哀しそうだった。健太は祖父の方を振り返らないように、全速力で出口へと走って行った。


 計画が丸つぶれだった。チャリントンは憎しみに顔をゆがめ、ハウンドを探していた。

「暑いんだよ!」

そう言って、彼はかぶっていたフェイスマスクを乱暴に脱ぎ捨てた。まるで冷戦の遺産(CIA)のレッテルを引きはがすかのように。老いた男の顔は仮面だったのだ。仮面の中からは、まだ青さの残る若い男の顔が現れた。彼は顔を憎しみにゆがめながら、ハウンドのことを考えて舌なめずりした。キツネ狩りだと思いやがってフォックスハウンドめ、狩るのは俺だよ。なめるなよ老犬ども、お望み通り根絶やしにしてやるよ。チャリントンは顔をゆがめた。それは笑顔というにはあまりにも狂骨なものだった。かけよってくる民間人をゴム弾で始末しながら、チャリントンはハウンドを探した。狐は確実に老犬へと迫っていた。


 玄関は人でごった返していた。CIAは民間人をまとめながら、応戦している。叫び声や悲鳴が銃声と合わさって耳がおかしくなりそうだった。

「ハヤト!早くバスに民間人を乗せるんだ」

ルーシャスが叫んだ。隼人は焦りながら皆をバスに誘導していた。老人を家から連れてくるための中型のバスだ。老人の足は遅く、状況は最悪だった。ひゅん。と耳を弾がかする音がして、体が震える。

「早く!早く!」

汗が目に染みた。隼人にはそれが汗なのか、涙なのかはよくわからなかった。皆が外へ出てバスへ乗り込む間にもCIAは次々と倒れていく。

「くそっ!」

林で待ち伏せしていた者たちの銃弾が隼人の肩を容赦なく貫く。隼人は倒れ、泣き出した。

熱い感じたこともない激痛がした。

「大丈夫か!」

一人のCIAが駆け寄ってきた。隼人の意識はもう途切れそうだった。CIAはすぐに林に銃を撃ちこむ。

「みんな乗りました!」

介護士が叫んだ。CIAは隼人を担いでバスに乗った。バスのガラスが割れ、悲鳴が聞こええる。バスはすぐに走り出した。銃声は遠くなっていく。隼人は安堵のため息をつきCIAに、

「ルーシャスは?」

「死んだ。即死だった」

CIAは目に涙をためて言った。隼人はこんな状況であっても、まだ「死」という言葉の現実性が感じられなかった。隼人は床に尻をつき、ため息をついた。押し寄せる安堵。そして罪悪感と悲しみ。隼人もCIAにつられて泣き始めた。認知症の老人が不思議そうな顔でそれを見つめていた。真っ赤な夕日が広大な森を照らしていた。


 チャリントンは誰かが這って逃げている血の跡を見つけて、凶暴な笑みを浮かべた。老犬は近くにいる。そう思うと笑いが止まらなかった。

「いよいよね」

隣にいたエリサも不敵にほほ笑んだ。

「ああ、冷戦の遺産にとどめを刺すんだ」

チャリントンも笑った。

「しっかり歩け!ガキ」

チャリントンから視線を移し、エリサは後ろについてくる圭織に怒鳴った。圭織は手錠でつながれ、ふらふらと二人の後についていった。それはまるで怪奇映画のゾンビだった。圭織はガムテープで口をふさがれ、悲鳴も上げられない。圭織はさっきバスの音を聞き逃さなかった。圭織はむせび泣いていた。健太……会いたいよ。圭織は死んだような眼で床を見つめて歩いていたが、銃声に驚き上を向いた。目の前に一つの死体が転がっていた。火薬と鉄の臭い、死の臭い。

「みぃつけた……」

チャリントンは無様に這っている老犬を見て、白い歯を見せて笑った。エリサがハウンドに銃を向けると、チャリントンが鞘からナイフを引き抜いた。見せつけるように、振りかざす。ハウンドは蛇ににらまれた蛙のように、その場に固まっていた。

「さぁチップを出してもらおう。場所を教えてくれりゃ俺はあんたを殺さない」

チャリントンはナイフを眺めながら言った。ハウンドは黙っている。

「ほう、まぁいいか。少し手荒になるぞ」

チャリントンは虫を殺す子供のように、嬉しそうにハウンドを眺めている。ナイフが予備動作なく、ハウンドのハーネスを斬った。

「これでどうかね」

チャリントンはナイフをもてあそんで、ハウンドに聞いた。ハウンドは黙っている。

「ならば……武器を置け」

チャリントンは拳銃を抜き、ハウンドに向けた。脳天をぶち抜けるように、額に照準をつけている。ハウンドは諦めたようにナイフと拳銃を棄てた。

「いいこだ、じゃあチップの場所も教えてくれるかな?」

チャリントンが舌なめずりして聞いた。ハウンドは答えなかった。

「悪い子にはお仕置きだぞ」

チャリントンのナイフがハウンドの肩に突き立ち、ハウンドは悲鳴を上げた。圭織は見ていられなくて目を伏せた。涙が止まらなかった。ハウンドの悲鳴は止まらなかった。


 「もう少しいけば仲間が待っているはずだ」

バス内でCIAが言った。涙は乾いていたが、あまり元気には見えなかった。バスは静かに森を抜け、小さく町が見えてきた。隼人はもう一度ため息をつき、夕日を眺めた。また沙月に会えるのがうれしかった。すべてが終わった静寂の中、銃声が響いた。隼人の心臓が跳ね上がる。乾いてあっけなく哀しい銃声。かりそめの平和は唐突に終わりを告げた。

「止まれ」

銃を構えたテロリストが二人、道をふさいでいた。隼人は何かないかと考えたが、何も浮かばなかった。彼らの足元には死体が転がっている。テロリストはドアを開けさせると、CIAに銃を向け、彼を連れてくるように言った。

「早くしろ」

テロリストの頭には包帯が巻かれていた。そこには茶色い血がにじんでいた。CIAは武器を棄て、おとなしくテロリストに拘束されてしまった。隼人は必死に考えた。そしてポケットに携帯電話が入っていることを思い出した。


 チャリントンの足元で、ハウンドが苦しげにあえいでいた。チャリントンの顔は怒りで大きく歪んでいた。ハウンドは肩や腹をえぐられ、体中真っ赤だった。

「てめぇ……最後のチップはどこだ?言わねえとこいつを殺すぞ」

チャリントンは圭織の頬に銃を突きつけた。圭織の眼は真っ赤に充血していた。もう鳴き声さえも疲れ切っている。

「大丈夫よ、バスはジェイが止めたもの。いずれ見つかるわ」

エリサが静かに言うが、それはすぐに否定された。

「ちくしょう!死体にもチップの反応はなし。しかもバスにもないとさ!」

エリサが激昂して叫んだ。

「あのガキか……そうか、あのシップの中に……」

チャリントンが鋭い目でハウンドを見下した。チャリントンはすぐに仲間に連絡を入れ、ガキを見つけ出すように命じた。

「逃げたのか?ハハハ」

チャリントンは通信を終えると、馬鹿にするようにハウンドと圭織を見た。

「お前はあいつの知り合いか?」

太い指で圭織の華奢な顎を掴んだ。圭織は恐怖であえいだ。

「健太とか言ったかな、俺は会ってからずっと思ってたんだ」

チャリントンはハウンドと圭織を交互に見ると。

「よわっちそうな、なんて言うんだろうな。やせっぽち(スキニー)だと思ってた」

エリサを見て、チャリントンは笑う。

「なぁ弱虫だよなぁ」

チャリントンは圭織に訊いた。圭織は小さく頷いた。

「それが本当に逃げ出しちゃうんだもんな。ハハハ」

玉ついてんのかよ、とチャリントンが下品に笑った。祖父もつられて笑い出した。圭織はさっきよりずっと疲れたように見えた。そんな……健太が逃げるなんて……。枯れたはずの涙が再び流れ出す。そうだ、あいつは弱虫で、そのくせプライドは高くて……

「ちくしょう!」

チャリントンは激昂して、壁を殴った。

「あいつ……本当に逃げやがったのか!ちくしょう!」

一瞬でよかった。チャリントンとエリサが見せた一瞬の隙。それは銃撃するには十分だった。

祖父の笑い声は健太の忍び寄る音を完全に消してしまっていたのだ。チャリントンの腹に銃弾が飛び込み、彼は吹き飛ばされた。彼は何が起こったかわからなかった。しかし、倒れる瞬間、さっきまで罵っていたケンタとかいうやせっぽちがいるのが見えた。


 健太がチャリントンを撃ち抜いてすぐ、エリサは恐ろしい反応速度で振り返ると、健太に銃の照準をつけた。彼女の顔はまるで鬼女のそれだった。ちくしょう、ここまでか。一瞬見えたあれは圭織の幻想か?健太は精一杯柱へ向かったが、銃弾を避けることはできなかった。彼は2発の銃声を聞いてから柱へとぶつかっていった。

「ぐぅ……」

肩に熱い痛みを感じて、健太は目覚めた。ここは天国か?そんなことを考えている暇もなく、すぐそばにエリサの影があることに気が付いた。今度こそ殺される、そう思った時だった。エリサが音もなく倒れた。彼女の顔は酷く破損して血を流していた。

「大丈夫か、健太」

かよわく消えてしまいそうなそれは、間違いなく祖父のものだった。

「じいちゃん!」

健太は柱から顔を出し、祖父の存在を確認した。祖父は血まみれで廊下に転がっていた。エリサを仕留めたのは彼だろう。祖父は再びウインクした。その瞬間だった。健太のM4が吹き飛ばされたのは。

「くそっ!」

健太は無理やり曲げられた指の激痛に思わず叫んだ。

「この俺が簡単に死ぬと思うなよ」

チャリントンの声は恐ろしいほどの殺意を秘めている。

「さぁ、チップを渡すんだ。さもないと、この女を殺すぞ」

チャリントンはわざと圭織の首を絞めた。圭織は苦しげにあえいだ。やはり圭織はここにいるのだ。健太は腰のホルスターから拳銃を抜いた。M92F、それは「ダイ・ハード」のジョン・マクレーンの愛銃だった。


 「何やってるんだ貴様!」

メールを送信しようとした隼人をテロリストがタックルして吹き飛ばした。隼人は鉄の床に容赦なくたたきつけられた。

「こいつ……悪あがきか」

テロリストは浅黒い顔をゆがめて微笑むと、携帯電話を叩き割った。そして沙月とお揃いだったキーストラップをかかとで踏みつぶした。

「やめろ!」

隼人が叫んだ時、キーストラップは音を立てて割れた。テロリストは下品に笑いだし、隼人を殴った。バス内が悲鳴であふれた。隼人は朦朧とした意識の中で健太の事、友人の事、圭織の事、そして沙月の事を思い出してした。沙月、ごめんな。鋼鉄のような拳が容赦なく隼人の顔を潰す。隼人の意識は静かに消えていった。


沙月は夕焼けが嫌いだった。沙月は自分の部屋の窓から夕焼けを眺めていた。隼人の二股を思い出してしまうからだ。告白した時もこんな綺麗な夕焼けだった気がする。沙月はクッションを抱えながら、ぼんやりと夕焼けから目を離す。最悪、あいつ。憎いのに、涙があふれてきた。クッションをつぶれるくらい抱きしめていると、携帯電話が鳴った。

「何……?」

慣れた手つきで、携帯電話を操作すると隼人からのものだとわかった。何よあいつ……警察って意味わかんない。

沙月はベッドに携帯電話を放った。携帯電話は大きく弾んで、ベッドの脇に落ちた。


 健太は柱に隠れながら、拳銃の弾数を確認した。血でよく目が見えない。手も震えている。残り3発。

「早くしろ!さもないとこいつらは地獄行きだ!」

チャリントンが叫んだ。死にたくない……。健太は怖かった。しかし、飛び出さなければ圭織や祖父は救えないのだ。健太は意を決しすばやく柱から飛び出した。時を同じくして、チャリントンが柱から躍り出た。そして健太が銃を構える前に、健太を撃った。運よく弾は外れたが、健太の手元も狂ってしまう。まったく別の方向のコンクリートが爆ぜる。

「へたくそめ!」

柱に隠れた健太にチャリントンが言った。その通りだった。健太は必死に息を吸おうとして喘いだ。汗が床に垂れる。残り2発……くそっ!

「聞いているか?お前は誰からも信頼されていないんだ。知ってたか」

恐怖で焦る健太に追い打ちをかけるように、チャリントンが言う。ずっと忘れていた健太の記憶がよみがえる。そうだ俺、信頼されていないんだ。膨れている圭織の顔。呆れたような親の顔。

銃が、手が狂ったように震えだした。

「妙な考えはよせ。この女だってお前は逃げるといっていたぜ!お前になんか彼女が救えるもんか!ふにゃちん野郎!」

チャリントンの罵声が健太の心をえぐっていく。お前はヒーロになんかなれない。お前なんか何もできない。自分の声がふとつぶやく。

「俺は……」

「お前なんて、何もできたいギークさ!ヒーロなんかじゃない!お前はここで死ぬんだ。早くチップを渡せ!」

チャリントンの声が健太の心の中で何度も響く。

「渡すんじゃない!健太、お前は、ヒーロじゃない!だがな……」

祖父が喘ぎながら叫んだ。

「黙ってろ!」

チャリントンが祖父をける音が聞こえた。祖父は弱弱しく喘いだ。

俺はヒーロになんてなれない……。圭織を助けることなんかできない。そう思った時だった。祖父の言葉が脳裏に浮かんだ。

「これが何かではなく、これをどう見るかを考えろ」

俺はヒーロになれないかもしれない。目立つことなんてできない。いや、俺はヒーロじゃない。俺は非リアなギークだ、しかし大切な人を守ることはできる。

「お前はヒーロじゃ」

チャリントンが隙を見て健太に飛び掛かった。

「俺はヒーロじゃねぇ!だが守らなきゃいけないものがあるんだ!」

健太のすぐそばにチャリントンの姿があった。健太は叫んで、銃の引き金を絞る。一瞬の静寂。誰かが咳き込んで、血が床に落ちる。大きな音を立ててチャリントンが倒れた。彼の死相はまるで何が起きたか理解していないような、驚愕の表情を浮かべていた。

「やった……」

健太は倒れこみ、安堵のため息をついた。銃が音を立てて床に落ちる。

「圭織!」

健太は鞘からナイフを取り出し、チャリントンから延びる縄を切った。窮屈に体を縮めていた圭織は、その場に倒れこんだ。健太は急いで手錠をナイフの背をつかって壊し、口のテープをゆっくりは外した。

「健太……」

圭織は鼻水を垂らして泣き出し、健太に飛びついてきた。

「圭織、良かった……本当に」

健太も遠慮せずに圭織を精一杯抱きしめた。圭織の体の柔らかさと、暖かさに驚かされる。ヒーロなんかならなくてもいい。ヒーロになんかならなくても、圭織を救えればいいんだ。健太は心から思った。とても眠たかった。


 隼人は後ろの席に大きく叩き付けられた。気絶しても、殴られて目覚める。はやとの意識は朦朧とし、体の感覚も失いつつあった。もうだめだ……。血まみれの瘤が視界を覆いつくしていた。体がとても熱い。視界にテロリストの靴が入る。隼人はふと死をさとった。その時、遠くでふとサイレンの音が聞こえた気がした。嘘だろ……。初めは幻聴かと思った。しかしサイレンの音は少しずつ大きくなっていく。隼人にはそれが天使の羽音にも聞こえた。

ありがとう、沙月。隼人の意識はそこでふっと消えた。


 沙月はひとり、ため息をついた。

「さっきのメールが嘘だったら、どうすんのよ」

沙月は再びため息をつき、手の中の物を見た。隼人とおそろいのキーホルダー。

「あたしってばかね」

沙月はひとり呟き、微笑んだ。とても夕焼けが綺麗だった。


 叫び声。銃声。健太ははっと目を覚まし、周囲を見渡した。

「夢か……」

そこは自分の家だった。健太は安堵のため息をつき、隣にいる圭織を見た。

「今寝てたでしょ」

顔に絆創膏をつけた圭織がにらみつけている。

「寝てないよ」

健太は微笑んだ。圭織も微笑んで、画面に目を戻した。テレビの中でふたりの男女がテレビ中継に囲まれている。手から伝わる暖かさが、この瞬間を現実だと感じさせた。健太はふとあの事件の事を思い出す。あれから警察によってテロリストは制圧され、事件は解決した。

アメリカは今回の事件の関与を認めず、事件は闇に放り込まれた。事件後すぐは、健太たちへの取材が殺到したが、今ではひとつもない。多分闇の力が働いたのだろう。マスコミはこの事件を取り上げるのをやめ、すっかりこの事件も忘れ去られてしまった。そうしてすべてが解決したと思われた。たったひとつ、祖父の行方を残して。施設から助け出された時を最後に、病院に運ばれてから健太は祖父の姿を見ていない。生きているのか死んでいるかもわからないまま、2週間がたってしまったのだ。健太はそれだけが心残りだった。

「あれ、このDVD壊れてるじゃん!あのレンタル屋め!」

圭織の声が健太の思考を遮った。

「ねぇ健太、これ壊れちゃったのかな」

圭織が心配そうな顔でテレビを見つめていた。確かに画面の動きが不自然に止まっている。

「昨日借りたときに、どこかにぶつけたかな?」

そう言って健太がテレビに近づいた時、それは見えた。

「これが何かではなく、これをどう見るかを考えろ」

健太は小さく微笑み、圭織の元へ戻った。圭織はきょとんとして健太の顔を見ていたが、すぐにDVDは動き出した。ふと、どこかで祖父が笑う声が聞こえたような気がした。




ここまで付き合って下さった方、本当にありがとうございました。

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