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仲間

人によっては嫌悪を感じるシーンあり(下ネタ)


登場人物

健太(けんた) 主人公。弟の隼人に劣等感を抱いており、自分に自信がない。圭織に好意を寄せている。

隼人(はやと) 健太の弟。スポーツ万能、学業優秀、眉目秀麗の高スペック男。超リア充だが、実は彼女とうまくいっていない。

圭織(かおり) 健太と隼人の幼馴染。表では健太を嫌がっているが……

・健太の祖父 自称元特殊部隊員。意外と強い。

結城(ゆうき) 介護施設「みどりの園」の男性介護士。勇気ある行動に出たが……

沙月(さつき) 隼人の彼女。最近うまくいっていないらしい。


使用火器

・M4……自動小銃。すごく簡単に言えば小さなマシンガン。連射が可能。

・MP5……短機関銃。すごく簡単に言えば、かなりコンパクトに設計された自動小銃。連射が可能。


2000年が来た。世紀末も来ず、スーパーコンピュータも発狂せず、それにともなった機械との戦争も起きなかった。しかし、予想もしなかった恐怖が始まる。のっぽのビルに飛行機が突っ込んだ事からそれは始まった。それだけで世界は変わってしまった。昨日までにこやかに笑っていた隣人が、自分を巻き添えにしてひき肉になる事が誰も否定できなくなってしまったのだ。予兆はあった。しかし、誰もそれ求めることはできなかった。皆が口をそろえて言った、なぜとめられなかったのか、と。彼らは追い詰められた。そして、テロとの戦いが始まった。しかし敵はテロリストだけではなかったのだ。敵はそこらじゅうにいた。


廊下はひんやりと冷たく、外はいつもと同じくさやさやと木が揺れていた。誰かが殺し、誰かが死ぬ戦場だとはとても思えない静けさだった。

「お前、兄弟いなかったか」

廊下を進んでいると祖父の背中が健太に聞いてきた。健太はその話題にあまり触れたくなかった。大きな祖父の背中が一段と大きく見える。もしかしたら隼人は死んでしまったかもしれないのだ。そして健太はそれを止めらなかった。

「いたよ。でもこの話はあとにしよう」

健太はできるだけ低く小さく声を発した。祖父に教えてもらった、特定の方向にしか聞こえない声の出し方だった。しかし、完璧にマスターしたとはいいがたかった。祖父は小さく頷き、話は終わった。

 部屋の棟につき、曲がり角につくと、放送が再度流れた。二人はそれを無視して、手鏡で向う側を確認すると部屋の入り口に移動することにした。祖父が合図して、健太が入り口に静かに移動する。その間、祖父は周囲を警戒している。移動を終え、健太は祖父に合図をだし祖父が移動してきた。祖父は忍者のように軽くすばやく移動した。ふたりは手鏡を用意し、さっきと同じ動作で部屋に入った。中には誰もいなかった。ただ毛布がベッドから落ち、見舞いに来ていたのだろうバックが、床に中身をさらしていた。薄い黄色で、柔らかに日差しが入り込む部屋。穏やかで何も変わらず、そこは時間が止まっていた。健太には、毎月来ていた部屋が妙に現状から浮かんで見えた。そこだけまるで現実からかけ離れているような感覚がした。

「ここではないみたいだな……」

祖父が小さくつぶやいた。たたた、と誰かが急いで階段をかける音が遠くで聞こえた。音は妙に響いて、吸い込まれそうな独特の迫力を醸し出していた。それくらいこの建物は無音だった。

「さて、水分をとりながら、さっきの話の続きをしよう」

祖父がM4の銃口を入り口に向けながら、切り出した。

「ああ、隼人の話か」

健太はふと下を向いた。やはり話さなければならないのだ。健太があからさまに暗くなったのを見て、何か察したのか祖父が、

「もしかして、この施設に来ていたのか」

健太は無言で頷いた。救えなかった血を分かつ兄弟。嫌いで嫌いでしょうがなかったけれど、それでも目頭が熱くなってしまう。熱い涙がぽたぽたと床に落ちた。祖父が無言で毛布を渡してくれる。

「俺は……俺は……」

健太が静かにあえぎ始めると、祖父がやさしく抱きしめてくれた。誰かの胸で泣くのは久しぶりだった。情けなかったけれど、祖父の胸は厚くて優しかった。弾薬が入ったポーチが邪魔だったけれども。泣き終えると、疲れてしまった。まぶたが急に重くなり始めた。

「少し、ほんの少しだけだが、仮眠をとるか?」

祖父がやさしく言った。正直ここに来てからの疲れはピークに達していた。健太は祖父の言葉に甘えることにした。

「ありがとう」

床にクッションを置き、壁に背を当て毛布を掛けるだけだったが、毛布を掛けると一気に睡魔が襲ってきた。健太はすぐに眠りに落ちた。

 誰かに肩を揺らされているのがわかる。

「ん……」

健太は頭をかきながら目覚めた。あたりを見回し、健太はため息をついた。

「ざっと20分ってところだな」

祖父が銃をぶらぶらさせながら言った。やはり夢ではないらしい。健太はもう一度ため息をついた。つまり隼人の死も夢ではなかったということだ。隼人の顔を思い出すと、また涙が溢れそうになった。

「大丈夫さ、まだ隼人は生きているだろう。だっておれの孫なんだ」

祖父が笑って白い歯を見せた。

「そうだよな……」

健太が涙をぬぐうと、祖父が笑ってポーチから何か取り出した。

「健太、のど乾いたろ」

「ああ」

祖父がポーチから取り出したのは、スライムのように丸く膨らんだゴム製品だった。

「なにこれ……?」

戸惑う健太を無視して、まぁ飲めや、と祖父が進めてきた。

「う、うん……」

健太は水を勢いよくのどに流し込んだ。ぬるくてまずかったが今はそれで我慢するしかない。しかもかなり飲みづらい。

「ふぅ……」

飲み終えると、ゴム製品の形は変わり、健太はそれが何かわかってしまう。

「う、うそ……ひ、ひどい」

狼狽する健太をなだめるように祖父は手を振って、

「はっはっは。けっこうそれ戦場では重宝するんだ。本当だよ、水がたくさん入るんだ」

静かに笑った。

「うえ……」

健太は顔をゆがめて、それを見た。以外にもそれは強度があるらしく水が漏れることはない。

「よく使ったよ。埃よけに銃口につけたりしたこともあったな」

祖父は必死に笑いをこらえていた。つられて健太も笑い出してしまう。隼人のことも一時的に忘れられた。そんな健太を見て祖父は、

「大丈夫、隼人は生きているさ」

そう笑顔で言った。

「うん……」

健太も少しだけ、希望が持てた。

「さて、部屋を見ながら食堂に行くか」

軽くストレッチをしながら祖父が言った。

「あそこなら、ありえるかもな」

健太もストレッチを終え、力強く頷いた。隼人は生きている、もちろん圭織も。そしてふたりを助ける。健太は強く心に誓った。

「さて行くか」

祖父は銃とハンドサインの復習をして言った。

「おう」

健太は静かに力強く言った。うじうじしてはいられない。健太は銃を構え、祖父とともに部屋を出た。

 何度か部屋を見たが、いずれも人はいなかった。二人が食堂に向かっていると近くで銃声がした。耳を圧迫するような無音の迫力が一時的に途絶える。祖父はすぐに姿勢を低くすると銃を構えた。健太もそれにならい伏せる。健太は動悸の高まりを感じ、一度深呼吸した。しかし、動悸は収まらない。少し待ち、敵が来ないのを確認して二人はまた歩き出した。

「俺たち以外にも反逆者がいるようだな……」

祖父の口調はどこか迷いを感じさせた。

「隼人だといいんだけど……」

「大丈夫。多分隼人だろう」

健太の口調に諦めが混じったのを察してか、祖父が後ろを向いて微笑んだ。

「うん、わかってるよ」

健太は自分に言い聞かせるように言った。

 食堂を目前にして、二人は再び銃声を耳にした。それに続いて叫び声もした。

「近い……」

祖父の額を汗が伝うのが見えた。二人はすぐさま近くの柱に隠れた。一気に健太の心拍数が上がる。火薬のにおいがほのかに香る。パン、パパパ。まるで現実味のない音が空気を震わせていた。散らばる薬莢の音が生々しく響き渡る。

遭遇(エンカウント)は避けたいが、もしかしたら交戦しなければならんかもな」

祖父の声も緊張で固くなっていた。祖父も鼻で深呼吸をした。ふと窓の外を見ると、そこにはいつもと変わらない光景が広がっていた。柔らかい日差しに揺れる青い枝。さえずる小鳥。俺は何をやっているのだろう。健太はそう思わずにはいられない。

「やんだな……」

銃声がやみ、祖父がつぶやいた。二人は向こうを確認して静かに動き始めた。少し進むと食堂が見えてきた。自動販売機がぽつんと光っている。祖父は自動販売機の横にあるトイレを指さして、

「まず、あそこに行くぞ」

トイレは食堂から死角だった。健太が頷くと、祖父は再び前進を始めた。しかし、すぐに足を止めてしまう。

「くそ、ドアがガラス張りのせいで丸見えだ」

祖父の言う通り、ドアはガラス張りで食堂から丸見えだった。

「どうするんだ!?」

健太も声に絶望を含ませずにはいられなかった。しかし祖父は開き直ったような声で、

「這うしかなかろう、(スネーク)のようにな」

幸いドアの床と接触する部分は木でできていたので向う側から見えることはない。

「いやだなぁ……」

健太はぽつりとつぶやいたが、祖父はやる気満々のようで、

「行けよ先導兵(ポイントマン)。後ろは俺が固める」

と不敵にほほ笑んだ。言った通り祖父はM4で周囲を見張っていてくれる。健太は装備を外して、床にこすれないようにすると這い始めた。また動悸がし始める。健太は自分の無様な格好を想像しながら、這った。熱い汗が目に染みる、それでも這う。床のゴムの臭いが鼻をつく。トイレの入り口についた時には、息が切れていた。消臭剤の香りに健太は顔をゆがめる。健太は振り返りM4を構えた。祖父もすぐに這い始める。不運なことに、それと同時に食堂から廊下に向かってくる足音が聞こえ始めた。しかしそのころには後戻りできぬ位置まで祖父は来ていた。たった数メートルの距離がとてつもなく長く感じられる。ゆっくりと、しかし確実に足音は近づいてくる。しかし祖父は這うのをやめない。健太の動機は再び高まる。早く、早く。心の中で毒づく。動機は狂ったように鳴っている。足音はもう目の前まで迫っていることを表していた。祖父はあと少しだった。しかし、無情にもドアのノブがひねられる。健太は心に決め、精一杯手を伸ばす。そして祖父の手を掴む。祖父も意図を察したようで強く握り返してきた。そのまま静かに素早く引っ張る。健太は全身の力を込めて祖父を引っ張った。音を立ててドアが開く。しかし、その頃には床に二人の姿はなかった。

「ありがとよ」

祖父がトイレの奥に身をひそめて言った。健太は汗をぬぐいながら、

「どうってことないさ」

二人は静かに拳を合わせた。その瞬間、二人の間には年齢もイデオロギーも超えた友情が芽生えていた。しかし、テロリストたちは二人の友情をはぐくませてはくれなかった。何か話した後、トイレへ向かってきたのだ。祖父はそれを察し、すぐに健太を連れて個室へ逃げ込んだ。

「ついてないな」

祖父は声を出さず、口だけ動かして愚痴った。二人は便器の上で無様に身を寄せ合っている。そうするしかなかったのだ。テロリストは何か言って、個室に近づいてきた。しかし、個室を見ることなく遠ざかって行くと、何か言葉を交わして出て行った。二人が息をついたのも(つか)の間、トイレに水の流す音が響いた。一人が居座ってしまったのだ。健太は何かないかとあたりを見られる範囲で見たが、床に小さな紙クズが落ちているくらいで使えるものは何もない。一人はまだ居座っており、無線で再び仲間まで呼んでしまう。いったいこのトイレに何の未練があるというのか。健太は諦めきれず、ふとトイレットペーパを見ると、何か小さく書いてあるのが見えた。しかし、それは英語で書いてあり、読むのに時間がかかる。読んでいる間にもテロリストがトイレに入ってきてしまう。ほぼ無音で入ってきたので、健太の動機は再び高まる。その時だけ英語の勉強をもってしておけばよかったと健太は毒づいた。しかし読み終える前に、

「そこにいるのは分かっている」

と声がした。健太は動悸で頭痛がするほどだった。健太は助けを求めるように祖父を見たが、体勢が体勢で顔が見えず、ただ沈黙を守っていることしかわからない。足音はゆっくりと近づいてきて、二人の個室の前で止まった。もはや開けて調べる必要もないというのだろうか。

祖父は体勢的に戦える状況ではなかった。もう終わりだ。健太の頭を走馬灯のように思い出が駆け巡る。思い出すのは隼人との劣等感の思い出だけ。隼人が運動会のかけっこで一等になった事、健太は敢闘だった事。テストではいつも負けていた事。親にかわいがられていたのは、隼人だった気がする事。嫌な思い出ばかり。俺だって一度くらいは注目されたかった。俺だってヒーローになりたかった。そんな劣等感の洪水の中、ふと圭織の笑顔が思い出される。あいつだけは、俺と隼人を比べたりはしなかった。いつも平等に接してくれた。しかし、今は違う。思い出の毛織の笑顔はふっと消え、健太は絶望した。くそみたいな人生だった。

恐怖と劣等感で健太の意識は静かに気が遠のいていった。

 目が覚めると、天井。まぶしい照明。知らない外人の顔。健太ははっと顔を上げた。悲鳴を上げてしまいそうになるのを外人が手で押さえつける。抵抗しながら周りを見渡して、健太はほっと息をつく。そこには祖父がいた。

「大丈夫だ。こいつらは反逆者だよ。俺たちの仲間だ」

祖父が手錠等の拘束具がないことを表すため、手を広げて健太に見せる。健太が落ち着いて肩を落とすと、外人は手を放してくれた。落ち着いて、もう一度周りを見渡していると、

「兄貴」

とどこかで聞いた声がした。

「は、隼人……」

健太は隼人の顔を見るなり、脱力してしまった。ここは天国なのか……?

健太を見た隼人が笑顔で、

「この人たちが助けてくれたんだ」

と周りを見渡した。ここが天国でないことがわかって、健太は安堵し、絶望した。天国でないならここは地獄だ。

「俺たちは、ここを占拠した奴らを追っている者だ。俺はそのリーダだ」

長い銀髪を後ろへ流している初老の男が言った。外人のように見えるが、日本語が流暢だった。

「心配ない。俺たちは仲間だ」

口元には深いしわが刻まれ、目はどこか疲れていた。リーダが後ろの男に何か言うと、男は水筒を出した。

「飲んでいいぞ」

健太はひかえめにそれを受け取り少し飲んだ。

「ありがとう」

かすれた声で言った。

「さて、健太も起きたことだし、さっき続きをしよう」

リーダが皆に言った。改めてあたりを見渡すと、リーダのほかに2人の外人がいた。一人は入り口を見張っており、もう一人は地図を見てあれこれリーダと話している。二人とも目出し帽をかぶっている。リーダたちは英語でしゃべっており、健太には何を言っているかわからなかった。

「兄貴……よかった、生きてて」

隼人が目に涙をためて抱き付いてきた。健太も思わず抱きかえす。少し劣等感はあったが、そんなことは関係なかった。

「お前も生きいてよかった。さっきので死んじまったのかと思ってた」

健太は静かに言った。

「みんなすごいよ、銃の取り扱いだって詳しいし。すごい強い」

隼人が、作戦を考えている皆を見た。皆、体格が大きく引き締まった体つきをしていた。

「そういえば、あの人だれ?」

隼人が涙をぬぐいながら訊いてきた。

「ああ、あれは俺たちの爺ちゃんだ。元特殊部隊隊員(スネークイータ)なんだと」

隼人は納得しかねている様子で祖父を見た。祖父は作戦を考えており、隼人の視線に気が付かない。

「確かに顔は見覚えあるけどさ……あの人認知症じゃなかったっけ……?」

「よくわからんが、治ったんだとさ」

健太自身も祖父に起きていることを理解できていなかったので、説明のしようがない。隼人は納得のいかない様子で祖父を見ていたが、

「まぁ起きたことは起きたことだよな」

と笑った。どこか寂しげな笑い方だった。

「二人とも、こっちへ来い」

リーダが二人を呼んだ。二人が皆に混じるとリーダが説明を始めた。

「まず、フランクが一度食堂へ戻り、状況を確認し、またここへ戻ってくる」

リーダは皆の中では小柄な男に目配せした。リーダは、こいつがフランクだと二人に説明した。フランクと呼ばれた男は、皆を睥睨すると音を立てずに出て行った。こいつらは忍者なんじゃないだろうかと健太は本気で思った。少し経った頃、フランクが無音で帰ってきた。フランクは静かにリーダに何か言った。リーダは無言で頷くと、英語で何かを話し始めた。

それを祖父が和訳してくれる。フランクが出た間、隼人と祖父は自己紹介をしていた。隼人は何か言いたげに祖父を見ていた。

「俺たちが捕虜のふりをして、食堂に入り込むから、それをしている間に誰か来ないかここで見張っていてくれ」

「わかった。俺たちだけでか?」

隼人が銃を握って言う。健太もそれは同感だった。

「大丈夫。二人のほかにリサが見張りにつくと言っている」

祖父が言うと、エリサと思われる兵士が握手を求めてきた。

「私、エリサ。よろしく」

エリサの声はよく通るアルトだった。エリサは女性のようだ。

「よろしく」

二人がエリサと挨拶を済ませるころには、祖父たちは食堂に出て行こうとしていた。祖父とリーダは装備をすべてはずし、拳銃だけ腰にさしている。フランクもナイフの位置を確認している。大きな軍用ナイフが光った。まるでそれは小鉈(なた)だった。あたりは異様な緊張感で包まれていた。エリサも弾倉(マガジン)を抜き、弾数を確認している。エリサも間違いなく戦士だった。

リーダが小さく何か言うと、3人は静かにトイレから出て行く。祖父とリーダは手を頭につけていた。トイレから出て行く祖父にユニークな面は少しもなく、鬼のように見えた。

 3人が出て行ってすぐ、廊下に足音が響いた。エリサは二人に出ることを伝えた。じりじりと緊張感が高まっていく。足音はもう食堂のすぐ近くまで来ていた。エリサが健太の肩を叩いた。それと同時にエリサは無音で立ち上がり、静かにトイレから出て行った。パス、パスとサプレッサー付の射撃音がし、健太と隼人はそっとトイレから顔を出した。それに続いて食堂でもサプレッサー付の射撃音がし、大きな物音が聞こえた。食堂をそっと覗くと、リーダが柔道に似た格闘技で敵を思い切り床にたたきつけているのが嫌でも目に入った。リーダはそのまま軽い身のこなしでふたりを倒してしまった。恐ろしい格闘能力だった。気が付くと、ぐったりした男を軽々とエリサが運んできていた。

「私たちも行くわよ」

エリサが男に手錠をつけ言った。3人はトイレから躍り出た。食堂ではもうすべてが終わったようで、静まり返っていた。リーダたちは入ってくる3人に銃を向けたが、仲間だとわかると銃を下した。

「危なかった、一人廊下から走ってきたのよ」

エリサとリーダが笑いあい始めた。ぞっとするほど二人の顔は笑っていなかった。床には数人の男が転がっていた。皆、フランクに拘束されていく。祖父が人質を見つけたと言って皆を呼んだ。祖父は一人キッチンに居た。

「私が見張っているわ」

エリサが銃をドアに向けて言った。リーダを先頭にキッチンに入る。銀色がまぶしい清潔なキッチンだった。そこに人質が集められていた。人質たちは皆窮屈そうに身を寄せ合っていた。祖父たちは人質の拘束具を外し始める。健太は必死に圭織を探し始める。

「圭織……」

老人が苦しそうに丸くなって固まっている中に、圭織はいた。健太は必死で圭織の拘束具をとった。その瞬間だった。キッチンの奥から残っていたテロリストが現れたのは。健太は身動き一つ取れず、それを見ていた。すべてがスローモーションのようにゆっくり流れて見えた。テロリストが銃を構え、発砲。閃光。乾いた銃声。そのテロリストはが何もできずに肩を撃ち抜かれて倒れる。すべてがゆっくりと見え、しかし気が付くとすべて終わっていた。リーダの拳銃から、白い煙が立ち昇っていた。リーダの腕を真っ赤な血が伝う。リーダは毒づくとその場に座り込んだ。フランクが慌てて駆け寄り、治療を始めた。健太たちは何が起こったかわからず、ただ座り込んでいた。

「ああ……そうだ圭織。大丈夫か」

我に返った健太が圭織に言った。圭織は少しの間、茫然と虚空を見つめていたが、いきなり健太に抱き付いて泣き始めた。

「怖かった…怖かったよぉ……」

ここは普通、隼人の出番だろう……健太は照れながら思ったが、圭織をやさしく抱きしめた。

健太は泣く圭織は久しぶりに見た。他の人質になっていた人たちも、拘束から解放されて伸びをしたり泣いたりしていた。泣き終えたのか、圭織は目を真っ赤にして顔を上げた。

「なんなの……」

圭織はむっとして呟いた。いつもの圭織だった。

「よう、君が圭織か」

祖父が圭織に手を差し出して言った。

「おじいちゃん……?」

圭織はきょとんとして、健太を見た。健太は隼人にしたのと同じ説明を圭織にもした。

「そんなことあるんだ……」

圭織はぽかんと口を開けて驚いていたが、すぐにむっとして、

「健太、あんた水持ってない」

水はないよ、そう言おうとすると祖父が下品に微笑むのが見えた。健太は狼狽した。

「あげろよ、健太」

祖父が笑って言う。必死に笑いをこらえている様子だった。

「わかったよ…」

健太はうつむいて、ゴムの水筒を無言で取り出した。

「なにこのぽにゅぽにゅしたの?」

そう言いながらも、圭織はのどが渇いていたのだろう、勢いよく水を飲み始めた。

健太はぐっと目を閉じてうつむいていた。

「ふぅ……」

健太は飲み終わったのを悟り、圭織から水筒を取り上げようとした。しかし、圭織はその手をひょいと避けた。しまった、そう思う頃にはすべてが手遅れだった。圭織も形が気になったようで、水筒をぼんやりと眺めていたが、いきなり赤面して、

「こここここ……これは」

数秒後、健太の頬にもう一つあざができたのは言うまでもない。


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