821~830
821.
起きてきた薔薇が腕の匂いを嗅ぎながら首を傾げる。「雨の匂いがする」「降ったっけ?」「布団も雨の匂いがする…」「縄張りに入られた犬みてえ」眉根を寄せる妹と笑う隼に見つからないよう、鶺鴒は窓からこっそり中を覗く小さな龍にでこぴん。「いくら好きでも無許可の添い寝はダメ」
822.
「ご自由にお持ち帰りください」と書かれた紙が、壁に貼られていた。周りには何もない。通り過ぎる人々は一瞬紙を見るものの、立ち止まらずに歩き去る。隼も小首を傾げて紙きれを眺め、「持って帰るの?」微笑みながら問う鶺鴒。「いや、いらない。絶対いらない」「それがいいよ」
823.
「好きな人がいるんだ」縁側で鶺鴒の隣に腰かけた、幼い男の子が大人びた溜息を吐く。「そばにいられるだけでいいんだけど」男の子の語りに鶺鴒は黙って頷く。「好きじゃなくなって、家から出て行きたくなるのが怖いんだ」―僕が出ていくと不幸になるから。「本当に愛しているんだね」
824.
一体何が起こったのか。居間で妹の薔薇がすやすやと眠っている。彼女が全身を預けているのはベッドでもソファでもなく、蔓草と熊と甲殻類ともずくを混ぜたような生き物。兄に説明を求めるが「大丈夫。子猫が膝の上で寝始めたら1ミリも動かない系の硬派だから」そういうことでなくて。
825.
月食か…美味しそうだもんね、月。そう呟いて空を見上げる妹の目は、獲物を見る肉食獣そのものだ。空は月が昇り始めた頃から薄曇り。「…もしかして本当に薔薇が怖くて隠れたのか?」「今日は、雨雲の嫉妬かなあ」「今日は?」さーっと涼やかな音を伴って、雨が降り始めた。
826.
薔薇は一年に一回ぐらい急に落ち込む。誰かに話すことも泣くことも暴れることもヤケ喰いもできず、凄い速足でひたすら歩いていたら、腹が減ってきた。ちょうど目の前に自販機。だが何も持ってない。頭を抱えてしゃがみこむ。ガコン。おしるこドリンクが出てきた。故障、なのだろう。
827.(全滅亡祭、参加作品)
縁側で何かが泣いている。空が暗いので見上げると、遠くの空は血のように赤く、濃い灰色の雲から黒い羽が雪のように舞い落ちていた。「やめるの?世界を滅ぼすの」鶺鴒が優しく訪ねている。「やめない。きっと滅ぼす」明るくなってきた。泣き声が大きくなっていく。
828.
鶺鴒が池の真ん中に立っていた。水面に、だ。さすがに唖然として鞄を落とした。でも薔薇なので、肉まんは落とさない。妹に気づいた兄がさぱさぱと漣を作りながら岸へ。よく見ると足の下に巨大なサンショウウオ。「水面には立てないよ、人間だし」笑う兄。そうですよねとしか言えない。
829.
洗面所の鏡の前で、鶺鴒が面妖な動きをしている。チュートレっぽいというか、背伸びをしたり、横に避けたり。朝の半分寝ぼけた頭で兄を眺めていた薔薇は、考えるのをやめて、顔を洗い、歯を磨き始める。眉根をよせて自分を見ている兄。「何?」「ん?…あ、見えないから見えるのか」
830.
「隼、ドラクスのせいだって言ったら、強くぶつ」ヨーグルトを食べた疑いを向けてくる妹に、兄は問い返す。「俺が食べたって言ったら?」「より強くぶつ。」「理不尽!」「本当にドラクスだったら?」微笑む鶺鴒に、「パイ作るなら、許す」台所の照明が点き、小麦粉がぶちまけられた。




