451~460
451.
「俺、けっこう入道雲が好きみたい」「急にどうしたの?」「先週くらいから思ってたんだよ。なんかふと気付くと入道雲見ちゃってるんだよね」至極まじめな顔で言う双子の兄に、隼は「いつのまにか目で追うって恋する乙女かよ」笑いながら肩を叩くと、急に夕焼けが濃くなった気がした。
452.
宝石のような海は砂浜に打ち寄せるとき透明になる。どこからあの青緑が透きとおるのか見極めることはできない。波打ち際に裸足の兄が立って海原を眺めている。急に悲しくなって涙が頬を伝う。永遠にどちらともつかぬ縁にはいられないのだと、夢から覚めて天井を見ながら暫く泣いた。
453.
男性が転んだ。鈍い音がしてアスファルトに真っ赤な血だまりが広がる。周囲から悲鳴が上がった。数人の人が駆け寄り蘇生を試みているが、隼はなんとなく助からない気がした。「あんなに恨みがぶら下がってたら落ちるしかない」鶺鴒が冷たくいうと医師と名乗った人が首を横に振った。
454.
肉の焼ける良い匂いを感じて、薔薇は目覚めた。しかし外は真っ暗だ。父が深夜に帰宅したのか、兄達の誰かが腹を空かしているのか。ともあれお相伴に預ろうと階下へ向かうが台所まで真っ暗だ。いつのまにか肉の焼ける匂いは消え、線香が馨る。翌朝目覚めた薔薇は、ベーコンエッグを仏壇に供えた。
455.
鈴のように高く透き通った笑い声がする。声の主は一生懸命抑えているようだがハッキリ聞こえる。鶺鴒もつられたように微笑んで、隼に顎をしゃくって示す。そちらを見やればひいきの野球チームの勝利に狂ったように喜ぶ人々を見下ろして、薔薇色の翼を持つ美女が嬉しげに笑っていた。
456.
深夜2時。隼は水を飲みに台所へ行った。すると居間のTVが点いている。「こういうの弟と妹が得意で俺はよくわかんないんだよね…あ…また死んじゃったよ。もうこれゾンビとか関係ねえじゃん」愚痴る兄の声と甲高い楽しげないくつもの声が聞こえて、隼は攻略本を置いとこうと思った。
457.
近所の家に足場が組まれていた。古い木造の屋敷できれいに使われているが、経年劣化は免れず耐震補強が行われるのだという。何の気なしに見ていた隼は気付いた。年配の鳶が足場のないところを平気で歩き、他の鳶の仕事を見て回っている。たぶん「我が子」を案じて出てきたんだろう。
458.
家が震えた。地震かと思った瞬間、外が一瞬で真っ暗になり、TVの音がかき消されるほどの勢いで雨が降り始める。震動の正体は落雷らしい。薔薇が雨戸を閉めようと窓を向くと雷光が閃き、カーテンの向こうの庭で角を生やした巨大な影が頭を抱えてしゃがみこんでいるのが一瞬見えた。
459.
トンネルの壁に、海外のストリートとかにありそうな原色をたっぷり使った躍動感のあるユニコーンが落書きされた。翌日鎧をまとったクジラが、翌々日青い翼の天使が描かれ、毎日増えたが消されることになった。隼が通りかかると、ちょうど清掃業者が来て「絵がない」と首を傾げていた。
460.
夜道の先でタタタという軽い足音がした。犬か、あるいは狸でも出てくるのかと思いながら薔薇は歩を進めた。丸い街灯の明かりの中に現れたのは、口に犬の首を咥えた四つん這いの小学生ぐらいの女の子。白目のない闇色の目で薔薇を一瞥すると、ぴょんと飛び跳ねて壁の向こう側に消えた。




