381~390
381.
鶺鴒が曲がり角の先をコッソリ覗いてる。我が兄ながら怪しかったのでスルーしたかった薔薇だが、そっと声をかけると、顎をしゃくる。数メートル先の電信柱の影に、上半身だけの女がコッソリと前方を覗いてる。二人でコッソリ近付く。「「わっ!」」「キャー!」可愛い悲鳴を上げて消えた。
382.
隼は視えるか視えないかでいえば、視える部類に入る。ラジオのようなもので、相手が強ければよく視える。相手が隠した時も視えない。コレは強い上に隠す気がないらしい。電車内で携帯電話に怒鳴り散らす男。彼の背には人面の蜘蛛がへばりつき、美味そうに彼の頭を齧り続けている。
383.
これは、雀じゃない。朝刊を取りに来た薔薇は朝日の中で跳ねている茶色い小鳥を凝視した。見た目はありふれた雀だ。だが違う。警報が背骨を駆け上る。足を半歩引き、逃げも攻撃もできるよう身構える。雀が薔薇を見上げゲヒゲヒ『嗤った』。『ソレ』は羽を全身から撒き散らして消えた。
384.
視界が真っ白。息が出来ない。隼は反射的に手を振り回す。視界を覆っていた真っ白な雲が薄れる。全身霧雨の中を歩いたように満遍なく湿っていた。見上げると、すぐそこに藍色の星空と鶺鴒がいつものように飄々と立っている。「夢だよ。心配するな」珍しく楽しそうに鶺鴒は笑った。
385.
「七夕ってさ、なんで願いが叶うの?」唐突に薔薇が言いだす。確かに何故なのだろう。「他の人の願いなんか聞いてるヒマなくない?絶対に頭の中相手のことでいっぱいだよ」鶺鴒は窓ガラス越しに雨雲を見る。「二人が叶えるんじゃなくて今日はそういう日なんだよ。ラッキーセブンだし」
386.
視界の端を、小さなものが移動している。どうせ例の小さいおっさんたちだろう。気にせず隼は自室に向かう。クローゼットが開いていた。何者かの足だけが見えて思わず仰け反ると、兄がずるりと出てきた。「何してんの?」「映画に影響されて」微笑む兄が見せた箱の中には何もなかった。
387.
夏の光が草花を金色に輝かせている。土の上や木陰は光景に反して涼しい。大きな影を広げる木の下のベンチに鶺鴒がぼんやり座っているのが見えた。傍らにコンビニの袋があり、中のスナック菓子を木から伸びた子どもの手が取っていく。自分なら激怒するなあとアイスを食べながら思った。
388.
薔薇は殆ど夢を覚えていない。時々覚えているのはその日読んだ漫画や映画の夢で、目覚めるまで夢だと思っていない。だが今日ははっきりと気付いてしまった。怖かったからだ。自分を見つめる鶺鴒にそっくりな知らない誰かが怖くて堪らない。「君は正しい」彼が微笑み、悪夢は終わった。
389.
足がある。むっちりとしてセクシーな、女性の足。超ミニのスカートから出てるくらいの長さの妖艶な足だけが、電車の椅子に座っている。他の部分があれば、目のやり場に困るような悩殺美脚だが、足オンリーでは怖いだけだ。どういうリアクションが正解か考えかけ、鶺鴒はすぐに諦めた。
390.
「見つかっちゃうから隠れて!」「えっ?!」何者かに足を掴まれ藪に引きずり込まれた。思わず相手を殴り倒そうとして、体にへばりついているのがプルプル震える子狸とか子狐とか古い茶碗とかだったので薔薇は拳を下ろした。そっと葉の隙間から覗くと鶺鴒が困った顔で頬を掻いていた。




