311~320
311.
鶺鴒の頼みは毎回正気とは思えない。今回も相当異常だ。薔薇は目だし帽をかぶり商店街で行われている福引を見張る。歓声。「大当た」瞬間、薔薇が投擲した箒の柄がガラガラに突き刺さり木端微塵に砕ける。悲鳴が上がる。ダッシュで兄の元へ行くと「今のでOKだって」と親指を立てた。
312.
良いものを貰ったからやるよ、と兄がくれたのは古代鮫の歯。両手いっぱいの巨大な化石だ。相場は知らないが安くはないだろう。かっこいいのでベッドのヘッドボードに置いて寝た。以来ぬめる腕に捕われて引き込まれる磯臭い海の夢を見ない。代わりに蒼海を何も恐れず泳ぐ夢を見る。
313.
鶺鴒も隼も薔薇もホラー映画は普通にびびる。「絶対生きてる。絶対油断しちゃ…ギャー!」「逃げて逃げて逃げてーッ!」「だから主役と別行動するから!」隼がふと我に返って顔をあげると兄と妹が仲良く抱き合っている。では隼の手をがくぶるしながら握っているのは誰なのだろうか。
314.
「ブルーハワイってさ、何味?」「え、ソーダ味、かな?」不意に問われて、自然に答えてしまった薔薇は、問いかけのあった方を振り向いた。通学路の脇にある小さなお社。内部にはお地蔵様が祀られている。両手を合わせて微笑む、その足元に青い液体が入ったガラスの器が置かれていた。
315.
「きゃあ!」「危ない!」緊迫した悲鳴とともに、薔薇の視界を何かが掠めた。思わず差し出した掌に落ちてきたのはヤモリ。ヤモリは大きな目玉で薔薇を見、ぺこりと頭を下げると、上を向いて手を振る。そっちを見ると天井にへばりついた別のヤモリが、胸に手を当てて溜息をついていた。
316.
TVの前でゲームのコントローラーを握ったまま、隼が舟を漕ぎ始めた。さっきまで必死に猿くんな猿くんなあっと騒いでいたはずなのに。兄と妹がそっと覗くと、そばのテーブルにカルピスの入ったコップがあるのに気付く。中で、スイマーが泳いでいた。「やれ。君影」「にゃっ!」
317.
生首が浮いている。青白い女の生首だ。居間の中央にふわふわと浮いている。思わず、隼と薔薇は首をじいっと見つめた。なにかするでもなく、ぼんやりした表情の女は、ん?という感じで二人を見た。そこへ鶺鴒が入ってくると女は慌てた様子で「もしかして貴方以外にも見えてますか?」
318.
ソメイヨシノはすっかり散り、道路に落ちた花弁もあまり見かけなくなってしまった。景色の中には淡いピンクよりも生き生きした緑が勢力を増してきている。「それでは最後の宴に参ります。また来年」「うん、また来年」居間を覗けば、髪に桜の花びらを乗せた鶺鴒がいるだけだった。
319.
隼が庭を見ると、樹齢数百年レベルの木が生えていた。昨日はなかった。しかも目鼻がある。大作ファンタジー小説の実写版に出てたみたいのだ。ただ、幹には無数の藁人形が釘で縫い止められている。それを手を血だらけにして鶺鴒が抜いている。隼は釘抜きを持って庭へ駆け下りた。
320.
久々に帰った父はいつものように大声で喋りまくった。「おっどろいたぜ。いきなり18人も急性心不全で運びこまれてきやがって。完全に戦場。しかも意識戻ったら戻ったで「木が怒ってる!」とか斬新なパニック起こすし」隼がちらっと横を見れば兄は嬉しそうに「親父って世界一だよね」




