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エピローグ

 今回が『迷蒼のブリュンヒルデ』の最後のパートになります。ここまでお付き合い下さいました読者の皆様には、誠の敬意を表すると共に心からの感謝を。

 尤も、それも、13:23:33次第ですかね。この文章を書いている時分にはまだなにが起こるのか分かっておりませんが、私の作品が無事、皆様の下に届けられ、そして、少しでも皆様の心を動かせることを切に願います。

 憶測では、今日の変化に立ち会ったタイター辺りが2003年へと戻り、タイマーをセットしたのではないかと。欧州でのディザスターの出現を予言するために。

 ……はい。そもそも、それなら予言なんてしてないで、とっとと助けて欲しいですよね。

 長くなりましたが、これにて終止符です。歴六年と余月にして遂に現れた筆者初の完結作という意味では、仮にも処女作です。故の愛着もありまして少々名残惜しくもありますが、いよいよを以て、一つの世界の終わりを、始めさせて頂きたいと思います。

 では、『迷蒼のブリュンヒルデ』最終回、スタートです。

 生物とは、かの如く脆い。外的に欠損を与えられればそこから流血し、痛みを訴えた体はまともな反応を見せなくなる。それは人間にも、そしてディザスターにも言える事らしかった。

 ある時を境にディザスターの線が見えるようになってから、ハルは、半ば作業的にディザスターを駆除し始めていた。反射神経すらほとんど使わないのだ。そこにある程度の慣れが生ずれば、キリングマシーンのようになるのはさほどおかしな事でもない。

 倉庫街を抜けて、背の高い両翼のビル群が、後方に向かって流れて行く五番街へ。人影はここにもない。人々の避難は全て完了している。

 フェアリーの全長は、凡そ四メートル半。高速飛行に於いて執拗な身長の増加は却って不利を招く。特にビル風の前を走るフェアリーは、小柄である程有利が働いてくれる。ブリュンヒルデも、身長はフェアリーとほとんど同じか、一割程高い程度だった。

 その細くて一見華奢な機体が光翼を靡かせ、林立するビルの間を遊び狂うように廻っていた。

「――――!」

 ――七つ先。読む。同時にライフルを右へ。通り抜けると同時にビルの間に停留していたディザスターをハルの虚無弾が撃ち抜いた。

 フェアリーで街を飛ぶ場合常に注意しなければならない事がある。それは、街中という土俵での死角の多さだ。如何に高機動兵器であろうとも、単調な水平飛行は狙い撃ちされやすい。特に共同意識対とされるディザスターが相手である場合は、そこらに砲台と観測塔が配備されている状態と変わりない。単調さは機械にとっては格好の餌食。事思考パターンが機械的であるディザスターにとっては、上記の迂闊さはまさに名実揃った餌に等しい。

 機械は笑わない。機械は傷付かない。機械は――泣かない。

 背負ってしまったハルは、泣くに泣けない位置にいた。涙は心を乱すだろう。すれば、涙で前が見えなくなって、膝も悲しみに折れる。

「私は」

 親友の死を悲しむ事も許されない状況に、気付けば立っていた。怒りと悲しみに震えて立ち上がったかと思えば、目的のために手段を忘れるという段階まで来ていたのだ。

「機械」

 だから今は機械。だってそうだろう。親友が死んだのに、その仕返しにと、こうして黙々と殺戮を繰り広げているのだから。

『所属不明機へ』

 ブリュンヒルデに通信が入る。回線は良好。おかしな箇所だらけなブリュンヒルデが通常の無線を使える事がなんだかおかしかった。

 通信は随分向こうから出された横槍のようだったが、声の主は複雑な事を抜かし始めた。

『飛び出すのは勝手だが、お前が暴れ過ぎると作戦が水泡だ。陽動からの包囲で一網打尽にする。下がれ』

「了解」

 端的に返す。通信下は作戦の……即ち、ここでの戦いでの勝利を御所望だった。ハルはそれに対して短く返したのだ。決して、輪を乱す悪い子でごめんなさいと、謝って許してもらいたいとは思っていない。

 ――八つ前。

 都市内部でなら、レーダーも当てに出来る。範囲を拡大。これにも操作は必要ない。大雑把な索敵結果だが詳細はいらない。はっきりと違うフェアリーとディザスターの熱量の差が測れれば、光点に向かって飛んで行くだけで後は向こうが勝手に死んでくれる。

「私はね」

 一つ、二つ。ライフルを一発ずつ撃ちこむ。

 ――真後ろ。

「怒ってるんだよ」

 肩に担ぎ肘を曲げる。肩越しに一撃。

 真下に二、前方二十フィートに一。

「怒って……る……」

 だめ――。怒りは、感情の揺れは、危ないから。

 歯を食い縛って、真下の敵を穿つ。

「ダメ……!」

 焦る自分がいるのを、ハルは強く感じていた。前方に放った大口径の虚無弾は、狙いを外して右翼のビルにぶち当たった。高速飛行中は多くのプロセスは踏めない。狙うのは目測に感覚で。構えて撃つのはワンセットで。これら二つを作業的に組み合わせる事によって、フェアリーでの射撃戦は成り立っている。

「ダメなのに……!」

 怒りは焦りを生む。なぜなら、早く相手を射殺したいから。

「そんなんで戦っちゃダメなのにッ!」

 焦りは狙いから的確さをなくす。ライフルの引き金が軽くなった。

「弾切れ……!」

 ブリュンヒルデの異常なスピードに、二十フィートはあっという間に格闘戦の間合いまで化け込む。ハルは左手で腰の光剣を引っ掴み、水平に振り抜く。ディザスターとはかくもあっけないものだ。かつてミサイルや大砲が全盛であった頃は絶対と言われたその甲殻も、虚無弾やそれを圧縮延長した光剣の前ではまるで豆腐のように柔らかい。

 絶対無敵の攻撃力の時代。それをディザスターは乗り越えた。だが人類はまた、その高みに追い付こうとしている。そう、ディザスターも、今となっては少数では実に儚い存在。戦いは数。時代はいつしかまで遡っている。

 しかし、遡っているのは、争いの様相だけ。

『所属不明機、止まれ! その先は――』

 しかしその争いは、命の儚さも、人の体の脆さも、なにもかも変わっていないのに、進化し過ぎている。一人の少女が渦中に飲み込まれて生き延びるには過酷が過ぎる程に。

 レーダーに映る光点は、目先のビルに集中していた。ルルと初めに入った、古着屋のあるビルだ。通信下のターゲットと思わしきディザスターは、そこに集結している。

「そこに…………近寄るなぁーーーーーーーーーーーー!」

 集結していたディザスターが、ハルの接近を察知し、ビルの周りに一斉に浮かび上がった。型は総じて、ドーム型の形態のアブラムシ。どれもその背に、黒や赤の斑模様を数個持っていた。

 数は少なく見積もっても二十は下らない。一個小隊が受け持つには多過ぎる数。増してや単機での相対など論ずるに値しない。だがハルは進撃をやめようとは思わなかった。

 ハルは、先導する個体に向かって叩き付けるようにライフルを投擲する。無論ディザスターは意にも介さず向かって来るが、そんな事はどうでも良かった。ただ、胸に溢れた怒りが、ストレスになって矛先を求めていただけだから。

 光剣を抜く。複数のディザスターから出た線が複雑に絡み合う。だが少なくとも先導のディザスターの線だけは突出しているのが見える。タイミングを計る。袈裟掛けに切り付け――しかし、そこで攻撃は止まる。

「っ……!」

 大きく後方へ。肩を圧迫する強い慣性と手が出ない苦々しさに歯を噛む。

 線に線が重なる。ブリュンヒルデの鼻先をディザスターの牙が掠めて行く。その向こうに先導のディザスターが見えた。右手を突き出す。頭部を穿つ。肘の駆動で頭部を割った。それを踵で蹴り落とす。既にその向こうに三体いる。左右に五体ずつ。上に三、下に六……後方に七。腕はあっという間に足りなくなった。左手を右腰にマウントされた光剣に。右手は臨戦態勢。向こうも同志討ちを避けるために一体ずつ来る筈だ。ならば順々に叩き切る。全方位へと自身のセンサーを張り巡らせ、格闘戦に備える――来た。

「火球――!」

 上方と左方から同時砲撃。僅かに後退してそれをかわす。だがそれがディザスターの狙いだった。ハルの取れる退路は二つ。前方へ避ければ僅かな可能性の下、突破を試みるだろう。だが後方に来れば、七体のディザスターによる嬲り殺しが待っている。

 そもそもハルは火球への対策を怠っていた。迂闊だったとしか言い様がない。実戦経験のないハルだからこその初歩的なミス。

 包囲陣が一気に小さくなる。線が周囲の空間に張り巡らされる。クモの巣とは違う、直線的で不規則な並びの線が、脇を掠め、肩を抉り、ハルのいるコックピットを狙う。

 状況は絶望的に思われた。だが、ハルは存外冷静に、突進という短絡さを選ぶ。

 この陣を突破するつもりだ。するなら、数の少ない正面。動き出す前に行く。向こうより一歩か二歩早く始動すれば振り払える。ブリュンヒルデのスピードなら、それが出来る。

「行っ……けえぇーーーー!」

 距離など関係ない。動くと同時に切り払う。正面からの攻撃にも、ディザスターは反応すら出来ずに死んでゆく。待機状態の左手も、肩から水平に振り抜く。

 二体は、肉薄していても同時に倒せるのだ。だが、倒せたところで、次へ繋げるのは難しい。ミスの焦り、怒りから来る逸りが、元より希薄だったハルの冷静さを一層失わせる。

 三体目の線が真横から来る。

「――!」

 反応出来ても体は追い付かない。腹から激突された。衝撃と振動がハルを殴り付ける。

「く、うぅッ……!」

 そのまま関節足で両腕ごとクリンチされ、身動きを封じられる。振り解こうにもディザスターのパワーが思いの外強く、逃れられない。無理に逃れたところで、過負荷による不具合が起こる各部で可能性がある。その上、包囲の手は既に来るところまで来ていた。等間隔に敷かれた薄翅の檻。その中央にいるハルは今、ディザスターによって、コックピットごと握り潰されそうになっている。

 ブリュンヒルデのフレームが軋み出す。両足がディザスターの尻を蹴り上げるが影響を与える事すら出来ない。

「このっ、離れろ! どっか行って!」

 まるでわがままな子供のように、ジタバタジタバタと抱擁の中でもがく。

考えなし。チームワークを乱した結果、こうして醜態を晒す。

 なにも変わっていない。ハルは、こうしてブリュンヒルデを駆る今でも、誰かに頼って、教えてもらって、それでやっと、次に進む事の出来た幼い頃となんら変わっていなかった。

 ハルは、隣に誰かがいないと、結局なにも出来なかった。

「カナちゃん……ルーちゃん……」

 こういう時、どうしていたっけ……。確か、いつもこうやって、誰かに泣き付いていた気がする。困った時。どうしようもない時。分からない時。そんな時はいつだって、頼れる人がいて、助けてもらって……。

「私、みんなに頼ってばかりでなにも出来なかった……なにもして上げられなかった……」

 だが、ハルはその代わりに、相手になにかを返せていただろうか? 抽象的に、愛していただけではないか。

「ごめん……ごめんね……ルーちゃん…………ルーちゃん……!」

 自分が死なせて……間接的に殺してしまった親友の名を咽ぶ。一緒にいて、助ける事も出来なくて、死なせてしまって……。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ……」

 いつしか抵抗もしなくなって、両手に顔を埋めながらひと思いに泣き出していた。戦う事も忘れ、ディザスターの存在すら気にも留めず、ただ溢れ出す涙に流されて。

『謝る暇があるなら戦え!』

 だが、耳に叱咤が届き、連続的に虚無弾の発砲音が聴覚に現れる。

 友軍のフェアリーが、包囲外から包囲の陣を敷いていた。勢力は二個小隊と、数は決して多くない。だが目の前の蛮勇を、ここぞとばかりに進撃の采に転用してみせたのだ。

『貴様の愚かしい行動で作戦はパーだ』

 後方からの急襲にさんざばらになってゆく薄翅の檻。それを、各個順々に撃墜してゆくフェアリー達。

『尤も、蛮勇より愚かしい作戦だったがな……。お陰で陽動という名の特攻で英雄を出さずに済んだ。例を言う』

 クリンチしていたディザスターの死によって拘束が解け、今一度、自由を取り戻す事が出来た。

『聞こえているか? 応答しろ』

 通信は耳にこそ入れども、頭には回って来なかった。ただ泣き続けるハルの声は聞こえていたのか、明らかな恐怖以外の嗚咽に、ハルに通信を試みた相手も困惑を隠せずにいるらしかった。呼び掛けも数回に一機のフェアリーが寄って来て、そっとブリュンヒルデの肩を抱いた。

 あれだけいたディザスターの反応も、迅速な殲滅作戦により今や一つも残ってはいなかった。

 ブリュンヒルデの翼が薄く消え始めたのは、その時だった。途端に重力の干渉に合い真下に引かれる。だが自由落下する事はなかった。風船にぶら下がるように、ゆっくりとした速度で着陸し、膝を着く。

 そこに、今度こそ掃討を終えたフェアリーの部隊が徐々に集結して来る。うんともすんともいわないブリュンヒルデに、はてどうしたものかと、ハルの泣き声を聞いていた他の隊の者も挙って集結を始めた。友軍の被害はゼロ。全ての隊員のフェアリーは総じて無傷であった。作戦は本当の意味で成功したのだった。

 ブリュンヒルデを中心に、手を付いたフェアリー達が円を作る。まるで目覚めぬ眠り姫を守る小人のように、円は、次々に集まって来るフェアリーによって大きくなってゆく。

 ブリュンヒルデのコックピットはすぐにその口を開けた。通信越しにしか聞えなかったハルの声が、生の音声として外気に溢れ出す。

「なんか……」

「悲痛っすね……めっちゃ悲しそう……」

 それを見続けるのは、ハルと同じく、年端もゆかぬ少女達だった。

 夜明けが迫っていた。灰色の空に白が混じり出す頃、ルーブルシア史上最大の都難は、都営放送による殲滅完了の報を持って終了した。

 朝日を第一に浴びたのは、傷だらけになったブリュンヒルデのボディだった。

 ハルはその中で泣き続けていた。真っ白な朝日を頬に受けて、眩しさに気付いて強張らせても、ぐしゃぐしゃになった顔で陽光に包まれて泣き続けていた。

 そうして、ハルは泣き続ける。きっと日が昇り切っても、涙が枯れても心の中で泣き続ける。親友の死を嘆いて、自分を責め続けて、きっといつまでも、蒼のブリュンヒルデの中で、再起に迷うように。

ハル・ハルシオンは、泣き続ける。


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