第8話:皇室のシステム的矛盾(女性皇族等)の論理的解消
第七話において我々は、国家の最深部に打ち込まれた不変のアンカーたる「皇統(レイヤー3)」の存在論的根拠を論証した。それは、国民(レイヤー1・2)という存在が、契約と同化という「人間の理屈(流動的な意志)」によって構成されるがゆえに、国家の歴史的連続性を担保するためには、その中心に「近代的な基本的人権や自由の枠外にお立ちいただく」という、絶対的な代償を支払う存在が不可欠であるというシステム防衛論であった。男系継承という、現代の民主主義的価値観からすれば非合理に映るルールが固守されなければならないのは、それが時代の流行やポピュリズムによる上書きを許さない、国家システムにおける「ROM(読み出し専用メモリ)」として機能しているからである。我々の享受する自由と平等の裏側には、天皇および皇室が背負われる途方もない不自由と自己犠牲が確固として存在している。
しかしながら、この冷徹なシステム工学的な要請を現代の実定法(皇室典範)の運用に照らし合わせて検証していくと、そこに看過できない構造的な欠陥が存在していることに気づく。それは、皇位継承の可能性を持たない女性皇族や、傍系の皇族方に対する「過剰かつ非対称な制度的制約」という論理的な矛盾である。本章では、この非対称な権利制限状態を解消し、皇室という尊きシステム全体の維持可能性を最大化するための、合理的かつ法理的な再定義を試みる。
現在の皇室典範の下では、天皇およびすべての皇族は、継承順位や性別にかかわらず、一律に基本的人権の適用外に置かれ、職業選択の自由、居住の自由、表現の自由、そして婚姻の自由までもが厳しく管理・制限されている。この重絶な不自由は、第一義的には「国家の象徴(あるいはそれを補佐する立場)」という、世俗の権力から切り離された公的地位を維持するための代償である。しかし、この制約を「将来の皇位を継承される方」と「皇位継承資格を有しない方」に区別なく一律に課している現行の制度は、システム運用上の明確な不均衡を引き起こしている。皇位継承の可能性が法的に存在しないにもかかわらず、その身分において天皇と同様の制約を受け続け、一人の人間としての主体的な人生の選択を著しく制限されている女性皇族方の存在は、法理的に見れば「目的(皇統の護持)と手段(人権の制限)の不均衡」を生み出していると言わざるを得ない。
この問題に対するリベラル派の解は「女性宮家を創設し、女性・女系天皇を容認して完全な男女平等を実現すべきだ」という、短絡的な平等の適用である。しかしこれは、第七話で論じた通り、皇室という「例外状態(ROM)」に国民側の理屈(RAMの論理)を混入させる行為であり、アンカーとしての機能を根底から破壊する。一方で、現在の保守派の多くは「現状維持こそが伝統であり、一切の制度変更は悪である」と思考停止に陥り、この論理的矛盾を直視しようとしない。だが、この不均衡を放置し、女性皇族方にのみ自己犠牲を強いる現状のシステムは、内部から物理的な限界を迎えている。次代の皇室を担われる方々の人数が減少し、遠からず皇室の公的活動そのものが物理的に維持できなくなるという現実は、システム防衛を目的とする我々の観点からは到底容認できるものではない。
そこで我々が提示する解決策が、皇族方の権能と制約のバランスを法的に最適化し、天皇を補佐する周辺のシステムに流動性を持たせるための「時限的公的信託(Time-Limited Public Trust)」という概念の導入である。
我々が提案する再定義の核心は、継承資格を持たない皇族方の法的地位を、「永続的かつ不可避的な身分的拘束」から、個人のライフステージに応じた「主体的な選択の余地を残す、高度な公的委託(信託)」へとアップデートすることである。具体的には、皇室の構造を「男系男子による皇位継承の系譜(不変のコア)」と「皇室の公的活動を補助し、国家の文化を体現する系譜(柔軟なサポート)」に法的に明確化する。そして後者、すなわち女性皇族や特定の傍系皇族に対しては、一定期間の公的ご貢献に対して国家が最大限の報遇を行うとともに、ご自身の意思によって「皇族身分を離れ、完全な市民権(レイヤー1・2)へと移行される権利」、あるいは「特別な文化的庇護者として国家と新たな関わりを持たれる道」を選択できる法整備を行うのである。
この法理的根拠を補強するために、近代社会における「信託(Trust)」の概念、および日本中世における「門跡」制度の歴史的機能を参照したい。皇室の公的活動とは、国家の歴史的連続性を維持し、国民の統合を象徴するための極めて重要な国民的事業である。であるならば、この事業を補佐される女性皇族方は、単なる「生まれによる不自由な存在」として固定化されるべきではない。ご成年を迎えられてから一定の期間、国家の連続性という壮大なプロジェクトを遂行する「極めて高度で尊き公的委託」を受けられている存在として再定義が可能である。
現行の法制度では、女性皇族がご結婚によって皇籍を離脱される(民間人となられる)際、皇室経済法に基づいて一時金が支給されるのみであり、その後は原則として「一般の国民」と同等に扱われる。しかし、これは天皇という絶対的なアンカーをお側で支え、長年にわたり個人の自由を制限されてきた方々に対する処遇としては、あまりにも制度的連続性を欠いている。我々は過去の歴史に学ぶべきである。中世から近世の日本において、皇位を継がれない皇子や皇女たちは、ただ宮中に閉じ込められていたわけではない。彼らは仏門に入り「門跡(親王推参の寺院の住職)」となられ、宗教的権威、芸術、学問の庇護者として、日本社会の重層的な文化ネットワークを支える強力なインフラとして機能しておられた。彼らは世俗の政治権力(幕府)からは距離を置きつつも、決して社会から孤立することなく、国家の基層である「文化(レイヤー2)」を護持する極めて能動的な役割を担われていたのである。
現代において皇室が機能不全の危機に瀕しているのは、皇族という尊き御身を、「時代の変化に対する能動的な御活動を法的に一切禁じられた、完全なる静態」へと押し込めてしまっているからである。我々は、女性皇族方が皇籍を離れられる際、単に「一般人になる」という断絶を強いるのではなく、ご本人のご希望があれば、国家の特別法に基づく「文化・祭祀の伝承者(現代の門跡)」としての名誉的地位を創設し、レイヤー2(日本文化のOS)を体現する特別な国民として、引き続き国家から手厚い庇護と活動の基盤を提供するべきである。これこそが、皇族方に現代社会における新たな公的空間を開きつつ、皇統の尊厳を守り抜く「現代の門跡制度」の再生に他ならない。
さらに言えば、この皇室周辺部の制度的柔軟化は、我々が絶対に死守すべき中核である「男系男子による皇位継承(レイヤー3のコア)」の安定性を、論理的にも物理的にも極めて強固なものとする。現状のリベラルな世論は、皇室の方々の減少による「ご公務の負担増大」を根拠として、「だから女性天皇や女系天皇を認めるべきだ」という、論理のすり替え(ポピュリズムによる伝統の破壊)を行っている。しかし、「時限的公的信託」や「現代の門跡制度(ご結婚後の女性皇族による公務の継続サポート)」の枠組みを法制化し、天皇を補佐する層を厚く維持することができれば、この「負担軽減のためのルール変更」というリベラル派の最大の口実は完全に消滅する。
すなわち、皇室の「周辺部分(サポート層)」に現代的な流動性と選択肢を持たせることこそが、「中心部分(男系継承というROM)」を時代の波から完全に隔離し、永遠に固定化させるための最も精緻な防波堤となるのである。他国の王室、例えばイギリス王室が、王族の公務と個人の自由の境界線をめぐって深刻な混乱と権威の失墜を招いているのは、この「コア(王位)」と「サポート(周辺王族)」の法的・概念的な切り分けが曖昧なまま、民主主義的なメディアの消費対象(セレブリティ化)に成り下がってしまったからである。我々は、皇室をそのような世俗の消費から厳重に保護しなければならない。
我々の提案するシステムは、天皇という絶対的なアンカーに対する「究極の自己犠牲」の要請を維持しつつも、それを補佐される方々に対しては、国家として最大限の尊崇の念をもって処遇し、その御身を法的に守り抜くための制度設計である。伝統を破壊しようとするリベラル派に対しても、我々は毅然として言い放つことができる。「我々は、皇族方が背負われている重絶な不自由を誰よりも直視している。だからこそ、国家の連続性を補佐するという極めて重い御役目を担っていただく以上、その過酷なご負担に対しては国家として万全の報遇を行い、かつ主体的な人生の選択の道を開くことで、システム全体を健全に保つ新たな制度を構築するのだ。これ以上、浅薄な人権論が皇統の根幹に介入する余地などない」と。
このように、皇室典範のバグを「時限的公的信託」と「レイヤー2(文化)における特別的地位の創設」によって修正することで、皇室というシステムは、不必要に個人の自由を制限し続けるという近代的批判を克服し、同時にポピュリズムからの防衛力を劇的に高めることができる。
しかしながら、皇室という国家のROMを完璧に保護するアーキテクチャを完成させたとしても、我々の国家防衛システムは未だ完成していない。なぜなら、どれほど強固なROMを据え付けようとも、そのROMを読み出し、解釈し、国家を運営していく「国民(RAM)」の側が、一時の熱狂や外国勢力の介入によって憲法(レイヤー1)そのものを破壊してしまえば、国家は容易に瓦解するからである。現在の日本国憲法の改正手続き(第九十六条)は、国民の過半数の賛成さえあれば、国家の形をいかようにも変えることができてしまうという、民主主義の暴走に対する決定的な脆弱性を抱えている。
次章では、いよいよ本論の総仕上げとして、憲法改正のプロセスそのものに、国家の歴史的連続性を守るための「時間の多数決」という時限的な制約をどう組み込み、ポピュリズムが国家の根幹(OS)を破壊することを法的にロックアウトするのか、その最終的なシステム設計の全容を提示する。
【引用文献・資料】
・ジョン・ロック『統治二論』(加藤節訳、岩波文庫、二〇〇七年)
・エドマンド・バーク『フランス革命の省察』(半澤孝麿訳、みすず書房、一九八九年)
・小田部雄次『皇室と現代史――天皇家の人間関係』(集英社新書、二〇〇二年)
・平野邦雄『天皇と日本の歴史』(吉川弘文館、一九九三年 ※門跡制度の歴史的機能の参照として)
・『日本国憲法』(第九十六条 憲法改正の手続き)
・『皇室典範』(第一条~第十五条 皇族の身分および離脱に関する各条項)
・『皇室経済法』(第六条 皇族身分離脱の際の一時金に関する規定)




