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第四章 サロンToDo

 第一話 新しい居場所



 ウェルムが無言で手招きをする。


(……喋ろよ。)


 美咲は小さくため息をつきながら後を追った。


 案内されたのは、よく見る住宅とは少し違う二階建ての建物。


 一階は大きく開かれた空間。


 二階は住居らしい造りになっている。


「ミサキ!」


 中からシンケルスが笑顔で迎える。


(あらシンちゃん!今日もキュートね。)


 その姿を見届けると、ウェルムは何も言わず立ち去った。


(…だから喋ろよ。)


 中へ入る。


 椅子。


 棚。


 机。


 そして施術をするために配置された見慣れた椅子。


「全部、ミサキのよ。」


 横ではアスピキオが汗だくになって棚を取り付けている。


「もう少しで終わるぞ!」


 どうやら最近まで改装していたらしい。


「今日からここで暮らすんだよ!」


「え?」


(な、なにが?)


「一階は施術用。二階は住居よ。」


「……わたしの?」


 シンケルスは大きく頷いた。


「ウェルム様が用意してくださいました。」


(……あの人、そういう大事なことは言うんだ。)


(言葉足りてないけどね!)


 ◇◇◇


 第二話 サロンToDo



 施術を受けながらシンケルスが言う。


「この場所、名前がないの。」


「そういえば。」


「みんな『ヒト族のオンナが手を綺麗にしてくれる家』って呼んでるの。」


(説明くさい……。)


「名前を付けようよ?」


 美咲は少し考えた。


「……サロンToDo。」


「トードゥ?」


「私の名前と、やることリストのTo Doを掛けてるの。」


 シンケルスは首を傾げる。


「トードゥは古い神様のお名前でもあるけど、それもある?」


「え?」


(初耳なんだが!)


 古き神トードゥ。


 追放された神。


 この世界では誰もが知る伝承だった。


(偶然にしては出来すぎじゃない?)


 こうして。


『サロンToDo』は産声を上げた。


(パンパカパーン!)


(なーんてね)


 ◇◇◇


 第三話 美容という文化



 開店初日。


 翌日。


 さらに翌日。


「まだ並んでる!」


「今日は三十人待ち!」


 連日大盛況。


 軽い乾燥程度なら。


「こちらを塗ってください。」


 保湿剤を販売。


 保湿剤の販売や使い方の説明はシンケルス。


 材料管理と、たぶん監視役は今もアスピキオ。


 監視役と言うより雑用係のようになっているが、アスピキオ自身はそう思っていそう。


 美咲は施術に全力集中。


 待ち時間には美容茶。


 ほんのり甘く爽やかな香りが漂う。


 原料は元の世界にあった、とある果実によく似ていた。


 そこから“オーガヒップティー”と名付けた。


 だが、よくよく冷静に考えるとヤバい感じなので名前はいまだに“お茶”のままである。


「これもうまい。」


「手も綺麗になる。」


「肌も気持ちいい。」


 やがて。


 水仕事だけでなく、簡単な家事なども男が手伝うようになり。


「呪いになったら困る。」


 そんな理由から始まった家事分担は自然と定着。


 少しずつ、そして着実にこの里以外にも当たり前となっていった。


 ◇◇◇


 第四話 守るもの



 訓練場。


「待て!」


 オーガが叫ぶ。


「その振り方じゃ爪が欠ける!」


「盾を使え!」


「革手袋も付けろ!」


「傷口はちゃんと洗え!」


「バームも忘れるな!」


 いつしか。


 戦い方まで変わり始めていた。


 無茶な突撃は減る。


 防具を着ける。


 盾を使う。


 傷を放置しない。


 肉弾戦以外の戦法も編み出されつつある。


 ウェルムは静かに見守る。


(うんうん……ネイルと命は大事だぞキミ達)


 戦闘に出る者は他の戦わないオーガより優遇されている。


 訓練の度に訓練場まで呼び出される美咲にとっては迷惑この上ない話。


 なるべく訓練後にネイルとスキンケアで時間を取られたくないので、傷つかない努力と工夫は大歓迎だ。


(いっそジャンケンとかで戦えばいいのに……。)


(ネイルジャンケンとかどうよ。)


(勝敗のつけかたわからないけど)


 美咲だけが苦笑していた。


 ◇◇◇


 第五話 魔王軍幹部



 ある日。


 いつの頃からか用意された簡易的なベンチ。


 そこに座れないほどの長蛇の列。


 順番待ちへのサービスと配られた美容茶を飲みながら整然と待つオーガ達。


 そこへ。


「道を開けろ。」


 重々しい声。


 誰も動かない。


 幹部は一人のオーガの肩へ手を置く。


「どけ。」


 その瞬間。


「並んでるんだけど。」


 パシッ。


 手を払われそうになる。


「無礼者!」


 掴み返そうとして。


 止まった。


(……綺麗だ。)


 掴んだ手。


 肌艶。


 爪。


 全てが美しい。


 背後から声。


「こちらへ。」


 ウェルムだった。


 幹部は黙って従う。


 ヒト族のオンナの前。


「たのむ。」


 美咲へ一言だけ告げると。


 ウェルムは店を出ていった。


 何が始まるのかも分からぬまま。


 幹部は施術を受ける。


 順番を飛ばされたオーガ達は少し不服そうだが、ウェルムが連れてきた人物ということで文句を言う者はいない。


 しかし、ウェルムがいなくなってしばらく経つと不満があらわになってくる。


 その空気を感じ取ったシンケルスが、その場から幹部を客室へと連れ出す。


 施術に忙しい美咲に代わり、幹部への説明はシンケルスがそつなくこなした。


 やがて。


 店の外。


 説明にも出てきた保湿剤の試供品を受け取った瞬間だった。


 夕陽が爪を照らす。


 川面のような艶。


 柔らかな輝き。


「……。」


 思わず見惚れる。


「幹部様?」


 シンケルスの声で我に返った。


「……なるほど。」


 小さく呟き。


 城へ戻っていった。


 幹部が去ったあと。


「あれ幹部だったの?」


 行列は騒然。


 幹部が黙って帰っていったこと、そのあともサロンは問題なく営業していることから。


 サロンはいつの間にか。


『魔王公認らしい。』


 そんな噂まで流れ始めた。


 ◇◇◇


 第六話 魔王の目



 魔王城。


 斜陽に赤く染まる謁見の間。


 幹部は膝をつき報告する。


 オーガの里。


 ヒト族の女。


 美容と衛生。


 見慣れぬ手業と道具。


 味わったことのない飲み物。


 サロン。


 魔王は静かに聞くだけだった。


「以上でございます。」


「……それだけか?」


「手土産もございます。」


 侍従へ小瓶を差し出す。


 その時。


 夕陽が爪を照らした。


「待て。」


 静まり返る。


「今、何が光った。」


 幹部は困惑する。


「は?」


 魔王は玉座から降り。


 幹部の前へ。


 その手を取る。


「……爪。」


 思わず息を呑む。


 一連の報告から想像していたものとは。


 全く違う。


「美しい……。」


 幹部はようやく何のことか気づき自分の爪を見る。


「これは……。」


 魔王は静かに問う。


「オーガの里まで何日だ。」


「まさか……。」


 幹部は顔色を変えた。


「御身自ら向かわれるおつもりですか。」


 魔王は答えない。


 魔王に手を取られたまま、幹部は深く頭を下げる。


「どうかお待ちください。」


「ヒト族の女をこちらへお連れいたします。」


「……。」


「サロンごと。」


 魔王は小さく頷いた。


 その夜。


 オーガの里へ向かう部隊が静かに城門を抜けた。


 彼らが迎えに行くのは、一人のヒト族の女。


 その名が。


 やがて魔族とヒト族、両者の歴史を書き換えることになるとは。


 まだ誰も知らなかった。


 本人さえも。


第四章をお読みいただきありがとうございました。


◇◇◇


イメージソングはこちら。


https://www.youtube.com/watch?v=SqWdxDNAwC4


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