表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/5

第一章 終わり始まり

不条理で命を落とした元ネイリストの美咲。

目を覚ますと、そこは凶暴な魔物が跋扈する異世界だった。

戦う力も、特別な魔法もない。 あるのは生前に磨き続けたネイルの技術だけ。

「爪を綺麗にしてみませんか?」

そんな何気ない一言から始まったのは、魔王軍も冒険者ギルドも予想しなかった、とんでもない平和への第一歩だった――。



 第一話 最後のお客様



 成人式の日。


 初めて指先に色が宿ったあの日の感動を、私は今でも覚えている。


 たった十本の爪が綺麗になるだけで、こんなにも気持ちが明るくなるものなのか。


 鏡に映る自分の手を何度も眺めては、まるで自分の手じゃないみたいと笑っていた。


 ――私も、誰かをこんな気持ちにできるようになりたい。


 そんな仕事がしたい。


 その日から、美咲みさきの夢はネイリストになった。


 修行を重ね、念願だった自宅ネイルサロンを開業。


 最初の数か月は閑古鳥が鳴いていたけれど、SNSや口コミのおかげで少しずつ常連さんも増え、ようやく生活していけるくらいには軌道に乗り始めていた。


 そんな、ある日のことだった。


「きゃああああっ!」


 悲鳴。


 怒号。


 鈍い音。


 そして――激しい痛み。


 常連のお客様の恋愛トラブルに巻き込まれた私は、その場で命を落とした。


(彼氏はおろか男友達すらできたことないのに、他人の色恋沙汰で人生終わるって何なの……。)


 人生って、不条理だ。


 原因不明の爪甲剥離症そうこうはくりぐらい。


 ◇◇◇


 第二話 最初のお客様?



「…………え?」


 目を開けると、森だった。


 見覚えはない。


 けれど、どこか海外のドキュメンタリー番組で見たような景色。


 木漏れ日。


 湿った土の匂い。


 聞いたことのない鳥の声。


 (聞いたことなさすぎて鳥なのかもわからないけど……。)


「ここ……どこ?」


 制服でも私服でもない。


 サロンで施術するときに着るエプロン姿のままだ。


 服に破れはない。


 あれだけ痛かった体も、不思議なくらい何ともない。


(病院……じゃないよね?)


 と頭に浮かぶと同時に。


(そりゃ明らかに森だし。)


 そう思った、その時だった。


 ガサリ。


 草むらが揺れた。


 現れたのは、狼のようで鹿のようでもあり、背中には鱗の鎧をまとった見たこともない生き物。


「…………は?」


 テレビ。


 動物園。


 図鑑。


 どれを思い返しても、こんな生き物は知らない。


 だが一つだけ分かる。


「食べる気だ、この子。」


 いや、子じゃない。


 めちゃくちゃ大きい。


 そして目が本気だ。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 私は全力で走った。


 走って、転んで、起きて、また走る。


 奇跡的に魔物は足を滑らせ、崖下へ落ちていった。


「た、助かった……。」


 そう息をついた瞬間。


 今度は別の方向から地鳴りのような足音が聞こえた。


「嘘でしょ!?」


 さっきとはまるで違う姿の生き物が、こちらを見ていた。


(この森、ハズレガチャにも程がある!!)


 逃げる。


 また逃げる。


 けれど追い詰められた先は絶壁だった。


「終わっ――」


 言い終わる前に。


 ドンッ!!


 私の目の前へ、巨大な影が空から降ってきた。


 地面が震える。


 魔物が一歩後ずさる。


 現れたのは、身長が私の倍近くはある、角を持つ巨人。


 大きな斧を振るうと、生き物は一撃で倒れ伏した。


(助かった……?)


 そう思った次の瞬間。


 私はその巨人に、胴体を片手で鷲掴みにされていた。


 ◇◇◇


 第三話 綺麗と活路は作れる?



「え。」


 自分を鷲掴みにしている手。


 手と認識できるまでに時間がかかるほどに大きな手。


 指一本一本が丸太みたいに太い。


 逃げられない。


(……力士が握る鉛筆になった気分。)


 持ち上げられた私は、ただ宙で足をばたつかせるしかなかった。


(あ、これ握られて死ぬか美味しくいただかれて死ぬやつだ。)


 結局は。


(どちらにしても殺される。)


 などと、必要なことには頭が回らないのに、どうでもいいことは考えてしまう


 そう思って諦めかけた時、不意に視界へ入った。


 私を掴む、その手。


 鋭く伸びた爪。


 乾燥し、ひび割れ、黒ずみ、先端も欠けている。


(…………あぁ。)


 最後に見る爪がこれなのか。


 ずっと爪を綺麗にする仕事をしてきた私が。


 こんなバッチィ爪で殺されるなんて。


 なんだか、すごく悔しかった。


 巨人が低い声で言う。


「ヒト族のオンナよ。」


 喋った。


(うおおおおっ!マジか!?)


 言葉だ。


 この人には知性がある。


 なら――。


「お願いがあります。」


「ヒト族のオンナ、命乞いか。」


「違います。」


 私は首を横に振った。


「どうせ殺されるなら……せめて、綺麗な爪で殺してください。」


 巨人の眉がぴくりと動く。


「……キレイな爪?」


「はい。」


 しばらく沈黙が流れたあと、巨人は静かに尋ねた。


「お前の言うキレイとは何だ。」


 私は逆に問い返した。


「あなたにとって、綺麗だと思うものはありますか?」


 巨人は“キレイ”を考える。


 それを見た美咲も考える。


(“綺麗”が伝わってない?)


 そこで美咲は、持ちうる知識と例えを全力で駆使し、“綺麗”がどういうものか説明した。


「こう……キラキラーとか、ほわわーとか!ね!わかる?」


 巨人は少し考え、


 森の奥を流れる小川へ目を向けた。


 木漏れ日が水面に反射し、宝石のように輝いている。


 擬音の羅列が奇跡的に通じたと、説明した本人が最も驚いた。


(ご、語感の勝利!)


 巨人は目線のほうを指差し一言。


「あれだ。」


「…………。」


 その一言で十分だった。


(この人とは、分かり合える。)


 私は確信した。


「急いで私を殺さなくてもいいなら、少しだけ時間をください。」


「なぜだ。」


「あなたの爪を、綺麗にします。」


 巨人は怪訝そうな顔をしたが、もとから脅威にすら感じていなかったからなのか承諾した。


 鷲掴みの手を緩めて美咲を解放し、そのまま掌を上向きにして前に差し出した。


 身ぶり手ぶりを加えながら、美咲が手の甲を上にするよう伝える。


 巨人からすれば、爪を掃除するならと掌を上に向けたのに、思ってもみない指示にいっそう訝しげだ。



「どの指でも?」


 そう尋ねたが、特に希望はないようなので重ねて尋ねる。


「私を殺すなら、どの手でする予定でした?」


「こっちだ。」


 巨人は差し出した右手を軽く揺らして言う。


「では、その人差し指を。」


 私はエプロンのポケットから道具を取り出した。


 施術の途中だったおかげで、最低限の道具だけは残っていた。


(よかった……トップコートも新品が一本ある。)


 この一本で足りるのは、一本分の爪だけだろう。


(この巨人もファンタジーだけど、爪の大きさがさらにファンタジー……)



(ファンタジーにファンタジー。ファファンタジタジね)


(ほんとそれ)


 状況に合わないツッコミを心の中でしつつ、これが本当に最後の仕事になるかもしれないと考えた。


 だからこそ、一切妥協はしなかった。


 爪を整え。


 表面を磨き。


 丁寧に仕上げていく。


 最後に透明な液体を塗ると、巨人は目を見開いた。


「……何だ、それは。」


「わたしだけの秘密兵器です。」


 乾くのを待ち、最後に布で磨き上げる。


 そこにあったのは、先ほどまでとはまるで違う爪だった。


 木漏れ日を受けて、美しく輝いている。


 一本だけで他の指には手入れが行き届かなかった。


 他の指との対比も相まって特に美しく見えた。


 巨人はしばらく無言で見つめ、


 やがて、小さく息を漏らした。


「……アピイレカの宝玉のようだ。」


 その一言に、アピイレカが何かはわからないが私は思わず笑みを浮かべる。


 巨人はすぐに左手を差し出した。


「こちらもやれ。」


「できません。」


 巨人の顔が少し険しくなる。


「なぜだ。」


「材料がありません。」


 空になったトップコートの容器を前に突き出す。


 巨人は少し考え込み、やがて口を開いた。


「どうにもならないのか。」


「探せば作れると思います。」


「そうか。」


 そう言うと、再び私は鷲掴みにされ持ち上げられた。


(あ、やっぱり殺される?)


 一瞬だけど、何とかなりそうだと期待したが無駄だったとうなだれた。


「違う。」


 心を読まれたようなタイミングだった。


「爪が仕上がるまで、お前は殺さん。」


「……はい?」


「我らの里へ来い。」


 そうして私は、命を拾った。


 いや。


 鷲掴みという形で拾われたというべきなのかもしれない。


 巨人の手の中で身動き一つできずに揺られながら、私は思った。


(……もうちょっと他の運び方あるんじゃない?)


(というか。)


(ネイルに生きてきて、ネイルで生き延びた!?)


(爪が伸びた!みたいなノリで……)


(誰がうまいこと言えと……)


 そんな美咲を鷲掴みにしたまま、巨人は森の奥へと歩いていった。


(こ、これ……酔いそう)


第一章をお読みいただきありがとうございました。


ここから物語は少しずつ、美咲だけではなく魔族やヒト族、それぞれの視点からも動き始めます。


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


◇◇◇


イメージソングはこちら。


https://www.youtube.com/watch?v=SqWdxDNAwC4

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ