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特設ステージの前は、文字通りの熱狂の渦だった。
ブルーの身体に「呉」の一文字を背負った呉氏が、その愛らしい見た目からは想像もつかないほどの、圧倒的にキレキレなダンスを披露している。ターンを決めるたび、ジャンプをするたびに、観客からは割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こる。俺は、我を忘れてそのパフォーマンスに拍手を送り、笑顔を弾けさせていた。
環も笑っているから、良しだ。
お祭りの全プログラムが終了し、あれほど賑やかだった大和波止場に、少しずつ静けさが戻り始めていた。
夕方近くなり、心地よい潮風が、火照った俺たちの肌を優しく撫でていく。
俺と環は、海に面したウッドデッキの柵に寄りかかり、きらきらと輝く呉の海を見つめていた。遠くで、大きな貨物船や定期船がゆっくりと進んでいく。呉港の象徴である造船所の巨大なクレーンたちが、元気よく首を上げている。
「……なぁ、環」
海を見つめたまま、俺はぽつりと呟いた。
「この『呉ご当地キャラ祭』ってさ、始まったきっかけ、最初に言ったじゃん」
「復興イベント的な趣旨やろ?」
「そうそう。集中豪雨災害があったじゃろ。あの後、呉の街を元気にしよう、笑顔を取り戻そうってことで、全国からゆるキャラたちが集まってくれたんが最初なんじゃけど」
俺は視線を、穏やかな海へと向けた。
「あのとき、俺の家の近くの道路もさ、土砂崩れで完全に通行止めになってね。俺のところは島じゃけん、一本の道路が塞がれると、反対側をぐるっと大回りせんといけんで、学校に行くのも買い物に行くのもほんまにしんどかったんよ」
あの災害が起こるまで、俺は「雨」がこんなに怖いものだと知らなかった。当たり前にある日常が、一瞬でなくなる――俺はあのとき本当に怖かったんだ。
環は何も言わず、ただ静かに俺の言葉に耳を傾けていた。
「今日さ、財布をなくした女の子が泣きそうな顔をしとったとき、あの災害のあとに初めてこのキャラ祭に来たときのこと思い出したんよ。あのときの俺もちょうどあの女の子ぐらいだったよ。俺、それがあってほんまこのイベントは思い入れがあってさぁ……。みんなを笑顔にするために始まったけん、女の子にも泣いてほしくなくて」
語ってしまい、少し恥ずかしくなって「なーんてね」と笑うと、環はゆっくりと海から目を離し、俺を見た。
「……いや、大事なことやん」
環の声音は、いつになく真剣だった。
「崎本は、泣かさんかったやん。ちゃんと、キャラとおんなじように、子どもの笑顔守れたやん」
環はそう言って、いつものクールな表情に戻り、ふっと海へ視線を戻した。
その言葉の温かさは、しっかりと俺の胸に届いていた。
「環、今日はもう帰る?」
「どっちでもええけど。何もないならそろそろ帰ろうかな」
「よし! じゃあ、れんが通りのあそこに行くぞ!」
「あそこってどこや」
「ほら、フライケーキ売っとる店! 大丈夫。一瞬で買って、一瞬で解散しようや」
「まだ食べるん?」
「家族がフライケーキ好きで、帰りに買ってきてって言われとるんよ。本通りのところからもバスに乗れるし、俺そこから帰るけん、環も付き合ってや」
「待てって、崎本。歩くの早すぎる……」
呉の海と、静かに佇むクレーンの群れに見守られながら、俺たちの賑やかな声は、穏やかな波の音の中にどこまでも溶けていった。
今後、あと一話で何となく「完」ということにしようと思っております。それは7/15までに投稿したいと思います。
6/15の7万字目標(コンテストの規定)まで、ひとまず出せたのでホッとしました。読んでくれた方、ありがとうございます。




