それは突然訪れて(2)
こんばんは、菜乃晴斗です。
ゆっくり丁寧に書いていきたい所存です。
——現在地:???——
「あなたには”異世界”に行ってもらいたいの。そして、そこでの記録を一生分懸けてお願いしたいの」
途方もない頼み事をされてしまった。なぜ、僕なのか。都合がよかったのだろうか。偶然、タイミングよく死んだからなのか。
「もし断ったら?」
「まあ、この虚無の中で永遠に暮らしてもらうか。それとももう少しつらい目に遭うか。私が直接決断を下せないから詳しいことは分かんないけどね」
拒否権は無し、か。
たとえ人権を主張したところで、『死後に人権なんてあるわけないじゃない』とあしらわれるだけだろう。
女神は続けて話す。
「でも、デメリットを話すまでもなく、あなたがこれを断る理由は無いように思えるけど。もしかして、まだ疑われているのかしら?」
断る理由は無い?
一度完全に捨てた筆をもう一度持て、と?
女神様なら、僕にはそれができないことを一番よくわかっているはずだ。
走馬灯のように、瞬きの度、まぶたの裏に過去の出来事がフラッシュバックされる。
もう、全部諦めたんだ。
——なにこれ?文がぐっちゃぐちゃ。こんなんでよく人に見せられたな。
うるさい。
——それは自称?夢見るのはいいけど、現実も見ないと。
うるさい。
——普通の文章を書いてほしいな。お前のは分かりにくいわ。
うるさい。
「もしもーし?人間さーん?」
うるさいうるさいうるさい。全部うるさい!
大きく振り払った手は女神の身体をすり抜けて、男は反動で身体を反らし尻餅をつく。
勢いよく転んだのに痛覚がまるで消えていた。
本当に僕は死んだのだと、この瞬間、真の意味で理解した。
「ありゃりゃ、心がぐっちゃぐちゃね。せっかく精神加護をかけたけど、解けちゃったわ。これ時間かかるのよねぇ」
そう言うと、女神は男に両手をかざし暖かい風とともに緑色の球の形をした小さな気体を送り込む。身体に染み渡るそれは、不思議な感覚だが少しずつ心を落ち着かせている。
「なにやってんだろ…」
あたりかまわず自暴自棄になった惨めな己が憎い。そんな嫌いな自分に女神は真正面から言葉をかける。
「あなたの言葉、私は好きよ!」
男は俯き続ける。
「小説ってさ。文章を書く、以外のルールなんて存在しないのよね?私も実はやってみたことがあって、難しいってなんの。簡単なルールなのに、いざ自分の言葉を文字に起こすってなると何も書けないの。『楽しかったー』とか『面白かったー』とか、そんなのばっかで。あなたの生涯の一部、暇つぶしにこっそり覗いたことがあって驚いたのよね。こんな優しい気持ちでいっぱいの言葉書ける人がいるんだ…ってなったの!」
男は絶望した顔を上げると、彼女の目はキラキラしていた。
拙い語彙だが、嘘偽りなく感想を伝えてくれているのはすぐに分かった。
気づいていた。こういう言葉をかけてくれる人が生前にも周りにいたことを。
彼らの言葉にうまく耳を傾けられず、後ろ向きな言葉に引っ張られ続ける人生を自ら歩んだことを。
もっと、良い人生を歩めたんだ。
「すまん、取り乱したな。それで、どうして俺なんだ?」
「あなたなら、任せたいって思ったの。だって、本当は小説大好きでしょ?理由なんてそれだけで十分じゃない」
本当は、か。
そうか。そうだな。うん、そうだった。
「人の心、勝手に読むなよ……」
3年間堰き止められていた感情がほろほろと流れ出した。
多分、ずっと底に沈んでいた時間がまた動き出したんだろう。
「そういえば、女神様の名前を訊いてなかったな」
「名乗ってなかったわね。私はフォルネア!超絶美美美のフォルちゃんって呼んで!」
「絶対呼ばない」
「なんで!?」
「なんでって、言いにくいしセンス無さすぎるだろ…プッ」
思わず笑いが込み上げた。
「…ここに来て初笑いじゃない。私の次にいい顔してるわよ」
「決めたよフォルネア。僕、やってみようと思う」
「そう。悩みは吹っ切れた?」
男は小さくうなずく。
「ありがとう、力になってくれて」
こうして、異世界に行くことを決意した男はフォルネアから説明を聞くのだった。
「あなたが転生するのはここよ!アステロイドって世界ね!」
「転生ってことは、生まれ変わるのか?」
「そうよ!ちょうど新しい命が生まれそうな家族がいるから、そこにあなたの魂を送り込むわ」
異世界転生ってやつか。僕自身、〈異世界モノ〉をよくWeb小説に書いていたからある程度のイメージはついている。
問題は、それが妄想の域を出ないことだが。
「フォルネアは僕の小説を読んだんだろう?異世界の解釈って合ってるのか?」
「うーーん、ばっちし!!」
ほんとかいな。まあ、解釈と違う部分は現地で直接確かめる方が手っ取り早そうだ。
「あと何か質問ある?」
「逆にその情報量でなんで質問されないと思ったんだよ」
ざっくりすぎるので色々訊いてみた。以下はそのうちの抜粋だ。
Q.前世の記憶はどうなる?
A.もちろん、残るわよ!まるごと人生2周目ね!
Q.戦闘で使えそうなチート能力みたいなものはある?
A.無いわ。ただ、戦闘用じゃないけど、2つ権能を渡そうと思ってるの。
1つは「俯瞰」の権能。世界を第三者の視点で見ることができる能力。
もう1つは「絶対記憶」の権能。文字通り一度起きたことは忘れないわ。
Q.ちゃんと能力あんじゃねえか。それぞれ弱点とかはある?
A.「俯瞰」の方は多分無いわよ。
「絶対記憶」の方も精神的な負荷がかからないように念のため千年分の容量を作っておくわ。
Q.異世界の記録を書いてと言ったが、どうやってフォルネアに渡せばいい?
A.簡単よ。あっちであなたが死にそうな時に私が直接もらいに行くわ。
Q.直接?フォルネアと連絡は取れるのか?
A.取れるもなにも、アステロイドは女神も行き来できるわよ。
質問すればするほど重要な情報が出てくる。
僕が質問しなかったら多分口にもしていないかもしれない。楽観すぎて怖い。
お待ちかねのイベントもあった。
「新しいあなたの名前、決めていいわよ!前のでもいいけどね」
来た来た。転生ならではの新しい自分の名前。
小説でキャラクターの名前を考える時間が一番楽しい。
が、今度こそ死ぬまで物書きになると決めた。もう迷いはない。
「スクリト。これでどう?」
「いい響きじゃない。どういう意味の言葉?」
「スクリト自体に意味はない。たまたまだろうけど、アステロイドってイタリア語で小惑星って意味があるんだ。だから、イタリア語のscrittoreって言葉からもじった。これの意味は小説家だ」
「あなたも大概ね。そのままじゃない」
「うっせ。超美少女フォルネアちゃんよりマシだ」
「誰が少女よ!超絶美美美のフォルちゃんよ!!」
「変わんねえわ」
いつのまにか軽口を叩けるくらいにはフォルネアに心を許していた。
それだけ、否定されてきた人生に嫌気がさしていたのだろう。次の人生はいいものになるよう願っておこう。
「ていうか、ここで名前決めちゃっていいのか?そういうのは普通、親がつけると思うんだが」
「安心なさい!スクリトって名前をつけるよう洗脳すればいいだけよ!」
「安心できないんですけど?」
やはり、女神という種族にはモラルが無いらしい。
「あと、そうね。アステロイドの人間風に容姿を変更してあげるわ。そのままの姿だと異形の種族と勘違いされちゃう」
「異形の種族って、同じ人間じゃ…うわっ!」
フォルネアが人差し指をくるくるすると、着ていたスーツを剥がされていく。
さすがの僕も断りなく服を奪われるとうろたえる。いや、基本許可は取らないだろう。
「み、見るなよ!!?」
「ホモの肉体なんか興味ないわよ」
あくびをしながらよそ見しつつ、片手で人の身をいじくられる。なんとも着せ替えゲームのキャラクターの気分を味わっているようだ。
人間としての尊厳が失われるのを感じたまま、くるくるされた身体とともに目も回っていった。
少し気を失っていると、着替えが終わっていた。
真っ先に気づいたことがある。視線が異様に低い。あまりにフォルネアがデカすぎる。
そしてとても嫌な予感がする。
「あのー、フォルネアさん?」
「形から入るって言うでしょ?この姿で送り込むから」
フォルネアはポケットから小さな手鏡を取り出し、生まれ変わったスクリトに見せる。
なんということでしょう。僕は赤子になっていました。
強いショックで再び気を失って以降、そこから先のことはあまり覚えていない。
最後に耳が捉えたのはフォルネアの「楽しんで~」という純真な言葉だった。




