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願いごとのその先、は  作者: 青壱はな
本章 回想
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回想 8


 王城の舞踏会が開かれる場所は、偉くきらびやかで豪勢だった。ぽかんと口が開いてしまう(たち)だったら私はお上りさん状態になっていただろう。幸いにも、前世でも顔に出る質ではなかったし、今世ではしっかり淑女教育をされていた。お蔭でお上りさんは回避できた。国王陛下と王妃殿下にご挨拶する為の行列には参ったが。私は前世から行列が嫌いである。どんなに美味しいと評判でも並んでまで食べたことは1度もない。そんな私が並んだことがあるのは、テーマパークくらいである。絶叫マシンは並んででも乗る価値がある。――閑話休題。

 前世で上がり症だった私は、今世でも上がり症だった。顔が赤くなるような可愛いげはないが。それでも脚は震えているし、心臓がおかしいくらいに速く煩く鳴っていた。お母様が一緒にいることに救いを感じつつ、長い時間を待った。待つ時間が長ければ長いほど、緊張は増すというのに。


「セアラルシア・ヴァル・ホストリー嬢」


 ……私の名前だ。いつ聞いても矢鱈凝った長い名前だと思う。まあ、両親の、特にお母様の願いが込められた名前だと思えば、いとおしくもある。

 それはさておき、国王陛下の御前(おんまえ)に漸く到着した時には心臓が口から飛び出すと本気で思った。胸に利き手を当てて反対の手でドレスを摘まみ、膝を深く折って淑女の最上級の礼をするだけ。それだけ。胸に利き手を当てて反対の手でドレスを摘まみ、膝を深く折って淑女の最上級の礼をするだけ。それだけ。念仏のように心の中でそう唱えながら、国王陛下の前に、お母様より1歩だけ進み出てきちんと礼をした。筈だ。緊張のあまり、あんまり記憶が定かではない。故に当然、この時の国王陛下と、その隣に座っていらっしゃった筈の王妃殿下のご尊顔は全く覚えていない。それでも何とか挨拶を無事に終えたのは間違いない。なぜならちゃんと社交界デビューしたからだ。

 記憶がしっかりしてきたのは、壁際で冷えた果実水を一気飲みした辺りから。端ない行為だから、お母様の背に隠れて。お母様は、あらあら、と笑って許してくれた。勿論、今日だけよ、と釘を刺されたけれど。

 その後は暫く歓談の時間。父とお母様は知り合いの貴族達に挨拶して回った。勿論私はお母様達について回った。その度に紹介されるので、両手でドレスを摘まんで膝を少し折って挨拶、の繰り返し。かなり長い時間かかったので物凄く疲れたのを覚えている。多分、初めてのこと尽くしで緊張していたのだろうと思う。今はもう、大分慣れたけれど。……と、思うけれど……。

 社交シーズン開始の合図となる王城での舞踏会は、国王陛下へのデビュタントの挨拶の場でもある。多産が推奨されている国だけあって、その人数は果てしなく多い。それが終わるまでは、舞踏会が開始にならないのだ。

 散々挨拶して回って暫くした(あと)に、漸く彼を見つけた。その時私は、知り合いを見つけた安堵より、どきりとしたのを覚えている。

 普段会っていた彼は、貴族とはいえ士爵家の子息であることに加えて、騎士見習いであったり、従騎士であったりだったので、とても軽装だった。大抵白いシャツにダークカラーのパンツに騎士用のブーツという出で立ち。髪も大抵は何も手を加えていないそのままの髪型。

 ところがその日は全く違った。私はその日、初めて彼の正装姿を見た。まだ従騎士である為正騎士とは色などが異なるながら、きちんとした騎士服。ターコイズ色の立て襟の上着に、同じくターコイズ色の側章が入ったライトブルーのパンツ、極々淡いライトブルーの手袋と、黒の騎士用ブーツ。肩章やボタンを繋ぐような装飾――ブランデンブルグ飾り――は黄色。いつもはさらさらと流れている明るいブラウンの髪は全てきっちり撫でつけられていて、姿勢も背筋がぴんと伸びていて美しく、きりっとした雰囲気で、如何にも騎士といった様相だった。

 自分のことは思い切り棚に上げまくってぶっちゃけてしまえば、彼は絶世の美男とか超イケメンとかではない。性格が表れたかのような穏やかで優しげな顔立ちではあるが、中の中、つまり普通の顔立ち。

 だがこの日は、彼が格好良く見えた。今思えばあれだ、仕事姿や制服が格好良く見える、ゲレンデ効果とでもいうやつだったのだろう、ゲレンデではなかったが。それはともかく、この人が私の婚約者になったのか、とぼんやり思ったものだ。

 ぼけっと、ある意味見惚れていた私は、多分彼から話しかけてくれなければ、自分からは話しかけられなかったかもしれない。それくらい、いつもと違って見えた。

 1人でいた彼は、私達家族に気づくと近寄ってきて、先ず父とお母様に騎士式の挨拶をした。その姿も、慣れているせいかとても様になっていた。二言三言言葉を交わすと、お母様達は私を彼に預けて再び挨拶回りに行ってしまった。

 彼は私の両親を見送ってから、私に向き直ると改まった。


「セアラルシア嬢、いつも以上に綺麗だ。ドレスがとても良く似合っている。この会場の中でも1番美しいよ」


 胸に手を当て、軽く腰を折ったいつもの挨拶をしてから、彼は優しい笑顔でそう褒めてくれた。貴族の令息が女性を前に褒め言葉を発さないことなど有り得ないが、それでもその言葉は、お世辞だと分かっていてもとても私を喜ばせた。だってこの日の為に随分前から途轍もない苦労をしながら誂えたドレスだったのだ。似合わないと言われていたら泣いていた。お母様やクローディアおば様、アニー伯母様は良く似合うだの綺麗だのと褒めてくれたが、それは多分に身内贔屓が――身内じゃなくても――入っていると分かっているからあまり当てにならない。でも彼がそう言ってくれるのなら、素直に受け取って良いかもしれない、と思えた。勿論、彼だって身内じゃなくても身内贔屓があるのだろうとは分かっていたけれど。


「ジョシュア様もとても素敵です。正装が良くお似合いですわ」


 有り難うございます、とお礼を言った(あと)に、勇気を出して思ったことを素直に伝えてみた。どうにもこういうのは苦手なのである。だが、前世での悉くの失敗は、そういうところかもしれないのだし、結婚するかもしれないのだから、婚約者として見て貰えるように努力はしなくては、と考えたのだ。

 しかし正直に言えば、こんな気取った遣り取りは私達らしくなかった。お互いに褒め合ったところで視線が合うと、どちらからともなく思わず笑い出してしまった。勿論、ちゃんと口元は扇で隠しましたとも。淑女の常識、というやつである。

 それからはいつも通りの空気感が戻ってきた。

 私が、ご両親は? と聞けば、夫人は挨拶回りに行ったきり戻ってこないと返事が返ってきた。そして、彼の父親である士爵は帰参できなかったということだった。士爵は北の国境線にいらっしゃるのだ。

 実はこの年、国王陛下のすぐ下の弟である第1王弟殿下が北の国境線での戦いで戦死なさっていた。

 北の国は大国で、おまけに軍事最優先の軍事国家。だから当然、北の国境は1番の激戦区。王族の男児が皆、最も危険な戦場であるにもかかわらず、王太子であろうとも必ず1度は北で実戦を経験する習わしがあるのは、その激戦区で戦う騎士達を鼓舞するためであるとさえ言われている。フェイ伯父様によれば実情は、王家の人間たるもの国で1番強い騎士であらねばならぬ、という家訓のようなものの為らしいが。その辺りはよく分からないし、分からなくても良いと思っている。不敬は百も承知。

 ともあれ、そんな危険な場所にお父様がいらっしゃるというのは大変気掛かりだろうことくらい、流石に私でも分かった。婚約の書類を交わす時でさえ戻られず、申し訳ないと謝罪するとても丁寧なお手紙を頂いた。その手紙は、士爵の為人(ひととなり)を察するに充分なもので、真っ直ぐで飾り気のない、でも誠実な文面に、私はとても好感を持ったのだ。それに、何と言っても彼の父親だ。良い人に違いないと思っていた。そんな素晴らしい方とは言え、人間である。騎士爵を賜るほどの武人と言えども絶対に無事でいられるなどとは言えないのだ。心配すれば、彼は士爵から無事を知らせる手紙が届いていたことを教えてくれた。我が家への謝罪の手紙と共に届いたのだと。それもそうかと思いつつ、それでも安堵して、良かったですわ、と息を()けば、彼は、有り難う、といつも通りに微笑んだ。

 暫く壁際で話していると、軈て私の両親が戻ってきた。もう間もなく、舞踏会が始まりそうだと。

 その言葉通りに、士爵夫人が戻ってくる前に国王陛下の姿が、大階段の踊り場に見えた。隣には王妃殿下と王子殿下方、王女殿下の姿もあった。

 ベルを鳴らす音が響くと、それまで騒がしかった広間が驚くほど静かになった。国王陛下が朗々と響く威厳のある声で社交シーズンの開始となるお言葉を発された。忠誠を持って仕えてくれている貴族達や騎士達への感謝の言葉、新たに正式な騎士となった者達への激励の言葉、そしてデビュタント達に対する祝福の言葉。

 それを合図に、楽士達が音楽を奏で始めた。場が一気に、舞踏会といった華やかな雰囲気に変わる。

 先ず国王一家が最も格式の高いクーラントを踊る。それが終わるとデビュタントの番になる。踊るのはカドリール。男女がペアになって踊るのはワルツ等と同じだが、これはペアダンスと言うよりグループダンスというか、フォーメーションダンスというか。小学生の時に運動会で踊らされた、全く以て良い思い出のないフォークダンスが一番近いかもしれない、多分。……とにかく、相手は変わらないが、向き合って組みっぱなし、ではなく、手を繋いだり手を合わせたり、離れたり近づいたり、擦れ違ったりお辞儀をし合ったり、と独特のステップと振りがあるのだ。

 王家一家が広間奥の高段の上の玉座に座られた。いよいよだと思うと、めちゃくちゃ緊張してしまった。そんな私に声が掛けられた。


「セアラルシア嬢、お相手は私でも?」


 胸に手を当て、僅かに腰を曲げ、真面目な顔でライトブルーの手袋をはめた手を差し出してきたのは、驚いたことに彼だった。

 彼はおそらく(おど)けて、少し気取ってみせていたと思うのだが、初めてのダンスは父が相手を努めると思って疑っていなかった私は本当に驚いて、思わず両親を振り返ってしまった。するとお母様がにっこりと笑顔で頷いた。父は少し顰め面だったように思う。でも私はお母様が笑顔だったので、どきどきと緊張しながら彼の手を取った。

 彼の手に手を委ねると、いつもの見慣れた優しい笑顔が浮かんだ。お蔭で私の緊張は少し薄れたのだ。



※ダンスは基本、名称は実際にあるものを使用していますが、振りや踊り方は実際のものとは違ったものになっています(曲の雰囲気も違うかもしれません)。ご都合主義のそんな世界観と緩い気持ちで受け止めていただけると有り難いです。

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