襲撃は予想外に
充実している日々は、あっという間に過ぎていく。なぜなのか本当に不思議。頭を抱えたくなるような案件ばかりだし責任は前世で負ったことのないような重さだし、大変なんだけれども。
社交だけが仕事だった以前に比べたらずっとましな気分なのは間違いない。力を貸してくれる人達が沢山いるから。温かく見守り、導いてくれる人達が沢山いるから。多分、そういうこと。
お母様、有り難う。私、今、幸せです。大変だけど。うん、それは言わせてくださいね。本当に大変なんですよ!
「はああ……。落ち着きますわ……」
アルトレイの屋敷はすっかり“帰る家”になっている。そのうち、セアラ領の館も“帰る家”になるだろうか。いや、しなくちゃね。
「お嬢様、お行儀が悪う御座いますよ。ソファは寝そべるものではございませんと申し上げておりますでしょう」
「向こうでは大変だったんですのよ。今日くらい見逃してくださいな」
「……仕様がありませんねえ……」
うん、エリンのお小言も溜息も帰ってきたって感じ。いかん、顔がにやついてしまう。
結局、領境を見学した後、2、3日で戻ってきた。ターラの心痛が心配だったから。普段のターラならお姫様抱っこなんて、意地でも拒否して私を守ることに注力する。でもあの時は割りとすんなり聞き入れた。まずいな、と思ったんだよね。だから、平気だと言い張るターラを押して帰ってきた。滅茶苦茶恐縮して申しわけないと繰り返すターラは痛々しかった。でも多分、賊なんかに襲われた、となったらターラの反応が普通だと思う。私が鈍過ぎるんだよ、多分。平和惚けしてますとも。現実味? 何それ美味しいの? 1月は向こうにいたんだし良いのよ。
あの賊は警備員さんが数名で追ってくれたらしいんだけど、結局逃げられたらしい。神出鬼没。タナーがえらい悔しがってたな。本当に久々に昼間に現れたのに、て。まあ、簡単に正体が割れることはないでしょう。そんな簡単に済むなら警備隊が常駐したりしないよねえ。タナーは意外とせっかちだ。まあ、何年も面が割れてないのは事実なんだろうけど。特に被害がなければ良いのよ。
それよりもツリーハウスの完成が楽しみ。見に行けるのは来年かなあ。うふふふひひひ。不思議なものを見るような目で見られた時は、なぜだ、と思ったけど。単純に木の上に家を作るとかそういう発想がなかっただけだったとか。拍子抜けしたわ。でも見たことなければそうなるのな。私だって前世にテレビで見ただけだけれど。ああ、あれが実現するとか楽しみでしかない。ええ勿論警備の為ですとも。うくくくく。ああツリーハウス!
……しかし家令と騎士というのは何でもできるんだなあ。まさかタナーとフォードと隊長の3人だけでツリーハウスの設計図を書き上げるとは思わなかった。専門家を呼ばなきゃとか考えた私の思考的労力は一体。どれだけハイスペックなんだあの人達は。様々々である。
後は警備隊の皆さんで造り上げてくれると言うのでお言葉に甘えてしまった。随分と楽しそうだったな。これで見張りが楽になると言っていた。うむ、良きかな良きかな。私も加わりたかった。あ、単眼鏡を注文しなくちゃ。
フェイ伯父様が戻っていらっしゃるまで後……2ヶ月か。その間にできることってあるかな。ううん、俄領主は厳しいよ。
「……お嬢様。そんなにお暇ならフォードと散歩でもなさったら如何です?」
……ええ……ぐだぐださせてよエリンさん……厳しいなあ、もう。まあ、ソファに寝転ばなきゃこんなこと言われないんだろうけど。ええ、分かっていますとも。
でも。
「……そうですわねえ……。フォードは今スティーブのところ? それともウェスリーのところですかしら?」
「ウェスリーとおります」
「そう。では手が空いたら散歩にと伝えてくださいな」
「はい」
エリンは行動的だ。綺麗な礼をしてあっという間に出ていってしまった。
「……ターラ。休まなくて平気ですの? 無理はよくありませんわよ?」
結局全く休んでいないターラさん。倒れないか心配だよ全く……。
「お気遣い有難う御座います。大丈夫です。お嬢様がしっかりなさっていらっしゃるのに休んでいられません」
「……|私と比べては駄目ですわ。|私、多分かなり鈍いんですのよ。危機意識が欠けているんですわ」
「そんなことはありません! 冷静で頼れる主です!」
「……あ、有り難う……」
「なぜお礼など仰るのです。事実を申し上げただけですのに」
……こっ恥ずかしい……! 真剣に言われるとこっ恥ずかしいですターラさん! しかも真顔! 本気で純粋に思ってるよね!? 私、そんなに凄い人間じゃないよ!? ターラの中で私はどれだけハイスペックな人間になっているのか。……あ、現実が見えて失望される未来が見える気が……。しないな。ターラは多分失望とかしない。だって既に1度情けないところを見られているし。あの時救ってくれたのは、ターラ。ターラって器が大きいよね。本人には自覚がなさそうだけど。はは、それもターラらしい。それも人を救う。ターラって凄い。
「……ターラには敵いませんわね」
「?」
うん、そのままでいてください。きょとんとしたターラ可愛い。大好き。
エリンは仕事が早過ぎる。もうちょいだらだらしたかった……。
仕事のできるエリンのお蔭で、現在フォードとお庭をお散歩中。暑い。そんなに大きな国ではないけれど、国内でも南にあるアルトレイ領は、ホストリー領の夏より暑い。暑いの苦手。寒いのも駄目だけど。繊細なのよ。軟弱なんじゃないのよ繊細なのよ。セアラ領の館の裏手にあった湖で泳ぎたい……。この近くの湖は見晴らしが良いだだっ広い場所にあるからパスだしなあ。だいなまいつせくすぃばでいだったら気にしなかったけどさ。寂しいのよ、何処がとは言わないけど。前世から引き続いてのこの体型。何の呪いだ、とほほ。……あ、本当に涙が出そう。
「……お嬢様、暑くありませんか?」
うっひょう!?……吃驚した……。フォードがいるのを忘れてたわ。我ながら酷いな私。そして驚いたことなんか全く態度にも表情にも出ないのは標準装備。助かった。あ、でもちょっとびくってしたかも。気づいて……ないよね? 存在忘れてたとか酷過ぎる。気づいてませんように。すーはー。内心深呼吸も上手くなりました。よし。
「……少し暑いですわね。こんなに差違があるとは思いませんでしたわ」
「……ああ、ホスト……いえ、失礼致しました」
おや? もしやフォードも、私が此方に来ることになったことの顛末を知っているのか。
「気にしないでくださいな。ええ、ホストリー領は此方より北にありますから、もう少し過ごし易かったですわね。でも冬が寒過ぎて。私、暑いのも寒いのも苦手ですの」
繊細だからね! 我が儘じゃないよ!
あ、しまったフォードの笑顔攻撃が……! くす、とか。くす、とか……! そんな優しげな笑顔、振り撒かないでくださいダメージが……! 鼻血出てないよね御馳走様です……!
「ご令嬢はお洒落なさるのが必須ですから、大変ですね」
「本当ですわ。暑いのにグローブをしなければ散歩もできませんもの」
私はちっともお洒落じゃないけどね! 前世からお洒落音痴のままだけどね!……自慢できることじゃないけど。
でも貴族の娘ともなると色々制約があるのよ。日に焼けちゃ駄目とか。色白が美人の条件とか。日焼け厳禁とか。お蔭でこのくそ暑いのにロンググローブをはめてますけど死にそう。もうお嫁にいけないと思うし日焼けしても良いと思うんだよね。でもエリンとターラが許してくれない。
今日はエリンが後ろに控えて見張ってる。ターラは休ませた。無理矢理。じゃないと休まないから。
あ、休みと言えば。
「フォード、ウェスリーとは何を?」
「セアラ領でのことを報告しておりました」
やっぱり。
「……それは私の仕事ですわ」
「出過ぎた真似をお許しください。襲撃の件をウェスリー殿と話しておくよう、タナー殿に言伝てられておりましたので」
「そうでしたの。タナーも仕事熱心ですものね……。それはそうと、フォード」
「はい」
「私、きちんと確認も取らずにあなたを連れてきてしまいましたけれど……」
そうなのよ、ターラで頭が一杯になってて、叔父様にお願いされてるからと当然のようにフォードを連れて戻ってきちゃったんだよね。本人に承諾も得ずに。これって完全に暴君よね……ああやらかした……。
「向こうでタナーについていたほうが勉強になりましたわよね、ご免なさい……」
「いえ、此方でウェスリー殿やスティーブ殿に習うこともありますから」
優しいなあ、フォードは。紳士だ。
「……そう言って貰えると救われますわ、有り難う。でも、やはりきちんと承諾を得るべきでした。1つのことで頭が一杯になると他が疎かになるのは、私の悪いところですわ……」
ああ、気をつけねば。悪癖って中々治らないんだよねえ、がっくり。
「私の主はお嬢様です。何の問題もないと存じますが」
紳士フォード。……でもまあ、そうなんだろうけれど。しかしやっぱり希望は極力聞いていきたい。気持ち良く働いて欲しいし。働き易い環境は大事。やりたい仕事も大事。うん。
「……でも職場が急に変わるのは大変でしょう」
「? いえ、特には」
「そうですの? 人間関係とか、何か気になることはなくて?」
「はい。大丈夫です」
フォードは適応力が高いんだな、羨ましい。私は……成長してないなあ……。今何とかなってるのはエリンとターラ、伯父様方、お祖母様、義伯母様のお蔭。私がフォードだったらきっと無理──。
「お嬢様」
「──はい?」
「彼方の四阿で少し休ませて頂いても?」
「──あ、勿論ですわ。私ったら気が利かなくてご免なさいね」
「いえ、とんでも御座いません。私が不甲斐ないのです」
「そんなことはありませんわ」
フォードはまだ本調子ではないのだから、それなのに承諾も取らずに馬車での強行移動につき合わせて。身体に疲れが溜まっていて当然。そうなれば傷が痛んだりしてもおかしくないのに。
「調子が悪いようでしたら、無理をせず遠慮なく休んで頂戴ね」
「休む程ではありませんから、大丈夫です。お嬢様の散策につき合わせて頂けるのはとても良い気分転換になりますから」
「ふふ、フォードは優しいですわね」
「? そんなことはないと思いますが……」
不思議そうに首を傾げる超絶イケメン、可愛い。何だ、この鋭格好良いのに可愛いとか……! 最早同じ生き物とは思えない。眼福。ああ眼福。
「──やっと見つけたわ!」
──へ?
「王都にはいないし、ホストリー領にもいないし、もしかしたらと思って此方に来てみたけど、正解だったわ! もう、どうしてこの時期に王都にいないのよ? お蔭で余計な手間がかかったじゃない。あ、此処までの馬車代と宿代、払っておいてね。あなたの名前でつけてるから」
はい?
……と言うか、なぜあんたが、此処にいるの。アルトレイ領のアルトレイ家の屋敷の庭に。
これは一体なにごと。
お久し振りですみません。
ちょっと行き詰まり中です。主人公がちっとも恋愛してくれません(涙)
煮詰まって息抜きしてました。短編書いてました。こっち放って何してるんだ。本当にすみません!
今後も度々あると思いますが、生温かく見守ってくださいませ……!(平伏)
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
不定期更新、しばらく続きます、ご免なさい……!




