表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/25

9話

 森を進む一両の戦車。74式戦車だ。

 シマダは端末の音楽アプリで音楽を再生していた。曲はシマダが気に入った曲ばかりをジャンル関係なく放り込んであるのでクラシックの次にいきなりヘビーメタルが流れるなんてこともある。

 そんな闇鍋プレイリストを大音量で流しながら74式戦車が走って居る。周囲を威圧するかの様に前進し、時折止まっては車長席に座る二人、一人は正規の車長たるシマダ。もう一人は臨時車長のセラス=ジャンヌ・アウグストゥスだ。

 シマダは常に右手を外に出して拳銃を握っている。セラスは最初それを少し不安そうにしていたが、シマダが飛んでくる人の腕程もある大きなアシナガバチを撃ち殺してその不安を払拭した、


 シマダの前に居るセラスが何かを叫ぶ。すると74式戦車はブレーキのお陰で生まれる慣性の法則も感じさせずに静かに素早く止まった。

 戦車を制動なく止めるのは中々に難しい。三十数トンもの巨体を止めるとその重量に従って生まれる慣性が衝撃となって搭乗者を襲う。

 90式戦車のブレーキは殺人ブレーキとはよく言ったもので、思いっきり踏めば戦車がつんのめる様に止まる。90式で無くとも74式戦車でもそれなりのブレーキングを持っているのでやっぱり多少は来るのだが、それを無しに完璧に近い止まり方をするのが流石としか言い様が無い。

 セラスはシマダの胸を叩き、ある方向を指差した。シマダは双眼鏡を使ってセラスの指差す方を見る。其処には色彩鮮やかな花が群生していた。

 シマダはセラスは彼処に行きたいと言うのだろうと思案し、序にあそこで飯も食うかとアキヤマに伝えた。


「シマダ様があそこで昼食を摂ろうと仰っています」


 セラスはシマダに向きおって何かを告げ、それからアキヤマに何か告げた。


「賛成とのことで」


 シマダはそれに笑いながら頷いてセラスの頭をポンポンと撫でた。


「ま、これも勉強の一つだな」


 シマダはそう独りごちると、ガバメントの弾倉を少し引き抜いて残弾数を確かめる。

 74式戦車は花畑へ向けて獣道を走る。セラスは楽しそうにシマダに喋りかけ、アキヤマがそれを訳す。シマダはそれに頷きつつ周囲を眺めるふりをして周囲を警戒した。

 74式戦車は花畑に少し入った所で停車する。セラスは装甲帽を脱ぎ、砲塔をおっかなびっくりに降りようとするのでシマダはそれに手を貸してやる。

 アキヤマ達は個人火器を携行し、更にはサトウは車両に残った。シマダの指示だ。アキヤマは装填手グッツと菓子やカップラーメンを持ち、サイカがシマダの通訳兼護衛として直ぐ側に居た。


「彼処ら辺で良くね?」


 シマダは少し戦車から離れた位置でターピーシートを広げる様に指示を出した。花畑には名前も知らない花達が咲き乱れて、シマダ達の視界を賑わせていた。

 シマダは上方を見上げると流星がぐんぐん高度を下げている。必死にバンクしているので多分、此処には何かいるのだろう。アキヤマとサイカは湯を沸かす準備を整えると小銃と短機関銃を腰溜めで構えて周囲の警戒に入った。

 セラスはそんな二人に気が付かないのか、せっせと花を集めて冠を作り出した。


「何が出るかな」


 サイコロを振るテーマを歌いながらシマダはセラスの隣にしゃがんで花冠の作成に入った。しかし、あまり器用ではないために早速茎を編む綺麗さがない。セラスはそれを指差して笑っているので、シマダはそのグチャグチャになった花冠を脇に捨てて、新しい花冠の作成に着手する。

 今度は要領を得たのか先程よりは綺麗な花冠が作りており、セラスは慌てた様子で自身も新しい花冠を作り出した。

 二人がそんな事をしていると流星がVTOL宜しくの着陸をして、コクピットからヨリコが走り出てくる。その手にはモーゼル拳銃が握られている。


「アンタ達此処がどこか知らないの!?」

「よぉ、ヨリコ。お花畑でお花見しながら飯食おうぜ?カップラーメンはお好き?」


 シマダは右手に確りと拳銃を保持しながら笑う。ヨリコは一瞬言葉が出なかった。サトウはキャリバーに取り付いて周囲を警戒しているし、エンジンも掛けっぱなしだ。

 セラス以外の全員がこの場所が敵地だと認識して、このイカれたハイキングに挑んでいるのだ。

 セラスが急に怒鳴り込んできたヨリコにムッとした表情を隠さないまま何かを告げる。ヨリコは額を抑えて首を振ると、モーゼルを花畑で指した。


「セラス様、此処はフラワーマンティスの棲家です」


 フラワーマンティス、外観は花が群生している様に見え、更にはその花畑に咲く花の香りがし、その匂いで獲物を釣るのだとか。

 シマダはほーんと鼻くそを穿りながら興味なさそうに告げる。


「どうするのかって聞いてるわよ」


 先程の楽しそうな雰囲気は何処へやら、真っ青な顔をしたセラスがシマダに尋ねる。


「どうするのかって?

 そら、お前が考える事だろ?お前は今、車長だ。74式戦車の車長だ。お前が俺や、サイカやアキヤマの命を握っているんだぞ」


 シマダがそういった瞬間だった。上空からブーンブーンと音が聞こえて来たのた。そう、ハチである。


「ぷ、プリンセスワスプ……」


 褐色に近い黄色と黒の蜂が近づいて来ているのだ。


「どうするセラス?」


 アキヤマが小銃を構え、サイカも訳しながら尋ねた。セラスは泣きべそを掻きながら何かを叫ぶと、サイカとアキヤマは撃ち始めた。

 シマダは一人大爆笑をし始めてセラスは大泣きしながらシマダに縋っている。何を言っているのか分からないが何を言いたいのかは分かる。


「助けろって叫んでるわよ!」

「車長はお前だぞって言ってくれ」


 プリンセスワスプはアキヤマとサイカの銃撃で近付くのを躊躇した。

 確かに外骨格は頑丈だ。現に当たった弾丸を弾いている。しかし、羽は違う。拳銃弾であるサイカのM3グリーズガンは弾いているがアキヤマの64式小銃から撃たれる7.62mm弾は貫通しているのだ。

 アキヤマは羽を狙って撃っている。勿論目にも留まらぬ速さで動くそれに的確に命中弾を与えるのは至難の技。しかし、それでも下手な鉄砲。命中弾は幾つか出ていた。


「車長はアンタに譲るし74式戦車も諦めるから助けなさいって言ってるわ!序に私も助けて!」


 ヨリコもだんだん近付いてくるプリンセスワスプにモーゼルを撃つ。

 シマダはニヤリと笑った。それからセラスを脇に抱えて、懐から握りこぶし大の何かを取り出した。手榴弾だ。


「サイカ」


 シマダは手榴弾をサイカに渡す。サイカは手榴弾の引張環を引いてレバーを外すと、プリンセスワスプに投げ付けた。手榴弾はプリンセスワスプの羽の上で炸裂し傷を付けた。

 そのまま、揚力を一気に失ったプリンセスワスプはそのまま地面に落ちる。落着する直前、凄まじい勢いで何かがプリンセスワスプに飛び掛った。その場に居た全員がその“何か”に注目する。


「ふ、フラワーマンティス……」


 ヨリコが漏らす様に呟いた。白を基調として体の彼方此方にピンクや黄色、緑の模様を持っている。その模様と凸凹の表皮からまるで蠢く花畑の様だ。


「ウッハー」


 シマダはセラスを肩に担ぐとプリンセスワスプの頭を囓っているフラワーマンティスに背を向けて走り出した。サイカもアキヤマも直ぐにその後を追い、一瞬遅れてヨリコも走り出した。

 ヨリコの流星はフワリと浮かび上がるとフラフラとした飛び方でヨリコの後を追う。


「サトウは操縦席に!アキヤマは徹甲!サイカは俺の合図があるまで撃つな!

 ヨリコはキャリバーに取り付いてサイカの砲撃に合わせて撃て!」


 シマダは車長席にセラスを放り込むと装甲帽を被る。

 全員が砲塔に上がった事をシマダが告げると一瞬でフラワーマンティスに砲口を向ける。


《照準良し》

「ッテェ!」


 ドッ!と凄まじい砲声と衝撃が戦闘室内にいる彼等に反撃の開始を教えた。ガロンと薬莢が転がり出ると薬莢受けに入る。シマダはハッチから外を覗きながら指示を出す。狭い戦闘室、セラスはその緊迫した状況の中で確りと自身を抱えるシマダに安心と冷静を戻した。

 そして、シマダの腕にヒシと抱き着き車長用の潜望鏡で外を見た。あの白いマンティスの平べったい胴体に穴が開いていた。両手の鎌を振り回して真っ直ぐとコチラに向かって来ようとしていた。

 砲塔の上でキャリバーを乱射しているらしいヨリコの悲鳴じみた叫びも聞こえる。


「サッサと殺しなさいよぉ!!」

「ハッハッハッ!!

 良い年こいたババアが騒ぐんじゃねぇよ!サイカ!」


 そして、2発目で頭部を吹き飛ばした。


「よーし、あのクソオカマカマキリを殺してやったぞ!

 ルート変更!第二案通って行くぞ!森を出たらヨリコは航空機に乗せるぞ!」


 シマダの指示に直ぐに74式戦車が道に戻る。


「おらババア、ソイツは弾切れだ。

 さっさと中に入れよ」


 シマダは枝を払いながら中に放り込んだ。


「アンタ頭可笑しいんじゃないの!?」


 中に入ったヨリコがシマダに詰め寄る。狭い戦闘室。アキヤマがヨリコの襟首を掴んで、脇にある装填手用シートに座らせると人差し指を押し付ける。


「危ないのでそこに座っていて下さいまし」


 シマダはそれを見て大爆笑をし、セラスの頭をポンポンと撫でるとそのまま外に顔を出させた。


「見ろ見ろ!」


 シマダはセラスの肩を叩き、それからハンドシグナルで前方の別の道に合流点を指差した。


「操縦手停止用意、停止」


 74式戦車は静かに止まる。


「アキヤマ通訳!

 行くぞセラス!見ろ!此処!コレ!」


 シマダはセラスを小脇に抱えて合流点を指差す。


「車長ってのはな、こう言うのに機敏に気が付かないといけない。

 見ろ、何両だ?」


 アキヤマがシマダの言葉に通訳した。セラスはジッと地面を見つめてから一両と言う。シマダは額を抑えると、セラスを抱えて74式戦車の後ろに回る。


「見ろ!な?」


 シマダはセラスを見る。しかし、セラスは頭を捻る。分からないのだ。シマダはンー!っと頭を抱えてからセラスの額にキスをした。


「見ろー?」


 シマダはその場に這い蹲り、74式戦車の履帯痕に指を入れる。それからセラスを抱えるとそのままダッシュして合流点の履帯痕の前に這い蹲り指を入れた。


「深さが違うと仰っています」

「そう!天才!好き!」


 シマダはセラスを抱き抱えて頭をワシワシと撫でると額にキスをする。


「因みに……彼処と、此処に其処を見ろ」


 シマダはセラスを抱えて3箇所の地面を指差した。そこに残る履帯痕は全て違う。


「この道を少なくとも3両の戦車が通っているんだ。それに、見ろ」


 シマダは更にセラスを連れて行く。

 セラスは相変わらずシマダの小脇に抱えられていた。


「此処だ、此処」

「此処は何なのか?と仰っています」

「うむ!良い質問だセラス君!364364114514点!」


 シマダはその場に這い蹲り、盛り上がった土を指差す。


「コイツ等は何処に行くのか決めている。迷いがない」


 シマダはサイカに端末を寄越せと告げる、地図を開く。そして、現在地を指差す。


「今ここだ。敵はこのルートを通り、コチラに向かった。つまり、連中は我々の後を追い掛けて来たわけだな」

「敵なのか?と仰っています」

「敵じゃないなら何故我々に接触して来ない?」


 シマダの言葉にセラスはムゥっと頬をふくらませる。そして、何かを怒ったように告げた。


「分からないと仰っています」


 シマダはそれに笑ってからなら撒こうと告げた。

 それから3人は74式戦車に戻り、サイカに履帯痕上を通る様に告げた。こうして74式戦車はカチンガルドの森を脱して、ヨリコを航空機に戻したあとカチンガルド大渓谷への迂回路に入る。シマダは大渓谷に着くまでの間。セラスに対して車長のイロハを教えた。

試されるセラス

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ