10話
この世界に存在する戦車は少なくとも自衛隊が保有する戦車より多い。
ピンからキリまであるが、最も多いのは中戦車と呼ばれる戦車達が多い。ソ連のT-34シリーズやドイツの4号戦車、シャーマンが多い。
「それで……お前等はソ連軍コスなのか?ドイツ軍コスなのか?」
「ソ連軍の兵器を鹵獲したドイツ軍コスだ」
カチンガルド大渓谷、シマダの前には3両のM4シャーマンとT-34、KV-2が並んでおり、そのどれも砲塔側面に鉄十字がデカデカと描かれている。
そして、彼の前に並ぶ男達はドイツ軍の戦車兵軍曹にソ連軍の銃を持っていた。彼等はカチンガルド森林組合に所属する所謂森の管理人で、定期的に森のバグや違法に伐採を行う犯罪者、伐採時期になれば材木運搬の手伝いを行っている。
「お、おう。そうか……」
シマダはそう言うとアキヤマを見た。アキヤマは手にしたカップラーメンとチョコバー、ウイスキーの瓶を入れたビニール袋を差し出す。
「クソでっかいアゲハチョウどこに居るか教えてくれ」
「アゲハチョウ?
ああ、それなら滝壺周辺の森によく居るぜ?」
シマダの“好意”に男達はスンナリと教えてくれた。
「だが、気を付けろ。アイツらの鱗粉は幻覚作用がある」
「ガスマスクしないと、あっちゅーまに別のバグに食われちまう」
「もし、可能ならその鱗粉の採取もしてくれよ。
合法麻薬で売れるんだぁ」
「ま、何にせよ今からじゃ日が暮れちまう。そこら辺の小屋使ってくれて構わんよ」
3人はそう笑うと大きめの瓶をシマダに3本押し付けて彼等の待機所兼宿舎なのだろう豪勢なロッジハウスに戻って行った。
シマダはアキヤマと共にスティックコーヒーに大量のクリープを放り込んだ物を飲んでいるセラスとヨリコ、ガキの元に戻る。
「塒はカチンガルド大渓谷の滝壺周辺らしい」
「かなり遠いわよ?
この時間だと日暮れに間に合わないわ。今日はここで泊まっていきましょう」
ヨリコは端末を開くと肩を竦めた。シマダは先程の話を告げるとヨリコは頷いて、流星のコクピットに向かった。
「シマダ様、セラス様が食事をご所望です」
口の周りにチョコを付けながらガキと共にチョコバーを食べていたセラスがシマダを見上げていた。シマダは有無と頷き、時計を見る。時間は16時。この時計がただしいのか分からないが少なくとも太陽の位置と時間は大凡合っている。
「まぁ、待て。
ウチの凄腕ガンナーと天才ドライバーが肉を狩りに行ってんだ」
シマダがそう言って森を見る。
広場的な場所に置かれたテーブルベンチに腰掛けてアキヤマにコーヒーと告げる。アキヤマはシマダが手を出したベストタイミングで出来上がったスティックコーヒーを差し出した。
それからセラスの口の周りについたチョコを拭き取ってやりながらシマダは端末で音楽を流しだす。暫くすると大きな鹿を木の棒にぶら下げてサイカとサトウが戻って来た。
シマダは無表情で丸々太った鹿を二頭程ぶら下げて帰って来た二人を爆笑と驚嘆で出迎え、ガキとセラスは興奮した様子で何か話していた。
流星の後部座席から荷物を引っ張り出して来たヨリコは呆れた顔をしている。
「牡鹿二頭に鳥三羽を仕留めてきました。
現地で内臓の摘出及び血抜きを済ませてきたので後は調理をするだけです」
サイカが立て銃にして戦果を報告した。
「お疲れさん!
じゃ、引き続き調理な。アキヤマは彼奴等呼んで来た後に銃整備。ヨリコは俺の通訳な」
「分かりました」
「はいはい」
シマダ達が肉パーティーをしようとしていた時分、彼等の後を追っていたギルガメッシュ・オジマンディアスやエリザベート達の車両は未だにカチンガルドの森を彷徨っていた。
と、言うのもシマダ達が花畑に入って以降、彼等もまた襲い来るアシナガバチやプリンセスワスプと戦って居たのだ。狭い森で攻撃ヘリの様に巧みに動くプリンセスワスプを相手にアウグストゥス兄妹の機甲部隊はかなり苦戦していた。
と、言うのも皇位継承権のある者が航空機を保有する事を禁止したギルガメッシュ・オジマンディアスは当たり前だが対空戦車を、そして唯一航空機を持つギルガメッシュ・オジマンディアスを刺激しない様に対空戦車を保有しなかったエリザベートの二人は圧倒的に防空戦闘能力が足りていないのだ。
更に言えばギルガメッシュ・オジマンディアス自慢の航空機部隊もやはり密林でツリートップの上下を飛行するプリンセスワスプやアシナガバチを狙う事は適わない。
もし仮に撃ったとして下手をすれば上空から20ミリや30ミリ機関砲弾、50口径弾等を降り注ぐ事になり例えハッチを閉めて居ても貫通する可能性は捨てきれない重武装故に手出しが出来無かった。
故に車載の対空機銃や携行火器による牽制射をする事で一杯一杯なのだ。
不幸中の幸いは全ての車両の対空機銃が50口径を装備していたのでプリンセスワスプはその威力近付けず、アシナガバチも拳銃弾で落とせる程度の強度しかないので無事に撤退出来た。
しかし、そのせいで完全にシマダ達の74式戦車を見失ったのだ。時刻は既に17時になろうとしており、空は真っ赤に染まっている。
「えぇい!セラスは、我が愛しの妹セラスは無事なのだろうな!?」
ギルガメッシュ・オジマンディアスは目に入れても痛くない程に猫可愛がりしているセラスの行方に腐心している。その怒りは周囲の搭乗員やプレイヤーに向かい、車列は非常に険悪な物だった。
ルートは判明している。昨晩、ギルガメッシュ・オジマンディアスとエリザベートがセラスから聞き出したのだ。ギルガメッシュ・オジマンディアスはセラスを猫可愛がりしているがエリザベートはあまり好いていない。
理由は単純。自身に劣るとも勝らない知能や美貌を持っており自身の立場を脅かさんとしているからだ。もしもエリザベートの母親がギルガメッシュ・オジマンディアスの母親、皇帝妃の地位にいたら確実にエリザベートが次期皇帝になっていた筈だ。
エリザベートの母親は独自の国を持たぬ流浪の民、龍人族だ。ある時、龍人族の一団が所謂インフルエンザに掛かり、全滅しかけていた所を現皇帝がエリザベートの母親を差し出す代わりに治療薬や治癒魔術を施してやると申し出たのだ。
龍人族は特定の組織や街に囚われることを嫌うので、最初は断ったのだが次々に倒れる同胞を前にエリザベートの母がその身を皇帝に捧げる代わりに同胞の治療を申し出たのだ。
皇帝は直ぐに彼等を助け、皇帝の側室にエリザベートの母親を入れた。
側室は基本的に入った順から発言権が強くなる。しかし、それを覆すのがどれだけ皇帝と夜伽、つまりはヤッたかになる。エリザベートの母親は他の龍人族同様に非常に聡明で美しかった。
自身の仲間や生まれてくるであろう子供の為に何としてもその地位を上げることに腐心した。
その結果が今のエリザベートの地位である。正妻の第一子で稀代の神童と謳われたギルガメッシュ・オジマンディアスに比べればまだまだ取るに足らない皇族であるが、その実力はギルガメッシュ・オジマンディアスも恐れる程だ。
そんなエリザベートが自身と同じ目標を狙っている。それがギルガメッシュ・オジマンディアスを更に苛立たせていた。
「おい、エリザ」
ギルガメッシュ・オジマンディアスは無線で呼び掛ける。
《はい、長兄様》
「貴様もあのナナヨンを狙っているのか?」
《ええ、若輩ながら私も長兄様同様に皇帝を目指しております。ナナヨンの戦力を加えた所で長兄様の機甲部隊には足元にも及びませんが》
エリザベートもまたギルガメッシュ・オジマンディアスを好いては居ない。傲慢で不遜で正妻以外の者に産ませた弟妹を弟妹とすら思っておらず平然と雑種呼ばわりする。
「ならば諦めよ!
ヤツとヤツの戦車は我が機甲部隊に入るのだ!」
ギルガメッシュ・オジマンディアスは振り返ってエリザベートを睨み付ける。エリザベートはM511シュリダンに乗っている。
《それを決めるのは長兄様ではありません。あのシマダという男です》
エリザベートは毅然とした表情でギルガメッシュ・オジマンディアスを見返し、唸る様に呟いた。
「雑種風情が、知った様な口を……
糞!よりにもよってセラスがあのシマダと共に行動しているとは!」
ギルガメッシュ・オジマンディアスは拳を装甲板に叩き付けた。
セラスはギルガメッシュ・オジマンディアスの実の妹である。正妻が産んだ二人目がセラスなのだ。故に純血種たる自分と同じ皇帝になる資格がある、と勝手に思っている唯一の存在なのだ。
そして、そんな可愛い妹がどう見てもマトモな思考をしている様には見えない男の隣でこの危険過ぎる森を彷徨っていると思うだけでも悍しい。早急に追い付いてギルガメッシュ・オジマンディアスが率いて来た3両の戦車とエリザベートの3両の戦車を持って増強戦車中隊で守った方が断然良い。
「落ち着いたらどうっすか王様?」
そう言うのはギルガメッシュ・オジマンディアスが乗る戦車、パットンM60だ。パットンM60A1RISEである。シマダの74式戦車と同じ105ミリライフル砲を持つが、運用砲弾の特性上貫通力は74式戦車に負け、また爆発反応装甲装甲は危険という事で取り外しているので実質的にはM60A1とほぼ変わらない。
74式戦車と対峙した場合、勝率は五分五分、夜間になれば確実に負けるだろうとM60パットンのプレイヤーである虎丸は試算している。
74式戦車が車ではこの世界で最も強い戦車は彼だった。王座奪還、と言うわけではないが嫉妬するなと言うのは難しい物だ。
「貴様は何を落ち着いてる!
セラスが危険な目に合っているのだぞ!?貴様も奴と同じ故郷の生まれならどうにかしろ!」
確かにあのシマダはイカれている。ちょっと進路妨害したら拳銃を引き抜きアッという間に虎丸達プレイヤーを撃ち殺してしまったのだから。
同じ同郷でも流石にあんなのとは一緒にされたく無い。しかし、奴と同行しているヨリコは別だ。ヨリコは元の世界ではトップクラスのモデルだった。フランスがパリのコレクションでウォーキングする様な一流モデルで日本人離れした高身長とスタイル、しかし日本人特有の二重で長い睫毛に濡鴉の様に美しい髪の毛を持ついい女である。
そして、唯一ギルガメッシュ・オジマンディアスの勧誘を蹴ったプレイヤーでもある。最もその勧誘を蹴る二人目は74式戦車のシマダであろう。
「無茶言わんで下さいよ王様。
走り回ったお陰で履帯痕がグチャグチャ、セラスお姫様が企図したルートを追うしかないんですから」
「ならばもっと早く走れ!」
ギルガメッシュ・オジマンディアスは普段はこんなに無能な激昂しない。しかし、セラスが関わるとこうなってしまうのだ。ある意味であの男は良い場所に取り入ったかもしれない。
「無理ですって。夕暮れは一番道が見えない。
こんな所で事故ったら、俺はイイっすけど王様達死んじゃうよ?」
「ぐっ……糞」
虎丸の言葉でギルガメッシュ・オジマンディアスはやり切れんと言わんばかりに吐き捨てた。
そんなギルガメッシュ・オジマンディアスを見てエリザベートは益々セラスに接近しておいて良かったと内心ほくそ笑む。ギルガメッシュ・オジマンディアスはエリザベートを嫌っているがセラスは違う。
幼少より英才教育を施されて退屈極まる皇族生活を送っていたセラスを時々外に連れ出したり勉強を教えたりしてセラスのご機嫌取りを行って来たのだ。
兄譲りの傲慢で不遜さはあるが比較年相応に素直なのはエリザベートのお陰でもある。セラスにとって唯一自身を妹として姉の様に振る舞ったのはエリザベート以外をおいて他にない。
他の姉や兄はセラスではなくその兄たるギルガメッシュ・オジマンディアスを畏れて謙ったりご機嫌取りの繋にしか接しないのだ。誰もセラスを見ないのである。
エリザベートも最初はセラスを踏み台にしようとしたが、そこまで非情には慣れず、またそう合っては異母とは言え姉妹。余りにも無情過ぎる。
皇族間での見えない戦争を行うのが皇帝一族の常であるが、それでもそんな糞の様な戦争にまだ年端も行かぬセラスを巻き込むのは良く無いと、一人の妹として接したのだ。
それが功を奏した。偶然が産んだ奇跡である。
「問題はシマダとか言う男だな」
エリザベートは誰にも気が付かれないように小さくため息を吐いた。




