とある鴉の覚悟(男視点)
「いい加減、覚悟をお決めくださいな」
女の言葉は酷くすんなりと俺の心に入ってきた。言われると分かってるだけに、俺はすぐに呆れた様な息を吐いて女を見た。女は相変わらず何食わぬ顔で俺を見ていた。目が合い、有無を言わせぬ圧力をかけてくる。しかし他かが女鴉の睨みごときで負けるほど俺は劣ってなどいない。
「……覚悟だと?
なら、お前もさっさと決めることだな」
「あら、やっと受け入れて下さりますの?」
「何を言っている?
俺は”断る”と言っているんだ」
「どうして!」
女が声を上げて立ち上がる。衝動的だった為にテーブルの上の物が巻き込まれ、ティーカップが倒れ、クロスがさらに汚れる。滲みによるジワジワと徐々にクロスを侵食する光景に、俺は小さく舌打ちをした。気持ちが悪い。気分も悪い。
しかし、女はキーキーと何かを言い俺に突っかかる。それがさらに俺を苛立たせた。
「種族の繁栄は後世の繁栄ですわ!
それに何が不満があるのですか!?」
「そもそも俺はお前と結婚するなど言った覚えは無い!
確かに、俺は”嫁をとる”と伯父に言ったが、その嫁がお前だとは言っていない!!」
「けれど、残る伴侶は私しか残されていませんわ!?」
女がドンッとテーブルを叩く。積み上がったカップとソーサーがユラユラと揺れ、カタカタと震えた。崩れて粉々になるのではないかとヒヤヒヤしたが崩れることの無かった汚れた食器のタワーに、俺は安堵のため息を吐いた。
「……どうして同じ種族ではないといけないんだ」
独り言のように呟けば、女の耳にも入ってしまい、女の眼光がさらに鋭く光った。流石は三月ウサギ。耳も素晴らしく良い。
「それが古い仕来たりであり、大鴉の血を絶えず後世へと残すためだからですわ!」
「後世に残すためだと?
違うな、お前は”自分の為”にしたいだけだ」
「な!」
ここで漸く女の表情が変った。先ほどまでの余裕ありありの表情から一転し、どこか焦ったような色を見せ始める。
「ただ単純に、地位のある俺だからお前は今まで残ってた」
確信に近いその言葉に、女は図星をつかれたのか無言で俺を睨みつけた。その姿に俺はやはりと思うと同時に頭が重くなった。
なんだかんだで俺自身は一族の中でも地位は上である。別になりたくてなった訳ではないのだが、今までの俺の家の功績が積み重なって出来た今の地位。それになにより、伯父は一族の現長。必然的に俺は周囲から一目置かれる立場だった。だから旅に出る時も止められた。跡取りでもあり、子孫繁栄のために。だが俺はそれを拒否した。もともと俺の自由主義を薄々分かっていた同年の奴等はさっさと結婚。普通ならば俺の相手は居る筈など無かった。しかし、俺という存在を狙う奴が残っていた。それがこの女のような財産というか地位狙いの存在だ。地位だけならば別に俺は困りもしないので平気でくれてやるのだが、やはり”俺自身”という面倒な物がある。地位だけではなく俺という確固たる存在も欲しい。俺を抑えつけて、上になりたい。女の欲が見えて、俺はさらに深い溜息を吐いた。
「俺はお前と結婚はしない」
だから俺はこの女を受け入れない。それに黒髪を染めた事がなにより許せない。
「それに何より、俺はそこの人間に仮がある。
ここで言っておく」
それならば女の横でティーカップをずっと見つめている人間の方がよっぽどマシである。それになによりこの人間は面白い。女は俺の言葉により隣に腰かけているイレギュラーなチェシャ猫の人間を見た。人間も周囲のようすにティーカップの底を見るのを止めて顔を上げた。
「俺、帽子屋は”チェシャ猫”と結婚する」
にこやかに告げた時、俺はやっといつもの調子を取り戻した。しかし、見つめる先の人間の表情に背筋がゾッとした。




