命令
わたしの言葉に口を出したのは帽子屋を演じる男だった。これには驚いたが発言する人数が少ないので二分の一の確立だった話だけである。それになにより、この御茶会を仕切るのは帽子屋である。ならば男の行動は正しい物であろう。
「それはどういう意味だい、チェシャ猫」
「アリスが居ないのに、呑気にお茶をしてていいのかって言いたいのよ」
わたしが何より気になるのはアリスの存在である。こうしている間にも知らないキャストが知らないうちに迷い込み意味の分からない不思議な国を演じていると思うと気が気でならない。そうとは知らないキャストの一人にして男を凝視している女の三月ウサギは平然とした顔で言いのけた。
「けれど実際、私たち三人は御茶会をするのが習わしですわ」
「知ってる。
だけど、それは”三人”であって”チェシャ猫”には関係の無い事なのよ」
「……つまり、何が言いたいんだい?」
帽子から覗く二つの目がわたしを見つめる。綺麗な黒だが正直どうでもいい。睨まれたら睨みかえすだけだ。わたしは憮然とした態度を保ったまま、一番引っ掛かっていることを言った。
「なんで”チェシャ猫”が、”此処”に居るのかってこと。
御茶会に猫が出席した話なんて聞いた事も見たことも無い」
「ああ、そんなことか」
「そんな事ですって?」
わたしの眉が密かに上がる。しかし、そんなわたしの様子に気がつかない男は帽子のつばを深くして口元を歪めた。
「ああ、勿論だ。
別に良いじゃないか」
「それで”アリス”の運命が変わったら責任取れるの?」
「そこまでは俺の管轄じゃない。
けれど、御茶会は人数が多い方が良いだろう」
「……分かった」
言葉巧みに逃げる言動にわたしは疲れてしまったのか渋々と頷いていた。どうやら御茶会の主である帽子屋がどうもわたしを必要としているようす。しかし理不尽である。なんでわたしがこの男の命令を易々と引き受けなければならないのだろうか。納得がいかない。しかし、了承した手前、わたしの道はここで絶えてしまった。その時だ。わたしの足元にフカフカとした毛並みが微かに当たった。見れば先ほどまで芝生で寝こけていた猫が起き上がりわたしを見つめていた。餌かと思いげんなりと項垂れたが、すぐに思考が切り替わった。そうだ。猫だ。猫を使えば良い! わたしは念じるようにして、二匹に向かい合い言葉を告げた。その時のわたしの声は二匹の猫のようにしゃがれた声であった。
『アリスを見張って、逐一、そのようすを知らせなさい』
すると猫は甲高い声で一鳴きして森の奥へと消えていった。わたしはそれを静かに見守りながら、いつか来るであろうアリスを思い、憂鬱になった。
ああ、誰かわたしをこのふざけた茶会から逃がして欲しい。




