来訪者
さて、これから先どうしてやろう。わたしは丸洗いされキラキラと光り輝く黒をもった鴉を一瞥した。面倒である。ゲージに入れたまま捨てた日には動物保護団体が乗り込んできそうで怖いうえに迂闊に野放し出来ないから面倒だ。逃がしたらまた此処へきてあることないことやって面倒事を持ってくるのだろう。そんな事をしたら対処するのは此方である。ならばいっその事、本当に調理してまんじゅうとだんごの餌にしてしまおうか? うん段々とそれが良い考えだと思い始めてきた。一人自分の名案に現を抜かし、うんうんと頷いていていると背筋に寒気が走った。すると。
《ピンポーン》
……なんとも聞き覚えのあるチャイムが家中を駆け巡った。わたしは悪夢だと感じた。思わずゲージに入れられた鴉を睨む。すると鴉は慌てたように首をブンブン横に振って否定した。しかし信憑性が無い為に睨む事は止めなかった。それにより鴉が肩を落とした事をわたしは知らない。
とりあえず出ないのは失礼である。わたしは声を上げ返事をするとバタバタと廊下を響かせて玄関まで小走りする。曇りガラスの先には白い何かがユラユラとしていた。わたしは首を傾げて扉を開いた。
「こんにちは」
現れたのは物腰柔らかそうな老人だった。その姿を見てわたしは口を開けて呆けてしまった。この老人、知っている。しかし、挨拶は返さないといけない。わたしは慌てて口を閉じて笑顔を見せた。
「こんにちは”寝ぼけ爺さん”」
すると老人はケラケラと笑いわたしを見た。そう、何を隠そうこの老人こそあの御近所で有名の寝ぼけ爺さんだ。しかし今は昼間近いので寝ぼけていない。むしろ爽やかな目覚めを迎え、元気ハツラツの無害な老人へと変貌したのである。ビフォーアフターもきっと吃驚である。
「相変わらず手厳しいね」
老人が面白可笑しそうに笑いわたしを一瞥する。そもそもこの老人こと寝ぼけ爺さんとわたしの関係はなかなか説明するには些か難しい間柄であった。まあ何だろうか、奇跡と言うべきだろうか。うーむ、やはり難しい。まあ、偶然の産物であろう。偶然と偶然が重なりそれが何故か結果的にこの老人こと寝ぼけ爺さんと知りあう事になったのだ。それがまさか十年も続くとは思わなかった。ちなみに寝ぼけ爺さんの職業は神主である。未だ現役バリバリなのだが寝ぼけが欠点で、近々引退をによわせる言葉を零しているようである。この証言は卒業前に井戸端会議している保護者集団から盗み聞きした内容である。
わたしは寝ぼけ爺さんを見ながら苦笑を作った。
「そんな事ないですよ。
ところで今日は何の用ですか?」
そう尋ねれば寝ぼけ爺さんは口を開けてわたしを見た。そして「ああ」と手を叩いて何かを思い出した様な態度をとる。本当に認知症による徘徊なのではないだろうかと疑いたくなる。
「実は今日とても不思議な事があってね。
是非とも君に聞かせなくてはならないと思って推参したのだよ」
ニコニコと笑いわたしを見てくる寝ぼけ爺さん。わたしの頬に汗がにじみ出てくる。とりあえず棘の無いように断ろうと口を開く。しかしここでどうも口が滑ってしまう。
「意味が分かりません」
棘だらけになってしまった。けれど言ってしまっては後には引けない。若干の不安を胸に秘めながら寝ぼけ爺さんを見上げてば相も変わらぬ笑顔だったのでホッと胸を撫でおろした。
寝ぼけ爺さんは高笑い一つしてわたしを見た。いつの間にかまんじゅうが寝ぼけ爺さんの声を聞きつけてやってきた。だんごも釣られてやってくる。仲の良い連中だ。
「まあまあ、老人の話もなかなか無礙に出来ない物だぞ。
近所の好で聞いてくれないか?」
悲しみが籠った溜息を零す寝ぼけ爺さん。これは狙っている。どう見ても狙っている。しかしわざわざ春先でもまだ寒いこの時期に我が家を訊ねたのである。そう思えば招かぬのも無理だろう。
「……ならどうぞ、上がってください」
わたしは脱力感のある思わせぶりな溜息を吐くと、諦めて寝ぼけ爺さんを家に招く。身体をずらして入るように勧める。すると寝ぼけ爺さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おおありがたい。
他は皆、わたしを見て門前払いだというのに」
「皆、懸命なご判断です」
ボソリと呟く。
「何か言ったかい?」
「いいえ、耳鳴りでしょう」
わたしは笑顔を取り繕い扉を閉める。鍵も閉めた。そして猫と寝ぼけ爺さんを連れてリビングを目指した。
……あ、鴉のことリビングに置きっぱなしだ。まあ良いだろう。きっと気にしないし忘れてくれる。だって寝ぼけ爺さんだ。




