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第二章



 通り抜ける風。

 人びとの喧騒。

 

 濃い生の気配にルクレアは足をふらつかせる。


「大丈夫か?」


「……平気よ」


 あの日、癒した騎士……ロイドの伸ばした手を軽く払い除けた。


「そうか」

 

 ルクレアが同行する相手が、まさかこの男だったとは。

 肩を痺れさせる荷物を抱え直し、ロイドの横を離れて歩く。








 城門から王都の門まではルクレアの足でも、日暮れまでにはたどり着く距離だ。


 順調にいけば、少し先の街道で夜営、もしくは門の傍で宿をとる。

 

 筈だった。


「大丈夫か?」


「ああ……ごめんね、お兄さん。孫の好物だからって買いすぎちゃってねぇ」


「運ぶのを手伝おう」


 袋一杯の果物を手に、老婆の後ろをついていくロイド。

 向かっているのは街の門とは反対方向だ。

 同行者として渋々ルクレアも足を動かした。



「どうかしたのか?」


「へ? あ、ああ……その、馬車の車輪が……」


「泥濘にはまったのか」


 外套が汚れるのも気にせずに、馬車を押し始めたロイドにルクレアも足を止めざるを得ない。


「いやぁ、その、騎士様にそんなことしていただくわけには……!!」


「俺は力が強い。任せてくれればいい」


「へ、へえ……」


 泥で足元を汚すロイドの後ろで、ルクレアは腕を組み、指先で自分の腕を叩いていた。




「一人でどうした?」


「か、かあちゃんがいないんだ……」


 ぐすぐすと鼻を鳴らす子供に視線を合わせて話すロイドから、少し距離を取る。


「すぐに見つかる。母親はどんな特徴だ?」


 橙に染まり始めた街中で子供の手を引き、大きな声で周囲に呼び掛けるロイドから離れてため息を吐く。




「あんた、救世主にでもなったつもりなの?」


 母親と再会できた子供に手を振っていたロイドに、ルクレアは冷めた目を向ける。


「俺は救世主ではないが……?」


 ロイドは至極真面目な顔をしてルクレアに向き直る。


「だったら、誰彼構わずに助けにいくのやめなさいよ。無理にあんたが助けなくても、誰かが助けたり上手くやったりするんだから……」


「人を助けるのは、良いことだろう?」


 首を傾げるロイドから真っ直ぐ向けられる視線に、思わず目を逸らす。

 詰まりかけた息を吐き出してから、顔を上げる。


「そういうことじゃなくて……道草してる時間なんて」


 ルクレアの言葉は、衝突音で遮られた。


「馬車か」


 街灯を曲げ、ひしゃげた馬車。

 冷静に駆け寄るロイドを横目に、ルクレアも周囲も混乱の中で足を止めてしまう。


「いたた……全く、ひどい目に遭った」


 ロイドの手を借りつつも自力で馬車から降りる男に、無意識に握り締めていた手を緩める。


「ルクレア。癒してくれるか?」


 当然のようにルクレアの元に怪我人を連れてきたロイドに、一瞬、喉が引きつってしまう。


 ルクレアの首元にかけられた聖女の証視線を感じ、安堵の声が聞こえてくる。


 周囲に視線を向けてから、肺に引っ掛かった息を吐き出した。


「いいわよ。……報酬が出るなら」


 ルクレアの言葉が周囲の言葉を奪った。

 静寂はすぐに非難の声で塗りつぶされる。


「聖女のくせに」


「人助けに報酬を求めるなんて……」


「なんて醜い性根なんだ」


 ルクレアの足が震える。

 胸が締め付けられる。


 目眩がして、後ろに下がろうとしたルクレアをロイドの声が引き留めた。


「わかった」


「……え?」


 驚愕の視線を向けられながら、みすぼらしい小袋を取り出すロイドをルクレアはじっと見つめる。


「これで、足りるか?」


 医師の治療報酬程度はあるだろう銀貨が、ルクレアの手に乗せられた。


「……足りるわ」


「そうか。なら、頼んだ」


 治癒を受ける男は翳した手にびくりと身体を動かし、恐る恐る治癒魔法の光を見つめている。

 

 治癒の光が散れば、すっかり怪我は消えていた。


「終わりよ」


「そうか。なら、俺たちはこれで失礼する」


 二人へ向けられた視線を断ち切るように、足早にその場を離れた。






 街灯の明かりに照らされた道を進む。

 街の外に出るには、危うい時間だ。


「宿を探そう」


「そうね」


 銀貨を手の中で転がしながら、ロイドの後ろをついていく。


「ここでいいか」


 一階が食堂になっている宿屋。

 中からの喧騒に眉をしかめるが、路銀に余裕があるわけではない。


「いいわよ」


 男女連れで宿屋に入れば、酒臭い連中がにやにやと近寄ってきた。


「おうおう、兄ちゃん隅におけねえなぁ?」


 眉間の皺を深めてルクレアは足早に宿の受付に向かおうとする。だが、その進路を下卑た笑いが塞いだ。


 思わず後ずさったルクレアは、背後のロイドにぶつかってしまう。


「邪魔よ」


「ああ? 良く見たら聖女様じゃねえか」


 思わず吐きかけたため息を飲み込んだ。

 男の見下すような視線に、ルクレアは顎を上げて目付きを鋭くする。


「俺の怪我も治してくれよ、聖女様よぉ?」


「お断りよ」


 無遠慮に伸ばされた手を払い除ければ、目の前の男の声が大きくなる。


「なんだよ!! 平民相手だからってお高くとまりやがって……!!」


 男の持つ酒器の中身がルクレアを濡らした。

 アルコールの匂いとべたつきが不快感を煽る。


「おお、おお……濡れちまったな。ついでにそのお堅い服も脱いじまったらどうだ?」


「……その辺りにしてくれないか。お前たちも、騎士と騒ぎは起こしたくないだろう?」


 にやにやとルクレアの胸元へと伸ばされた手をロイドが掴む。

 外套の中の鎧を見た男たちの顔色が変わった。


「なんだよ。騎士様だったなら早く言ってくれりゃあ良いのによ。わりぃことしたな」


 そそくさと会計を済ませて宿を後にする男たち。

 今更ながら謝罪をしてくる食堂の者。


 全てから目を逸らし、ロイドに対応を任せる。


 張り付いた服の冷たさが、硬い床の冷たさを思い出させた。








 街を出てしまえば、進行速度は格段に上がった。

 後、一日もあれば目的の村まで辿り着けるだろう。


「疲れたんじゃないか?」


「平気よ」


 少し前にいるロイドが振り向く。

 ルクレアは慌てて、慣れない環境で引きずりかけていた足を伸ばす。


「そうか。そろそろ夜営の準備をしよう」


「……まだ平気だって言ってるでしょ」


 傾く気配のない陽の光に照らされたロイドの影はが小さく真下に伸びている。

 足を引っ張って借りを作るのは癪だ。


「ここは、近くに小川がある。次の村までの距離を考えると、ここが最適な夜営地点だ」


「……わかったわよ」


 ルクレアの睨むような目線を意にも介さず、ロイドは淡々と、言葉を返してくる。

 道から少し逸れて、荷物を降ろした。


 夜を明かすならば、焚き火がいる。

 薪を拾いに行ったロイドを横目に、携帯食を準備をする。


 カチカチのパンに、粉末のスープ。

 後は、干し肉を削るためのナイフを用意する。


 夜営での食事なら、これでも豪勢な方だ。

 ルクレアにとっては、特に。


 薪を手にし、戻ってきたロイドは、すぐに火を起こし始めた。


 ロイドが集めた薪の塊に視線が落ちる。

 夜を越すには足りない。

 

 ルクレアは火を起こしているロイドから視線を外して立ち上がる。


「……足りないでしょ。拾ってくるわ」


「いや、火をつけたらもう一度行く。俺の方が運べる量も多い」


 手元から視線を動かさずに話すロイドに、ルクレアは眉を寄せる。

 

「別にあたしだって、薪くらい運べるわよ」


「分かっている。だが、俺が集める方が早い。それに、少し足を休めた方が良い」


「……平気だって言ったでしょ」


 つんと視線を逸らし、早足で森へと向かう。

 手元から視線を外したロイドは、なにも言わずに森の方を見ていた。






 一人分の足音。

 静かな森でルクレアは黙って薪を拾う。


 ずしりとかかる重さに腕まで鈍い痛みを訴えるが、無視して充分な量の薪を拾っていく。


「……なんなのよ」


 声は木々を揺らすだけだった。






 森を出て、傾きかけた陽に照らされる。

 ロイドは焚き火に薪をくべつつ、食事の準備をしていた。


「待たせたわね」


「待ってはいない。大丈夫か?」


 薪を受け取ろうとするロイドを無視して、焚き火の傍まで歩いていく。

 

「……平気だって言ってるでしょ」


 これだけあれば足りるだろう。

 ルクレアはその場に腰を降ろす。


 腕と足が鈍い痛みを訴えていたが、ルクレアはそれを無視し、焚き火に薪をくべていた。








 焚き火だけが辺りを照らしていた。

 ぱちぱちとはぜる火の粉がやけに大きく耳に響く。


「出来たぞ」


 焚き火で暖められたスープがコップを満たしていく。

 金属越しの暖かさに指先がむず痒くなった。


 他人が傍でスープを飲む音。

 そわそわと地面を爪先で削りながら、ルクレアもスープに口をつける。


 ふと、湯の暖かさに安堵したあの時を思い出した。

 暖かいスープが喉から胸、身体の奥まで暖めてくれる。


 削りいれた干し肉の塩気がきいている。

 思わず吐いた息の温もりで顔が暖まっていく。


「足りるか?」


「……充分よ」


 横から投げられた彼の言葉に、手の中のコップを強く握り締める。


 焚き火の当たっていない背中が凍えそうだった。





 

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