第4話「クルーズ・レポート」
シミュレーターとゲームには、本質的な違いは大きくない。
「星間密度は深度二で安定中。だけど泡の前兆があるから気をつけて」
「日蝕号の安全潜行可能深度はいくつだっけ」
「二」
「少し上げとくか?」
「いや、敵艦も同深度帯に潜行している可能性が高い。切り離した観測機が、浅い深度なら影を見つけてる筈だ」
「見つからず安全な深度なら、二あたりてわけか」
「気をつけて行こう。電磁気と星間物質のせいで目も耳も駄目だ」
「キビ星系には海がないからな……」
「でも銀河規模だと問題になってるっしょ?ニュースで見た」
「情報潮流、ワープ航路に乗って太陽から異常噴出した星間物質がでんでん、だっけ」
日蝕号と、シミュレーターで再現されたボーダン王国宇宙戦艦ソードオブアトラス号の戦いは星間物質の海だ。練度向上というよりは、思考や意識改善を期待しての、考えることが多い設定にしたが……成果はあまりない。
「物凄い勉強熱心だ。それは認める、認めるが」
「能力は高くなりそう、私の目にもやる気と実力が歩調を合わせてるように見えるわね、山中君」
「だからこそ、もう一歩が欲しい。能力は今はまだ放っておいても伸びるだろう。だから見ない、今は」
「自主勉強で大丈夫?」
「大丈夫だろ。七篠はゲームを誰かに教えてもらって攻略する派?」
「うーん、色々試して自力で完クリ派だね」
「今は試す時間。それでよくないか?」
「最初っからゴールはひとつなんだから、ガムシャラ目指せばいいじゃない」
「人間は寄り道の数だけ強くなるんだよ」
ゴールまでの道は、一本だけでは少なすぎるのだ。
「戦争は楽しんでいこう」
「絶対間違ってると思うのよねぇ」
シミュレーターは、星間物質の海の中で量子耐久魚雷の撃ち合いとなり、日蝕号が圧壊して終了となった。
丸山由佳。
吾妻三ツ木。
大宮奈緒子。
笹葉陽太。
小嵐大二郎。
数十人と個別に相談はできないし見れないから、班ごとに責任者を決めたが、意思疎通の難しさは避けられなかった。
「日蝕号を、もっと強くしたいな。無敵の戦艦には、不屈の兵士が欲しい」
俺の頭の中では、これからどう伸ばそうかという考えで満たされた。同時に、誰よりも日蝕号に詳しくなければと、膨大な資料を取捨選択しながら学び続ける。
知識だけなら、記憶を焼けば覚えられる便利な時代だ。
「しかし報告会に誰もこない」
班の様子など諸々の連絡や、個人的な親睦も兼ねた報告会を設けた。開始五分前、会議室には俺ひとりだ。かれこれ一時間くらいひとりだ。
一分前ーー。
バラバラと会議室に集まり、適当な席に収まっていく。開始から一〇分後、全員がやっと揃った。
……まあいい。会議室で今、口に出して時間を圧迫する問題ではない。
「前振りはしない。昨夜提出してもらった報告書に関してだ」
げぇ、と口々に嫌そうな顔、雰囲気を誰も隠さない。隠すくらいのことは努力しろ。
「丸山班、吾妻班、大宮班、笹葉班、小嵐班。五だ、五つの班があれば、五つの報告書がある。だが俺の目には、ただひとつの同じ報告書しか提出されていないのはどういうことだ」
このヤローども、裏で仲良しこよしで、書きやがったな。でなきゃまったく同じ内容になるものか。しかも各班の個人に対する言及はどこにもない。班全体のなんか、ふわっとした雰囲気を長々連ねているだけだ。
あるいは、俺だけがクローンでないことを理由にハブにでもされているのか。
前途多難だが、やるだけだ。
「お前達は、班の代表で責任者だ。自覚を持て。居場所は自分の力で取るものだぞ。今のお前達に、日蝕号の居場所はない。不要だ」
ハッキリと言い切った。
「お言葉だけどーー」
異論したのは丸山だ。くしゃくしゃ、と言うには綺麗にカールした短い黒髪に、薄く青い瞳、モデルのような高身長で均整の整う美人が声をあげる。
「ーー言われたことはやりました」
でたよ、これだよ。
「俺は班の内実を報告する為のレポートと命令した。それは俺だけでは全てを見通すことなど不可能だから、お前に、お前の班の監督を一任したんだ」
「レポートが全てです。どの班も上手くやってる」
「完全に他の班と一言一句違わずに書けるほどにか」
「その通りです」
丸山以外の他の四人も同意見だ、と言わんばかりにうなづいている。
班長を総入れ替えするか?……いや、まだ決断には早い。単なる意識の問題だと思う。実際、日蝕号に慣れようとする訓練は予想以上に順調だ。なら問題は、俺自身か。
「うぎぎ……」
報告会はただの駄弁りで終わった。なんか俺の思ってたのと違う。
「山中君、どうだった?」
「会議は破談であります七篠元帥」
「やっぱりねー、てとこよ」
「どういうことだ?」
「私は山中君知ってるけど、他の人達はあんたをほとんど知らないって話よ」
「……その、お互いが知り合うためにこの場を設けたんだが?」
「知り合うためには仲良くないと?」
「知り合うのに仲良くして、仲良くするためには知り合うなんて、んな無茶な」
「まっ、色々考えることね。時間もいつまであるか」
「手伝ってくれねーのかよ」
「あんたの問題」
「おっしゃるとおりで」
「複製人間なんて生体的な区別はないけど、心理面だとだいぶ人格に影響があるかも。自分は偽物なんじゃないか、なら自分の居場所はどこにあるのか。皆んながあんたみたいな戦闘狂じゃないし、ただ今の居場所が嫌で逃げてきただけの難民みたいな感じだね」
「難民ねぇ」
「尻を叩けばいいのよ、得意でしょ?」
簡単に言ってくれる。
「ゲームで気晴らししてくる」
「仮想訓練でしょ」
シミュレーターで遊ぶのは一石二鳥だ。
日蝕号二隻で、一隻が味方で、一隻が敵だ。戦力はまったく同じ。違うのは、俺というひとりだけだ。
設定した戦場はシンプル、惑星や星間物質の深い海もなし。純粋な二隻での正面からの戦いだ。
電磁障壁を最大出力で維持しつつ貯めたEを節約、対電磁障壁誘導弾でエネルギーダウンを狙いつつ接近するーーというのが定石だ。
推進剤を撒き散らしながら、電磁投射機から撃ち出されていく誘導弾の群れは互いに食い潰しあいながら目的の為に命を捨てた。
難しくない。最適な道に先手を打って、敵の誘導弾を防ぎつつ、弾着を伸ばして敵日蝕号の電磁障壁に届けるだけだ。
「誘導弾の加速性と単時間で進む距離は予測された範疇以内でしかない。なら有効範囲を設定して、押し包めばいいだけだ」
……動きが変わった?
シミュレーターモニターの中を飛び交う大量の誘導弾の群れが、パターンを違うものにする。誰かが割り込んだのを直感した。
「対面にいるのは誰だ?」
「お、大宮奈緒子、です」
自信のない声だ。緑の長い髪に褐色の肌の女の子が思い出される。
「大宮はここで何をしている」
「訓練、です」
「ひとりでか?」
「いつもそうですよ」
「班の仲間とやればいいだろ」
「苦手、なんです」
「苦手?」
「誰かと話したり、一緒にいるの、苦手です」
「けっこうな大問題発言だな」
「す、すみません」
「謝ることじゃない。俺はもうお前達全員が仲良くしてくれないことに、ずっと頭を悩ませてるが」
「すみません……」
「すっごい傷つくぞ、虐められてる気分だ」
「なんだか意外です。山中さんて、子供みたいに拗ねるんですね」
「知らなかったのか?難しい風に話しても、中身は永遠に子供の純粋さをもっていると自負している」
「自慢になりませんよ、早く大人になってください」
「耳が痛い」
それ、七篠にも言われたことがある。
「大宮から他の連中に橋渡ししてくれないか?」
「む、無理ですよ!そんな仲良くないし、話もしないし……」
「いい機会だと思ってなにとぞ」
「むぅ……」
「あっ!じゃあ、俺も一緒についていくから、やあやあこのお方が山中祐樹殿でおじゃる、て紹介してくれ」
「なんですか、その変な言いまわし」
「真面目に返すな」
シミュレーターは、俺の惨敗だった。




