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06 この親にして

 次の日。

 カルフール王国の特殊部隊、『4PP(フォー・ピープル)』の第12隊のメンバーは、整備倉庫の一角に集められていた。


 鉄パイプの簡素な椅子が並べられ、そこにはむくつけき男だちがだるそうに座っている。

 どの面構えも傷だらけでコワモテで、丸太のような腕にはおぞましくて下品なタトゥーがびっしり入っている。


 そう、彼らは死刑囚。

 それも寝起きが不機嫌だからといって隣人を殺し、その返り血で洗顔と歯磨きをするような、超がつくほどの極悪人どもである。


 彼らは赤と白のボーターの囚人服に身を包み、両手は手枷、脚には鎖つきの鉄球を付けられていた。

 普段は軍事施設内にある捕虜用の牢屋に入れられており、任務があるとこうして表に出されるのだ。


 そんな一匹狼どもの群れのなかに、子ウサギのような少年はいた。

 背丈などまわりの半分以下しかなく、指2本だけでくびり殺されそうなほど頼りない。


 しかし彼の表情は、その場にいる誰よりも希望に満ちあふれていた。

 ひとりだけ最前列を陣取り、先生が現れるのを待つ優等生のようにワクワクしている。


 しばらくして、教師という名の上司がやって来る。

 いつもであれば、チャラい若者を引きつれた、偉そうなタヌキオヤジなのだが……。


 今日に限っては、いかにも神経質そうで、いかにも中間管理職っぽい痩せオヤジであった。

 なにやらしきりにブツブツ言いながら歩いてきたのは、ダヌキ小隊長の上司にあたる、ワイ少佐。


 前線にはほとんど出ずに、デスクワークとゴマすりだけで出世した、4PP(フォー・ピープル)における最高責任者である。

 しかし隊のことはすべてダヌキ小隊長に任せっきりで、自分は毒にも薬にもならない書類整理ばかりをしていた。


 なぜならば、任務に出撃しなければ手柄を得ることはないが、また失敗して降格させられることもない。

 彼はいまの少佐という地位を維持したまま定年退職し、年金で安穏と暮らす生活を夢見ていたのだ。


 そんな矮小なる夢を持つ隊長は、隊員たちの前に立つなり、開口一番、



「なんで私が、こんな目に……。私はこのまま、定年まで何事もなく過ごすつもりだったのに……」



 さっそく愚痴をこぼしていた。

 そして、さも嫌そうに、



「ダヌキ小隊長と副小隊長は、昨日の任務で大怪我をして、しばらく入院することになった。なのでそのあいだは、隊長である私が諸君らに作戦説明(ブリーフィング)を行なう。二度と言わないから、よく聞いておくように。それどころか、一度でも言いたくなかったんだがな」



 彼は吐き捨てるように言いながら、昨日入ったばかりの少年を睨みおろす。

 すると、顔が映り込みそうなくらい、らんらんと輝く瞳と視線がぶつかった。



「はいっ!」



 と100点満点の返事が返ってきた。

 ワイ少佐は、チッと舌打ちをして続ける。



「まず、任務中の注意だが、諸君らは細心の注意を払い、命にかえても問題を起こすことのないように。どうせすぐ死ぬのだから、私の経歴に傷をつけるようなことだけはするんじゃないぞ、いいな」



 少年に向かってだけ、噛んで含めるように言うと、



「はいっ!!」



 と打てば響くような反応が返ってくる。


 それからワイ少佐が隊員たちに伝えた、4PP(フォー・ピープル)第12隊の任務はこうであった。



 『カルフール王国立 第四騎士(シュヴァ)中学校』の、ゴーレム野外戦闘に協力せよ。



 ようは中学生たちがゴーレムを使って実習をするので、その相手をする任務であった。


 生身の戦いならば中学生になど遅れを取る死刑囚たちではないが、ゴーレムだと事情が違う。


 なにせ相手は、騎士になるために教育を受けているお坊ちゃんお嬢ちゃん、いわばエリートたち。

 それに騎士(シュヴァ)墓標(グレイヴ)ともなれば、その立場は逆転してしまう。


 騎士(シュヴァ)のパワーの前には墓標(グレイヴ)など、指先ひとつでバラバラ……。

 なので墓標(グレイヴ)は、立ち向かうこともできずに、逃げ惑うしかないのだ。


 そう、有り体に言えば、キツネ狩りのキツネ役……。

 それが本日、第12隊に下された任務であった……!


 中学生が相手なら、楽な任務なのではないかと思うかもしれない。

 しかし中学生たちはこの野外実習を、何よりも楽しみにしていた。


 なぜならば、相手は死刑囚……。

 殺したところで、何のおとがめもない……!


 むしろ、ゆくゆくは騎士になる彼らこそ、ここで人殺しに慣れておく必要がある。

 むしろ、人殺しをすることこそが実習の目的であったのだ……!


 それは超極悪人の死刑囚たちですら、一様に震えあがるほどであった。



「ち……チクショウっ! よりにもよって、ガキどものお守りだなんて……!」



「アイツら、ホームレス狩りみてぇな感覚で、俺らを殺そうとしてきやがるんだ!」



「まずは墓標(グレイヴ)を破壊して、中にいる俺たちを引きずりだして、じっくりといたぶる……!」



「俺のダチだったヤツなんて、ヤツらにさんざんいたぶられて、そのうえ晒し者にされて殺されたんだ!」



「クソがっ! 他の任務ならともかく、これだけはやりたくねぇ! ガキどものオモチャにされながら殺されるなんて、まっぴらだっ!」



 今にも暴動を起こしそうほどに取り乱していた彼らであったが、その只中にいた、例の少年はというと……。



「はいっ! わかりました!」



 初めて授業で発表する、小学一年生のように、手をまっすぐ挙げて元気いっぱいに立ち上がっていた。



「少し悩みましたけど、がんばって考えたらなんとかわかりました! その中学生たちは、殺しちゃダメなヤツなんですよね! ……どうです!? 当たりでしょう!?」



 場違いなまでにハツラツとした発表に、その場は一瞬にして静まりかえる。

 しかしすぐに、爆笑の渦に包み込まれた。



「ギャッハッハッハッハッ!! ギャーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッ!!」



「聞いたかよ、オイッ! 『殺しちゃダメなヤツ』だとよ! ギャハハハハハハ!」



「このガキ、なにいってやがんだ!? イカれてる! 頭イカれてやがるっ! ギャハハハハハハ!」



騎士(シュヴァ)を殺すつもりだったのかよ!? ギャハハハハハハハハハ!」



墓標(グレイヴ)騎士(シュヴァ)を殺せるんだったら、誰も苦労しねぇっつーの! ギャハハハハハハハハッ!」



「ひぃぃ、苦しい、苦しいっ! いいかガキっ! 確かに相手は貴族とかのおぼっちゃんだから、殺しちまったら大変なことになっちまうよ!」



「でも半殺しにするくらいだったら、やってもかまわねぇぜぇ! この俺が許可してやるよっ!」



「ああ、俺も特別に許可してやるよ! できるもんなんだったらな! ギャハハハハハハハハハッ!」



 回りが笑顔になっていたので、少年は自分の発表が正しかったのだとつられて笑顔になる。



「やっぱり、殺しちゃダメなヤツなんですよね! そして半殺しはオッケーってことで! もう僕、完全にわかっちゃいました!」



 盛り上がる隊員たちをよそに、ワイ少佐はすでに整備倉庫をあとにしていた。



「やれやれ、死刑囚だけで手一杯だというのに、頭のおかしい少年まで加わるとは……。でも次の任務では死んでくれるだろう。なんたって実習生には、アイツの息子がいるんだからな」



 その頃、同施設内の軍病院では、こんなやりとりが行なわれていた。



「パパン! せっかく今日の野外実習で、ボックンが強くなったことを見せようと思ったのに、なんでこんなに大怪我をしたんたぬ!?」



「モガー! ムグー!」



「えっ!? 新しく配属された、頭のおかしいガキにやられた……!? って、それ本当たぬ!?」



「モガー! ムグー!」



「ボックンの大切なパパンを、こんな目に遭わせるだなんて……許せないんたぬ!」



「モガー! ムグー!」



「わかったんたぬ! ボックンがパパンの仇を討ってやるんたぬ! その頭のおかしいガキを、パパンと同じ目に遭わせてやるんたぬ!」



「モガー! ムグー!」



「もちろん、それだけじゃないんたぬ……! 街じゅうを引き回しにして、みんなの笑いものにしたあとに……パパンの前で、処刑してやるんたぬっ!!」

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