17 濡れ衣
コダヌは野外実戦演習が始まってから、真っ先に親の仇であるネクローを探す。
しかし彼の機体は、父親ゆずりの軍用の、重装ゴーレムであった。
頑強ではあるのだが動きが遅いので、軽装であるクラスメイトたちからは遅れを取っていた。
彼はネクロー探索の道中、スクラップになったクラスメイトたちを見つける。
ゴーレムの機能である『ウィスパー』を使って尋ねてみると、誰も口を揃えてこう言ったのだ。
「白い墓標にやられた」と……!
それを聞いたコダヌは、怒りに震える。
「騎士が墓標にやられるわけがないたぬ! きっと……あの白い墓標は、汚い手を使ったに違いないたぬ……! そう、パパンにしたように……!」
彼は自然破壊もいとわず森を突っ切り、木々をなぎ倒してネクローを探した。
そしてついに見つけたのだ。
色こそは純白ではあるものの、その内はどろどろに腐った、穢れ墓標を……!
さらにその想いに拍車をかけたのは、出会い頭のグレフの一言だった。
グレフは、現れたコダヌに向かって、
「グルル……! いい所にきたぜ、コダヌ! あの白い墓標は、グラシアスを人質に取って、好き放題やってたんだ! グラシアスを殺されたくなければ、フルールルにも服を脱ぐよう要求して……! とんでもねぇヤツなんだ!」
グレフは悪知恵にかけては、他の追随を許さぬほどに機転がきいた。
追い詰められた窮地を逆に利用して、ネクローにすべての罪をひっかぶせたのだ。
もしフルールルがこのやりとりを聞いていたら、すぐに異を唱えていたであろう。
しかしいまフルールル機のキャノピーは開いていて、ウィスパー機能がオフになっていたので、このやりとりは彼女の耳には届いていなかった。
もちろん、ネクロー少年にも。
そのためコダヌは、ネクローが想像どおりの悪人だったと確信してしまう。
彼はフェイスごしの丸顔は、燃え上がる怒りのあまり、すでに真っ赤っか。
「ひ……人質を取るだなんて、なんという卑怯な墓標たぬ! しかも、みんなのアイドルであるフルールルさんに、ハレンチなことをするだなんて……! 許せない! 許せないたぬっ!!」
コダヌ機の震える指先は、軍用リピーターの発射トリガーを、今にも引き絞らんとしていた。
しかし、ヤツの手にはクラスの女生徒がいる。
コダヌは、人の命を何とも思わない軍人、ダヌキの息子であったが、彼にはまだ正義感というものがあった。
彼は犯人と交渉すべく、外部に声が出せる『ボイス機能』をオンにして、目の前の墓標に向かって呼びかける。
『このボックンが来た以上、お前にはもう、どこにも逃げ場はないたぬ! グラシアスを放すたぬっ! そうすれば、命だけは助けてやるたぬ! このリピーターで蜂の巣にされるのと、どっちがいいたぬ!』
「人質?」とフルールルはいぶかしがった。
そしてネクローは、コクピットの中でひとりつぶやく。
「グラシアスを放す……? もしかして、このメガネの女の子のことを言ってるのかな? そうか、この子が本気になると、僕みたいな弱いゴーレムは、一瞬にしてスクラップにされると教えてくれてるのか」
それはそれでちょっと見てみたい気もしたが、ネクローは大人しく従う。
それに、この手の中の少女を離せば、次はあのさらに強そうな騎士が相手をしてくれるのだと思ったからだ。
「このメガネの女の子を相手にするには、僕にはまだ早い……それだけの実力があるのかどうか見極めてやると、あの騎士は言ってくれているんだ。よぉし、せっかくのチャンスだから、お願いしようっと!」
ネクローはそう決めるが早いが、グラシアスを手のひらに載せたまま、フルールル機に向かって近づいていった。
「な、何……!?」と怯えるフルールル。
そのコクピットに向かって、
……そっ。
とグラシアスを降ろしてやった。
「ああっ……! グラシアスさん! よかった! よかったぁ!!」
下着姿のまま、半泣きで抱き合うフルールルとグラシアス。
ふたりが見上げた白い墓標は、何も言わずただじっと見下ろすばかり。
その姿は、不気味というよりも……。
森にいる巨人のような、不思議なやさしさを少女たちに抱かせていた。
白い巨人は何も言わず、ゆっくりと身体を起こす。
そしてコダヌのほうに向き直り、歩を進めはじめた。
いともあっさりと人質を解放したので、コダヌは拍子抜けしていた。
しかし相手は父の仇、そんなものでは騙されないぞとリピーターを構えなおす。
『バカめ! そんなので見逃してもらおうと思っても、甘いたぬ! お前はもう、多くの罪を重ねすぎた! 怪我こそしてないものの、やられたクラスメイトと……! 辱められた、フルールルさん……! そして大怪我をさせられ、今なお病院のベッドで苦しんでいる、パパンの仇……! 銃殺にしても足りないたぬっ!!』
「えっ!?」となるフルールル。
「や……やめてっ! コダヌくんっ! その白い墓標は、なんにも悪いことはしていないわ! むしろ……むしろ私たちを助けてくれたのよっ!!」
「チッ!」と舌打ちするグレフ。
「構わねぇ! やっちまえ、コダヌっ! そいつは死刑囚、とんでもねぇ極悪人なんだっ! 早くブチ殺さねぇと、何をしでかすわからねぇぞっ! それに軍用のリピーターであれば、いくらバケモノみてぇなヤツでもひとたまりもねぇはずだっ! 殺せっ! 殺せ殺せ殺せ殺せっ! 殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」
「やっ……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
少女の、最後の叫願もむなしく……。
悲鳴を上書きするかのように、銃声は響き渡った。




