15 奪還
ネクロー少年が繰り出したのは、『武器鹵獲』という、相手の武器を奪う技である。
その手順としてはまず、振りかざしてきた相手の腕を、巻き込むように受け止める。
この世界にあるゴーレムというのは、すべてマニピュレーターによって手指を動かしているのだが、その伝達神経にあたる配線を、相手の手首の上から刺激する。
ようは、外部から伝達神経にチョッカイをかけて、武器を握っている指を離させているのだ。
あとは、開いた手のひらにある武器を取れば、それで終わり。
この技を受けた相手は、最初は何が起こったのか理解できず、固まってしまう。
そこを、奪ったばかりの武器で首を斬り落とすなどして、一気に勝負をつける……。
などと、説明しているぶんには簡単そうに見えるが、この技はかなりの難易度である。
生身の人間として考えるとわかりやすいだろう。
素手の状態で、手斧を持った敵から、その斧を奪うのが、どれほど難しいことか。
しかもそれを、目視できないほどの素早さで行える者となると、もはやこの世界には生存していない。
いま、ここいる少年を除いて。
それは世紀の瞬間ともいえる、奇跡の一撃だったのだが……。
誰の目に止まってはいなかった。
その場に居合わせた少年少女たちはみな、こう口を揃える。
「う、ウソ……!?」
「う、ウソだろ……!?」
「う、ウソでヤンス!?」
あの少年も、同じ心境であった。
「う、ウソ、だよね……?」
彼はコクピットの中で、たいそうショックを受けていた。
――『武器鹵獲』までやっても、反撃してくれないだなんて……!
首を落としたというのに、本気を出してくれないなんて……!
それどころか、崖から飛び降りちゃうだなんて……!
なぜ……!? なぜなんだ……!?
……そうか!
あれは、きっと……!
『お前みたいな弱いヤツの相手をするくらいなら、飛び降りたほうがマシだ』
って言ってるんだ……!
『お前みたいな弱いヤツの一撃よりも、ほら、こうやって飛び降りるほうが、手っ取り早くスクラップにできるだろう?』
あの人は、僕の攻撃なんて、自殺以下だと言ってたんだ……!
くっ……!
悔しい……!
こんなにバカにされたのは、生まれて初めてだ……!
少年はひとり、耐えがたい屈辱に身をうち震わせる。
……さて。
なぜ彼がここまで、自分の実力を過小評価しているのか、不思議に思われる方もいるかもしれない。
彼はべつに、極度のネガティブ体質というわけではない。
むしろ、脳内メーカーでも頭の中は花畑が広がっているような、ポジティブシンキングの持ち主である。
理由としては、単純に……。
ここまで弱いゴーレムなど、わざと手を抜いているなどの理由をのぞいて、存在するわけがないと思っているのだ。
彼は幼少の頃から、英霊と呼ばれる乗り手が操る、歴戦のゴーレムたちと戦い、その魂を鎮めてきた。
その中には、一機で一個師団を壊滅させるような猛者がゴロゴロいる。
しかもそれで、最低クラスなのだ。
なお彼の言う『弱い』というのは、そのあたりのクラスを指している。
これで、彼の思考のゆえんがおわかりいただけただろうか。
そう、強さの基準の物差しが、おかしいのだ……!
世間の言うコップ1杯は、彼にとってはダム1杯……!
世間にとっての『最強』は、彼にとってようやく『最弱』……!
その『最弱』以下の存在なんて、この世には存在しないと思っている。
みな、実力をひた隠しにした、『最強』の乗り手たちだと、思い込んでいるのだ……!
……少年は、瞳をきつく閉じ、その小さな身体を震撼させていた。
屈辱に涙しているかと思ったが、そうではない。
悔しさは、通り雨のように一瞬で終わっていた。
彼の身を、ブルブルと震わせていたのは……。
身体の奥底から湧き出てくるような、たまらない、悦びであった……!
ずっと小川に棲んでいた小魚が、海に繰り出し……。
その広さと、自分の小ささに、驚嘆するように……。
大洋の向こうの太陽のように燦然と輝く、まだ見ぬ猛者たちを、瞼の裏に映していたのだ……!
……カアッ!!
照りつける陽光のごとく、ネクローは目を見開く。
「もっと、強くならなきゃ……! さっきの人が武器を抜いたとき、僕の腕前は、少しだけだけど認めてもらえたと思っていた……! でも、まだまだだったんだ……! もっともっと強くならなきゃダメなんだ……! やってやる! やってやるぞぉ! せめて、この人たちの足元に食らいつけるようになるまで……! 戦って戦って戦って……戦い抜くんだっ……!!」
純朴な少年の決意と、不良少年の決意は同時に起こっていた。
「グルルル……! おい、ボーッとしてんじゃねぇ! よくわからねぇが、いまのは偶然だ! さっさとこの死刑囚をやっちまえっ!!」
グレフに命令され、フェイスをブルブルと震るうトリマキア。
「偶然とはいえ、よくも兄弟をやってくれたでヤンスっ! 覚悟するでヤンスっ!!」
がばぁ、と腕を振りかざしてネクローに向かってくる。
「キャアアアアーーーーーッ!?」っと悲鳴を持ち上げながら。
見ると、トリマキア機が振りかざした右手には、ナックルダスター。
さらにその手の内には、人質のメガネ少女が握られていた。
「や、やめてっ! トリマキアくんっ! グラシアスさんを離しなさいっ!!」
「構うこたぁねぇ! そのままやっちまえ、トリマキア! たとえその女が死んだって、死刑囚がやったことにすりゃいいんだっ!!」
「「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!」」
ふたりの少女の悲鳴が交錯するなか、それは起こった。
奇跡は二度起こらないから、奇跡というはずなのだが、またしても……。
そして今度は、『偶然』などという言葉では言い逃れできないような……。
前から後ろから、頭をハンマーでブン殴られたような、衝撃が……!
少年少女たちを、襲っていたのだ……!
……ギャリィィィィィンッ……!
火花が散る瞬間までは、同じであった。
しかし、次の『刹那』。
……グバァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
まるでクジラが空を飛ぶように、巨影が宙を舞っていた。
白い墓標は、振り下ろされたトリマキア機の腕を取る。
そのまま懐に潜り込み、前屈みになり、肩で持ち上げ、背中で相手の機体を、高く跳ね飛ばす……!
そう、この技は……!
「「いっ……一本背負いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」」
……ドグワッ……!!
シャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
トリマキアが叩きつけられた瞬間、硬い岩棚が隕石が着弾したように穿たれ、蜘蛛の巣のようなヒビ割れが走った。
粉塵と、岩と機体の破片があたり一面にまき散らされ、グレフとフルールルの足元にガラガラと転がってくる。
もうもうとあがる粉塵の向こうには、すでに構えを解いている、白い墓標が。
その姿はまるで、朝靄の中に立つ仙人のように、静かで神秘的であった。
その手のひらの中には、雛鳥のような少女がおさまっていて……。
いったい何が起こったのかと、あたりをキョトキョト見回していた。




